第16回 信玄暗殺 ―貝 武田の城 「彰炎が死んだ」 「……うむ」 「見事に敵の策にはまったようで」 天守に近い一室。佇む影は三つ。 「情報は統制してある。だが、おそらく長くは隠蔽できないでしょう」 風林火山が一角、『林』真田透琳。 「島津にしてみれば隠しておく理由などないな」 同じく『山』山県昌景。 「さて、これからどうしましょうね?」 そして、『風』高坂義風。 「打って出るか、あるいは、島津の下に降るか」 「馬鹿者。後者は無しだ。信玄様の威光に傷をつけるわけにはいかん」 「では、反撃の準備を整えましょう。総力を結集し反撃に出るのです」 「ん〜、大変な事になりそうですなぁ……」 こうして武田はもてる勢力を結集させ始めた。 ――貝 島津軍宿営地 人払いした一角、島津ヨシヒサと北条早雲が顔を合わせていた。 「……また唐突だな?」 「すまない。だが、これも陰陽師としての責なんだ」 「兵力は?」 「君の手引きで本家から連れてくることが出来た数人。調査では貝の地獄穴はそれほどの規模ではないようでね。いざとなれば武田家から兵力を借りるよ」 「その地獄穴、武田を落とすまで放置するわけにはいかないのか?」 「今閉じれば被害を出さずにすむ。時間を置くと、正直どうなるかわからない。確かに放置すれば武田の内政に痛手を与えることも可能だろう―」 ヨシヒサは皆まで言うなと手で制す。 「陰陽師の長として見逃すことはできんか」 「それに、一つだけ気になっていることがあるんだ。信玄公に謁見できれば確かめられる。上手くいけば……血を流さずに武田家を落とせるかもしれない」 「……ほぼ確信していることなのか?」 「過去の2度、地獄穴封印の為に信玄公と謁見した事がある。その時からの疑念だよ」 「ふん、では楽しみに待つとしよう。くれぐれも無茶はするなよ」 「心得ている。まだまだやるべきことはたくさん残しているからね」 「なんだ、あいつお前の部下になったんじゃなかったか?」 手勢を連れ宿営地を後にする早雲。その姿を見かけたランスがヨシヒサ近づいてきた。 「陰陽師としての責務を全うしに行くそうだ。ついでに偵察もな」 「偵察、か。きくにも偵察を頼んだんだが兵力を結集させているみたいだな」 「どうする? 結集仕切る前に攻めるか? あるいは陣地を形成して迎え撃つか?」 「んなこと決めるのは大将のお前だろうが。あえて言うならもう一つ選択肢を加えるのはどうだ?」 「……ほう、どうするつもりだ?」 「ちょっと調べてもらったんだがこの国、少しおかしいそうだ」 ランスが取り出したのはなにやら書かれた紙。 きくやこっそり手を出してモノにしたくのいちから手にした情報だった。 「まず、誰も信玄の素顔を見たことがない。民の前に出る時は常に重厚な鎧を着ているそうだ」 「その話は有名だな」 「次、誰も武田家の他の人間の話を聞いたことがない。跡取りなり妻なりあっても良さそうなのにそれらがまったくないらしい」 「……」 「最後。武田の城に使用人はほとんど居ない」 「……まさか直接忍び込ませたのか?」 「いや、最後の情報は違うぞ。この前壊滅させた部隊の後方に物見の兵が潜んでいたみたいでな。とっ捕まえて吐かせた。それで、だ。どうするかだが……わかるな?」 「暗殺、か。信玄を仕留めれば継ぐものは居ない。そもそも信玄と言う威光の元に強化された国。それがなくなれば御しやすくなるか」 「協定を結んだ伊賀の連中に暗殺を依頼するってのはどうだ? 実質属国の立場だおいそれと断らんだろ」 暗殺。伊賀の忍軍を使えば意外とたやすく思える。 ヨシヒサは少し考え込む。 「それは、一応最後の手段にとっておこう。それより軍の調整をしておけ。いつでも決戦に挑めるようにな」 「ふん言われなくともやってるぞ」 「ならいいさ」 ―貝 武田の城 「山県様、陰陽師の一行が信玄様にお目通りを申し出ております」 「陰陽師の……? そういえば地獄穴の報告が上がってきていたな」 「おそらくそれの封印のためかと」 「以前もそうだった。手勢を領内で動かす許可を欲しいと願い出てきた。わかった、信玄様にお伺いしてみるとしよう。しばらく待たせておけ」 「はっ」 「しかし、国主が変わり大変な時期だろうに」 一人になった山県は少し前に入ってきた情報を思い出す。 北条家国主の失踪、新しい国主による対外政策転換。協定関係にあった上杉への宣戦布告。 「前に来たのは国主直々だったが……さて?」 駆け落ちしたという噂だが記憶している限りそういう男には見えなかった。 領民のため、そして、このJAPANという土地のためにと尽力していたはずだった。 「透琳、義風。信玄様に陰陽師の一行がお目通りを願い出ている」 「……地獄穴の一件ですか。少数とはいえ軍を動かす以上あって許可を与えねばなりませんな」 「しかし、今の北条家にそんな余力があるのですかねぇ……」 「わからん。だが、門前払いにするわけにもいくまい。開いた地獄穴周辺の民は今も苦しんでおる」 「わかりました。では、謁見の準備をしましょう」 ―謁見の間 「謁見の許可、まことにありがとうございます」 「うむ。地獄穴の存在は周辺の民を苦しめておる。しかし、我々では手をつけられぬモノ。この乱世でも協力し合わねばなるまい」 早雲の正面には『盾無し』と呼ばれる重厚な鎧をまとった国主武田信玄。 鎧のかもし出す空気も相まってかそのプレッシャーはかなりのもの。 そして、傍らには真田透琳、高坂義風。 並みの人間なら押しつぶされてしまいそうだ。 「それでは許可を頂けるのでしょうか?」 「もちろんだ。案内役という建前の監視を少数つけることになるがそれは敵国同士、きにせんでもらおう」 戦国の世、武田家と北条家の小競り合いは長く続いている。それで居てなお協力せざるを得ない地獄穴。北条家としても借りを作るためと思うことは無い。 地獄と呼ばれるその場所に密接するこのJAPANに住む限り地獄穴とはそういうものなのだ。 「ありがとうございます」 「時に早雲殿」 「何でしょうか?」 「貴殿は国主の責を捨て失踪したと耳に挟んだのだが?」 信玄の言葉、返答を間違えるとここで終わる可能性があった。 早雲自信が持っていた疑念もすでに確信に変わっていた。だが、それを出すのも賭け。 出すのは命。しかも、分はかなり悪いだろう。 「……もし、事が上手くいけば……」 「何か申したかな?」 「……いえ」 もし、事が上手くいけば必ずこの国の為になる。早雲には確信があった。 あとは踏み出すか否か。 蘭の顔が脳裏をよぎる。 決断は一瞬だった。未来のため、JAPANのため、蘭のため。今仕掛けねばいつ動くのか。 「それは根も葉もない噂です。国主を退いたのはこうして陰陽師としての責を果たしに動きやすくするため――」 「ほう?」 「――とでもいえば信じていただけますかな? 信玄殿、いえ……山県昌景殿?」 空気が凍りついた。 極限の緊張感で舌の根が乾く。 しかし、早雲は言葉を続ける。 「過去に二度、この城で信玄殿と謁見していますがその度に御身のまとう空気が違うのです。過去の時には影武者かと思っていましたが3度目の此度、そうでもないと確信に至りました。貴公らは4人でこの国を治めてきた。武田信玄という虚像の人物を作り上げて。ですが、同じ人物と謁見する場で鎧を着る者を代えたのはいささか軽率と言えましょう」 「ふむ、言いたいことはそれだけか?」 信玄が、否、山県が面鎧を外す。そして、太刀に手をかける。 「いえ、まだ半分も済んでおりませぬ」 「知られたからには一刻足りと生かしてはおけん」 現状3対1。攻撃を受けたら生き残れない。 「私の命は貴公らの手の上。もう少し話を聞いていただきたい」 「この期に及んで命乞いか?」 「いえ。ただ、事実を。私が国を離れた理由です」 「……」 「今の北条は魔人の傀儡。魔の者も多く蔓延っています。相手は魔人ザビエル。このままではJAPAN中が脅威に晒されるでしょう。今は、国内の人間同士で争っている場合ではないのです。真にこの国の、JAPANの事を想っているのなら武器を納めていただきたい」 「魔人だと? もしそれが本当ならば天志教が封印に動くであろう?」 「ええ。実際封印するために、魔人を討伐する手段を持つ島津の瓢箪集めを阻害していました。彼らが成すのはあくまで再封印。封印は過去何度もあったように年月で磨耗し魔人の顕現を許してしまう。それではただの先送りにしかならない。真にこの国のためとは到底言えないのです」 「ふむ、確かに天志教から島津に兵を向けよと使いが来ていたな。島津は魔人復活を目指している、と。だが、解せん。魔人に対抗しうる手段は聖刀日光のみと聞く。そして、今所在は知れぬままのはず。島津の持つという魔人を討伐しうる手段とやらのタネを明かしてもらおうか。……貴殿の処遇はその後に決める」 山県は武器を下げ、他の二人は静かに成り行きを見守っている。 ここで歩みを止めるわけにはいかない。 「島津に異人の将がいるのはご存知のはず。彼の持つ黒き大剣が魔人を討伐しうる武器。名を魔剣カオス」 早雲ですらヨシヒサから聞いた時点では信じていいのか悩んだ。 だが、とある夜、宿営地の二人のテントの前に転がっていた本人と偶然話す機会があった。 そんな魔人を斬れる魔剣を二人の時間の邪魔だからと無造作に捨て置くのはどうかと思ったが……。 言葉を話し思考する剣に最初こそ驚いた早雲だが、その機会があったからこそJAPANの未来の為に自分のなすべきことを見出した。 「島津の異人……。とりあえず、今命は預けておく。真偽のほどがわかるまで牢に居てもらうことになる。地獄穴の封鎖はそのあとだ」 「……わかりました。ですが、魔人が動き出した今余り猶予はありません。その事を胆に銘じておいてください」 「……どこまで信じていいものか」 「んー、そうですねぇ……間違えれば首が飛ぶ状況で吐ける嘘ではないかと」 義風は顎髭をいじりながら早雲の様子を思い返す。 「少なくとも早雲殿自身はそう信じていたように見えましたが」 全て妄想で彼がそう信じ込んでいるだけ、そんな可能性もありはしたが……。 透琳はその可能性をすぐに否定した。あの目は狂気や妄想をはらんだものではない。 「魔人の件が本当なら確かに封印より島津と協力してでも討伐するべきだろう。討伐手段があるなら封印は問題外だ。早雲の言うとおりJAPANの、将来の為にならん」 「しかし、彼の言葉だけでは踏み切れませんな。ここは一つ私が見て参りましょう。本当に魔剣とやらが存在するなら、あるいは……国の枠を超える事も選択肢の1つになるやもしれませんな」 ―島津軍宿営地 義風は早速忍び込んで来た。 とはいえ流石に宿営地、見張りの数も多く思うように探れないでいた。 「やれやれ、まいりましたねぇ……」 仕方がないので木々にまぎれて兵士の動きを観察する。 「おや?」 見張りは多い。多いのだが。 「不自然ですね」 不自然な空白がある。兵士達が移動していないエリアが。 その辺にはテントが3つほど二つは武器などが見え隠れしている。そして、空白の中心のテントには人の気配が。 罠かとも勘ぐったがとりあえず、その辺を足がかりに探ることにした。 一つ目のテント。ただ武器が並んでいるだけ。ちょっと細工してやれば妨害できるだろうが今は時間が惜しい。 二つ目のテント。こちらも倉庫代わりのようで目ぼしい物はない。しいて言えば鉄砲用の火縄が少量。危険物の為何箇所にも分けて保管してあるのだろう。 そして、3つ目のテント。なにやら言い合う声が。しかし、声は3つなのに気配は二つ。 はて、と首をかしげた義風。敵陣の中にもかかわらず少々無用心だった。 「そこ! 誰か知らんが近づくなといってあっただろうが!!」 怒鳴り声と共に剣がテントを裂き飛んできた。とっさに避ける。 そして、即座に気配を消し別のテントの影に身を隠した。 「やれやれ、失敗しましたねぇ」 周囲の気配を探る。テントの主以外に気づかれた様子はない。今のところは。 仕方がない、気づかれたのなら消えてもらおう。不安要素は少ない方がいい。 テントの主は出てくる様子もない。ならそのまま― 『何じゃお主、新顔か?』 心臓が止まるかと思った。とっさに振り返る。誰も居ない。 『と言うわけじゃなさそうだな。見張りが居ないからとここに忍び込んだのだろうが そのテントに居るのはもっとタチが悪い。気づかれんうちに帰ったほうがよいぞい?』 声のするほうには一振りの漆黒の大剣。 昼間のやり取りが思い出される。 魔人を切ることができる武器。それは意思を持ち言葉を話すと言う。 義風は無意識の内に息を呑んだ。 「これはこれは……しゃべる剣、ですか」 平静を装っているつもりだが……動揺が隠せない。 『そうとも。わしは魔剣カオス。この大陸で2本しかない魔人を切ることができる武器。わし、すごいぞ?』 「魔人を切る……」 この国のためになるのは封印か討伐か。 考えるまでも無い。我らが信念はこのJAPANのため。 それに風林火山の一角を失った今、武田信玄を続ける事に無理が出てくるだろう。 転機、なのかも知れない。 |
あとがきいう名の言い訳 なんだか、こう……書き続ける気力が消えかかってました。 年越して、3人で新年会やってちょっと気合の入れなおし。 一応19回までは書き上げました。時間が空いたときにあげていきます。 |
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