捨てられた狗


―紅魔館 レミリアの部屋
朝方、目を覚ましたレミリアは唐突に指を折り何かを数えだす。
そして、ある数字にたどり着くととても面白いことを思いついたとでもいうように不敵な笑みを浮かべる。
「咲―は駄目ね。誰かいない?」
「何でしょうか、お嬢様」
レミリアの声に応えて近くにいた妖精が現れる。
「ちょっと耳を貸しなさい。咲夜に聞かれるとまずいから」
「え、あ、はい」
「ごにょごにょごにょ……というわけで咲夜は使いに出すからその間に他の者を食堂に集めなさい」
「は、はい!」
レミリアの命令を実行すべく妖精はすぐさま飛び立った。
「ふふふ……楽しくなりそうね」
レミリアは心底楽しそう。うきうきしながらなにやら手紙を書き出す。
書き終わり、それを小さな封筒にいれ封をする。
一呼吸置いて、
「咲夜〜、ちょっとお使いを頼みたいんだけど」
誰もいない空間にそう呼びかける。瞬きする間に咲夜が現れた。いつもながら見事なものである。
「おはようございます、お嬢様」
「おはよう。早速だけどこれを霊夢に届けてきて欲しいの」
レミリアが差し出したのは先ほど書いた手紙。
「ではすぐに」
「すぐじゃなくていいの。それは昼過ぎに霊夢が開けて意味のある手紙だからのんびりと歩いていきなさい。昼過ぎまでは休暇にしてあげるから1時くらいに戻ってくればいいわ」
「休暇なんて頂かなくても……」
「ダメ。咲夜、最近まともに休んでないでしょう? 能力は特殊でもあなたは人間。もう少し自分を労りなさい」
ここまで言われてしまえば反論の余地はない。
「わかりました。ではいってまいります」
次の瞬間には咲夜の姿もない。
レミリアはさっさと着替えると食堂へ向かう。
静かに計画は動き始めた。

―食堂
「みんな集まったかしら? ちょっとしたイベントを思いついたから準備するわ。手伝いなさい」
「レミィ、咲夜がいないようだけど?」
パチュリーは不思議そうに周囲を見回す。
「使いにやったわ。昼までは帰ってこない。というか、夜まで帰ってこないでしょうけど」
「お姉様、話が見えないわ。フランにもおしえてよ〜」
「ふふふ、咲夜にお仕置きするの。……あの子ったら、昨日が大事な日だったのになにも言わないのだもの。それでね、計画というのは―」
レミリアの言葉に紅魔館の住人全てが耳を傾ける。
知らないのは咲夜だけ。

―博麗神社
「……ふう、歩いてくると以外に距離があるわね」
咲夜は長い階段を登り終え一息つく。飛んでいけばあっという間なのだが。
「それにしても……」
渡された手紙を見る。
「恋文かしら?」
最近レミリアが霊夢に入れ込んでいるのは当然知っている。
「まあ、見るわけにもいかないけど」
「珍しいわね、歩いてくるなんて」
鳥居をくぐるとおめでたいやつがいた。
「お嬢様のわがままでそうしていけって。お茶くらい出してくれるとありがたいんだけど」
「はいはい、ちょっと待ちなさい」

―縁側
「ふう、落ち着く」
「私はせっかく庭の掃除をしていたのに。お茶の時間になったじゃない」
「どうせすぐに休むつもりだったのでしょう? そうそう、そんなことよりコレ」
「手紙?」
霊夢は首をかしげながらそれを受け取る。
「レミリアからね。……なになに……ふ〜ん」
霊夢は読み終えると返事を書くからといって部屋に戻ってしまう。
猫舌の咲夜はお茶を冷ましながらのんびりと時間を過ごす。
「そういえばこうやってのんびりするのも久しぶりね……」
たまには休暇もいいものだと思う。ぽかぽかとした日差し日ごろの疲れのせいでかふと眠気に誘われる。
「霊夢、書けたら起こして……」
「もうちょっとだから。……書けたらすぐ起こしてあげる」
部屋の中で応えた霊夢だが手紙なんて書いていなかった。
ごろんと横になってレミリアからの手紙を興味深そうに読み直している。

―霊夢へ。
明日お礼の品を持って遊びに行くから咲夜を夕方まで足止めしといて欲しいの。
変なお願いと思うでしょうけど……。
方法は任せるから何とかしてね。
レミリアより

「何をたくらんでるかは知らないけれど……報酬があるんならそれくらいやるわよ。さてと、霊符でも書いて時間を潰そうかしら」
とりあえず返事を書いた便箋を用意して、後は霊符の製作に時間を当てる。
途中障子を開けて咲夜の様子を見る。
あのメイド長が無防備に寝ている状況などかなりレアイベントだ。
しかし、よく寝ている。よほど日差しが気持ちいいのだろう。
それでも日が翳ってきたらタオルケットくらいかけてやろうと思う霊夢であった。

―夕刻
「……あれ……夕日……!?」
咲夜は跳ね起きた。隣では霊夢がすやすやと寝ている。霊符作りにも飽きて昼寝にすることにしたのだ。
「ちょっと、霊夢! なんで彼方まで寝てるのよ! 返事書けたら起こしてくれるんじゃなったの?」
「……んん〜、何度も声を掛けたわよ。ちっとも起きなかったけど。はい、返事」
咲夜はそれを奪い取るかのように受け取ると時を止め紅魔館めがけて飛んだ。
「相変わらずせっかちね。さてと、そろそろ夕飯の支度をしなくちゃ」

―紅魔館
咲夜は時は止めたままでそのままレミリアの部屋へ直行。能力の使いっぱなしは体力の消耗を激しくするが気にしていられない。
「お嬢様、遅くなって申し訳ありません。ただいま戻りました」
レミリアの部屋の外から声を掛ける。
「……遅いわね。いつからそんなに役立たずになったの?」
しかられる覚悟はあったが、返ってきたのは予想以上に冷たい言葉。
「も、申し訳ありません。しかし―」
「見苦しい。言い訳までするの?」
扉が開きレミリアが姿を見せる。
「っ……」
「手紙」
突き出される手。咲夜は慌てて手紙を差し出した。
「……コレ一つ届けるのにどれだけ時間がかかってるのだか。ほんと役に立たないわね」
レミリアの言葉が心に突き刺さる。
「……咲夜、もういいわ」
「……はい?」
「お前には失望したわ。出て行って」
一瞬何を言われたかわからなかった。
「お嬢様、今、なんと―」
「聞こえなかった? お前はもう必要ないから出て行けといったのよ。どこへでも行くといいわ」
レミリアは固まる咲夜の横を通り抜けどこかへ行ってしまう。一人残された咲夜はうなだれたまましばらくそこにいたが唐突に姿を消した。
時を元に戻し姿を現したのは紅魔館周辺の森の中。
一度だけ後ろを振り返り、紅魔館を見上げる。
無性に泣きたくなったが、涙なんてものはここに来る以前に涸れてしまっている。
咲夜は正面を向き直ると薄暗い森の中をとぼとぼと歩き出した。
目的地はない。何かにぶつかりそうになれば左右どちらかに避けてまたまっすぐ歩く。
何も考えられない。
あまりの事態に頭がまだついてきていない。
紅魔館を追い出されるなど考えもしなかった。満ち足りた生活。それが当たり前になっていたこの数年。ついさっきまで悪魔の狗、十六夜咲夜だった。だが、今は?
飼い主に捨てられた狗は住処も、彼女が唯一持つ名前も失った。
それは全てを失ったことと同じ。
十六夜咲夜を形作るのはレミリア・スカーレットへの忠誠と与えられた名前だけ。
忠誠を拒絶され、紅魔館を追い出されることで名前も意味を失った。

ふと気が付けば長い階段が目に入った。どうも無意識のうちに朝と同じルートを辿っていたらしい。
咲夜は一段ずつ石段を登っていく。
さすがに夜なため霊夢も自室にこもっているようだ。
名前を失った少女はその部屋へ歩を進める。
目には狂気と怒り。手にはそれぞれナイフを。
時の操作もせずに殺気を振りまき障子を斬り破る。
「……そんなに殺気をふりまいて、しかもこんな時間に。どうしたの?」
霊夢は少女が博麗神社に踏み込んで来た時点ですでに戦闘態勢になっていた。
手にした霊符には光が灯りいつでも必殺の一撃が撃てるようにもなっている。
「あんたのせい……ちゃんと起こしてくれていたら……」
「起きなかったのは咲夜じゃない。……何があったか知らないけど、責任転嫁なんてしないで欲しいわ」
「もう咲夜じゃない……何もかも失った……!」
暗闇に浮かぶは紅い瞳。それが暗い輝きを増す。
「! もう! 片付け手伝ってよ!?」
部屋の中が無茶苦茶になるがなりふり構っていられない。霊夢は符に力をこめた。
「夢想封印!!」

「……あ〜あ、何で私が巻き込まれなきゃいけないの?」
「ちゃんと明日になったら修理用の資材と人材、後はお礼の品は持ってくるわよ」
夢想封印の威力で霊夢の自室は無茶苦茶に。
惨状を改めて確認して霊夢はため息をついた。
「しかし、何で他人を巻き込むわけ、レミリア?」
隣室への襖が開きレミリアが姿を現す。
「ん? 面白いから」
「……夢想封印していい?」
「あら、怒っちゃいやよ。まあ、ともかく、咲夜へのお仕置きはコレくらいでいいわ。協力ありがとう」
「お仕置きって言ってるけど、ソレ、何をやらかしたの?」
「昨日は咲夜が私のモノになった日。その日はずっと近くにいるようにといってあったのにこの子はいつもどおりに館の仕事に打ち込んで……。それを忘れてたからお仕置きしたの」
「ふ〜ん、まあ、どうでもいいわ。私には、ね」
「そうね、霊夢には関係のないこと。さて、そろそろおいとまするわ」
レミリアはぐったりと意識を失っている咲夜を抱き上げるとそのまま空に消えた。

「まったく、私は今夜どこで寝ればいいのよ?」
どこを見てもぐちゃぐちゃ。
「……居間で寝るしかないかな」
一人残された霊夢はぶつくさ文句を言いながらも居間で眠りについた。

―紅魔館
「今のは……夢?」
目を覚ますといつもと変わりない見慣れた天井。紅魔館の咲夜の自室である。
「夢なんて簡単なものだと思ってるの?」
声が耳に入りすぐさま飛び起きる。
咲夜のベッドに頬杖を付きずっと側にいたレミリアは、咲夜の予想通りの反応に笑みを浮かべる。
「お、お嬢様!?」
「現実は夢より複雑なもの。……ちょっとは反省した?」
「反省、ですか……?」
「……鈍いわね。昨日は何の日?」
「朝からずっと雨が降っていた日でしたわ。……あ」
「思い出した? 朝からずっと待ってたのに。咲夜ったらちっとも来ないのだもの。追い出したのはソレのお仕置き。ちょっとは身にしみたかしら?」
忘れていた孤独感。1人で存在するという恐怖感。咲夜は自らの肩を抱く。
「私……ここにいていいのでしょうか?」
「あら、ここ以外に居場所があるとも思えないけど」
それに―レミリアが耳元で呟くように言葉を続ける。

―逃がしはしないわ。十六夜咲夜は私、レミリア・スカーレットの飼い狗なんだから
私のためだけに存在しなさい。

ゾクリと背中を駆け抜ける愉悦。支配されることに生を、喜びを感じる。
咲夜は肩をさらに強く抱いた。

「返事は?」
「はい、お嬢様。私は、十六夜咲夜はレミリア様のために生き続けます」
「じゃあ、早速昨日の埋め合わせ」
言葉と共に吸血鬼のバカ力を発揮、咲夜のメイド服を引き裂く。
「お、お嬢様!」
「なに? 止めないわよ?」
「いえ。……その、同族にだけはしないで下さいね?」
「……運がよければね」
「えっ!? あう……」

かぷ。

あとがく

咲夜さん勝利。この支援のおかg(殺人ドール
しかし、その結果紫様と準決勝。
私はどっちを支援したらいいのか……OTZ


東方部屋へ           小説の部屋へ