ガンパレードマーチ その5 夏が近づき青空の広がる今日は5月にもかかわらず汗ばむほど暑い。こんな事ならいつものように髪をまとめてくればよかった。日差しを避けようにも校門前ではそれもかなわない。忍耐力のない人間ならイライラしそうな状況だが私は口元に浮かぶ笑みを禁じえないでいた。うまく笑顔になっているか少し心配だがおそらく大丈夫であろう。 まあ、それはよい。今日は久しぶりの『でぇと』なのだ。戦闘とそれに伴う整備で日曜日にゆっくりする事などできず、『でぇと』などできようはずもなかった。だが今日は問題ないはずだ。ここ数日幻獣の数は減る一方だ。我ら5121の働きも大きいが、他の部隊にもエースパイロットが生まれつつあるためだ。アルガナ勲章まででたと伝え聞く。そのかいもあり人類は大きく優位を保っている。日曜日にゆっくりと『でぇと』出来るくらいに。 それにしても遅い。もう約束の時間を5分ほど過ぎている。先ほどまで浮かんでいた笑みが薄れ消えていく。……来たら一発殴って矯正してやらねばなるまい。 「ま〜い、おはよう」 後ろから掛かる厚志の声。私は拳を固め振り向きざまに振りぬく。攻撃をすんなりと受け止める厚志の腕。拳に与えたベクトルを根こそぎ奪われ抱き寄せられた。 「ごめんね、ちょっとだけ寝過ごしちゃった」 「ふむ、謝罪を受け入れよう。しかし―」 私は私服だ。久しぶりのでぇとと言う事でそれなり―否、かなり気合を入れてなれぬ化粧もしてきたにもかかわらず、 「なぜお前は制服なのだ?」 厚志はいつもと変わらぬ制服姿。せっかくオシャレをしてきてもこれでは張り合いがない。 「ごめんね、実は昨日、家に帰ってないんだ。遅くまでハンガーにいたからね」 「一人でか?」 「ううん、原さん達整備員に手伝ってもらってた」 思わず顔が引きつった。心の奥底にふつふつと疑念が湧きあがる。 「大丈夫、そんなに心配しなくても僕が好きなのは舞だけだから」 厚志は表情を読み取ったのかあっさりと言う。こういう時はどういう顔をすればいいのか分からない。 「な、なぜ私を誘わなかった?」 これだけは他の女に譲れぬ事。 「そういうけど舞は昨日授業が終わると同時に帰っちゃったじゃない」 ……いわれるまで忘れていた。少々浮かれていて仕事もせずに帰宅した。そして、帰りに購入した雑誌に噛り付きなちゅらるめーくなる物を習得した。その成果は……出ているはずだ。 「舞が帰っちゃったから一人じゃやりづらい調整だけ手伝ってもらったんだ。舞が心配しているようなことは何もないよ。さ、行こう。こんな所にいると委員長や瀬戸口君にからかわれるよ」 「う、うむ」 いまだ釈然としない物が残るまま厚志の手に導かれた。 手を引かれるままに連れて行かれたのは近くにある小さな丘の上だ。大きな木が生えておらず小さいとはいえ街が一望できる。最近2人で見つけた穴場だ。 「なぜここなのだ?」 この場所は見晴らしがよく人がいないというだけの場所だ。 「のんびりしたかったんだ、人も幻獣もいない所で」 厚志は芝生の上に仰向けに倒れこむ。 「ほら、舞もやってみなよ」 私もまねて倒れこんでみる。芝生がやわらかく倒れて時の衝撃を吸収してくれる。確かに心地よい。丘をなで上げる風もなんともいえない。 「舞、そのままでいいの?」 何が? と聞き返すより先に気づいてしまった。風は丘の下から吹き上げて来る。……私はスカートなのだ。ばたばたと風にたなびき……なんというか全開だった。 「!?」 一瞬パニックに陥ってしまいなんとかしなければという気持ちは空回りする。 体を起こした厚志がスカートを押さえ込んだ。 「似合ってるねこの服」 「そ、そうか? 昨夜時間をかけて選んだかいがあった」 「ここへ来るにはちょっと不向きだったけど」 「お前は一言多い!」 繰り出す拳はまたもかわされた。そのまま私の肩に体重を預けてくる。 「平和なのっていいことだね」 「……今はまだかりそめのものに過ぎん。幻獣を滅ぼさぬうちは本当の平和など来はしない」 「分かってる。けどね、時々思うんだ。人間は今幻獣って言う共通の敵がいるから共に戦っているけど昔は人間同士で殺し合いの戦争をしていた。僕らが頑張って幻獣を滅ぼしても本当に平和になるのかな?」 そんな話をする厚志の瞳は深い闇をたたえている。人の心の闇を知った者の瞳。 「なるのではない。我らで平和にするのだ。芝村の最終目的を忘れたか? 我らが世界を制した暁には人と人の争いは許さぬ。させれば平和と呼べるものも訪れよう」 「……そうだね、舞と2人なら……不可能じゃ……ない……」 肩に掛かる重みがぐっと増す。厚志は小さな寝息を立てていた。先ほど厚志は夜遅くまで仕事をしていたと言っていたが実際は朝までやっていたのだろう。寝過ごしたといっていたが本当は寝てすらいないのかもしれない。 体を少しずらしてやると厚志の体は膝の上にずり落ちてくる。しばらくはこうやって寝かせてやろう。幸せそうに寝息を立てる厚志の寝顔を見ると思わず顔がほころんだ。 たまにはこうしてのんびりとするのもよい。時間の流れからも日常の責務からも開放され心が軽い。……今度小隊の休暇を陳情しておくとしよう。 いつの間にか私もウトウトしてしまっていて目を覚ませば先ほどと状況が大きく変わっていた。上から厚志が覗き込んでくる。体の位置が逆だ。 「舞、よく寝れたかい?」 「いつの間に?」 「舞も昨日寝てないんじゃない? 全然起きなかったよ?」 ……まあ、それほど寝てはいない。否、気持ちが高ぶって寝付けなかったというべきか。 「デートが楽しみで寝れなかった?」 「!!」 な、なぜ分かる!? 「あれ? 図星?」 私は赤くなった顔を見られまいと体を起こした。ただ、もう少し今の状況を省みるべきだった。厚志は私の顔を覗き込んでいる。急に体を起こせば……事故だ。 本当に星が見えた。 「つ〜、舞、事故? わざと?」 「好きにとるがいい」 「じゃあ、わざとという事にしとくよ。貸し1ね」 「何でそうなる―!?」 厚志の顔が接近し……不覚……。 「これで0」 信じられん……人前で……(ゴニョゴニョ)するとは……。 「さて、見ている彼らはどうする?」 「用向きしだいで容赦はせぬ」 背後に一人、正面に一人。一人はナイフ、もう一人は手に拳銃を持っている。 「死ね! 絢爛舞踏!!」 幻獣共生派の過激グループだ。我らが絢爛舞踏を取ったその日からこのような襲撃は繰り返されている。これで5回目となる。にもかかわらずその攻撃はお粗末としか言いようがない。突き出されるナイフをかわし、その腕を取ると足払いから地面に叩きつける。背後では私と同時に動いた厚志が銃を持った共生派を組み伏せていた。 ―と、肌があわ立つような違和感。狙われている感覚。私の組み伏せている共生派が不敵な笑みを浮かべる。……囮か。 「厚志伏せろ!」 銃弾が頭上を通り抜ける。ふむ、なかなかの苦境だな。遮蔽物もない上狙撃兵に狙われるか。とりあえず囮の共生派に手刀を入れ昏倒させる。意識がある状態では邪魔でしかない。狙撃位置は今いる場所の都合上街からであり下方から狙う形になる。それから逃れるため丘の反対側へ走る。頂上を越えたとたん狙撃は止んだ。伏兵もいないらしい。 「ふう、なんとかなったね」 隣に厚志が滑り込んでくる。 「たわけ。狙撃兵をどうにかしないと大切な厚志との時―」 口が滑った。恐る恐る厚志を見る。 「そうだよね、この時間を無駄に浪費させられるのは気に食わない」 たまに垣間見る厚志の本性。 「待ってて。黙らせてくる」 体が動かない。そのまま静止できず厚志は行ってしまった。 厚志が戻ってきたのは30分ほど経ってからだった。その間ずっと私は考えがまとまらず動けないでいた。 「舞、待たせたね。これでお邪魔虫はいなくなったよ」 戻ってきた厚志はいつもと変わらないぽややんとした表情。先ほど見せた暗い表情はすでにない。私の視線が気になったのかどうしたの? と問い掛けてくる。 「いや、なんでもない」 気づくと厚志の表情やしぐさを目で追いかける自分がいる。私の心はもはや厚志に侵食されていて私の世界の中心に厚志がいる。それが虚像であり嘘で固められた存在だとしてもそれは関係ない。私の前に速水厚志と名乗るこの男がいればそれでいい。 今はただ、我らのできることをし、生き延びるのみ。 その暁には― あとがく ガンパレ第5弾は何を思ったか芝村舞嬢の一人称で話が進みます。 そのせいかかなり短めです。しかも戦闘はなくほのぼのとした休日+αといったところ。 たぶん善行や原さんあるいは若宮がどこかで見てます。描写はありませんが。 |
ガンパレの部屋へ 次の話へ