その6

小隊日記 5月5日
わが部隊は芝村さんの陳情により休暇をもらうこととなった。
現在人類は優勢、幻獣の勢力は夏季休戦期を間近にほとんどの地域で弱体化している。
念のため今日も士魂号持参ではあったが、まさかいきなり出動要請が来るとは。
近くで戦闘が起き、配備された部隊が撤退を余儀なくされるほどの量で幻獣が現れた。
たまたま近くにいたのが我々の部隊だったということなのだが……。
いえ、損害もなしに勝ったので良しとしましょう。
担当・善行忠孝

「舞、海の匂いがするよ」
「そうだな」
「気持ちいいね」
「……厚志、私の顔を見て、私がそう思っていると見えるのか?」
5121小隊が進むのは戦闘で破壊された道路。彼らの乗るトラックは大きく揺れながら海を目指す。
「士魂号は大丈夫なのに車のゆれはダメなんだ?」
「うるさい、今は話しかけるな。胃がむかむかする」
舞は完璧な車酔いでぐったりしていた。
「絢爛舞踏を取った芝村の姫君でも弱点はあるわけだ」
「めーだよ、たかちゃん。そんなこといっちゃ」
瀬戸口とののみのやり取りもほとんど聞いていないらしい。反応すらしない。
「せっかくの休暇なのにそんなんで楽しめる?」
「……車を降りれば問題ない。揺れない場所で潮風に当たっていれば気分も晴れるだろう。……だから今はそっとしといてくれ」
ぐったり。普段の芝村舞は見る影もない。
「仕方ないな。舞、膝枕してあげるよ」
「う、うむ」
ついでに判断力も鈍っているようだ。
言った本人が一番驚いていて、本当に舞が膝に頭を乗せてくるとは思っていなかった。
ののみは瀬戸口に膝枕をねだり、壬生屋は「不潔です!」と叫び、来須は帽子を深くかぶりなおし、若宮は何を思ったか立ち上がり後方にいる整備班の士魂号を運ぶトラックに向かって声を張り上げた。
「も〜と〜こ〜さ〜ん!!!!」
と、整備車両の助手席からスパナが。
スパナは若宮の額を叩き割ったが、……まあ、大丈夫だろう。
その悲鳴は後ろに流れていき、一組の乗り込む軽トラックの運転席にいる3人にはほとんど聞こえていなかった。
「なにやら騒がしいですね。私達も騒ぎましょうか?」
「ウチもみんなと騒ぎたかったのに〜! 何でウチが運転手やねん!」
「……じゃんけん……勝った……」
「負ければ日差しすら避けられない荷台へ、勝ったら冷房が効いた車内にという話だったでしょう?」
勝ち組は加藤、善行、石津の指揮車両組の三人。トップで勝ち抜けた加藤が成り行きで運転することに。
「じゃんけんに勝って、勝負に負けた気分やわ……」
「まあ、そういわないで。せっかくの休暇です。皆さん楽しみましょう」
「……人生は……そううまく……行かない……もの」
「い、石津さん……」
微妙に笑みを浮かべた石津のつぶやきに善行は冷や汗を流した。

―海
「一番乗りだ!」
制服の下に水着を着込んでいた田代は整備車両の横で制服を脱ぎ捨てると海岸へダッシュする。
「ぬ、そう簡単に一番乗りばさせんばい!」
続いて中村がダッシュには程遠いが走る。
「たかちゃん、鬼ごっこかな? ののみもまぜて〜」
「よし、追いかけるぞ!」
さらにはののみ、瀬戸口が追いかけ、なし崩しに鬼ごっこが始まった。
「みんな元気だね」
「……我々もそろそろ行くとしよう。迷惑をかけたな、厚志よ」
車酔いから復活した舞はまだ制服姿で。
「それはいいけど水着にならないの?」
舞が固まった。
「ど、どうしても脱がねばならんのか?」
「せっかくだから泳ごうよ。着てきたんでしょ?」
「う、うむ。しかし……その……」
「あ、そういうことか。心配ないよ」
ニコッと極上の微笑みを浮かべる厚志。舞は本能で危機を察し厚志から距離をとった。
「何をするつもりだ?」
「舞こそなんで逃げるの? 昨日だってあれだけしたのに水着姿がイヤだってのは矛盾してるよ?」
「そ、それとこれとは違うであろう!」
と、頭上から声が。
「ふ〜ん。君達、お盛んね」
整備車両の上には善行と原が。舞が厚志から距離を取ったためすぐ側に居たようだ。
「愛し合うのは結構ですが、翌日の戦闘に響かないように。あと、うちの小隊には東原君もいますから明るいうちからそのテの話は避けてくださいね」
「……厚志、行くぞ」
舞は真っ赤な顔のまま服を脱ぎ捨てると歩き出した。厚志もすぐにそれを追う。
「しかし、素子さん。なぜ黙っていてあげなかったのです? 面白いやり取りを最後まで見たかったのですが?」
「あら、あんな話を聞いてお忙しい誰かさんに欲情されたら困るから」
「ヒドイ言い方ですね」
「誰も貴方のことなんて言っていないわ。それより、はいこれ」
原が取り出したのは30cm四方のバスケット。ふたを取ると色とりどりのサンドイッチが入っている。
「今朝早起きして作ったの。普段忙しい誰かさんに差し入れよ」
「やはり『忙しい誰かさん』は私ですか?」
「他に誰かいると思って?」
善行はいいえと首を振りサンドイッチに手を伸ばした。
(休暇というのも悪くないものですね……)

―山一つ越えた町
「撤退だ! 戻れ!」
部隊指令が無線に向かって叫ぶ。
『断る! このまま見殺しに出来るか!』
「軍規違反だぞ! あいつはもう助けられん! お前まで死ぬぞ!」
戦場のど真ん中で一機の士魂号軽装甲型が幻獣と戦っていた。
最近出来た数少ない人型士魂号のある小隊。無線の相手はそのパイロットだ。
『俺が助ける! 指令は下がってろ!』
ぶつっと無線が切られる。幻獣はたった一機の残った士魂号を狙い撃ちにしていた。
「仲間から注意を反らす気か……しかし、我々の残存戦力では救出など不可能だぞ……?」
3418独立戦車小隊。そこに配備されているのは2機の軽装甲型。そのうち一機は戦闘領域の奥深くで大破、パイロットは脱出したものの部隊に撤退命令が下った。
スカウトも大半が撤退した今救出に向かえるものはいなかった。
だが、もう1人のパイロットは諦めようとしない。
「竹内、近くに支援を求められそうな部隊は?」
「現在戦闘を行ってるのは我々の部隊のみ……砲撃支援も航空支援も望めません……」
「たまたま近くにいる部隊でもかまわん! 上層部からの命令無視となるが、仲間を助けようとしているあいつを見捨てられるほど俺は非情じゃない! 支援要請を全方向に飛ばせ!」
「はっ!」
支援要請が発信された。

―整備車両の上
「はい、あ〜ん」
「しなきゃ食べられないのですか?」
「あたりまえよ。はい、あ〜ん」
「しかし、他の人に見られたら……」
「大丈夫、あの子達なら海で元気にはしゃいでるわ。私達は私達で休日を満喫しなきゃ」
サンドイッチが、善行の目の前でゆれる。原の手作りだ。喜んで食べたい。が、食べさせてもらうのはあまりに恥ずかしすぎた。逆ならまだ良いが、原はそんなことを許しはしないのも分かっている。
(どうしたものでしょうか?)
「あ〜ん」
原はまだ諦めていない。
(これは折れるしかなさそうですね……)
誰も見ていないことを祈りつつあ〜んとやろうとした時、実にタイミングよく緊急支援要請のコールが鳴り響いた。
善行は反射的にそれにでるべく整備車両を飛び降り、原は手に持っていたサンドイッチを握りつぶした。こめかみには青筋が。
「こちら休暇中の5121小隊、善行千翼長」
『5121……。は、失礼しました。こちら3418独立戦車小隊、現在幻獣と交戦中。危険な状態にあるため救援をお願いしたい!』
「撤退命令は出ていないのですか?」
『交信者、変わります。私は三科百翼長、3418の指令をやっています。……正直に言います。司令部からの撤退命令は10分前に出ました。しかし、士魂号が一機、戦地の奥に残された仲間を救うべく撤退を拒否しています。……私には彼らを見捨てることは出来ません』
「……事情は分かりました。敵幻獣の規模と数、出来る限り詳しい状況をこちらに。もう少し粘ってください」
『了解。……ありがとうございます』

「せっかくの休暇が台無しですね」
「よかったわね、私から逃げる口実が出来て」
「待ってください、あれはただ悩んでいただけで―」
つっと、原の人差し指が口元に添えられた。それ以上言う必要はないと言いたげに。
「善行指令、早く召集をかけるべきでは?」
「……そうですね」
一呼吸置いて、善行はマイクのレシーバーを手にした。
『皆さん、近くで戦闘中の部隊から支援要請が来ました。申し訳ありませんが休暇はこれまでです。直ちに出撃準備をしてください』
「えええええ〜〜〜!」
「まだ、ついて一時間も経ってないのにな」
「でもね、しえんよーせーってことは助けてーってことなのよ?」
「分かってるよ。ののみはやさしい子だな」
「……やっぱり……うまくは、いかない……わ」
海の方からはいっせいに不満の声が。
『不満は後で聞きましょう。状況は緊迫しています。5分以内に士魂号のセットアップを』
明らかに嫌々だが、皆すぐ準備にかかる。
「せっかく舞が陳情したのにね」
「仕方あるまい。幻獣が減ったと甘く見ていた我々の過失だ」
よほど水着が嫌だったのか、誰よりも早くウォードレスを身に着けた舞はてきぱきと起動準備をこなす。
『戦闘域は送ったので確認してください。士魂号二機は山道を抜け直線で向かってください。戦闘域の側面に出るはずです』
「了解した。厚志いけるか?」
「うん。準備OK。せっかくの休暇を台無しにしてくれたんだ、今日の敵は一匹も逃がさないよ」
「よし。三番機、発進する。壬生屋は我らを追従せよ。煙幕弾発射後切り込むがよい」
『分かりました』
士魂号が山道に入ってまもなく整備車両から通信が入る。
『こちら整備車両。みんな、少々壊しても良いわ。そのかわり、私達のあま〜い時間を台無しにした奴らは必ず殲滅すること。いいわね?』
「原よ、安心するがよい。元より我らはそのつもりだ」
『そう。じゃあ、がんばって』
「うむ」
通信が切れて、厚志は後ろの席を振り返る。
「舞、今日は饒舌だね」
「もう少しは海にいたかったからな。少し怒りを覚えている」
「水着を見られるのは嫌なのに?」
厚志は踏まれた。目の前には舞の靴の裏が。
「黙るがよい」
「……今度は二人きりの時に見せてね?」
「厚志! 戦闘前に私の心を乱すなといつも言っているだろう!」
『お二人とも、もうすぐ頂上ですよ』
壬生屋機から通信が。ほぼ同時に二機は頂上へ。戦場が見下ろせる。
「士魂号軽装甲……3148と言えばゴールドソードを得た者がいる部隊だな。あやつがそうか」
戦場の中央で士魂号が一機、ミノタウロスやナーガ相手に立ち回っている。手に武器はない。弾が尽きたのかひたすら回避し、移動を繰り返している。
「厚志、煙幕弾の用意を。壬生屋は突撃の用意を」
『いつでもいけます!』
煙幕弾の着弾と共に壬生屋機が突撃、三番機もすぐあとを追う。
「10時方向へ1200。ミサイルを撃ち込み敵の数を減らすぞ」
「うん、分かった」

轟音と閃光。同時に自分の機体を取り囲んでいた幻獣が次々と吹き飛んで霧散していく。
「つ〜、誰だ! 味方を巻き込む気か!」
『私がそのようなミスをすると思うか? それより先に助けられたことへの礼を言うべきだろう』
無線の声は初めて聞く声だ。
「悪ぃ、そうだな。ありがとよ」
『どういたしまして。武器がないみたいだね、無理せず下がってくれてもいいよ?』
もう1人の声はどこかぽややんな感じ。
「いや、武器ならあるぜ?」

厚志と舞の見ている前で軽装甲機がダッシュをかける。ミサイルで蹴散らされた空白地に入り込んできた先頭のミノタウロスに肉薄、ミノタウロスの拳をさらりと流しダッシュの勢いのままミノタウロスの頭部に拳を打ち込む。
ぱん、とミノタウロスの頭がはじけ飛びその巨体が崩れ落ちた。
「『閃拳の八雲』か。それがあいつの二つ名だ。ミノタウロスを武器無しで倒すとは、かなりの腕だな」
「ゴールドソード獲得も頷けるね。僕らも動こう。負けていられない」
「うむ。では、1時方向へ。壬生屋機の援護をしつつ、残敵を掃討する」
「了解」
『こちら3148指令車。敵はうちの八雲がひきつける。その間にもう一機の士魂号パイロットを救出してくれないか?』
「座標を。すぐに向かおう」
「なるほど、二機のうち一機がやられたから撤退命令が下ったわけだ。だから、脱出したパイロットを救出する有余がなかったんだね」
「そして、八雲はそれを受け入れなかった。……そのおかげで我々の休暇が台無しになったわけだが、仕方がない。特別に許してやろう」
「目標を追っている敵はミノタウロスが3体か。いくよ、舞」
走りながらジャイアントアサルトを構え、撃つ。ちょうど背を向けていたミノタウロスの背中に弾丸が吸い込まれ振り返る間のなく爆散した。
「残り2体。気づかれたぞ。2時、3時方向から生体ミサイル。回避せよ」
三番機はミサイルをギリギリまでひきつけてからすっと身をかわし即座に撃ち返す。攻撃直後の硬直を狙われた一体が回避行動もとれず腹部を打ち抜かれ崩れ落ちる。
「後一体!」
最後の一体を飛び越え背後へ。振り向きざまの拳撃を受け流す。腕を振り切ったミノタウロスは完全に無防備で。厚志は銃口をミノタウロスに密着させ引き金を引いた。
「終わりだな。そこに隠れている者、出てくるがよい」
『助かったの……?』
「後は、囮をやっているあやつを連れ戻すだけだ。そなたは下がれ」
「八雲君は無事なんですね……よかった……。ありがとうございます」
瓦礫と化した家屋から出てきたのは久遠戦車兵型を纏った女性兵。
「後方までの敵は殲滅してある。速やかに撤退せよ」
「はい」

「はっ!」
剛剣一閃、ミノタウロスが袈裟切りにされ倒れる。
「重装甲のあんた、中々やるな!」
「貴方こそ、拳でそこまで幻獣と渡り合えるとは」
「下手に武器を持つより慣れてるんでね」
スピードの乗った踏み込みと同時に放たれる拳がナーガの頭部を吹き飛ばす。
続いて後方から発射されたキメラのレーザーを回避、そのまま距離を詰める。すぐに狙いを改めたキメラの第二射が来るがそれも余裕の動きで見切る。
「お前で最後だ!」
キメラに回避行動をとる暇など無く、中央の頭を砕かれ、拳は二の腕までめり込んだ。
最後の悪あがきにテイルハンマーをぶつけようとするが、もう一方の手に捕まれ引きちぎられた。

―撤退ライン
三機の士魂号が戻ってきて、それぞれのパイロットが下りてくる。
「八雲君!」
3148小隊のもう1人のパイロットが降りてきた八雲に抱きつく。
舞は憮然とした表情でそれを見つめ、厚志はなるほどと小さくつぶやき、壬生屋はほほを赤く染め口元を手で覆った。
「おい、ちょっ、人前だったの!」
「その通り。もう少し遠慮してもらいたいものだな」
「ご、ごめんなさい……」
あわててはなれる二人。
「そうだ、改めて自己紹介しておくか。俺は八雲卓。一応ゴールドソードをもらった」
「舞だ。芝村をやっている」
「僕は速水厚志。よろしく」
「結城詩織です。助けていただいて本当にありがとうございます。あの……もしかして5121の……?」
「芝村! 速水! どこかで聞いた名前だと思ったら、絢爛舞踏か!」
「う、うむ」
八雲の勢いに圧倒され、舞も厚志も一歩下がる。
「俺はあんた達の活躍を知って、スカウトから戦車兵に志願したんだ! まさか、同じ戦場に立てるなんて!」
飛び跳ねんばかりの喜びよう。
「……八雲よ、水をさすようで悪いが自分のやったことを冷静になって思い出してみろ」
舞の一言で表情が一転した。
「命令違反、単独行動、か。けどよ、詩織を見殺しになんて出来るわけないし……」
「しかし、上層部はそんな理由まで見てくれませんよ」
ようやく到着した5121の指揮車両から善行が降りてきた。
「上層部が見るのは命令違反という点のみ。本来なら軍法会議モノです。少なくても軍刑務所に2,3年は入ることになるでしょう」
八雲は目に見えて凹む。善行はそれを見て楽しそうに微笑を浮かべる。
「本来ならば、です。貴方はゴールドソードを手にしたエースパイロット。いくら夏季休戦期が近いからといってエース級のパイロットを刑務所に収監するほど上層部もバカではないでしょう。ただし、以後同じことは繰り返さないように。自分の部隊だけでなく、周辺の部隊にも迷惑をかけることになります」
「はい!」
その後、八雲は三科指令にこってり絞られることとなる。
それを横目に見つつ善行は舞のほうへ。
「操作はお任せしていいでしょうか?」
「かまわん。あれほどのパイロットはこの先貴重だ。潰させはしない」
「当然ですね。休戦明けには同じ戦場に立つこともあるかもしれませんしね。……あと、休暇の件ですが。半日もしないうちになくなってしまいましたね」
「仕方あるまい。それに中々の収穫があった」
「私はあんまりよくないんだけど?」
まったく気配を感じさせず、善行の背後に原が。
「も、素……コホン、原さん、気持ちは分かりますがこれは仕方ない―」
「ええ。理解してるわ。でも、私がいいたいのは支援要請が来るまで粘った善行指令のこと」
話が見えない舞と厚志は触らぬ神にたたりなしとばかりにその場を離れる。
「え、あ、芝村さん! 速水君!」
時すでに遅し。がしっと襟首をつかまれた。
「今度の日曜日の朝9時校門前に。サンドイッチの埋め合わせはそれで許してあげる」
「しかし、予定が……」
「あら、拒否権なんてあると思って?」
原の鬼気を感じて、3148の隊員もその場から大慌てで離れていった。無論5121のメンバーはすでに退避している。
「な、無いんですね、やはり……」

―9日 昼休み
「よう」
「こんにちは」
一組の教室に八雲と結城が現れた。
「この校舎に隊員以外が来るなんてめずらしいな。何のようだ?」
「芝村と速水に用があるんだがいるかい?」
「あいつらなら屋上じゃないか?」
「屋上、か。……上がって大丈夫なのか、このプレハブ?」
「……そういえば、考えたこともなかったな」
一組の面々はそういえばと頷く。
「おいおい……」
八雲はあきれるしかなかった。

―屋上
ベコベコ音をたてる屋上を恐々進み屋上の端にいる二人の元へ。
舞は腕を組み地上を見下ろす。厚志はその少し後ろで舞と彼女が見下ろす世界を見ていた。
「……邪魔していいか?」
なんとなく声をかけ難い雰囲気がある。単純に絢爛舞踏だからというわけでもない。
「明日で自然休戦期だ」
いつから気づいていたのか舞は後ろを振り向きもせず二人に声をかける。
「そうだな。あんたらに助けてもらったおかげで俺達は生き延びられた」
「今日は改めてお礼を言いたくて」
「……戦場での礼はされたと思ったが?」
「まったくお咎め無しってのは、うちの指令じゃ無理だ。無能とは言わないがそこまでの権力はない。出来そうなのはあんたの顔くらいしか思いつかなかった」
舞はようやく二人の方を振り返った。それに習い厚志も二人の方を向く。
「私は私がしたいようにしただけだ。……そなたらはこれからどうするつもりだ?」
自然休戦期となれば今の部隊は一度解散することになる。元々時間稼ぎの学兵が連戦を生き残り、残った部隊の戦力は自衛軍のそれに匹敵するものとなっている。その部隊を一度ばらし再構成することになるだろう。
「俺はきっと軍に残る。実家も親も幻獣に皆殺しにされてるからな。それに抜けられるとも思えない」
「士魂号のパイロットだから。私達」
「そうだな。我々とて手放すつもりはない。お前達の力はこの先に必要だ」
「人が争わずに生活できるようになるには誰かが戦って幻獣を倒さなきゃいけないんだ。僕らがそれを出来るなら僕は舞と一緒にやり通すよ」
自身に満ちた二人の顔。
「……見事に芝村だな、あんたら。でも、ま、嫌いじゃないぜ」
「八雲、結城。そなたらも我々と共に来い。無論楽な戦場には送らぬがな」
「そうだな。一度死んだかもしれない命だ。好きにしてくれ」
「大した力にはなれないと思うけど私も同じ」
うむと頷く舞。そして再び地上を見下ろす。
「善行が次の戦いに向けての部隊編成に暗躍している。我々は今までと同じように中型、大型幻獣を狩る遊撃部隊となるだろう。激戦を生き延びた学兵を纏め上げ最強の部隊を作る。地上を取り戻した暁には黒き月に行くことにもなるだろう。我々の野望を叶えるためには血反吐を吐いてでも先に進まねばならん。死ぬことも逃げることも許されないぞ?」
「それがどうした」
「私は……八雲君が一緒にいるなら」
「僕は舞が行くところならどこへでもついていくよ。そして、どこかの誰かの未来のために戦い続けるよ」
八雲、結城そして厚志も当然、舞に賛同した。
珍しく舞の顔に笑みが浮かぶ。それも自信たっぷりな。

「ところで、野望ってなんなんだ?」
「実は世界征服なんだ」
「世界征服!? ……芝村だもんな」
「壮大な野望ね……」
「夢は大きい方がいいよ」
―何もないよりは、ね

―最初は名前すら持たず、ただ記号と数字だけが自分を表すモノ。
恐怖と苦痛の毎日。夢や野望など存在しえなかった。
今は一転。
彼女との出会いは劇的で刺激的で僕自身の生きる意味。
仲良くなった二人も、5121の誰も死なせたくはない。
この環境にいたからこそ今の僕がある。
いつでも脅え、何もかもから逃げていた僕はもう存在しない。
彼女といる限り、どんな地獄のような戦場に行こうとも脅えず逃げることもない。

舞、僕は誓う。君と野望を果たすその日まで、僕は君の盾となり矛となり、君の側にいようと思う。例え君がそれを望まない日が来るとしても。

あとがき

なんとなくだらだらと書いていたガンパレですが今回をもって最終回となります。
さすがにネタも尽きてきたので。
オリキャラ出てくるあたりいっぱいいっぱい〈汗
次は異界の物語をちゃっちゃと完結させる予定。
でもあいかわらず予定は未定なのでどうなるかはやっぱり未定。


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