ファーストコンタクト 後編

―街道
「……ふう、結局野宿することになりそうね。今日は進むのを諦めて準備しましょうか」
「何であんたが仕切ってんだ?」
「あんたはまだガキでしょ? 戦闘力はあるかもしれないけど今のあんたに人をまとめる器なんてないでしょ?」
「うぐ……」
「ランス様、元々、魔想さんが護衛してきているのですし……」
「志津香でいいわよ。シィルちゃん」
「あ、はい。志津香さんがリーダーで問題ないと思うのですが」
「……ふん、好きにしろ」

やっぱりまだまだガキだ。観察するにつれてそれがはっきりしてくる。昔の、まだ人であった頃のランスそのもの。シィルちゃんのことがホントに好きでしょうがない様子。……こうなるであろうことは分かっていたけれど。……微妙に複雑な気分。

「だあ、もう! 気になるぞ! さっきからなんで俺をそんなに見つめる!? 抱いて欲しいならその物陰で―」
「馬鹿いわないで。こんな真昼間に外でより室な……じゃなくて、あんたに抱かれる気はないって言ってるでしょ?」
「じゃあ、なんでずっと視線が俺に来るんだ?」
「それは……アイスで有名な冒険者がどんな人物か見極めたいから、かしら」
「ほうほう、でどうだ?」
「ガキね」

こういってやれば真っ赤になって反論してくる。

「なんだと!? 数千年に1人の逸材と呼ばれているこの俺に向かってガキだと?」

ほらね?

「そうやって怒るあたりがガキだって言ってるの。もう少し落ち着いたら? ほら、シィルちゃんもちゃんと躾けなきゃだめよ?」
「し、躾けるだなんて……」
「こういう男の言いなりになってちゃダメなの。後で後悔することになるわよ」
「だぁ〜! 言わせておけば!」
「なによ、やるつもり? お子ちゃまに負ける気はないわよ?」
「ああ〜、ランス君、魔想君。喧嘩はやめて準備をしないかね?」
しばらく傍観を決めていたローグだが日が傾き始めるとそうも行かなくなり、恐る恐る口を出す。
「そ、そうですよ。ランス様、薪を取りに行きましょう!」
「その前にこの女と決着を―」
「ダメです! ほら、行きますよ」
シィルは強引にランスの腕を掴み街道沿いの木立へ入っていった。
「今日はらしくないね、魔想君?」
志津香は頷いてため息をついた。
「ペースが狂わされっぱなしです……」
「別に彼らがいなくても君1人いれば護衛は十分だったんだが……スレイヤー卿がどうしてもと言うので仕方がなかった」
「あんなのでもいるといないではだいぶ違いますよ」
「まあ、それもそうか」
「そういうものです」
しばらくしてランスとシィルが戻り本格的にキャンプの用意が始まった。

「まさか、旅先のキャンプでこんなおいしいものが食べられるなんてね」
「ありがとうございます」
「シィルのへんでろぱは絶品だからな。魔想も心して食えよ」
「はいはい。……ホント、おいしいわ」
「そんなことないですよ」
「シィル、おかわり」
照れるシィルにランスが空いた器を突き出す。
「はいどうぞ」
がつがつと食べるランスを見ているシィルの表情はとても幸せそう。
それを横目に見ながら、志津香は自分の表情に気づかず黙々と自分の分を食べた。

「テントはローグさんがそれでシィルちゃんとランスがそっち、私はこれ。見張りは私とランスで交代。それでいいわね?」
「あの、私は見張りをしなくてもいいのでしょうか?」
「う〜ん、二人で交代すれば十分だしいいわ。美容のためにも十分な睡眠は必要よ」
「よし、決まりだ。じゃあ、最初は魔想、任せたぞ」
シィルが何か言い出す前にランスはシィルをテントの中に連れ込んだ。
志津香は額を押さえる。
「……睡眠、ちゃんととりなさいよ……?」
「……我々はもう少し離れようか」
テントの中からシィルの押し殺した声が聞こえ始める。
「……です……ランス様……さん達に聞こえ……んっ……あっ……」
「気にするな。俺様がヤリたくてシィルはぬれぬれだ、なぜやめる必要がある?」
「で……も……あっ! やっ……入ってくるぅ……」
「……やっぱり、ランスはランス、か……」
生まれ変わろうと言動共に志津香の知るランスそのものだ。
殺しきれなくなったシィルの声が響きだすと志津香は慌てて距離を取った。

ヤバイ……アイツに開発された体がイヤでも反応する。
顔が火照り、鼓動が激しく打ち、体の奥底がドロリと濡れて、疼く……
どれだけ自分がアイツに溺れていたか再認識させられる。
広いベッドの上で散々焦らされ『お願い』しない限り最後までいかせてくれないこともあった。ホーネットさんやアールコートちゃんを交えてしたときもあった。野外でなんてのも。その一つ一つを体が思い出す。
……疼きが止まらない……。
認めたくないけど、シィルちゃんがランスの横にいるけど……やっぱり諦め切れてないんだなぁ……。
はぁ〜。
ため息出ちゃう。

志津香はキャンプから離れて近くの木に身体を預ける。
どうしようもなく火照った身体を冷まさないことにはキャンプに戻れない。
自然と大きなため息がこぼれた。
と、大量の何かが空気を裂く。
見張りが離れたのを見計らっての攻撃。大量の矢がキャンプに降り注ぐ。
「っ!? しまった!」

なんてこと……自分の事に気を取られすぎてた!
仕事の最中だと言うのに……!

「間に合って! 火爆破!!」
圧縮詠唱から形状変化。地面から拭きあがった炎は壁となりほとんどの矢を焼き払った。
しかし、間に合わなかったものがランスとシィルのテントに降り注ぐ。
「ランス!」
考えるより先に体が動いた。テントに近づくが、それよりどうにかせねばならないことが視界の端に写る。
ローグが数人の兵士に囲まれていた。

仕事かランスか。……考えるまでもない。仕事を優先。
大丈夫、あの二人がこれくらいで死んだりするはずがない。

「ファイヤーレーザー!」
本来4本のはずの火線が同時に数十本。その光で周囲が赤く照らし出され、襲ってきた兵士が焼かれ、上げる炎でキャンプ周辺は昼間のようになる。
その間に志津香はローグと合流した。
兵士は闇に紛れるため黒装束だったがこうなっては意味も無い。少しはなれたところで弓を構えていた兵士達も赤々と照らし出される。
そこへ突進する一つの影。
「うら〜〜〜〜〜〜〜!!!! 俺とシィルの至福の時を邪魔しといてただで済むと思ってんのか!!??」
すさまじい気迫と形相と共に、至近距離から放たれる矢を打ち払い、回避しランスは弓兵部隊を次々に倒していく。
「シィルだけイって俺様はまだなんだぞ!! だあ〜〜〜! 死ね!!」
完全な八つ当たり。それでもランスはランス。接近された弓兵ごとき敵ではない。
ランスは敵の全滅を確認すると志津香の方へ。
その目はランランと欲情に燃えていて……。
「ヤらせろ」
「寝言は寝て言いなさい」

あきれかえりつつも、正確に蹴りを。これ以上詰め寄られると耐えられなくなるから……。
少なくても身体を許すつもりは無い。
一度でも許してしまえば泥沼だ。後戻りできなくなる。
とりあえず朝までは寝ていてもらおう。

ランスは蹴られた股間を押さえ無言でうずくまった。
その後ピクリとも動かなくなる。
志津香はそれを完全に無視して、ローグに問いかけた。
「怪我は?」
「なに、私はかすり傷だが……ランス君が重症のようだね」
「あのバカは放って置いてください」
「……あの痛みは君には分からないだろうが……」
なんとなく事態を察しローグは顔をしかめた。思わず自分のまで痛くなったから。
「それはそうとシィルさんは?」
「きっと疲れて寝てるんじゃないでしょか? 見てきます」
そういって志津香は穴だらけになったランスとシィルのテントを覗き込む。
案の定シィルはランスのマントだけを羽織った状態で気持ち良さそうに寝息を立てていた。
きっと夜襲があったことすら気づいてはいまい。

またため息が出る。
ランスと会ってから増える一方ね……幸せが逃げていっちゃう。
なんだかんだ言っても幸せそうなシィルちゃんを見て少しうらやましく思ってしまう。
でもこれは彼女だけの特権。
理解はしている。初めて会った時から分かっていたはずなのに。
あのバカがやさしくしてくれるから……。
やっぱり認めるしかないみたい。
私の本心は、本当はランスを諦めようとも思っていないみたい。
マリアの事言えないわね……。

その後の行程は特に何もなく一行はカスタムにたどり着いた。
「本当に助かった。3人ともご苦労だった」
ローグの屋敷まで送り届け3人の任務は完了だ。
「報酬にも色をつけておく。また、何かあったら頼むよ」
「おお、任せておけ。この俺に仕事を依頼できるとは光栄なことだからな」

「まったく、あんなこと言うところがガキだって言うのに」
「まだ言うか!?」
「分かってないようだったら何度でも言ってあげるけど?」
ローグの屋敷からの帰り道、始まりそうになる喧嘩をシィルはけなげに阻止しようとする。
「二人とも喧嘩しないで下さい」
「シィルは黙ってろ」
「はうっ……」
無力だった。
「こら、シィルちゃんが脅えてるでしょ? もう少し優しくしてあげなさいよ」
「うっ……」
「そうそう、シィルちゃん。魔法を覚える気は無い?」
「えっ……」
「見たところ素質はあるわ。初歩の攻撃呪文とヒーリングくらい覚えておいて損は無いから」
それが出来ればランスにもっと楽がさせられるから。志津香はがそう付け加えるとシィルの目が輝いた。
「魔想が教えるのか?」
「違うわよ。いい教師がいるから。ちょっとついてきて」
向かう先はカスタムの住宅街。
「ここよ。シィルちゃんだけ入って」
「おい、俺は?」
「ここは私の家。あんたには入って欲しくないから外で待ってて。すぐだから」
「さては見せられないようなエロいアイテムが―」
そこまで口にしてランスは通りの反対側まで逃げた。
わずかの差で志津香の蹴りが空を切る。
「はずしたか。まあいいわ。シィルちゃん、入って」
「はい」
玄関を上がったところで志津香はシィルに少し待つように言って奥にはいる。
「ただいま」
『む、お疲れさん』
部屋に人の気配は無いにもかかわらず返事が返る。
「ちょっと驚きにお客がいるけど……驚かないで下さいね?」
『いったい誰じゃ? リセットちゃんや無敵君ではないだろうのう?』
「ある意味近いかも。でもそれよりたちが悪い。あの二人ですから」
『……まさか……王と……?』
「正解。だから、絶対にぼろは出さないで下さい。後もう一つお願いがあるんです。シィルちゃんについていって魔法を教えてあげてもらえませんか?」
『なるほど、のう……。わしはかまわんぞい』
「ありがとう、チャカさん」
『気にしないでおくれ』
志津香は明かりを灯しシィルを招き入れる。
「シィルちゃん、この人が先生なの」
「えっ? どこに?」
志津香の指差す先には人形のようなかぶりものがあるだけ。
『ふむふむ、素質は十分じゃのう』
「きゃっ!」
いきなりしゃべりだしたかぶりもの。知らなければホラーでしかない。
「この人はチャカ・カドミュウム。わけあってこんな姿だけど魔法についてかなり詳しいわ。私はもう全部教えてもらったから今度はシィルちゃんが」
「い、いいんですか? えっと、よろしくお願いします! もっと、ランス様のお役に立ちたいんです!」
勢いよく頭を下げるシィルを志津香は複雑な気分で見ていた。もちろん、表情を顔に出すようなマネはしない。なんといっても人生経験は豊富だ。
こうしてチャカはシィルに貰われていくこととなった。

その後シィルが帰って家には志津香ひとりとなる。だいぶ昔、マリス達が隠れ家として使っていた廃墟を偶然見つけ、そこで捨てられていたチャカを見つけた。それからは話し相手がいたが今はもう誰もいない。そう仕向けたのは自分だが……。
志津香は自室のベッドに身を投げ出した。
「きっと、今回だけじゃない……あいつの側にいて……私はいつまで耐えられるのかな……?」

疑問系。思わず口に出てしまったけど答えるものは当然いない。
もう一度出会ってしまえばただ話すだけではすまないだろう。私は弱いから。
チャカさんを渡したのも再び会う口実になるかもと考えていた私があるから。
会えば平静でいられなくなるのに、一番になれないとわかっているのに。
アイツの側にいたい……。

その後、魔人・志津香はベッドの上でごろごろしながら、しばらく悩み一つの結論に至る。
それは―
「ランスのバカ……」
あとがく?

またもや本編放置。……ゴメンナサイ。
でも後編だから許してください?
次は本編に行きます。……例によってたぶん。


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