第20回 再起/帰還 ―亜空間 大きな音を立てて氷精結界が砕け散った。 「くっ……たかが魔人のくせに……」 気づけば分身の数が激減している。一緒に冷凍されていた者を合わせても元の4分の1程度だ。だが、レギオンは余裕の表情を見せる。 再び腹部が塵となりものの数秒で悪魔の軍勢が元通りになってしまった。 魔人たちは満身創痍、魔王も単体ならまだしもこれら全てを倒しきる余力も無い。 「嘘だろ……勘弁してくれ。こちとら腹ペコだってのによ」 「ガルティアさんだけじゃないです。……みんな、もう余力なんて……」 アールコートの指揮能力を持ってしてももう限界が近い。 「さあ、仕切りなおしと行こう。二度目の奇跡は無い!!」 レギオンが満身創痍の魔人達に攻撃しようとした時、レギオンも含めた誰もがソレに気を引かれた。魔人とレギオンの中間に裂け目が出来て、ソレはどこからとも無く現れた。 黒いローブに冷めた目つき。顔の形こそプランナーに似ているがまったく違うモノ。 圧倒的な圧力。魔王の比ではない。プランナーから発せられるそれに近いのだ。 最も違うのは色。目に見えるわけではないが発せられる圧力も凶悪なまでにどす黒い。息が詰まるほどの負の気配が放たれる。 レギオンは分身を瞬時に消滅させ、ソレの足元に傅いた。 「ラ、ラサウム様……なぜ、このような所へ?」 レギオンは震える声を抑えつつ主たる悪魔の王、ラサウムに問う。 「魔王と魔人の魂が我が物になるかと思うとせめてその死に様くらい見てやろうと思ってな」 視線が魔王と魔人に向けられる。 ただそれだけで誰もが硬直して動けなくなった。ホーネットとて例外ではない。 「あ、悪魔王ラサウム……そんな……」 「勘弁してよ……無茶な悪魔の次はその王って……」 足が震えて立っているのも辛い。今の志津香は気力で立っているようなものだ。 そしてそれは他の者も同じだった。 「……だが思っていたよりたいしたこともないな。レギオン程度にこの様か」 「はい、その通りでございます」 「くくく……そういうお前もちゃちな結界に捕まっていただろうが。まあ、油断とてあるか」 「も、申し訳ありません」 「失態はことが成れば見過ごしてやろう。私はお前が織り成す惨劇を見に来たのだ。これ以上観客を待たせるな」 「は、はい!!」 「よ、よかったじゃない。アレが直接攻撃してくる訳じゃないんだし……」 「でも、姉さん。今の私達には……」 「うっ……かなりピンチじゃない……」 「むしろ、絶体絶命といった方がしっくり来るかもしれませんね」 冷静そうに見えるケッセルリンクだがいつもよりイライラした感が漂う。 「口を慎みなさい、ケッセルリンク。まだ、終ったわけではありません」 ホーネットは希望を捨ててはいない。 そう、ランスが戻ってくることを信じている。そして、この状況を打開してくれると。 「もう少し耐えるのです。きっと、ランス様が……」 その言葉でランスを信じる女達はプレッシャーを跳ね除けた。 「そうよね。アイツなら派手に戻ってきてやらかしてくれる!」 「……現金なものだな」 見る間に力を取り戻す女魔人たちを見ているとプレッシャーにまだ負けている自分達が馬鹿馬鹿しくなる。 「さ〜て、メアリーの所に戻るためにももうひとがんばりするかね」 「ふう……私としたことがこれくらいのことで弱気になるなんて……」 「まったくだ。早く帰って飯が食いたい」 「違いないな。俺もマルチナ殿に振舞ってもらおうか」 残りも活気を取り戻す。残る力は少ないが後ろ向きになるよりは前向きになるほうがいい。 その中心にランスの存在がある。 もし、間に合わなかったらなんてことは誰も考えない。 否、誰も気づかない。ランスという存在はそれで当たり前なのだ。 誰も想像しないことをやってしまう存在。 だから、一度惹きつけられた女は離れられない。その破天荒さが最大の魅力。 「ふん、やる気になったところで実力差は埋まらないぞ」 「……そうかな? 追い詰められれば鼠も猫を咬み殺す。最大限の力を発揮してくるだろう。レギオン、貴様が咬まれても興が削げる」 「心得ております」 「ならば出せる限りの力を使い、魂が最期の輝きを見せるその瞬間を叩き潰せ。……我を愉しませるのだぞ?」 「はっ!」 レギオンの姿が霞む。首から下が全て塵となる。 「おい……まさか……!」 「空が……埋め尽くされた……」 どこまでも広がる白い異空間。いまやそこは黒い翼で埋め尽くされた。 視界は全て黒、黒、黒。 『さあ、最期の宴を始めよう!!!』 重なる声は空間すら振るわせるほど。その音だけでも押しつぶされてしまいそうだ。 「ふん、五月蝿くてかなわんな」 ラサウムは高みの見物を決め込むためか、黒い軍勢のさらに上空へ飛ぶ。 だが、戦闘が始まるにもかかわらずラサウムは下を見ずに虚空を見る。 「……少し予定より遅い」 『仕方ないよ。予想より彼へのダメージが大きかったから』 「そこを何とかするのがお前の役割だろう」 『う、痛いとこを突くな〜。っと、後1分』 「そうか」 そこでようやく下を見る。遥か下では魔人達が全力で黒の軍勢と戦っている。身体は戦闘を続行できる状態ではないはずだ。前衛で戦う近接戦闘組に至っては最早瀕死の状態だろう。 それを見下ろすラサウムは片手を下に向けた。その手のひらに尋常でない力が集う。 「では、出番を終えた役者にご退場願おうか」 禍々しい力が解き放たれた。 下では戦闘が止まっていた。レギオンも魔王も魔人もその力に圧倒されて動きを止めている。 「これは……ラサウム様の……!!?」 首だけになっているレギオン本体は呆然とそれを見上げる。 迫ってくるのは黒い壁。レーザー系の魔法をまとめて撃てば壁のように見える。だが、規模が違った。一発ずつは小指ほどの黒い光。だが、その数が異常。 視界が端から端まで黒。白い亜空間は全て黒に塗りつぶされる。 見渡す限りの黒い壁。闇が落ちてくる。 魔人と魔王を消すだけならここまで必要ない。 そして気づく。 主が、自分も含めて消してしまうつもりだと。 いつ、主の怒りに触れたのかは分からないが、生きていれば弁解のチャンスもあるかもしれない。生き残るために、レギオンは分身たちを身体にもどそうとした。 だが、遅すぎた。 レギオンの体より黒い黒が全てを蹂躙していく。頭から股間まで貫かれ、落下するより先に別の数百条の光に貫かれ塵も残りはしない。 「あ……」 地上ではホーネットが残る力を全て使い自分と魔人全員の周囲にシールドを張った。 だが、上空の様子を見て、今のシールドが紙ほどの抵抗にもならないと悟る。 自分達の頭上で起きていることはそれほどまでに無茶苦茶だった。 そして、シールドがあっさりと何の抵抗も無く貫かれる。さすがに、ホーネットも死を覚悟した。 死をはらんだ黒い光が近づいてくるのがスローモーションで見える。ホーネットの額まであと数cm。恐怖する暇もありはしない。 今までの人生が走馬灯のように流れいつまで経っても終らない。ランスの姿が次々と現れては去っていく。だが、終らない。 そう、終らないのだ。 「……あれ?」 視界の遠くの方、つまり上空ではレギオンの分身が黒い光の束に蹂躙され消滅していく。だが、自分に迫る黒い光は止まったまま。いや、動いてはいるが自分に近づくにつれてスピードが落ちていく。そして、肌に触れる直前、跡形もなく消えた。 「生きて……る?」 何が起きているのか、もうわけが分からなかった。 そして、それはレギオンもだった。 「ぐっ……なぜだ……なぜ奴らが生きている!!」 何とか近場の分身は回収できたのか上半身は元に戻っている。だが、そんなことはどうでもよかった。本体は何故か狙われなかったが体を構成する分身のほとんどを消された。しかも、主たるラサウムに、だ。 「簡単なこと。お前は我に捨てられたということだ」 吐き捨てたつもりの言葉にいつの間にかすぐ側に降りてきたラサウムが答える。 「な、なにを……?」 声が震える。 「正直、ルドラサウムが消えた今、覇権争いなどどうでもいいのだ。ただ単に娯楽が無かったから適当にやれと命じただけだ。だが、プランナーが今後の関係について接触してきてな。魂の取り合いをゲームにしようと言ってきた。我はその話に乗ることにしただけだ」 「そ、それとどういう……」 「『ゲーム』の条件の一つに『二人の世界の契約が終わった後』というのがある。この契約はプランナーのシナリオに沿って進むはずのモノ。この契約が終るまでは準備期間となる。お前の存在は契約にとってイレギュラーということだな。まあ、『ゲーム』のことは一握りの側近しか知らせてなかったからそうなっても仕方が無かったのだが、このままプランナーに処理を任せて借りを作ったまま『ゲーム』を始めるのも癪だ。だから、我が直々に無かったことにしてやるのだ」 レギオンはただ呆然とし震えるばかり。 ラサウムは表情一つ変えずに言葉を続ける。 「本当は欠片も残さず消すつもりだったのだがな……奴が再戦を希望していてな―」 ラサウムは空間の歪みに手を差し入れ何かを引き抜いた。 「……普通に出せよ」 そこから引き抜かれたのは頭を掴まれた憮然とした表情のランス。 フェリスに移動を頼んだのだが途中で拉致られた。 「足からの方が良かったか?」 「そういう問題じゃないだろう」 「まあ、いい。行くがいい。我の出番はここで終いだ」 ラサウムはランスを掴んだまま振りかぶる。 「え、ちょ、待て!?」 投げた。その先にはレギオンの上半身が。 驚き硬直するレギオンと何とか体勢を整えカオスを構えるランス。 「まずはこの前の礼だ!!」 絶妙のタイミングでフェリスがランスの足場を出現させる。それを蹴りレギオンの真上へ移動、カオスを振り上げる。 「喰らえ!! ラァァンスアタァァァック!!!」 蒼い光を纏った魔剣が炸裂した。 爆音と閃光があたりを包み込みまともに見ていられるのはラサウムくらいか。 必殺技を放ったランスですら相手の様子を見ることは出来ない。 「……まあ、復帰第一弾にしては上出来か」 「ぐぐぐぐぐ……人間ごときが……」 「ったく……あきれるくらい頑丈だな」 レギオンの体は重傷こそ負っているものの、ラサウムの攻撃で失った四肢は元に戻っていた。だが、その動きはどこかぎこちない。 「その上にその回復力か。あきれるな」 「ランス様、大丈夫ですか?」 少し遅れて転移してきたシィルがランスの側に走り寄る。ついで、ホーネット達もその側に。 「……ただでさえ人間離れしているとは思っていましたが……この短い時間で治療できる傷ではなかったでしょう?」 「減らず口が叩けるなら見た目ほどダメージは無いのか」 「しかし、どうやって治療したのですか?」 「パイアールのおかげだな。話は後だ。シィル、怪我の酷いハウゼルとサイゼルから治療しろ。あいつは俺が仕留める。ホーネットは流れ弾に注意して防御を」 「はい」 「志津香」 「なによ?」 「マリア」 「どうしたの?」 「サテラ」 「な、なんだ?」 「サイゼル」 「ごめん……余裕ない」 「ハウゼル」 「は……い」 「月乃」 「はい」 「アールコート」 「は、はい!」 「カミーラ」 「なんだというのだ?」 ランスはぐるりと女達の顔を見回し声をかけていく。 「ホーネット」 「はい、何でございましょう?」 「お前達はよくやった。心配かけてすまなかったな。後は俺様に任せろ」 一部の者は目に涙まで浮かべている。 「あ、あの〜私は呼んでもらえないのですか?」 「シルキィ。すまん、目立たなかったからな」 しゃがみこみ地面にのの字を書き出すシルキィ。 ランスは困った顔をして頭をかいた。 「仕方がない―」 しゃがみこんでいるシルキィの細い体を抱き上げ呆然として半開きの唇を奪う。 「これで我慢しろ」 他の魔人から黄色い悲鳴が上がった。 「……さて、もう修復は済んだか?」 「ランスさん……わざと馬鹿騒ぎを?」 ランスは余裕の笑みで後方のレギオンを振り返る。 否、その姿はレノン。 「ん? レギオンはどうした?」 「今は体の中で休息中です。しかし、やってくれますね……悪魔の王ですら味方につけてしまうなんて」 「まあ、俺が提案したわけじゃないがな」 「そうですか。どちらにしろ、貴方への復讐する動機が一つ増えました」 突然レノンは自らの腕を引きちぎった。だが、そこから流れるはずの血は1滴も流れない。 そもそも断面が無かった。あるのは皮膚からわずか数ミリの肉だけ。それより中は、骨すらない空洞。 「レギオンの軍隊は契約者の細胞を用いて作ります。そして、その細胞の大半を消された私の体は空っぽ。外見だけはつくろってありますがね。そして、こうなった原因は貴方だ」 レノンはパイ・ロードを構える。 「貴方を殺すのは私であってレギオンではない。そして、今が好機!」 「そんなぼろぼろの体で好機も何もあったもんじゃないと思うがな?」 ランスもカオスを抜き二人は切り結ぶ。 「一応、思い通りに動くのです。今の状態でも肉体のスペックは上だ!」 「……確かに、な」 レギオンがパイ・ロードを振りぬき、ランスは軽々と吹き飛ばされた。だが、うまく着地してダメージは無い。 「力もある。速さもある。だが、技が無い」 からっぽの手足はほとんど思い通りに動く。 だが、動きに以前のキレがあるかといえば答えは否。 「完全に人間であることを止めてその程度か? やるならもっとやってみろ」 「その程度の相手に一度やられたのは貴様だ!!」 「そうだ、その礼を忘れていたな」 レノンはダッシュと同時にパイ・ロードを振り下ろす。威力は凄まじく、受ければカオスが破壊されかねないほど。当然ランスは受けようとはせず、カオスを斜めに当てて攻撃をそらす。 「な、にぃ!?」 「以前……っても魔王の時の話だが。俺様のガキに剣術を教えていたじじいがやっていたのを見たことがある。防御から攻撃に転ずる剣術だな」 攻撃の途中で行動できないレノンの耳元で囁かれるランスの声。 「名前までは覚えてないが確かこんな感じで追撃を入れる」 互いの距離は零。レノンのダッシュの勢いがそのままランスの膝蹴りに付加された。 べきゃっと、砕ける感触がランスの膝に伝わる。レノンはそのまま吹っ飛ばされ地面に大の字に転がった。その腹部は大きくへこんでいた。 「……本当に空っぽなんだな。空き缶でも殴った感じだ」 「はは……はははは……そんなことは私自身が一番よく分かっていますよ……私の命がもう長くないことも」 細胞はボロボロ、内臓はほとんどなく、今のレノンはレギオンとの契約で生きているようなもの。そのレギオンも王から捨てられ、悪魔としての存在を消されようとしている。 「私に残っているのは貴方への復讐心くらいのものです。……ここは一つ、私に殺されませんか?」 「寝言は死んでから言え」 「死人に口なし。死んだら寝言はいえません」 「じゃあ、訂正だ。死んで、あの世でリックとレイラに謝っとけ」 「……謝るのは裏切った貴様の方だ!!」 激昂したレノンは必殺技の構え。ランスはにやりと不敵な笑みを浮かべる。 「死ねぇ!!! バイ・ラ・ウェイ!!」 縦横無尽に描かれる紅い光の軌跡がランスに襲い掛かる。だが、ランスはカオスを構えようとしない。あろうことか必殺の剣閃をカオスも使わず全てを回避してしまう。 「やはりな……お前のは未完成だ。リックは同じ相手に同じパターンを使わない。見切られればそれで終わりだからな!!」 全て回避しきり、そこでカオスが唸る。 紙を裂くような軽い音と共にパイ・ロードを持ったレノンの腕が宙を舞う。 「どうせ一度見ただけで、後は我流とか言うオチだろう? 同じパターンの剣撃なんてこの俺様に通用すると本気で思っていたのか?」 「見たことすらない……父は、私が物心ついた頃から剣を握ることはなかったのだから」 「……そうか」 「父からはコツを聞いただけ。後は己が力で身につけろ、と。……しかし、未完成……か」 「そうだな、あと10年くらい修行すれば何とかなるんじゃないか? まあ、それは夢のまた夢なわけだが」 ランスはカオスを構えなおす。こちらも必殺技の構え。 「……貴方こそ同じ技だ。範囲もスピードも把握されている。私にそれが効くとでも?」 「ふん、最強の俺様にはそんな小細工は必要ない!」 言い切った。 胸を張って。 これにはレノンも言葉を失った。ついでにギャラリーと化している魔人たちも。 「だから、素手の相手にランスアタックもぶつけない。早く拾え」 昔のランスなら100%躊躇なく攻撃しただろう。誰もがそれは確信している。 「……後悔しますよ」 「後悔? 過去は何度かあったがこれから先はしない」 「そうですか」 そういいつつもレノンは動こうとしない。 「ん? さっさと拾え」 「いえ、もう手にしていますよ!!」 ランスの後方、魔人たちの側に落ちていたレノンの腕。突如、パイ・ロードに光が戻り浮き上がる。 「何っ!!?」 ランスは反応できない。浮き上がったパイ・ロードはホーネットのシールドを易々と切り裂きその切っ先をシィルに向ける。 「大切な物を失う苦しみ、もう一度その身に刻み込むがいい!!」 サイゼルの治療に集中していたシィルは自分に向かって振り下ろされる紅い剣をぼうっと見上げた。体は動かない。 「シィィーーーーールッ!!!」 ランスは絶叫と同時に走り出した。だが、どうやってもまにあわない距離。 背を見せたランスを見て、レノンは獰猛に笑う。抜き放つは短剣。恐ろしい瞬発力でランスに迫る。ランスは気づかない。いや、自分のことは眼中にない。 紅い剣が振り下ろされ、大気は紅く染まる。 一方、ランスとレノンの距離はすでにレノンの間合い。そこになってようやくランスもレノンに気づく。カオスに手を掛けるがもう間に合わない。短剣の軌道は心臓直撃コース。 凶悪な笑みを浮かべるレノン。悔しそうに顔をゆがめるランス。二人の視界に突如、円筒形の物が飛び込んできた。ランスを掠めるように飛来し、それはレノンに触れて大爆発を起こした。ランスもレノンも吹き飛ばされ、ランスは誰かに受け止められた。 あちこち火傷を負ったがたいしたダメージではない。 「遅くなりました、父上。助太刀いたします」 「む、無敵……?」 「パ〜パ、リセットもいるよ!!」 後方には四角い箱の様な物を担いだリセットがVサインしている。 「父上は下がってください」 そういわれてランスは我に返った。振り返る。へたり込むシィルがいる。 思わず胸をなでおろし、直後、息を呑んだ。 パイ・ロードはカイトの体に食い込み、その半ばで止まっていた。防御に回したであろう両腕は切断され、裂傷は肩から斜めに腹筋辺りまで。 「カイト……」 「王よ……役に立とうと思ったがこれくらいしか、おもい……つかな……かった……」 「……俺は人間だ」 「……俺が、認めた王であることは……変わりない」 カイトの体が崩れていく。 光の粒になり、それが集い消えた時には赤い球体、魔血魂が一つ。 ホーネットがそれに手を伸ばす。それをランスが制し、自分のポケットにしまった。 「……お前にはもう一度役に立ってもらう。それはでは消えるな。お前を保て。これはお前の言う王からの命令だ」 『……承知した』 「シィル、怪我はないか?」 「は、はい」 「ならいい。……ホーネット、無敵とリセットと俺様以外を連れて城に戻れ」 「し、しかし……っ!? わ、分かりました」 ホーネットは何を見たのか、シィルが残ろうとするのも強引に連れて転移した。 ―上空 「ねえ、プランナー。ホントのところはどうなの? もしかして私達はこの時のためだけにあの世界に飛ばされていたの?」 ふわふわの謎生物の上で寝転がり頬杖をつき、隣にいるプランナーを見上げるワーグ。 「そうだといったらどうするつもりだい?」 「どうもしない。それなりに楽しかったから。ただ、あの世界は本当に危なかった。一つ間違えれば私もここにいなかったかもしれない」 「それはないな」 黙って下の様子を見ていたもう一人、ラサウムが口を挟む。 「ない、って?」 「そいつは何一つ本当のことを言っていない。あの世界はどこもおかしくなんかなかった。全てはそいつとあの世界を管理している神のでっち上げだ。ただ単に、時間の都合が付けやすかった。それだけの理由でお前達はあそこに飛ばされた」 「ちょっと、ラサウムそんな暴露話は――あっ」 「黙って」 プランナーは蹴られて落下した。 「何時でも戻ってくることも出来た。山本悪司が制覇しようと世界は巻き戻らない。……特定の何かが起きると巻き戻る世界なんてあると思うのか?」 「……一つくらいはあるんじゃない? きっと星の数ほど『世界』なんてものがあるんだろうし」 「だが、あそこは狂言だったわけだ。切り札を隠すため、そして、あわよくば切り札を鍛えるため」 「なるほど、ためになるわ。けど、何でそこまでして予防線を張った?」 「契約だから。彼と彼女が望む世界。その契約のために」 「契約のためなら他世界も巻き込むか。ククク、悪魔よりよほど悪魔らしい」 「褒めている? 貶している? どっちだい、ラサウム?」 「貶しているに決まっているだろうが私は悪魔を統べる王だぞ」 「……どっちでもいいわよ、そんな事。それより下が気になるわ」 ワーグに言われて創造神と悪魔王は遥かしたの様子を見下ろす。 「やれることはやった。後は全て彼次第。……不本意ながらね」 「まあ、アイツなら大丈夫よ。あっという間に終るはず」 「……だといいがな。油断は即、死に繋がる」 ラサウムの呟きは他の二人に聞かれることなく消えた。王たる彼はいち早くその力に気づいていた。膨れ上がっていく悪魔の力に。 |
あとがき 1年以上更新停止してましたね……。 なんとかこうして書いてみたんですけど当時の感覚が薄れていて正直ちょっと微妙。 けど、下手に手を加えると改悪になりそうなので妥協することに。 ……しかし、妥協してしまうあたり、創作意欲が薄れているな〜とちょっぴり思った。 とりあえず、あと、2〜3回で終る予定ですがそこまでは一気にいきたいと思っています。 お楽しみに。 |