外伝 少年剣士の冒険 後編

「私は……君に惚れてしまったようだ」
「……」
ランスはなんとも呆けた顔で言葉を失っている。
「……」
「……」
「女にここまで言わせて何も答えないのはどうかと思うが?」
「え、いや、すまん。初対面でいきなりはさすがに驚いた」
「……」
「……」
再び沈黙。
「……私も驚いている。そう長く活動しているわけでもないが、これが恋ではないと否定する要素を私は持ち合わせていない」
「いや、その前にさ、あんた人間じゃないだろう?」
「む、言っていなかったな。その通り。私はバトルノート。女の子モンスターの一種だ」
「それが、俺に?」
「ああ。過去ならまだしも、人と魔の共存が動き始めた今の時代だ、なんら問題はないと思うが。いや、確かに、私たち女の子モンスターにとって人間の精液は毒になり、子供を作ることも出来ないが……」
過去のランスはやれれば種族など気にしない。ただ、今のランスはまだ人間以外とは経験を持っていない。それゆえ戸惑う。
「それで、少年……と、名前も聞いていなかったな」
「あ、ああ。俺はランス」
どこかで聞いた事のある名前だった。どこで聞いたか?
思い出してバトルノートの表情が凍りついた。続いて血の気が引いていく。こんなことをしている場合ではなかったのに。自分はなんとのん気に話しているのか?
「……ランス……君がアイスの街のランスなのか?」
「そうだ。って、結構有名なのか俺って?」
「悪名だろう、きっと」
ずっと黙って二人のやり取りを見ていたアクセルが口を挟む。
「うるさい」
「事実だろう」
「ならお前もセットだろう」
「くっ……」
バトルノートの耳には二人の会話など入っていない。
魔人サテラが助けを請うほどの相手だ、もっと屈強な歴戦の兵をイメージしていた。
だが、目の前にいる少年はとてもそう見えない。確かに潜在能力は高そうだが、大成するのはまだ先だろう。本当に戦力になるようには見えない。
「……アイスに、ランスという名前の者は他にいるのか?」
「いないな。先々代の魔王と同じ名前なんて誰もつけようと思わないさ。……俺を捨てた親は別だろうがな」
魔王と同じ名前。先々代の魔王は人間の王だった。だが、寿命を終える前に力を娘に譲渡し、死亡したと伝えられる。サテラのいうランスが先々代の魔王ならそれがアイスにいるわけが無い。だが、偶然の一致にしてはあまりにも出来すぎている。
どうするべきか? こうして悩んでいる間にもサテラは酷い目にあっている。
結論、この少年ランスにかけてもいい気がした。
自分の心を一瞬で捕らえた、何かやってくれそうな力強さを秘めたその目を信じたい。
「ランス、頼みがある」
表情をただしランスの目を見る。
「頼み?」
「ああ。これから近くの洞窟に捕らわれているある人物を奪回したい。その作戦に対する協力を要請する」
まだ、ランスの答えを聞いていないが今はそれより優先すべきことがある。
「ああ、かまわないぜ。たぶん、元から目的地は同じみたいだ」
ランスが懐から取り出したギルドの指示書に目を通す。それは魔王城でサテラに見せられた対応要請書と同じ物。ただ、違う所といえばランクの所にSという判が押されていたということ。
つまり、それ相応の実力を持ち合わせているのだろう。少し、不安要素が消えた。本当にこの3人で何とかなるかもしれない。実際はC〜Bランクと予想して持ってきたわけだがバトルノートが知るよしも無い。
「そうか。改めて礼を」
「よし、じゃあ、行くか。案内を頼むぜ、バトルノート」
「分かっている。だが、その前に私のことはレナ、と。バトルノートはあくまで種族名だ。君には私個人の名前で呼んでもらいたい」
「あ、んん、わかった。しかし、モンスターにも個体の名前をつける習慣があったなんて初耳だ」
「そうだな、個別の名前を持つものはあまりいないかもしれない。精々集落のまとめ役や魔人の補佐を任ぜられたものくらいか。私の母は一時期ある魔物使いの人間の従魔をしていた。その魔物使いが寿命を迎えこちらに戻ってきた後も魔物使いにもらった名前を大事にしていた。私に名前が付けられたのはその影響だろう」
「魔物使い、ね。またまたレアな職種だ。うちのギルドにはいないな。それはそうと、俺も名前で呼んでいいのかい?」
「……ふむ、仕方ない。出来ればランスだけにしてもらいたいのだが君が不満に思うだろう。別に名前で呼んでもらってもかまわない」
「……さいで。はぁ……なんでランスだけもてるかな……」
アクセルとランスの関係は4〜5歳の時から始まっている。足掛け10年近く。だが、もてるのはランスだけ。アクセルも平均以上のルックスは持っているがどうにももてない。正確には女の子が近づいてくるのだが、アクセルに到達する前にランスに喰われる。その事実をアクセルは知らない。
「そろそろいいか、レナ?」
「そうだな。一瞬でも時間が惜しい。こっちだ」
こうして、3人はレナの先導のもとサテラが捕らわれている洞窟に向かって移動を開始した。

―???
『サテラ、どうした? もうギブアップか?』
「ま、まだ大丈夫……だから……ランス、サテラにもっと、して……」
上気した顔、潤んだ目、力なく背中に回す腕。
飛びそうな意識をランスの側にいたい一身で繋ぎとめる。
ランスを独り占めすることは出来ない。誰もがしたいと思っていても彼自身がそれを良しとしない。だけど、こうして繋がっている時だけは彼を独占できる。だから1秒でも長く、1分でも長く意識を繋ぎとめ、爪を手のひらに食い込ませてでも自分を保つ。
ほんのひと時だけの独占。快楽には慣れた。最初は触れられただけでも意識を保つことが難しかったのに。ランスによって徐々に慣らされた。

だから、与えられる快楽に耐えることには慣れている。
ありとあらゆる所を犯されてもサテラは耐える。
こんなところで壊れてたまるか。
意識を手放してなるものか。
ランスの攻めに比べたらこいつらの与えてくる快楽など前戯以下だ。
否、快楽と呼ぶのもおこがましい。
サテラの目にはただひたすら怒りが燃える。
アカメ達はそれを消そうとやっきになる。
サテラが自由を取り戻せば自分達に後はない。
ただひたすら、サテラの心を壊そうと持てる技巧をつくして攻め立てる。
最早、自分達の快楽のためなどではない。突き動かすのは死への恐怖。
そして、その行動こそがサテラに正気を保たせているとも気づかずに。
暗い洞窟の中狂気の宴はまだ続く。

―洞窟付近
それは小さな岩山にある洞窟。街道から適度に離れてしかも入り口付近はいりくんでいて外からは発見しにくい。元は盗賊か何かが拠点にしていたのであろう。入り口付近にはかまどの残骸もある。そこから少しはなれた岩の陰に3人は座り込んでいた。
「……思ったより見張りは少ないな」
「中にはアカメが約100体。ここに来るまでに始末した者を外してもまだ90以上はいることになる」
「おい、アクセル。どこがC〜Bランクだ?」
「数がそこまで多いなんて一言も書いてなかっただろうが」
「……? 待て、二人とも。何の話をしている?」
「この依頼のランクの話だ。アクセルはこれを見てC〜Bランクだと判断したんだ。ギルドの跡継ぎが。実際は……A、あるいはSランクじゃねぇか?」
「……それはつまり、ランスには荷が勝ちすぎると?」
ここで頷かれれば救出は絶望的になる。いくらなんでも焦りすぎたのか?
「誰がそんなことを言った?」
レナの不安をよそにランスはニヤリと不敵に笑う。不覚にもドキッとした。
「俺の辞書に敗北の文字はない!!」
断言。しかも大声で。
見張りのアカメ5体が3人に気づく。
―状況把握、戦闘行動の回避は不可。
色々と予想を裏切ってくれる。レナはつられるように笑みを浮かべる。
「行くぜ!!」
ランスの無謀とも思える突撃。
「やれやれ。戦略と戦術の基本ぐらい覚えてもいいと思うんだが……」
愚痴りながらもアクセルはボウガンを放つ。矢は詠唱を始めたアカメを射抜きその詠唱を阻害する。
「せいっ!」
威力は抜群。装甲を持たないアカメの体を一瞬で破壊する。さらに、ロングソードを振りぬいた勢いまで利用して方向転換。ランスを背後から絡めとろうと触手を伸ばしたアカメをその触手ごと叩き斬る。
だが、背後ががら空き。そこを狙い別の敵が動く。そこへボウガンが3連射。
ランスは援護をアクセルにまかせきっている。悪友への信頼ゆえに成り立つコンビネーション。
レナの目はランスの動きを追う。心底楽しそうに剣を振るうランス。やっていることは戦術のプロたる彼女から見れば児戯にも等しい。だが、そのある種、舞のような動きに魅了される。
「おりゃぁ!!」
全力で振りぬいたロングソードは苦もなく最後の一体を滅ぼした。
「ふう、どうだ。アカメごとき俺の敵じゃない」
「そうだな。だが、まだまだ敵はいる。次からは私の指示に従ってくれ。そうすればずっとこのペースを保つことも不可能ではない」
「なんでわざわざそんな面倒なことを?」
「忘れたか? この身はバトルノート。この頭にはありとあらゆる戦術と戦略が入っている。まあ、あの方には劣るがそれでも利用しない手はないと思うぞ?」
そう言ってレナはあの人の姿を思い浮かべる。
普段は優しいが、戦いに出ると自分が想像すらできぬ策略を巡らせ、隙すら与えず敵を葬りさる。
いつか自分もあの人の高みにまで上ってみたい、そう思ったことは数知れなかった。

―魔王城 大浴室
「――くしゅん!」
広い空間にくしゃみが響く。
「ああ、長くつかりすぎましたね。アールコートさん、そろそろ上がりましょうか」
「はい、ホーネット様」

―洞窟内部
「それに……今のままでは私がランスの役にたてない」
そして、レナにとってはそれが不満。
視線は懇願するような上目遣い。もちろん意図的に。
「そ、そうか。わかった。この先はそうする」
あっさりと落ちた。まだまだ人生経験が足りない。
ランスはちょっと照れながら答える。その表情は歳相応のものだった。
一方アクセルは一言も声を掛けられなかったことに対して拗ねている。
「んじゃ、レナ。指示を頼むぜ?」
「ああ、任せてもらおう。ランスの戦い方は記憶した。それを元に選出した最良の戦術をお目にかけよう」
「……ランスはいいとして、俺は?」
「君にはランスの背後を取った敵を狙撃してもらう。期待している」
「うし、分かった」
レナの言葉にアクセルは機嫌よく答える。
やはりこういう手合いは扱いやすくて良い。少し目を向ければそれでいい。
単純な奴だ、とレナは口元に苦笑いを浮かべる。
「では、これより突入し戦闘を開始する。全員配置に付け!」
号令一下、この瞬間より3つの『個』は一つの『群体』となる。

―砂漠
ずどどどどどどどど……。
盛大に土煙を上げながら疾走する影が一つ。
「サテラサマァァ!!!!」
それを見た者は思わず道を譲る。轢かれるからとかそんな理由ではない。
石の巨体にたなびく白い布。フリフリエプロン。
見た者は例外なく絶句し道を譲った。
シーザーは己の勘を頼りにサテラのいる洞窟へ一直線。ひたすらに。
ちなみに現地点に到達する前に小さな町を一つ貫通している。壁など無意味。家など見えていない。被害は甚大。
幸い怪我人は今のところ出ていない。が、まあ、時間の問題だろう。
「オオオオオオオオォッ!!!」
雄叫びを上げながらギアを引き上げる。
そのスピードはメガラスの巡航速度に匹敵したとかしないとか……。

―洞窟内部
レナの指示は完全にランスにあわせてのもの。動きにくいわけがなく、その動きは普段に増して速く鋭くなる。指示と同時にかけられる身体能力強化の付与系魔法。一時的に攻撃力、魔抵力、自然回復力などが強化されている。
アカメの放つ魔法程度なら直撃してもたいしたダメージにならない。怖いのが敵の数だが戦場は狭い洞窟内、さらに中への突入が不意打ちでありアカメ達には統率力もない。
混乱したまま各個で戦おうにもそれでは勝負にならないのだ。
たまに団結する小集団が現れても、アクセルとレナの飛び道具が連携を許さない。
たった3人の小さな『群体』は数で遥かに凌駕する『烏合の衆』をかなりのスピードで蹂躙していく。

「止まってくれ、ランス」
ギリギリで生き延びたアカメがさらに奥へ逃げていく。それを追撃しようとしたランスだがレナの声に動きを止める。
「世色癌を。怪我は自然回復に任せていても疲労はそうもいかない」
「確かにな……これだけ暴れるのも久しぶりだ」
ランスは道具袋から世色癌を取り出し苦そうに飲み込んだ。
「これから先は敵も死に物狂いになる。この洞窟の奥に逃げても袋の鼠だからな。今までと同じ気持ちで挑むと窮鼠に咬まれることになりかねない。ゆえに少し休憩しよう」
敵地のど真ん中だというのに、レナは自分から近くの岩に腰を下ろす。敵の気配は遠ざかる一方。こちらに打って出てくる気はないようで、ランスとアクセルはそれを確認して腰を下ろした。
「今までの戦闘で40体。残りはまだ半分以上いる。ランスは周囲を気にせず休んでくれ。警戒は私が行う」
「いいのか? レナもずっと動きっぱなしだろ」
「心配してくれるのは嬉しいが私は問題ない。それより……少し動かないでくれ」
レナはランスのすぐ隣へ。ポケットからハンカチを取り出すとランスの汗を拭った。
「お、おい。汚れるぞ?」
「ハンカチは使えば汚れるものだ。気にしなくていい。……それとも、照れているのか?」
わりと図星。ランスは言葉を失いされるがまま。
レナは心底楽しそうにランスを綺麗にしていく。
そんな二人のやり取りを間近で見せられたアクセルはため息と共に不貞腐れるのだった。

「さ、さて、これくらいにしておいて先へ進もうぜ」
「確かにアカメどもに体勢を整える時間を与えたくない。しかし、露骨に私から逃れようとするのは感心しないな。そんなに嫌だったか?」
「……そうじゃないとわかって聞いてるだろ?」
「私の楽しみを中断した罰だ」
「急ぐんじゃないのか? 捕まってるやつがどんな目にあってるか心配じゃないのか?」
「痛いところを突くな……。分かっている。だが、体を休めず先に進んで返り討ちになるのだけは避けたい。だから、私はより確率の高い方法を選ぶ」
本当は強行突破したいくらいだ。サテラは魔人ゆえ命の心配はない。だが、その精神まで無敵というわけではない。それこそ1秒でも速く救出に赴きたいが、今ある戦力で救出するためには適度に体を休めて常に全力で戦えるように状況を整える必要がある。あせって失敗しては元も子もない。
「そうか。じゃ、これからも的確な指示を頼むぜ」
「ああ、任せておけ」
頷きあい歩き出すランスとレナ。
「……俺は蚊帳の外かよ」
アクセルの呟きは誰の耳にも届かず消えた。

―洞窟内最奥
そこには生臭い匂いがたちこめている。雄と雌の混ざり合った性の匂い。
「……まあ、こうなってるとは思ってたがよ。……俺以外が女を抱いてるのを見ると頭にくるな」
「ふむ、興味深いセリフだが、頭にくるという点では同感だ。そういうことはお互いの同意の上で行うことだろう。それが人であれ魔物であれ基本はそうなはずだ」
血走った一つ目が侵入者を睨む。
「さあて、捕まってる奴を返してもらおうか。ついでに死んで俺の経験値になりやがれ!」
ランスの宣戦布告。洞窟内は広くなく、密集しているアカメ達はほとんど動きが取れない。
魔法を放てば敵よりも味方に当る状況なのだ。逆にランスやアクセルの攻撃は外れることがない。しまいには、身動きできず味方同士で邪魔だと言わんばかりに殺し合いまで始める者も。そして、ある程度斬り込んだランスは気合と共に大きく剣を振りかぶる。
剣を蒼い光が包む。
ちょっと前、歩きながらの会話。
「爆発物はないか?」
それがレナの問いだった。
「ない。だけど、起こせるぜ?」
それがランスの答え。
当然、全盛期のランスと比べれば天と地の差がある。だが、それでも密集した敵をなぎ払うには十分な威力!
「ランス―」
レナとアクセルは部屋の入り口まで即座に退避。
「―アターーーーック!!」
閃光。
部屋の中にいたアカメ約60体のうちたった1撃で半数が滅んだ。
生き残った者も無傷な者はほとんどいない。
さらにこの機を逃さずランスたちは追撃にはいる。
生き残りは死に物狂いになって襲い掛かってくる。数が減った分先ほどより動きがいい。
さらに、ランスの疲労が先ほどの一撃でかなり増えたことも今の状況に拍車をかける。
「燃え尽きろ、人間!!」
「ぐっ!?」
足元から吹き上がった魔法の炎がランスを包み込む。ランスの動きが止まったのをきっかけにさらに狙いが集中、火達磨にされたランスがとうとう膝を突いた。
「ちっ」
「いけない!」
アクセルが牽制し、レナがランスに走り寄る。飛んできた炎を扇で打ち払いランスの様子を見る。闘志は消えていないがすぐに戦えるようなダメージでもない。
「……やばいぜ、レナちゃん。矢が尽きた」
アクセルはボウガンを片付け、手にはショートソードを持ち周囲のアカメを牽制する。
レナは口に世色癌を含むと噛み砕きランスに口移しで飲ませる。動けないランスは目を白黒させるが抵抗は出来ない。
「今のが効いて、ランスが持ち直すまでの時間を稼ぐ」
「……正直長くは持たせられないぞ」
「それは私もだ」
レナも両手に鉄扇を広げ身構える。
と、その時地響きが。
「……なんだ? 近づいてくる?」
洞窟自体が揺れ、アカメにも動揺が走る。間もなく天井から岩の破片がパラパラと落ち始めた。
「地震とは違う……?」
「わからないけど……逃げた方が良くないか?」
今やアカメの注意はそれている。逃げるには打ってつけのタイミングだ。
『……ラサマ……』
洞窟すら揺らすほどの声も聞こえてくる。
「アクセルは隙を見てサテラ様を。ランス、立てるか?」
「な、なんとか。すまんが肩貸してくれ……」
レナはランスに肩を貸し立ち上がらせる。だが、出口に繋がる唯一の通路は我先に逃げようとするアカメでいっぱいだ。
その間にも地響きは近づいてくる。あれが到達するのは非常にやばい気がした。
だが、逃げ道はない。
「こいつでいいのか?」
アクセルの背中にはぐったりして意識をなくしているサテラ。汚されていないところがないような状態だがアクセルは気にせず背負っている。
「サテラ様。……お気を確かに」
レナの声にサテラはわずかに反応した。うっすらと目が開く。
「……そうか……ちゃんと助けに来たんだな……」
「はい、ランスと共に」
サテラの目が見開いた。そして、アクセルを突き飛ばし壁際まで飛びずさる。
「な……あ……ラ、ランス……?」
ランスがいることがよほど予想外だったのか混乱しまくりである。だが、天井の破片が頭に当ると今はそんな状況ではないと悟ったようだ。
そして、大きく息を吸い込む。
何がしたいのかわからず、残されたランスたちは戸惑うばかり。勝手に混乱して勝手に冷静になって、いきなり深呼吸。わけが分からない。
地響きはさらに大きくなる。
「シーザー!!!! おすわり!!!!!」
吸い込んだ息を全て吐き出し叫ぶ。
彼女には気配で分かった。自分が最も信頼する者が近づいてくるのが。
だが、その振動で洞窟が崩落しかけているということにも気づいた。
それゆえの命令。
先ほどまでの地響きがぴたりと止まった。

―洞窟入口
そこにはフリフリエプロン仕様のシーザーが正座していた。なんとも異様な光景である。
「サテラサマ、タスケニキマシタ」
「ありがとう、シーザー。けど少しだけ遅かった」
「モウシワケアリマセン……」
「そんなに心配しなくてもいい。サテラは元気だ」
しょげ返るシーザーをひとしきりなだめた後、サテラはランス達を振り返る。
「人間、礼を言う。ありがとう」
先ほどの取り乱しようはどこへやら。
「レナもよくやってくれた。よくもまあ、それだけの戦力で救出にくるな」
「えっと……ランスに助けを求めろと言われたのはサテラ様じゃ?」
「サテラはそんなこと言ってないぞ」
「……」
言いたいことはあったがレナはとりあえず黙ることにした。サテラは礼を言う時もアクセルに向かってであり、ランスのほうには目を向けようともしない。
どう見ても意図的に避けている。
「じゃあ、サテラは帰る。シーザー、カスタムに行ってマリアにお風呂を借りよう。ずっとこのままじゃ嫌だ」
「ハイ、サテラサマ」
シーザーはサテラを肩の定位置に。そして、あっという間に走り去った。
「……なんだ、あれ?」
「私にもよくわからない。……ランスを避けていたように見えたが……」
「俺は初対面だぞ?」
「結局あの子もランスかよ……」
ランスとレナはあきれ果て、アクセルは何を勘違いしたかしゃがみこんで、のの字をかいていた。

―翌日 孤児院 ランスの部屋
そこにミイラが一人。なんだかんだ言って結構酷い火傷のため。
もう一人はプレスの効いた軍服を着こなすレナ。手にはおかゆの入った器とスプーン。
「あ〜ん」
「……」
「ほら、口を開けないか」
「……なんでここにいるんだ?」
「ん? 休暇を申請した。ランスが今の状態になった原因は私が君に協力を依頼したからだ。アフターケアは当然のことだ」
「……飯ぐらい自分で食える」
「なに、役得だ。諦めろ」
「……拒否け―」
「ない」
「……」
「あ〜ん」
「わかったから」
レナが差し出すスプーンからおかゆを食べるランス。
わりと恥ずかしいようで何気に顔が赤い。

―隣の民家の屋根の上
「……サテラもあれやりたい……」
サテラのいる位置から見えるのは二人のやり取り。ひたすらに羨ましい。
だが、行けない。今近づくわけには行かなかった。あのランスはサテラの知るランスではないのだから。
少なくても今はお互い知らないという前提で動く必要があった。昨日はそれが露骨に出すぎたわけだが……。
「うん、ちゃんと礼を言わないと。そうだ、礼を言いに行くだけだから問題ない!」
ランスとレナの激甘なやり取りに腹を据えかねて乱入を決意する。前提だとか建前なんかは一瞬で忘却の彼方へ。
さて、窓から飛び込もうと身構えたとたん、誰かに後ろから肩を叩かれた。サテラはそれを見もせずに振り払う。
「サテラは忙しい」
「そう。でも、やめなさい。これは命令よ」
ぎしっと体が止まる。そのままぎこちなく振り返るとそこには魔王が。
「ランス様への偶然以外の接触は禁止のはずです。不必要な干渉も言わずもがな。……彼女には後で私から説明します。サテラはこのまま帰りなさい」
サテラとしては命令を無視してでも今すぐランスの元に飛んでいきたかった。しかし魔王として振舞う今のホーネットに逆らえるわけもない。
「ホーネットだって羨ましいくせに……」
サテラは捨てゼリフを残してその場から去っていく。
そして、残されたホーネットは悲しそうに目をふせた。
「当たり前です。……けれど――」
その呟きは虚空に消えた。

―さらに後日
「調子はどうだ?」
早朝にも関わらずノックもなく当たり前のようにランスの部屋に入ってくるレナ。
彼女はあれ以来孤児院の一部屋を借りて泊り込んでいて、ずっとランスの側にいる。
「もう治ってるって。早く包帯を外してくれ。動きたくても動けやしない」
「ふむ。経過は順調だな。そうだな……今日、明日くらいで包帯も外して良さそうだ。動くのはその後にな。とりあえず、包帯を替えておこう。脱いでくれ」
「嫌だ」
「何を今さら。今日で何度目だ? 毎日この問答を繰り返している気がするぞ?」
「嫌なものは嫌なんだよ。だいたい抵抗ないのかよ……」
「抵抗などあるはずもない。愛しいお前の身体だ。むしろ抱きつきたい衝動を抑える方が大変だ」
言葉ではランスに勝ち目はない。今日も今日とて圧倒されて黙り込む。
不貞腐れるランスを見て微笑み、レナは決心したように表情を改める。
「だが、安心しろ。今日で最後だ」
「……何がだ?」
「私は城に帰らねばならない。そして、もう二度と会うこともないだろう」
「ほいほいとこっちには来れないわけか」
「そうだな。それもある」
「それも、ってか」
「……多くの者がお前の願いの成就を願っている。願いを聞いた今は私もだ。だから、私は去らねばならない。……少々身分違いの恋だったようだ」
「……意味がわからねぇ」
「今はまだ時ではない」
「……」
会話がなくなってレナはてきぱきとランスの包帯を新しい物に替えていく。
ランスは何か考え込み抵抗しない。
「さて、これで終わりだ。私はこれで帰るとする。……引き止めてくれるなよ?」
「……あまり納得いかないけどよ」
「ふふ、短い付き合いだったがお前に会えて本当によかった。……さよならだ、ランス」

午後、アクセルが部屋を覗くと最近ずっといた人物の姿がない。
いるのは憮然とした表情で壁を睨みつけるランスだけ。
「あれ、今日はレナちゃん来てないのか?」
「ん〜、もう来ないってよ」
「来ない? はは〜ん、襲ったなお前?」
「バカ言え」
「……珍しいこともあるもんだな。で、なんで来ないって?」
「さあ、よく分からん。身分違いの恋だったとかなんとか」
「は? なんだそりゃ?」
「だからわからんっての。人と魔物の違いにこだわらないって言ってたから別の理由なんだろうがな」
「余計わからんな」
「まったくだ。せっかくいい女だったのに。惜しいことをしたぜ」
「それはさておきもうそろそろ動けるだろう? 手ごろなのを見繕ってきたぞ」
「今度はちゃんとランクを確認して来ただろうな?」
「確認せずに選んだのはランスだろうが。それでまずこれだが―」

―サテラが覗いていた所
ランスの部屋を見下ろす屋根の上に今日は二人。
「ごめんなさいね」
「……魔王たるもの簡単に自分の非を認めるべきではないかと」
「今の言葉は一人の女としてのもの。立場は関係ありません」
「そうですか。しかし、こうしたのは私の判断ですから気になさらずに」
無表情のレナと気まずそうな魔王ホーネット。一介のモンスターと魔王が肩を並べ普通に話している。そうなった原因は「ランスに関することだから」という一言に尽きる。
レナ自身、本当は未練がある。
だが、ランスの生い立ちを聞いてしまった今は身を引くべきだと判断した。
ずっと以前から決まった相手がいて、そのために魔王になったとまで聞いてしまったら新参者の自分など身を引くしか選択肢がない。
ランスの記憶を含め、歴代の魔王を継承しているホーネットですら一線を引こうと努力しているのだから。
「やはり、初恋は実らないというのは本当みたいだ……」
「なにか言いましたか?」
「……いいえ、なにも」
二人の眼下では少年達が次の冒険の話をしていた。
あとがき

とりあえず、長すぎてだれないかが心配。
だぁ〜、早く本編も仕上げないと。

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