「なんかさ、私たちってさ……」

「なに?」

コイツには、言いかけて止めるクセがある。

そのたびに、俺がいちいち促してやる。

俺は離したタバコをもう一度唇に近づける。

コイツが何を言うか考える時間をとるのを知っているから、その時間を煙で埋める。

体育館から先生方の寝ぼけたような声が聞こえてくる。

俺たちがいるのは体育館の向かいにある校舎の非常階段で、人目に付かない場所だ。

卒業式なんてかたちだけのものだ。出席してもしなくても、結局はみんな独り立ちしなくちゃならない。

タバコの煙が踊り場に溜まる。正直、タバコはあまり好きじゃない。

でも、どんなものかも知らずに、駄目なものは駄目だと頭ごなしに否定する大人にだけはなりたくない。

そんな意味合いも多少はあって、俺はこうしてたまにタバコを吸う。

階段をイス代わりに座るコイツに目を向ける。プリンになった金髪。まだ俯いて、言葉を選んでいるようだ。

タバコを口に含む。むせる。おいしそうに煙を吐く。

そんなことを、繰り返す。

「カッコ悪いよね」

絞り出すように言うプリン頭に目をやる。

「いや、カッコ良い。」

コイツが初めて顔を上げる。くりっとした目をした、可愛らしい顔だ。

「どこがカッコ良いの? 絶対ダサイって」

「いや、そんなことない」

苦笑いで言うコイツに、俺は思いっきり本気の顔で言う。

「みんな、自分がカッコ良いと思ってるから生きていけるんだ」

「ホントに? ワケわかんないんだけど」

「少なくとも、いつかはカッコ良くなれると信じられるから生きていられる」

「やっぱわかんないんだけど」

コイツの、地毛かどうか分からない細い眉が八の字になる。

「たぶん、自分がどうしようもないヤツだと思ってたら、やってらんねーと思う。そうじゃね?」

「わかんない……」

また俯く。プリン頭が、ブツブツ言っている。

「でも、私は自分のことカッコ悪いと思う」

俺は空に目をやる。真っ白な雲がゆっくりと、どことも知れないところへ向かって漂う。

「俺は、お前のことが好き。」

我ながら恥ずかしいと思う。コイツの顔が、俺を見上げているのが分かる。横っ面がチリチリする。

「ありがと」

俺は吸いかけのタバコを携帯灰皿に入れて、階段に足を向ける。

「んじゃ、俺たちも行くか?」

コイツに俺のゆるんだ顔を見られないように、後ろ姿を見せたまま提案する。

「行くって……いまさら、卒業式?」

「バカ。そんなもん行ってどうすんだよ」

「じゃあ、どこへいくのよう?」

コイツが膨れっ面になっているのが簡単に想像できる。

俺は後ろ姿のまま、ふともう一つクサイ台詞を吐いてやろうと思う。

「…………」

「ねぇ、黙り込んじゃって、決めてないとか言うんじゃないないの?」

「いや、行く場所は決まってる。」

俺は一度言葉を切って、空を見上げながら一段二段と階段を下りる。

空中に運ばれた足が、かくんと落ちてコンクリートを踏む。

足元を見ずに階段を下りるのは怖いが、俺はそこに、いつも地面があることを知っている。

背中にコイツの視線を感じる。そろそろ言ってやらないと、階段から突き落とされかねない。

「それは、空みたいに果てしなく、海みたいに深い場所。行ってみないと、分からない。」

人生に一回の、今日という日なんだ。たまにはこんな馬鹿なことを言ってみるのもいい。

「俺たちは、俺たちの未来へ行くんだ」

俺は後ろを振り返らずに猛ダッシュで階段を駆け下りる。顔から火が噴き出しそうだ。

「なにそれ、笑えねー!」

そう言いながら、きっと満面の笑みで俺の後ろを駆け下りてきているんだ。俺の顔も、自然と弛む。

俺の人生は、今日も始まる。