俺の後ろの女子が、鼻をすすっている。
前の女子はうつむき加減に歩いている。
みんなが喪に服して悲しんでいるような顔をしている中。
おそらく俺だけが全く違う顔をしていた。
自分でも、悲しんでいるのかなんなのかよくわからない。
こんなにモヤモヤするのは、涙が流れないせいかもしれない。
悲しみはかたちにならず、いつまでたっても現実味を帯びないままだ。
それでも俺は、ここに来た。
最後に交わした約束を果たすため、ここに来たんだ。
そう、あれはつい先日――三日前の放課後だった。
紅葉が綺麗な道を少し外れた場所。
川べりのなだらかな土手に寝転がっている俺。
隣には愛しのカノジョ。
ゆっくり流れる二人の時間。
俺にとって―おそらくカノジョにとっても―至福の時間だ。
そんな時間を堪能している時、目を瞑っている俺の顔に影がかかった。
「ねぇねぇ」
「んぁ?」
目を開けばそこにはカノジョの顔があった。
俺が、何よりも大切に想うヒト。
あらためてみると、やっぱりかわいい。
セミロングの髪も、ぱっちりつぶらな瞳に合ってるし、
ほのかに朱に染まった頬のラインは柔らかで、それでいてしまりがある。
でも、俺が言いたいのはそういった外見的かわいさではない。
おっとりした表情や言葉遣い、たまに言う不平、すねた表情――
――そういった表に出る感情の一つ一つが、俺にはたまらなく愛おしいんだ。
「ねぇ」
「なに?」
俺はひょいと起きあがる。
俺の頭がカノジョのおでこに当たらないように、さりげに注意して。
「なぞなぞ、いくよー?」
向かい合って目を見つめる。
冷たい秋の風が髪に、髪がたなびく。
柔和な笑顔を俺に向けるカノジョ。
俺の顔も、ほころぶのがわかる。
「ん、やるか?」
「うん!」
カノジョはよく、『なぞなぞ』という名目で、俺に頼み事をしたり注文したりする。
少し煩わしいような内容を提示されることもあるけれど、俺はそんなカノジョを含め、すべてが好きだ。
「さぁこい」
「えーっとねぇ・・・」
カノジョの目が宙をさまよう。どう切り出そうかと、考えているんだ。
さまよっていた目がふと止まって、喜々として俺の方を向く。
「なぞなぞ、その1!」
「ん!」
「今日は何月何日でしょう!?」
「11月24日!」
素速く応える。
「正解!」
その1と来たと言うことは、本題はこれ以降だ。
「なぞなぞ、その2!」
「ほいさ!」
「来月の今日は、なんの日でしょう!」
「・・・・・・」
「・・・・・・(ごくり)」
カノジョが唾を飲み込むのがわかる。
俺は答えを言えない。分からないわけじゃない、言えないんだ。
俺はなぞなぞには答えず、訊いてみることにする。
「サンタさんに頼めば?」
「ががーん!」
口で言ったとおり、カノジョの顔は『ががーん!』になる。
「そんなぁ・・・私がプレゼントを期待してる女だとでも思ったのぉ?」
「だってお前、時事ネタ大好きだし、人に物もらうの好きだし」
「そりゃあ時事ネタも、人に物もらうのも大好きだけどさぁ」
「なんだプレゼントとちがうん? サンタさん連れてこいとか無理だぞ?」
「そんなこと言わないよぉ・・・」
カノジョはどんどん小さくなっていく。
俺はそんなカノジョに罪悪感を感じる。
俺の家は超貧乏だ。
超貧乏なため、俺がバイトで稼いだ金は全部家計に消えて、小遣いなどというものは全くない。
・・・よって、未だ彼女にプレゼントのたぐいをあげたりしたことがないのだ。
カノジョも俺の家庭の事情は知っているし。
プレゼントが無くても、土日にすらどこにも行けなくても文句は言わない。
こんなことを言ってしまえばのろけ話だけど、俺たち二人はそんなモノ無くったってラブラブなんだ。
「じゃあなんだよ、言ってみ」
「うん、言うだけ言う」
「・・・・・・」
さりげにイタい一言かも。
「やっぱりプレゼントなんだけど・・・」
枯れ草の上に倒れた。
視界の隅々まで、秋の空が広がる。
俺は投げやりに、事実を告げる。
「12月24日、午前9時から午後5時まで短期のバイト、午後6時から午後11時までコンビニでバイト」
つまり時間がないのだ。
「1時間あれば十分だよ! っていうか別にイヴじゃなくてもいいの!」
カノジョの元気な声に、俺はまた身を起こす。
「なんだよそんなに・・・前言っただろ? 25日は24日と同じ日程プラス朝刊配達なんだぞ?」
「だって、付き合ってるのに会わないなんて、寂しすぎじゃん!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
カノジョの顔がみるみるうちに真っ赤になって、俯いてしまう。
・・・まったく、かわいすぎなんだよ。
「・・・いいよオッケー、んじゃ11時半にいつもの場所」
「うん! ありがと!」
カノジョのぱっと華やいだ声が聞こえるが、なんだか恥ずかしくて顔を見ることができなかった。
「・・・で、何が欲しいんだよ」
「・・・え?」
「一応言ってみるんじゃなかったん?」
「・・・うん・・・」
横目でカノジョの様子を盗み見る。
やたらモジモジして、言いにくそうだ。
俺は再び寝ころんで目を瞑り、地面を感じながら言葉を待つ。
やがて隣の気配が変わり、『よし』という小さなかけ声が耳に入る。
すると俺の耳のそばに息がかかってきた。
――そして俺は、カノジョの最後の願いを聞いたんだ。
カノジョの横たわる柩に近づく。
一歩、また一歩と、カノジョを感じながら歩く。
カノジョとの思い出を、振り返りながら。
ぎくしゃくした動作で立ち止まり、お焼香をあげる。
「――――」
周りの人たちがざわめくのがわかる。
俺が立ち止まったっきり動かないからだ。
戸惑う周りをよそに、俺は柩に近寄った。
柩の、顔の部分にある扉を開ける。
そこにはまちがいなくカノジョがいた。
カノジョの安らかな、死んでいるとは思えない顔を見てはじめて、思った。
――ああ、もう、いないんだな――
俺の目から流れ落ちた涙が、カノジョの頬を伝う。
俺はそんなカノジョの頬に軽く口づけした。
カノジョが俺に頼んだ、クリスマスプレゼント。
ちょっと早めになってしまったけれど、今じゃなきゃ渡せないから。
俺が突っ立っていると、周りの大人達が俺を引っ張っていった。
俺は何の抵抗もせず、ただなるがままに引きずられていった。