自由に生きる風
「・・・・・・あぁ、だりぃ・・・」
学校の裏隅にある木陰の下、少年が一人、仰向けに寝転んでいた。
雑草がクッションとなり、木陰が強い日差しを遮る。
ここは寝るには最高の場所、そして、そこは彼だけの空間だった。
「・・・ったく、体育なってやってられっかよ」
その口から吐き出される愚痴すらも、この照り続ける太陽の下、虚しく光の中に溶けていく。
「さて、俺は一眠りするかね」
少年はそのまま眠りについた。
少年が熟睡し始めた頃、その場所にもう一つの影が差した。
それは少女の影。
どうやら先客に驚いたらしく、そのまま少しの間、少年の姿を見つめていた。
「お隣、失礼しますね」
少女はそう言うと、少年の隣に座る。
二人の間に動きが起こったのは、その十数分後だった。
「・・・・・・んぅ・・・っ!?」
少年が目を覚ます、と同時に思いっきり後ずさった。
目を開いた少年の目の前に少女の顔があったのだ、驚くのも無理はない。
「あんた、誰?」
「私ですか? 私は白木・・・白木 美奈、3年生です。 あなたは?」
「あ、あぁ、俺か。 俺は黒田 透、2年・・・・・・ってことは、あんた先輩か」
「はい、そうなりますね」
うろたえる透に対し、やんわりと微笑を浮かべながら答える美奈。
「それにしてもあんた、いつからここにいたんだ?」
「え・・・っと、確か15分ほど前だったと思いますよ」
「・・・・・・今何時?」
「12時10分です」
「そっか・・・ってことは、俺が寝付いた直後ってとこだな」
透は落ち着きを取り戻し、いつものペースに戻る。
「でも、よくこんなところに気が付いたな。 ここって誰も知らないと思ってたけど」
確かにその通り、この場所はちょうど校舎・グラウンドからの死角に位置している。
通常なら気付くはずがない場所なのだ。
「風を追ってたんです」
「・・・・・・風・・・ねぇ」
予想外の返答に少し戸惑う透だが、美奈は特に気にせず話を続ける。
「風は、自由なんですよ」
「そんなもんか?」
「はい、風はどんなに小さな隙間にも入り込めますし、どんなに遠くにだって行けます。 自分の思うままに・・・」
「そう言われれば、そうだよなぁ」
二人はほぼ同時に空を見上げる。
「・・・私、風になりたい」
ふと、美奈が呟く。
「自分の思うままに生きてみたいです。 そう思いませんか、黒田さん?」
「う〜ん、俺は遠慮しとくわ」
美奈の問いに、透は空を見上げたまま答える。
「俺、多分自由とかに耐えられないだろうし」
「そうですか? 十分自由な生き方をされているように見えますが・・・」
美奈は透の方に振り向き、少し疑問符を見せる。
「んなこたぁないよ。 俺も結局は学校ってのに縛られてる、家族ってのに縛られてる。 結局さ、いろんなのに縛られてんだ」
「私もです。 だから、そんな束縛から解放されたいって思ったりしませんか?」
「まぁ、たまに思ったりもするけど。 でもさ、自由って全てを自分で決めなきゃならないだろ? それってさ、スゲェ辛いことだと思うんだ。 だからさ、今の俺には多分そんなの耐えられねぇよ」
そう言いながら、透は再び仰向けになる。
「そうですか・・・そうかもしれませんね」
二人はそのまま穏やかな沈黙に包まれる。
「んじゃ、俺はまた寝るわ」
「はい、おやすみなさい」
「あいよ、おやすみ」
透は再び目を覚ます。
・・・と、後頭部に草ではない、柔らかな感触を感じ飛び起きた。
そこには、少し驚いた表情の美奈が座っていた。
「・・・・・・まさか、膝枕ってやつ?」
「はい、膝枕ってやつです、いかがでした?」
「すっげぇ気持ちよかった」
「そうですか、そう言ってもらえると嬉しいです」
あまりの出来事に、つい思ったままに答えてしまう。
しかも真顔で返され、終には何も言えなくなる透。
「・・・・・・にしても、あんたって突拍子もねぇなぁ」
「そうですか? よくわかりませんが・・・・・・」
「さっきは俺の顔をじっと見てたし、今回は膝枕ですよ? そりゃこっちも驚くって」
未だ疑問符を浮かべる美奈。
どうやら美奈にとっては当然の行動らしい。
そんな姿を見ていると、透の中に沸々と笑いがこみ上げてきた。
そして爆発。
「あっはっははは―――、あんた本当にすげぇよ!」
「あの・・・私、何か変なことでもしましたか?」
心配そうに尋ねる美奈に、笑いを必死で抑える透。
「いやいや、気にすんな。 ただ、あんたって本当に自分に正直なんだなって思ってさ」
「そう・・・・・・なんでしょうか・・・」
「あぁ、そこまで思ったことを素直に実行できる奴もそうはいねぇよ」
「あ、ありがとうございます・・・」
美奈は恥ずかしさからか、頬を赤くして俯いた。
そんな姿を、妙に微笑ましそうに眺める透。
「あんたなら、本当に風みたいに自由になれるかもな」
「今の私には、まだ無理です。 さっき黒田さんが仰ったように、私もそんなに強くありませんから」
「そか」
「はい」
透は木にもたれかかる。
同じく、美奈もそれに習う。
何をするでもなく、ただゆったりと・・・
「そういえば話は変わるけど、あんたずっとここにいたのか?」
「はい、黒田さんが眠った時もずっとここにいましたよ」
「へぇ、あんた、ここが好きなんだ」
「ここは、いろんな風が通りますから。 ここにいるだけで楽しいです」
美奈は本当に楽しそうに答える。
「そうか、あんたは風が好きだったんだよな」
「はい、黒田さんはお嫌いですか?」
「冬の風は嫌い。 寒いし・・・」
「ふふ、黒田さんらしいです」
「・・・・・・わかる?」
「はい」
「ありがと。 俺のことわかってくれる奴、あまりいないんでホントに嬉しいな」
透は内心、かなり驚いていた。
他人に対して、これほど素直になっている自分に。
他人と、自分の何かを共有できているという事実に。
だが、時間はお構いなしに過ぎていく。
キーンコーン―――
そう、ここも学校という束縛の中。
その内側にいる二人の時間は終わるのだ。
「あ、もうお昼休みも終わってしまいましたね」
「・・・マジ?」
「・・・マジです」
すっかり今から昼休みだと思っていた透だが、仕方なく教室へと戻ることにする。
「なぁ先輩、また会えるか?」
別れ際、透は一言尋ねた。
共有できる空間を、できるだけ共有したい。
ただそれだけ。
「そうですね、この場所さえあれば、また会えますよ」
「そうか、そうだよな。 んじゃ、またな」
「はい、また・・・」
二人は互いに反対向きに歩いていく。
偶然の出会いに感謝を、そしてその思いを風に乗せて。
そんな二人の間を、自由を手にした風が、優しく吹き抜けていった。