とある病院の一室。
ベッドがひとつ置かれただけの、何も無い病室。
白いベッドは少女を横たえ、白い病室の壁はその空間を外界から隔離させるかの如く、そこにあった。
さらに病院独特の静けさも加わり、そこには一種の緊張があった。
だが、すぐにその緊張は解かれることになる。


バタンッ


「かえで!!」

勢いよく扉が開き、少年が顔を出す。
そして開口一番、その少女のものであろう名を叫んだ。

「おい、大丈夫か、かえで!」

少女の身体を強く揺すり、少年は叫び続けた。
だが、少女は起きない。
それは当然のことだった。
何故なら、既にその少女は息を引き取っていたからだ。

「おい、起きろよ! 目ぇ覚ませって言ってるんだよ!!」

ひたすらに叫び続ける少年。
少年も状況を理解したらしく、その声もだんだんと弱々しくなっていった。

「おい、頼むよ。 目ぇ、開けてくれよ・・・・・・うぅ・・・」

その言葉を最後に、少年は泣き崩れた。





           すべての果てに(前編)





病院の一室。
花や飾りに彩られた、病室としては少しにぎやかに思える部屋。
白いベッドに横たわる少女とそれを傍で見守る少年。
健康的な肌をした少年に対し、少女の肌は見るからに白かった。
やがて、少女が目を覚ます。

「おにぃちゃん、おはよう」

「よう、かえで。 今日は調子いいのか?」

「うん、大丈夫だよ」

笑顔で挨拶。
そしてまた静けさが戻る。
いつも通りのやり取りだった。

少年はいつも少女の身を案じていた。
『重い病気』
少年の知っていたことはそれだけだ。
若すぎたからかもしれない。
医者の先生は、それ以上のことを何も言ってはくれなかった。
だが、少女はもう治らないであろうということは理解できていた。
だからこそ、毎日お見舞いに来て、少女を励まし続けた。
学校にも行かず、いつも傍に。
何をするでもなく、傍にいるだけ・・・

少女はいつも少年を心配していた。
『ただの風邪』
医者の先生はいつも「すぐに治るからね」と言っていた。
だが、それは嘘であったことは少女が一番理解できていた。
少女は自分の病気が、もう治らないほどの重いものであると確信していた。
だからこそ、自分が死ぬという現実から少しでも少年を解放してあげたい、そう思っていた。
何をするでもなく、ベッドに横たわるだけ・・・

二人の仲のよさは周りが見てもよくわかるほどだった。
少年は少女を心から愛し、少女は少年を心から愛していた。
二人はとても仲のいい兄妹だった。
それを知らないものが見ると、『仲のいい恋人同士』と見るだろう。
それほどに、二人は仲がよかった。

二人には親はいなかった。
ある日、両親共に蒸発。
二人は取り残された。
大好きだった両親。
そのショックは大きかった。
だが、二人は生きることは諦めなかった。
二人が一緒ならどこでも生きていける、共にそう信じていたから。

時間が経ち、時計の短針が真下を向く頃。
静かだが、確かに賑やかな空間は新たな動きを見せる。
少年は立ち上がり時計を確認すると、少女の額に手を当てる。

「・・・もうこんな時間か・・・。 俺はそろそろ帰るけど、大丈夫か?」

「うん、ちょっと寂しいけど、大丈夫。 また明日も来てくれるよね?」

「あぁ、絶対に来てやる。 心配すんな」

「わかった。 おにぃちゃん、おやすみなさい」

「おやすみ、かえで」

最後に少女の頭を数回撫でてやり、少年はその空間を去ってゆく。

そんな毎日の繰り返しだった。
慣性という名の惰性、二人はその中で同じ時を過ごした。


だがある日、それを乱す流れが生まれた。
それは少年に向けて送られた病院からの一本の電話。


ピリリリリリリリリ


その無機質な音は、少年を無条件に夢から引き離す。

「・・・誰だ、こんな時間に」

時間は午前5時。
いつもならまだ寝ている時間だった。
少年は布団を離れ、騒がしく鳴り続ける電話に向かった。
少し焦ったように早足で・・・


カチャ


「もしもし、樫原ですが―――」

「優くん、病院の先生だよ、わかるかい?」

案の定、帰ってきたのは先生の焦りの混じった声だった。
少年もそれにつられるように早口になる。

「先生、どうしました・・・・・・まさか、かえでに何か!?」

「あぁ、危険な状態だ、すぐに来てくれ―――」

そこで会話は終わった。
すでに少年はそこにはいなかったのだから・・・


かえで・・・かえで・・・かえで・・・

少年は心の中で愛する少女の名を繰り返す。
間に合うのか、かえでは大丈夫なのか・・・そんな具体的なことはまったく考えられなかった。
ただ、ひたすらに『かえで』の名を繰り返し呼び続けた。
病院の位置はそれほど遠い場所ではない。
だが、その短い距離すらも、今の少年にはあまりに長すぎる距離だった。



少女は泣きながら目を覚ました。
一人ぼっちで、涙を拭うこともせず、ただ『おにいちゃん』とうわ言のように繰り返していた。

「いたい、いたいよ・・・おにぃちゃん・・・・・・くぅ・・・」

全身が痛い、身体の中も痛い。
でも、そこには少年の姿は無い。

「おにぃちゃん・・・たすけて・・・・・・」

少女は一人、苦痛に耐え続けた。
当然、少女は傍目にもみるみる弱ってゆく。
そして、少女は諦めたようにナースコールをした。


看護婦が病室に到着した時、少女は既に危険な状態にあった。
即座に治療が始まる。
医師の対処は完璧だった。
だが、それも無意味に終わった。
結局、少年も到着することはなく、少女は息を引き取ったのだ。
その後、少年の到着を待たず、医師たちはその場を後にした。



その瞬間、少年はすべてを失った


                           <続く>



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