第25章 過ぎ去りし我が時

―魔王城 ワーグの部屋
「……やな天気……」
「ワフワフ」
外では珍しく大雨になっていて窓を大粒の雨が叩いていた。
「そうね……そうしてもいいんだけど。……今はそんな気分になれない」
しばらく黙ったまま外を見ていたワーグだがそれすらも嫌になったのかバフッとラッシーに体を預けた。
「雨は嫌いよ……。雨は嫌な事を洗い流してくれるっていうけど……あれはウソよ……絶対に」
「ワフ〜?」
「ふふ……心配してくれるの? でも大丈夫。ちょっとブルーなだけだから。誰か来たら……起こしてね」
間もなく寝息が聞こえてきた。体が幼いゆえかこういうときの切り替えは早かった。

―???
「ねぇ、ワーグちゃん、大人になったら何になりたいの?」
「う〜んとね……」
さほど大きくない花畑に二人の少女がいた。二人は花で輪を作りながら話している。
「ワーグはお花屋さんになりたいな。綺麗なお花をいっぱいいっぱい育てるの」
「へ〜お花屋さんか〜」
「次はリンダちゃんの番だよ。大人になったら何になりたいの?」
「リンダはね、パパみたいな立派なお医者さんになりたいの」
「うわぁ、すっごい夢! きっとリンダちゃんならいいお医者さんになれるよ」
「そっ……そうかな?」
「うん、なれるよ。ワーグが保証してあげる」
胸をはって答えたワーグが面白かったのかリンダがくすくすと笑い出しワーグもすぐにつられて笑い始めた。

「ワーグ〜リンダ〜ご飯よ〜!」
日も暮れかかった頃二人を呼ぶ声が聞こえた。
「「は〜い」」
二人は元気よく返事をすると一目散に駆け出した。
「いっちば〜ん!!」
「にっば〜ん!!」
一番はリンダで二番がワーグ。二人はくつをぽんぽんと脱ぎ散らかすとリビングに駆け込んだ。そこで待っていたのはワーグの母親とリンダの父親。10年程前から村を襲い始めたなぞの奇病によりお互いの伴侶を失った二人は再婚している。つまりリンダとワーグは義理の姉妹ということになる。
「おかえり二人とも。手を洗って席につきなさい」
「うん。いこワーグちゃん」
子供二人が洗面所に行くのを見送って父親はテーブルの上に体を投げ出した。
「どうしたの?」
「じつは食事もいらないくらい疲れてるんだ。例の奇病の患者がまた出てな。だけどあの子達は家族での食事を楽しにしてるから」
「……あの病気が出始めてもう10年くらい経つんですね……」
「突然人が眠ったままになり二度と目を覚まさない。……まるで夢の中に閉じこもったかのように。そして、そのまま衰弱死してしまう」
「……夢……」
呟いたのは手を洗って戻ってきたワーグ。その顔は心なしか青い。
「どうしたワーグ? 早く席に着きなさい」
「夢が……ワーグが……」
「ワーグちゃん?」
リンダがワーグの肩を叩く。ワーグは大きく引きつって、突然家を飛び出した。
「ワーグ!」
「ワーグちゃん!」
リンダと父親が声をかけるがワーグは振り返ることなく走り去る。
「……まさか……知らなかったのか?」
「お父さん……追いかけないの?」
「リンダ、お前は部屋に戻っていなさい。そこから出てはいけないよ?」
「ワーグちゃんは?」
「私達がすぐに追いかける」
リンダは戸惑いつつも自室に戻っていった。
「あなた……」
「一大事だ。早くワーグを見つけなくては……今のあの子をほうってはおけない」
母親もそれに頷き二人は家を出た。

―村はずれ
外はしとしとと雨が降っていた。
それなのにワーグは雨具も着ず一心不乱に大きな木の根元を掘り返していた。
何かを探しているようだ。
「ない……なんで……」
ワーグは指先が切れて血が出てるにもかかわらず木の根元を掘り返す。
「ワーグ、探しているのはこれか?」
「お父さん! なんでそれを……」
いつの間にかワーグの背後にリンダの父親とワーグの母親がいた。周りを見回すと村人ほぼ全員が取り囲んでいた。手には武器をもち物々しい。
「他の人も……なんで武器を持ってるの……?」
「……お前の力は危険すぎる。このビンの中身はお前が夢に閉じ込めた者の魂だろう。お前に殺された者達のだ」
父親が持っているのは20cmくらいのビンで中には色とりどりの光の玉が浮いていた。
「夢を操るその力……危険すぎる。もう自由にはしておけない」
「な、なんで? ワーグは悪いことなんかしてないよ! 殺してなんかない! ワーグはただ……みんなの望む夢を見せただけ……」
「やはりメアリーも望んだのか……」
「そうだよ。リンダちゃんのお母さんもワーグのパパだって……それにみんなそこにまだいるよ! 生きてるよ!」
ワーグはビンを指差す。
「ワーグ、これを生きているとは言わない。魂は死んだ者の肉体を失った者の姿だ」
「お前は人殺しだ!! 俺のミリアを返せ!!」
誰かが叫んでそれが引き金になった。周囲の制止を振り切り家族を失った村人がワーグに襲い掛かった。
「な……やめろ! 殺す気か!」
すぐさまリンダの父親以下数人が暴徒化した村人を押さえつける。ほんの一分にも満たない時間だったが数人の大人がまだ幼い少女の体を傷つけるには十分な時間だった。
医者であるリンダの父親から見てワーグは重傷だった。肋骨が4〜5本と左腕は肩のすぐ下で折れている。泣き叫んでもおかしくない怪我だがワーグはうつむいたまま立ち上がった。泣きはしない。
「なんで……なんでなんでなんでなの! ワーグはみんなの望む夢を見せただけ! いつでも自分で起きれるようにもなっていたのに! なんでワーグがこんな目に会うの!!」
大声で叫んだワーグは自分に危害を加えた村人をにらみつけた。
その目はとても子供のそれとは見えず……
「そんなに会いたいなら……そんなにおしゃべりしたいなら! みんなに合わせてあげる!!」
「やめるんだワーグ!」
リンダの父が叫ぶが解放された力は止められず集まっていた村人全てを飲み込んだ。自分の母親も義理の父親も関係ない。全員が夢に引きずり込まれた。
村人が倒れ水溜りに落ちたたいまつのせいであたりは白い霧に包まれる。
その中をワーグは強くなった雨に打たれつつ村に戻っていった。
「もう……みんなみんな閉じ込めてやる……死んだって知るものか……」
鬼気迫る表情で呟くワーグは村人を大人子供にかかわらず片っ端から夢に閉じ込めていった。自由な夢ではなく鉄の檻のイメージ。ワーグはそのとき自分の力の本質を知った。
そして確信する。この力に逆らえる者はいない。

村に戻り片っ端から村人を夢に引きずり込む。
そして、残るは自宅にいるリンダ一人。寝室に戻るとリンダは部屋の中央にいた。
なぜか手にたいまつを持ってワーグに背を向けている。
「リンダちゃん?」
「……お父さんは?」
「もう、帰ってこないよ……絶対に……」
「そうなんだ……」
振り返ったリンダの手にはナイフが握られていた。ワーグは反応できず、ナイフはワーグの腹に突きたてられた。
「リンダ……ちゃん?」
「お母さんからワーグちゃんの力のことを聞いていたの。お母さんはワーグちゃんを恨んじゃダメって言ってたけど……お父さんまで……」
リンダは瀕死のワーグを抱き寄せるとベッドにたいまつを投げた。瞬くまに炎が広がる。
「でも……一人にはしないよ……私もすぐに……」
火はすぐに部屋を被い尽くす。ワーグは自分の死を自覚しながらもリンダを夢の中にいざなった。これで少なくても炎に焼かれる痛みは感じずにすむ。
自分はこのまま炎に……。
「人を夢に惑わせ魂を地に縛る力か……。なかなか興味深い。失うのは惜しいな」
すぐ側に人がいた。白いローブをきた男でなぜかその周りにだけ炎が近づかない。側にいるワーグのほうにも炎はこない。炎は何かに遮られるように形を変える。
「君は死を望んでいるのかい? ……だが残念だけどそうは行かなくなった。君には生き延びてその力を使い続けてもらうことになる」
天井が焼け落ちワーグと男の上に降り注ぐ。が、あらざる力で弾き飛ばされる。
炎も熱気も天井のかけらですら入ってこれないのに天井の穴から降り込む雨はワーグの顔をぬらした。
「さてと……君はしばらく眠るといい。起きた時には―」
男がワーグの顔の前に手をかざす。そこでワーグの意識は途切れた。

―ワーグの部屋
ワーグは目を覚ました。まず見えるのは見慣れた天井だ。焼け落ち穴の開いた天井ではない。続いて見えたのは心配そうにのぞきこんでくるラッシーの顔。
「ラッシー……うなされてた?」
「わふ」
「そう……」
ワーグは体を起こすとテラスに出た。雨はすっかりやんでいる。
「……結局あれは誰だったのか、私はいつどこで魔王と知り合ったのか……」
あの後目を覚ました時にはこの部屋にいた。そして横には当時の魔王とラッシーが。
白いローブの男ではなかった。
「何度もこの夢を見たけど……何もわからない……」
「ワフワフ」
「……わからないといえばあなたのことも。あの時は自分に起きた事を受け入れるのに精一杯だったから」
「ワフ〜」
ワーグはラッシーがなんなのか知らない。ただいつも側にいてくれる友達と受け入れるしかなかった。
「心配しないで、あなたがなにものであれ私の友達なのは変わらないから」
ワーグは心配そうな表情を見せたラッシーの首を抱きしめた。
「あの男が介入したせいで私は今も生き長らえている。……それなりに楽しかったからあの男の正体なんてどうでもいいんだけど……」
ワーグは伸びをすると室内に戻り入口の鍵を開けた。
「いきなり再会しそうな気がするのよね……」
ラッシーにも聞き取れないほどの小さな声で呟く。そしてお子様モードに切り替えると一拍おいてドアをあけた。
「わきゃぁ!?」
ドアの向こうにいたリセットが驚きしりもちをついた。
「エヘヘ〜驚いた?」
「もう、すっごく驚いた! 雨がやんだからお外に遊びに行こうよ」
「うん、いいよ。ワーグもそうしようと思ってたところだったんだ」
二人は手を繋ぐと中庭へ走っていった。

―???
「なかなか鋭いじゃないか……」
真っ白な空間に溶け込むように白いローブを着た男がいた。
「伊達に長生きはしていないってわけだ」
「長生きさせたのはお前だろうが」
男の背後から声がする。だが姿は見えず気配だけだ。
「なんだ、来てたのかトリックスター」
「その名で呼ぶな。……気にいらん」
「……まあいいけど。……あの子は何かを感じ取っているみたいだね」
しばらく間ができた。
「本題に入るぞ、計画始動の時は近い。俺達の動きとて100%隠しきれるものじゃない」
「あいつへの偽装工作で手いっぱいだからね。さて、打ち合わせの続きをはじめようか」
「そのために俺が来てるんだ」
分かってるようで分からん二人の密談はそれからしばらく続いた。


あとがき

ワーグの性格がひねた原因となる話。
ASOBU的にあまりうまく書けた気がしない。書き直したいのは山々なんだけどまた今度と言う事で


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