第11回 エデン侵攻・中編

―エデン東棟前
「……電子ロックが掛かってますね。強行突破は厳しいでしょう」
「ボスはきっとこの奥でしょうけど?」
「そうね。無敵、通風孔から入って鍵を開けておいて。その間に残りで通信施設を制圧して、那古教の教祖を探しておくわ」
「分かりました。姉上、気をつけて」
「私には何もなし?」
「ワーグも、皆さんも気をつけて」
「……私はついでなのね」
無敵はどこか不満そうなワーグに気づかずに通風孔に消えた。
「んじゃ、さっさと教祖様をさがそうか」
「そうね。っと、その前に、ラッシー。あの砲座を黙らせて。ここから移動するとカモ射ちよ」
「わふわふ」
ふわふわと飛んでいくラッシー。すぐに砲座が火を噴くがラッシーには効かなかった。
『……あの生き物は……なんなのですか?』
『ん〜、あれは犬なの』
プリシラの疑問とワーグの解答。
絶対に違うとその場にいた誰もが突っ込みを入れた。ただし、心の中で。

―エデン西棟内部
「おりゃ!」
『ギャー』
悪司の一撃を食らい最後の兵士が倒れた。
「ったく、通信施設はどこだ!」
悪司たちが西棟に侵入してかれこれ2時間、彼らはまだ通信施設にたどり着けないでいた。
ただ迷ったのではなくウィミィ軍の抵抗が激しいのも理由のうちだ。
『動くな! お前達は包囲した!』
休憩する間もなく一般兵と装甲兵士が部屋に侵入してくる。
「ちっ! 少しは休ませやがれ!!」
乱戦が始まる。

その少し離れた場所にリセット達がいた。
「あれ〜、あそこにいるのは悪司たちね。じゃ、リセット達はこっちに行こうか」
『……助けにいかない?』
『行かない。あいつはリセットを殴ったんだから。助けてなんかやらない』
プリシラは名残惜しそうに乱戦の起きているほうを見ていた。
だが、リセット達が先に進むとはぐれるわけには行かず、後を追った。
「なんだ、通信室ってすぐそばにあるじゃん」
「ホントに。あ、でも中に誰かいるよ」
『通信施設には必ず当直がいるはずよ。注意し―』
がちゃ。リセットは何の前触れもなく扉を開けた。
プリシラは言葉を無くす。
部屋の中には女性兵士が二人いた。それを確認した時にはすでにリセットが動いている。
『な、お前達は―』
何者かと問う前に、神速で踏み込んだリセットがその息の根を止めた。銃を抜く暇もありはしない。
『はい、制圧完了ね。で、壊すの?』
『い、いえ。壊さずにいつキョウからの連絡が来てもいいようにここに誰かを配置しておくべきだと思います』
『じゃあ、キョウのことにも詳しくないといけないからプリシラお姉ちゃんが残ることになるよ?』
『分かりました』
「でも一人じゃ不安だね。麻美お姉ちゃん残ってくれない?」
ワーグは疑問系だがもとより拒否できるわけもない。
「分かったわ」
「わ、私も残ります!」
「遥!?」
月ヶ瀬は土岐がそんなことを言い出すとは思っていなかった。
「寧々さんと陽子さんは由女様を探してください。ここを取り返されたらそんな暇もなくなるのでしょう? だからここは死守します」
「……遥、無理はしないでね」
「はい」
「まあ、今生の別れじゃないんだしさっさといくよ」
「ええ」
通信施設から出たメンバーはリセット、ワーグ、古宮陽子、月ヶ瀬寧々の4人。なんだかんだ言っても戦力はかなり分散している。個人の戦闘力が高いとはいえ、早く集結した方がいいだろう。
リセット達は片っ端から部屋の扉を開けて回った。
西棟の悪司たちがいる1F以外の部屋を全て回ったがいるのはウィミイ兵ばかりで由女の姿はなかった。
「ふう〜、無駄足だったね。やっぱり東棟にいるのかな?」
「……イハビーラの研究室があるのだからその可能性は高いかもしれないわ」
「戻る?」
「そろそろ、悪司達も通信施設にたどり着いてるかもしれない。遥達が危ない」
「でも、少し休憩してからね」
ワーグは基本的に戦闘してないのだがぐったりと部屋のソファーに寝転がった。
「珍しいね、ワーグがそんなになるなんて」
「無敵がいないとやる気が出ないのよ」
「ふ〜ん。今度押し倒してみたら?」
「そうしよっかな〜」
なんて話を進めるリセットとワーグ。那古教の二人は蚊帳の外。
すぐに古宮が痺れを切らした。足音も荒々しく廊下に飛び出す。
「これ以上油を売っていられない。先に行くぞ」
「陽子! ……っ、私もいくわ」
すぐに月ヶ瀬も後を追う。
「これでさらに細分化ね。ワーグ、私達はどうするの?」
リセットの問いにワーグは答えず、ラッシーの顔を伸ばして遊んでいる。
「……ワーグ、ホントにどうしたの?」
「……さっきも言ったでしょ。無敵がいないとやる気が出ないって」
「さっきのは冗談かと思ってた」
「ホントのこと。だから自分が一番戸惑ってる。今までこんな経験はなかったから」
「無敵に惚れたの?」
動揺からかラッシーの顔を伸ばす手が止まらない。ラッシーはうにょ〜んと伸びた。
「当りか。応援するよ?」
「……ありがと」
そういうとワーグは立ち上がる。
「よく考えるまでも無く、こんなとこにいても無敵は来ないわ。リセット、さっさと行くわよ」
「ふ〜ん、重症だね、はうっ!?」
リセットはワーグにすねを蹴られた。

―東棟 コントロールルーム
ズドンと銃声が響き、兵士が倒れる。
「……兵士はこれだけか。運が良かったというべきだな」
殺は通風孔から這い出し床に降り立った。拳銃を構えたまま用心深く室内を改める。
扉には鍵をかけ、ようやく銃を下ろし、コンソールに向かった。
そのまま停止。
「……分からん」
どれが電子ロックの解除スイッチなのかサッパリ。大抵のウィミイ語は読めるがここにはそれすら書いてなかった。
とりあえず、それっぽいスイッチは5つ。
「兵士を殺したのは早計だったな……」
殺は足元を一瞥する。頭部に直撃で即死だ。
「悩んでも仕方ない。押してみるか」
殺はそれっぽいスイッチをまとめて押し込んだ。
とりあえず、目に見える範囲に変化は無い。
だが、目に見えないところには人が集る気配が。扉に迫る足音がした。
マシンガンが火を噴き、扉が破られる。通風孔に逃げ込む時間はない。
「ちっ……」
入ってきたのは完全武装の兵士が5人。
殺の武器は拳銃が1挺のみ。予備のマガジンも持ってきていない。いつも使用する重火器は通風孔に入らなかったため悪司に預けてある。
絶体絶命だった。
『探せ!』
「残弾は7発か。敵は5人、一人一発でミスは2発までだな……」
隠れていてもいずれ見つかる。時間の経過は不利になる一方だ。
電源の入っていないモニターに兵士の一人が写った。場所を確認し殺は飛び出す。
驚いて無防備な兵士に1発。頭部は撃ち損ねたが弾は首を貫いた。兵士は悲鳴と共にのた打ち回る。それに気を引かれた兵士をよそに殺は再び身を隠す。
『くそっ! 止血だ! 弾は抜けている、止血だ!』
隊長らしい男の指示で兵士が一箇所に集った。殺は床に落ちていた空薬莢を部屋の反対側へ投げる。
カツンとその音はやたらに響いた。兵士はいっせいにそちらへ銃を向ける。
飛び出した殺とは90度角度がずれる。
兵士が気づき、方向を修正する前に3連射。
4回目のトリガーを引く前に撃ちもらした隊長が銃を向けた。撃つ暇はなくそのまま床を転がり物陰に飛び込む。直後隊長のマシンガンが弾丸をばら撒いた。
『もう許さん!! 装甲兵!!』
「ちっ、厄介な物を……」
殺は残弾を確認。ミスはないので残り4発。それでも装甲兵士とやりあうには無謀だ。
ずずんと重たい足音を響かせて強固なパワードスーツに身を包んだ兵士が現れた。
しかも2体。
装甲兵士は部屋に入るなり隠れられそうな障害物を根こそぎに排除し始めた。なんとしてでも殺をしとめるつもりらしい。
そのまま隠れていたのではいずれ隠れ場所共々つぶされる。
小さくため息をつくと殺は自ら物陰から出た。近距離にいるほうの装甲兵にポイント。銃を両手で握り照準を固定。
『捕らえろ! そいつは俺が撃ち殺す!』
隊長が叫ぶが殺は気づいていない。集中し残りの弾を全て撃ち込んだ。一発目はパワードスーツ正面の防弾ガラスに弾かれた。二発目もまったく同じ場所に当たり小さなひび割れを作った。三発目はさらにそのひびを大きくした。ラストの四発目、それは連続して衝撃を受け脆くなった防弾ガラスを貫き、中の兵士の額を撃ちぬいた。
だが、装甲兵士はもう一人いる。そのアームが伸び殺を鷲づかみにする。
『なんて奴だ……拳銃で装甲兵を……』
隊長は顔を憎悪に歪め殺に近づく。
『だが、お前が生き残るすべはない。部下の分も苦しみながら死ね』
アームに捕らわれ動けない殺の足に隊長が銃を押し付ける。そのまま引き金が引かれた。
「くぅ……っっ」
身体の中に焼けた鉄串でも突きこまれたかのうように撃たれた右足が灼熱する。
『殺すなら……さっさとするがよい』
『お前が注文を付けられる立場だとでも? わからせてやれ』
『了解』
装甲兵士がアームに力をこめた。みしりと骨がきしむ。
華奢な殺の身体などすぐに砕けてしまいそうだ。
『次は右腕と行くか』
二の腕に銃が押し当てられる。殺は悲鳴をあげまいと歯をかみ締めた。
「これ以上は見ていられませんね」
そこへ響く姿なき声。
「対立組織とはいえ、知っている女性が傷つくのは許せません。使い物にならなくなるのは彼方の腕にしましょうか」
誰も反応できないまま、銀の光が走り、隊長の腕をかすめた。
ポロリと腕が落ちて隊長の悲鳴が響く。
それと共に声の主、無敵が姿を現した。
「お前は……」
「お節介でしたか? でも、もう少し続けさせてください」
悲鳴をあげてのた打ち回る隊長の首を刎ねる。そこまで行って、ようやく装甲兵が動いた。
残った方のアームを無敵に向かって突き出す。壁にでも穴を開ける一撃だ、喰らえばただではすまない。だが、当ればの話であり、柳生の技は返しの技を多数保持する。
「龍牙参式・閃爪撃」
左の刀で攻撃を反らし、右の刀でその相手の得物を打ち上げる。強制的にベクトルをずらされた敵は無防備にのけぞることになる。そこへ渾身の斬撃。強化された装甲も紙の如く切り裂き、中の兵士共々両断した。
コントロールを失い暴れた腕から投げ出された殺を無敵は優しく抱きとめる。
「あいにく治療薬の類は持ち合わせないので止血だけしておきましょうか」
「あ、ああ……」
まだ状況がよく分からない殺は無敵にされるがまま。コンソールの端に座らされ、無敵の着ていた服のはしで作った包帯を巻かれている。
「なぜここまでする? 私は敵対している組織の人間だぞ?」
「敵対していても知っている女性が目の前で死ぬのは見たくないので。父上曰く、『女性は目の前で死なせるな。敵であっても守りきれ』と」
ちなみにランスが言った正解は『不細工は無視だ。だが、いい女は敵であっても死なせるな。全力で守りきり事がすんだら抱いてしまえ』
無敵は見事にいい部分だけ切り取って覚えていた。
「さて、とりあえずの止血は済みましたが歩けないでしょう? どうしますか?」
今現在武器も体力もない状態で無敵と戦うなどという選択肢はない。もし、フル装備だったとしても、正直相手にはしたくないが。
「それよりなぜお前がここにいる?」
「目的は貴方達と同じですよ。エデンを押さえてオオサカを支配する。一時的でもいいんです。悪司組以外の組織がオオサカの実権を握れば。そのために悪司組に情報を流し、空っぽになった本拠を制圧し、エデンと悪司組の戦闘に横から介入して漁夫の利を得る。それが最初の作戦だったわけですが……こうして助けることになるとは予想していませんでした」
「……ミドリガオカは落ちたか……」
本拠に残った喜久子の事が頭をよぎる。無事なのか?
「ちなみに喜久子さんは無事です。お腹の子供にも影響はないでしょう」
殺は珍しく驚きを表情にだした。考えが読まれたのかと無敵の顔を睨みつける。
「そんなに怖い顔をしないで下さい。なんとなく分かっただけですよ」
「……そうか」
「それでですね。ここは一つ共闘と行きましょう。元々僕らは異邦人。やはりこうやってこの世界の争いに介入し続けるのはどうかと思いまして」
「それを信用しろと?」
「ええ。僕らは世界の秩序が元に戻れば僕らのいた本来の世界に戻れるのです。そのためのキーワードは悪司組の制覇を阻止すること。一時的にでも支配権が悪司組か、エデン以外の組織に移ればいいはずです。ぼくらが去った後、争いたいのなら彼方達が続ければいい。何度も言いますが僕らの悲願はもといた世界に帰ることでありオオサカがほしいわけではないのですよ」
「……私一人では答えられない」
「それはそうでしょう。こちらの案も僕一人の意見で姉上やワーグの意見ではありませんから。とりあえず、両方の本隊と合流しましょうか」
「うむ」
殺は立ち上がろうとするがやはり歩ける傷でもなくよろけて座り込んだ。
「っ……やはり無理か」
「無理はしないで下さい。おぶりますよ」
無敵は無防備に殺に背中を見せる。
「……私が武器を隠していたらどうするつもりだ?」
「そんなことはしないでしょう?」
自信たっぷりな無敵の表情。もし、殺が武器を持っていてもかわし切る自信があるようだ。
なんだか神経質になっている自分が馬鹿馬鹿しくなる。
殺はそのまま無敵の背におぶさった。意外に広い。見た感じはひょろっとしたタイプだったが、かなり鍛えているのであろう。引き締まった身体とがっしりした骨格がある。
妙に安心している自分に殺は少し驚いた。無論それを表情に出すことは無いが。
東棟の出口に向けて走る途中何度かウィミイ兵士の妨害を受けたが無敵は殺をおぶったまま平然とそれらを切り抜ける。
「たぶん、あそこが電子ロックのかかっていた扉ですね。……ただ、そこの守り手がいるようですが」
無敵は殺を壁際に下ろし座らせる。
2人の前にはBシリーズの改造人間が3体。
「また、彼方達か。今回は手加減抜きです。覚悟してください」
無敵は両の刀を抜き構える。Bシリーズはいっせいに飛び掛ってきた。
「今は先を急ぐので―」
無敵は刀を鞘に納めて構える。
「情け容赦なくいきますから」
相手との距離はまだあるにもかかわらず無敵は技を放つ。
「柳生流居合術・風薙ぎ!」
完全なる死を乗せた闘気の刃が走り正面にあるもの全てを両断する。
地上にいたB3号とB5号は驚愕の表情を貼り付けたまま肉塊と成り果てた。
空中にいたB4号は一瞬硬直し、すぐに無敵の方に注意を向ける。
いない。その少し後ろに殺が座り込んでいるだけで。その表情は畏怖。
「クローンという奴なのですか? あなた方は前に一度斬ったはず。しかし、戦闘パターンは会うたびに強化されている。……やはり、どこかに本体か、あるいは核となる物があるんでしょうか?」
声と同時に刀がB4号の胸を刺し貫く。カランと手にした槍が落ちた。
B4号は残る気力を振り絞り振り替える。
無敵は天井に立っていた。顔色変えずに平然と。
「核があるなら斬るより潰した方がいい。まあ、何度出てきても敵じゃないですが」
更に一閃。
世界が回転する。
重力に引かれ落ちる首なしの身体が酷く滑稽に見える。
天井に悠然と立つ無敵がとても恐ろしかった。
「さて、いきましょうか」
死体は見慣れてきたハズだった。抗争の日々、血と死体はたくさん見てきた。自分が殺した者もその中にはある。だが、目の前のコレはどこか違う。
慣れとかそんなレベルじゃない。呼吸となんら変わらない雰囲気で相手を切り殺している。
殺を背負おうと屈んだ無敵を見て、殺は後ろに引いた。
人間相手ならこんな気持ちにはならない。プライドが許さない。だが、この人外の前ではプライドなんて役に立たない。
「……怖いですか? けど、このまま置いていくわけにもいきません。少し強引ですが―」
視線が合った。紅い、妖しい光をたたえた瞳と。カチリと何かに鍵がかかった。
「さ、早く合流しましょう」
意思に反して身体が動く。言われたとおりに無敵に背負われる。
無敵は殺を背負ったまま戦闘音のする西棟へ向かう。

あとがき

いい加減に二人の世界をどうにかしろと言われています。
もちろん、分かっていますが、やはり公開するなら自分の納得いくものが書きたいじゃないですか? ちまちまと大筋は書いていたのですがなんかダメダメな気がしたので破棄です。
……このままじゃ停止から1年経ってしまう……。う〜ん。


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