第4回 夢と現実の境 ―カネシタ 「ひ、ひけー!」 戦いに敗れた那古教信者が撤退していく。戦場に残るのは無敵と山沢の二人。 「ふう、信者といっても所詮は一般人ですね。戦闘訓練を受けたことも無いような人に刀を振るうのはやっぱり抵抗ありますよ」 「そうですね」 「……相手がどんなに無力な存在であろうと憎むことが出来れば話は別ですが」 「そういうものですか?」 「過去に一度だけありましたね。相手は度重なる拷問を受け獣にまで成り下がっていた……ってこんな話を聞かせても仕方が無いのでそろそろ戻りましょうか。あの信者たちもいつ戻ってくるかわかりませんからしばらくはあの民宿にでも泊まることになりそうですね」 「リセットさん達への連絡はどうしましょう?」 「僕が行ってきますよ。たぶん全員来るでしょうけど」 もともとリセットが温泉を確保したいがための作戦だ。そして、すでに協力を引き受けてくれた温泉宿の確保も済んでいる。それを聞けば飛んでくるに違いない。 無敵は山沢と別れコフン方面に向かう。硫黄の匂いが漂う温泉街を抜け小さな赤い橋に差し掛かる。と、向かいから来た少年と肩がぶつかった。 「あ、ごめ―」 「ってーな! どこ見て歩いてんだ、時代錯誤に刀なんかさしやがってよ!」 無敵、呆然。視線は少年の頭に向けられている。いわゆるリーゼント。 「……すごい髪型……」 思わずこぼれ出た一言。無敵にしてみれば初めて見る髪形だ。 「んだとォ!? ワビいれずに茶化しやがるのかよ!?」 「えっ、そんなつもりでは―」 といいつつも視線は髪型に行っている。 「ウダウダうるせーんだよ、この野郎! 素直に謝れや!!」 「けどですね、ぶつかったのはお互い様でここは両方が謝るべきかと思うんですが?」 「ウルセー! くらえ、チェーン乱舞!! オラオラオラァァァ!!」 少年はポケットからチェーンを取り出すと無敵に向かって振り回した。 「……血の気の多い人ですね」 最初の縦に振られた一撃を横に避けて回避、水平方向に振られた二段目を今度は欄干の上に飛ぶことで回避する。少年のチェーンは無敵のいる欄干に絡まった。 「ちっ、ふらふら避けやがって!」 「まだやるんですか? じゃあ、こっちから」 少年の頭上を跳び越し背後へ。振り向きざまのチェーンをしゃがんでかわすとさらに踏み込みその腕を取り、そのまま一本背負いへ。少年は橋に叩き付けられた。 「それなりに能力はあるようですが、まだまだ鍛錬が足りませんね。では」 「待てよ!」 そのまま立ち去ろうとする無敵の背後から声がかかる。無敵はあからさまに嫌そうな表情を浮かべて振り返った。 「……まだやるんですか?」 「あんた……どこの組の人だ?」 「組? ……ああ、ヤマトで発足した地域管理組合、ヤマト新王国の者です」 「初めて聞く名前だな。……よし、ついてってこの目で確かめてやる」 「確かめてどうするんですか?」 「あんたが本当に地域管理組合の者だったら俺が入ってやるよ」 「……確かに今は戦力が欲しいですけど命を落とす可能性もありますよ?」 「俺は強くなりたいんだ! あんたと共に戦ってその技を盗んで強くなってやる!」 「じゃあ、お好きにどうぞ。姉上がなんていうかは知りませんが、一応名前を聞いておきます。僕は山本無敵です」 「変わった名前だな」 それを聞いて無敵は苦笑をもらす。 「この名をつけた人はかなり破天荒な人でしたからね」 「そうか。俺は始。鬼門始だ」 「事務所はこっちです。あと、先言っておきますが驚かないでくださいね」 「は? 何に?」 「行けば分かりますよ」 ―コフン ヤマト新王国事務所 「姉上、ただいま戻りました」 「おっかえり〜! って、それなに?」 視線の先には鬼門始がいる。 「入団希望者です。素質は十分にあると思いますよ」 「ふ〜ん、無敵がそういうなら。でもそれホントなの?」 始は事務仕事をする動く埴輪を見て口をぽかんと開けたまま固まっていた。 「来る前に驚かないようにいったんですが……普通の反応ですね」 まだ固まっている。 「すまないがそこをどいてくれまいか?」 正気に戻った鬼門は入り口のほうを振り返りまた固まった。 「おや、無敵殿、帰ってきていたか。して、首尾は?」 「上々。制圧は終了しています。しばらくは那古教からの侵入があるかもしれないのであちらに駐留するつもりです。あと、彼は鬼門始。カネシタで会った入団希望者です」 「そうか、合点がいったぞ。説明も受けずここへ来てハニーたちに驚いておるのか」 「ハニーっていうのかアレ」 鬼門がようやく立ち直った。そして、ビノノン王をまじまじと見つめる。 「わしがヤマトの王ビノノンだ。鬼門始といったな、これからよろしくたのむぞ」 「お、おう。任せとけ!」 「よし、ではあそこにいるリセット殿から詳しく説明を受けてくれ。無敵殿、少し話があるのだが」 「それもいいのですが、皆で温泉へ行きませんか? 全面的に協力してくれる温泉宿があるのですが?」 「温泉!? 行く!」 ビノノン王と話していたはずなのにリセットはすぐさま聞きつけた。鬼門はほっとかれている。 「そういうと思って、今日の予約を入れておきました。鬼門君の分は追加してもらいましょうか」 「いいのか?」 「かまわん。君もわが軍勢の一員となったからにはな。楽しむ時は楽しみ、戦いの時はその力を発揮する。それでいいのだからな」 「決まりね。ワーグを呼んでこなくちゃ」 ―カネシタ 温泉宿 女湯 「ふにゃ〜〜〜、やっぱり温泉はいいわ〜」 露天風呂に浸かったリセットは極楽極楽とつぶやき湯の中で身体を伸ばす。 その横でワーグとラッシー、そして山沢がいる。 「ホント、無敵には悪いけど、ここを制圧して正解だったかも」 「無敵さん、反対されたんですか?」 「うん。無敵は悪司組に近いハクアかフナイを攻撃対象にって言ってたんだけど、リセットが温泉を優先したの」 「無敵はこの子に逆らえないのよ。不憫よね〜」 「わふわふ」 「それにしても麻美おね〜ちゃん、肌きれいだね」 突然お子様モードのワーグが山沢に擦り寄る。今だこのワーグに戸惑いを隠せない山沢は思わず肌を隠した。 「わ、ワーグさん?」 「お胸も大きいし……ワーグはずっとこのままだからちょっと二人がうらやましいな」 「ふ〜ん、ワーグでもそう思うことがあるんだ?」 リセットはワーグの体を見る。魔人になった時から時の止まった身体。幼い少女の身体。 無いに等しい胸の膨らみも変化することは無いだろう。 「時と共に心は変わっていく。けど身体はそのまま。頭では理解していても女の子だもん、うらやましいって気持ちはあるよ」 「望みはないんですか?」 「どうだろう……そういえば考えたことも無かったな……」 「シルキィなら付けてくれるんじゃない? おっきい胸をさ」 「う〜ん、こんなお胸だけつけてもね〜」 と、ワーグは山沢の胸をもむ。 山沢はどうしていいか分からずされるがまま。 「身体も大きくならないと変じゃん。それにしても気持ちいいな〜」 「どれどれ、リセットも触らせて」 「えっ……あの、お二人とも!?」 「それ!」 あとずさる山沢にワーグとリセットが飛び掛った。 ―男湯 空気が重い。しかし、原因に自覚は無い。 「ふ〜、ゆっくり温泉に浸かるなど何年ぶりか……じつによいものだ」 ビノノン王はどこも隠そうとせずにいる。身体は女性なわけで、無敵と鬼門は目のやり場に困っていた。 「あ、あのービノノン王。ここは男湯ですよ?」 「分かっているぞ。だからここにおる」 「……正直目のやり場に困るのですが」 無敵に言われてビノノン王はようやく自分の体のことに気づく。はたと手を打った。 「そういえば憑依した身体は女性のものであったな。だからといってリセット殿や山沢殿のいる女湯に入るわけにもいくまい」 「……それもそうですね」 「気になるというのなら湯着でも探してこよう」 そういってビノノン王は立ち上がった。 が、ぽよよんと揺れる胸も、うっすらと生えた股間の茂みもどこも隠そうとしない。 無敵と鬼門はただ固まるしかなかった。ついでにちょっぴり前かがみに。 「……しばらく湯からでれねーな……」 「同感です……」 そんな中、宿のほうが騒がしくなった。 何人かの人間が廊下を足音荒く露天風呂に向かってくる。 「困ります! 今日は貸切と申し上げたはずです!」 「その貸しきってる奴らに用があるんだ! どけっ!」 そんなやり取りが聞こえてくる。向かう先は女湯。露天風呂への入り口が刺青ヤクザによって蹴り破られた。山沢はすぐさま身構えようとして自分が何も身に着けてないことに気づきあわてて肩まで湯に浸かる。他の二人は平然としたものだ。 「おい、ね〜ちゃん。あんたがリセットってヤツか?」 「そうよ。で、あんたら何?」 「お前が皆殺しにした悪司組のメンバーに俺の弟分がいたんだ。仇を討ってやる」 「ふ〜ん。それで?」 「それで? だと? お前らの武器は脱衣所の中。その上裸だ。ぼこぼこにして犯してそれから殺してやる!」 「有象無象が何をえらそうに。今、リセットたちはリフレッシュタイムなの。後にしてよ」 「へへへ、そうはいかね〜な。そんなでっけ〜胸を惜しげもなく見せられちゃぼこぼこにした後が楽しみだぜ。泣き叫ぼうがぐちゃぐちゃになるまで犯してやるよ」 「リセットの胸に欲情したの? でもね、触っていいのはリセットの選んだ男だけなの。諦めてね。まあ、見るのは勝手だけど」 と、女湯の異変に気づいた無敵が垣根の上に顔を出した。リセットはすさまじいスピードで反応し足元の風呂桶を蹴る。 「姉上! 大丈夫で―」 ベキ。無敵の顔にジャストミート。無敵はのけぞり頭から落ちた。 リセットは顔をほのかに赤くしてさけんだ。 「む、無敵は見たらダメなの!」 よく分からん理屈である。ワーグは横で肩をすくめた。そして刺青ヤクザ達を振り返る。 「麻美おね〜ちゃんは恥ずかしいみたいだし、ワーグがおじちゃん達の相手をしてあげるよ。何して遊ぶ?」 「あ、アニキ。あのガキは俺に……」 「ヘッ、好きにしろ。いくぜ!」 「ふ〜ん、変態さんもいるんだ。ワーグ、そういうのキラ〜イ」 「ワーグ、がんばってね〜」 リセットは縮こまる山沢の隣に浸かり観戦モードに。 「リセットさん! ワーグさん一人でどうするんです!?」 「あれ? ワーグの力のこと知らなかったっけ? ワーグに勝てるヤツはめ〜〜〜〜ったにいないよ?」 私だって勝てる気がしないもん、と付け加えた。 普段は見た目相応の行動だが時たま見せる表情からは底知れぬものが感じられる。だからといって、裸の少女が屈強なヤクザ達に勝てるとは思えない。 「ま、気にせず浸かってたらいいよ」 「……わかりました」 恥ずかしがっている場合ではないと理解はしていても裸のままでは相手の視線が気になって集中できない。山沢は足手まといになると判断してワーグを見守ることにした。 ―男湯 一方、隣では助けに行きたいが無敵と同じ目にあうのが分かっていたため立ち往生する鬼門とビノノン王の姿があった。受身も取れず頭から落ち後頭部を強打したためさすがの無敵も目を回していた。 ―女湯 刺青ヤクザ達は襲いかかろうと意気込んだのだがワーグからかもし出される近寄りがたい雰囲気に二の足を踏んでいた。 「こないの? じゃあ、先にお着替えしてもいい? ラッシー、服出して」 「わふ」 ふわふわもこもこが口大きく開けるとワーグは上半身をその中に入れた。 「ん〜と、どこにしまったかな〜」 今の体勢では自然と小さなお尻が突き出される形となっている。 「あ……ああ……」 幼女趣味のヤクザがそれに引き寄せられるように進みだした。彼我の距離はほんの少し。 「あ〜った」 ワーグはラッシーの中から着替え一式を抱いて上半身を抜いた。そして振り返る。 その表情は先ほどまでの幼い少女の見せるそれではなく……。 「さて、変態さん。死ぬ前のサービス満足してもらえたかしら? もう少しサービスは続くわよ。はい、おやすみなさい」 抵抗は無意味。急激に襲ってきた眠気に男は一瞬にして落ちた。 本人にその自覚は無い。彼の目の前には先ほどと変わらずワーグのお尻が揺れている。男には誘っているように見えた。さらに近づく。手が、もう少しで届く。 後一歩。手が触れた。とたんに男の指先がどろりと腐り落ちた。 「えっ……」 指だけでは止まらずどんどん腐食が進んでいく。 「う、うわっ!?」 腐った肉の匂いが鼻をつく。ワーグを見るといつの間にか服を着て離れたところにいる。 「あのね、変態さん。ワーグはね、そういうの大嫌いなの。だから死んでね」 腐敗が進み男は自分の身体が腐肉の塊に成り果てたと思い込んだ。 夢と現実、区別のつかぬまま、脳は自分が死んだと自覚した。その瞬間現実世界で男の心臓は鼓動を止めた。 女湯で、彼に何が起こったのか理解しているものは少ない。少なくとも山沢から見れば突然眠り始めた男がそのまま倒れただけにしか見えなかった。目に見える範囲でワーグは何もしていない。 「一体何が……」 「夢を見せたのよ、ワーグは。たぶん、ショック死するくらい恐ろしい夢を」 「恐ろしい夢?」 「ワーグには相手に夢を見せる力があるの。そして、夢に堕ちた者の魂を奪う。あの力に逆らえるものはそういないわ。あんな三下が何人集まろうとワーグの敵じゃない」 目の前で繰り広げられる光景に山沢は息を飲んだ。 最初は突然刺青ヤクザたちが眠りに落ちた。夢の中で何が起きているのかは分からない。しばらくして一人が飛び起きた。その表情は恐怖にゆがんでいる。 「あああああああああ!!!!」 その男は突然叫び声を上げ隣で寝ている男の頭を掴んだ。無理やりそれを持ち上げ ―ゴスッ 露天風呂のタイルに叩き付けた。打ち所が悪かったのかやられた方は大きく痙攣してすぐに動かなくなった。だが、夢に狂わされた男の行動は止まらない。 「ひいいいいっ!! く、来るなぁぁ!!」 今度は別の男に飛びつき再びその頭部を掴み振り下ろす。今度は何度も何度も。 頭蓋が割れ、脳漿が溢れてきても気づかずにタイルに叩きつける。 「潰れろ! 潰れろ!! 潰れろ!!!」 彼には夢の中で見た何かが今も見えていた。それはおぞましく、彼に触手を伸ばす。彼は近くにある『岩』を掴み伸びてくるそれを叩き潰していた。 だが、それは本人とワーグにしか分からないこと。山沢はつらそうに目をそらし、リセットは男の声をまったく無視して温泉に気持ちよさそうに浸かっている。 「ひっ……ない……ない……武器が無い!!」 生きているのはその男のみ『岩』はすべて砕けてしまっている。 「さあ、よく耐えたわね」 脅えきり、力なく座り込む男の頭をワーグはやさしく抱き寄せた。しかし、行動とは裏腹に浮かべる表情はサディスティックな薄い笑み。 「今、楽にしてあげる。魂……頂戴ね」 カクンと男の身体から力が抜けた。術中に堕ちた者のあっけない最期。 「おしまい。ランク的にはまあまあかな」 「相変わらずやることが悪趣味」 「あら、リセットに言われたくないわよ。それより、治安課よんでここを片付けさせましょう。もう一回ゆっくりと浸かりたいわ」 「そうね。ここは汚れちゃったから隣行きましょ」 「隣? ……男湯ですよ!?」 「もちろん男は追い出すの〜ほら、いくよ」 リセットは戸惑う山沢の腕を掴み湯から引きずり出す。 「リセットさん! 自分で歩けます!」 その後、男湯にいた3人は追い出され、女性3人のみが最後まで温泉を堪能した。 男三人はというとロビーでコーヒー牛乳を飲んでいた。 「ふう、これはおいしいですね。初めて飲みました」 「風呂に入った後はよ〜く冷えたこれに限るぜ」 「ふむ、わしもなかなか気に入ったぞ。そうじゃ、無敵殿。さっきも言おうと思っていたのだが言い忘れていた情報があるぞ」 無敵はビンを回収箱に入れてビノノン王のほうを振り返る。 「ここへ来る前に言いかけたことですか?」 「うむ。昼間、ウメダを歩いていたら悪司組と那古教の戦闘が始まってな。勝ったのは悪司組で那古教の連中はほぼ全滅、一人逃げた女を成り行きで助けてしまった」 「え、那古教の信者をですか?」 ほぼ同じ時間帯にカネシタでは戦い、ウメダでは助けていたということになる。 「ただの信者ならそのまま逃がしてもよかったのだがこれが那古教の幹部だったんじゃ」 「……面倒なことにならなければいいのですが」 |
あとがく うわっ、なが!? しかもグロい……(汗 久しぶりに書いたらこうなりました。 新しいオリジナルを書きはじめて、二人の世界も書いていて、平行してリセットも……やっぱ無茶なのかな〜? |