魔王列記 外伝 悲恋
注意 先に魔王列記 第2章まで読んでから読んでください。 じゃないとわけがわかりません。 ―カラーの森・入口 「そうだ。美樹ちゃんを殺し魔王になった」 あの時、王様は恐ろしいセリフを残し私に背中を向けてしまった。 このままでは二度と会えなくなる。魔王と人間。決して近づく事のできない存在。 「まって……王様……」 気がついたときには声が出ていた。王様が足を止めて振り返る。 「……王様……私も……連れて行って……私……王様がいないと……。王様にとって……は……ただの娘でも私にとっては……そうじゃないんです……」 会えなくなる。そう思ったら涙が出て、胸の奥からあふれ出る言葉も止まらなかった。 私はあの時冷静さに欠けていたのかもしれない。 「アールコート、意味をわかっていってるんだな?」 「……はい」 「なら、自分でこの手を取れ。自分の生き方は自分で決めるんだ」 手が差し伸べられる。私の手も自然に王様の手に伸びていく。 ポタリと血が私の手に落ちた。王様の手から……。 「ひ……」 ほんの少し前まで王様の部下だったリーザス兵の血。 私と一緒に王様探しに派遣された人たちの血だった。 それを王様は全員切り殺した。何の躊躇もなく。あっさりと命を奪った。その時の返り血。 魔王、そして魔人。それらは人に恐怖をもたらす存在。 冷静になったとたん私にもその恐怖は迫ってきた。体が震える。 姿も愛しい王様。口調も雰囲気も愛しい王様と変わりはないはず。 けど……どこかが……何かが違う。 私は自分から王様に背を向けて走り出した。魔王という存在感が私を突き動かしていた。 王様が後ろで何か言った気がした。けれど……私はそれからのことを覚えていない。 気がついたらアーヤさんが私の隣にいた。知らない間に運び込まれたのだと後で聞く。 誰かに……。 ……王様が魔王になって5年。今はヘルマンではラング・バウがゼスではオールドゼスが最前線になっている。今回の戦闘を含め15回、人類は大きな犠牲を払って魔王の侵攻を防いできた。魔人の数も小川さんとフリークさんの活躍で減っていた。 けど……この戦いは魔王を倒さない限り終わらない。 ―ラング・バウ 軍司令室 「アールコート、何してるの?」 眠ってしまったみたいで、重い頭を無理やり持ち上げる。 「ラファリア先輩……どうも疲れがたまってるみたいで、ちょっと居眠りをしてしまいました」 「そうよかった。てっきり司令官の重荷に絶えかねて手首でも切ったのかと思ったわ。残念。そうだったら私が司令官になれたのに」 辛らつな言葉を浴びせながらも先輩は微笑んでいる。 ただいつものようにからかっているだけ。学校に居た頃とは違う。 「先輩がここにきたのは報告のためですよね? それともサボりですか?」 「報告よ、報告。敵が動いたわ。そしてとうとう東の市門も包囲された。数は東西合わせて50万」 「包囲……もうこれが限界ですね。……」 度重なる戦闘でラング・バウの防衛力は低下している。今の状態では50万はおろかその10分の一でも耐えられないだろう。 「私は皇帝に許可をもらいにいきます。先輩は撤退に向けて準備を進めてください。先輩……私まだ死ねませんから。目的が……あります」 「わかってるわよそんなこと」 これまでの戦いでリーザスでも有能な人たちが次々に戦死した。バレス将軍、ゴルドバ将軍、レイラさん、ハウレーンさん、メルフェイスさんそしてエクス将軍。 彼の遺書に私へ当てた一文があった。 『アールコート将軍、貴女をヘルマン戦線総司令官に任命します。後はお任せします』 最初は戸惑ったけど、まわり……特にラファリア先輩に推され今の職についた。 ちゃんとこなせているかわからない。でもただがむしゃらに仕事をこなしてきた。 ……とっても眠い。よく考えてみると今日で3日ベッドに入っていない。 今回の戦闘はいつもと違う雰囲気があった。魔王軍は疲弊したにもかかわらず撤退しなかった。それどころか闇雲に増援を送り込んできた。 今では東西の市門ともチューリップ兵器に狙われている。市門を出ない限り包囲されたラング・バウからの撤退は望めない。 ふと気がつくと皇帝の間を通り過ぎていた。……はぁ、やっぱり疲れてる。 ―皇帝の間 「やはりもう限界ですか……」 私がシーラ皇帝にさせようとしている決断は彼女にとってもっとも酷なもの。 「申し訳ありません。私の力が足りないばかりに……」 「それは違います。アールコート司令、貴女の力がなければこの城はすでに敵の手に落ちていたでしょう」 そう言ったシーラ皇帝は憂いの表情を浮かべた。 今もまだ麻薬の後遺症が抜けていない。ステッセル宰相が暗殺されついでパメラ様もその後を追い自殺した。両親を失った彼女はリハビリに励み荒れるこの国を支えてきた。 この戦乱の後絶対に必要な指導者となる方。 今回の決断はそんな彼女にとって最初の試練なのかもしれない。 「すでに一般市民の避難は終え、後は我々が脱出するのみ。……未練はありますがやるべき事はわかっています。アールコート司令全軍に撤退命令を。ラング・バウを放棄します」 「はい、直ちに。陛下にも作戦会議にご出席いただきたいのですが」 「もちろん、すぐ参りましょう」 この城に残っているわずか10名の非戦闘員―シーラ様とその侍女たち―をどうやって逃がすかそれが今回の作戦の重要なポイントとなる。 ―会議室 「撤退作戦は残存兵力2万をどれだけ減らさずに撤退させるかが問題となります。それにあたりまず重装騎兵は軽装甲に切り替えます」 「軽装甲に!?」 ロレックス将軍が叫ぶのも無理はない。このヘルマン戦線は攻撃力、防御力、そして速さを兼ね備えた新兵種『重装騎兵団』があったからこそもっていたようなものだ。 だけど馬の方が重量に耐え切れず短期戦のみにしか使えない。だから軽くなる必要が出てくるのだが、軽装甲になれば騎兵の力が100%出せなくなる。 「撤退にするに当たって必要なものは速力です。装甲は二の次、各員極力装甲を減らしてください。次に隊列ですが先頭はロレックス将軍にお願いします」 「それで? あんたの事だそれだけじゃないんだろう?」 「ええ。最も重要な役割です。撤退の際陛下を後ろに乗せて出ていただきます」 「……本気か?」 「はい。おそらくもっとも安全だと思われます。追っ手がかかるまで最も時間がありますから。とにかく非戦闘員を先頭にしてログAまで駆け抜けてください。ログAまで着けば安全なはずです」 「……どんな秘策があるんだ? 市門を出た瞬間蜂の巣だぞ?」 私は準備しておいた地図を広げ南東の城壁を指した。 「このラング・バウは東西の市門以外出るところはありません。それゆえ包囲にあたってはこの市門を押さえればすみます。逆にいえばそこにしか敵はいません。ですから新しい出口を作ります。それがこの場所です」 ちょっと難しかったのかほとんどの将軍がぽかんとしていた。 「大まかにではありますが説明します。まずこの位置にアスカちゃんのチューハイ召喚を使い城壁を破壊します。そして、ロレックス将軍以下第一師団でいったん南へのがれます。 少なくても2キロ以上は南下した後東へ進みます。残りは南東の門を出た後北上、敵集団側面に攻撃を加えます。これは第一師団から敵の目をそらすためで本格的に攻撃する必要はありません。北上を続け街道に出ればそのまま東へ向います。馬の速度があればほとんどの追撃もかわせるはずです」 「なんとまぁ……城壁をぶち抜いて奇襲をかけるか……」 「兵学校の答案にそんなこと書いたら0点よ」 と、クリームさん。彼女にとっては不本意な作戦なんだろうけど。 「成功すれば次からは100点がつくわ。ね、アールコート?」 ラファリア先輩の言葉にクリームさんのこめかみにペケマークが浮かぶ。 ああ、もう……。この二人なんだか気が合わないみたいでよくもめている。 「出撃は今夜9時。夜の闇にまぎれて行います。各員部隊をまとめ準備にかかってください。ご苦労様でした、解散してください」 会議室から自室へ向い久しぶりのベッドにダイブ。 ちょっとだけ……ほんの1時間だけ……まだ細かな打ち合わせが残っているから……。 「あ……な、何時!?」 慌てて時計を見ると8時半。一気に血の気が引いた。 鏡もろくに見ず部屋を飛び出す。 と、廊下にはラファリア先輩がいた。 「アールコート、鏡くらい見てから出なさい。軍人である前に女でしょう? 後30分、鏡の前に座って髪を整える時間くらいあるわ」 「で、でもそれどころじゃ―」 「鈍いわねあいかわらず。指示は出しておいたわよ。貴女がぐっすり寝てる間にね。戦闘中に疲れが出て落馬なんてしゃれにならないから」 「先輩、ありがとうございます!」 「礼を言ってる暇があったらその顔と髪、なんとかしなさい。ヒドイわよ」 思わず頭に手をやると触ってわかるほどぐしゃぐしゃで、……恥ずかしい。 とにかく髪をとかし本当に無くしたくないものだけもって南東の城壁に向う。 ―南東の城壁 その周辺に2万の兵が集結している。どうも私が一番遅かったみたい。 「アールコート、演台へ。何か一言言いなさい」 「えっ……そんな急に言われても……」 「遅れてきた罰よ。あんたの頭なら5秒で出来るでしょ」 「うぅ……」 寝てしまった挙句、先輩に仕事を押し付けてしまっていて……反論の余地ナシ。 「苦手なんだけどな……こういうの……」 私が演台に登ると兵士たちが口を閉ざし静かになる。 私に視線が集中するのがわかる……。 「……今夜、残念ながらラング・バウを放棄しなければなりません。今我々に出来る事は逃げる事。一人でも多くこの包囲を抜けられるよう各自ベストをつくしてください」 一呼吸おいて剣を掲げる。あわせて2万の剣が空をさす。 「出陣します!」 ここから先は時間との戦い。アスカちゃんが合図と同時にチューハイを解き放つ。 城壁を破壊しついで瓦礫を外へはじき出す。道は開いた。 「総司令!」 「は、はい」 先頭にたつロレックス将軍が突然声を張り上げた。 「皇帝陛下の存在ももちろん必要だが後の世にあんたの力も絶対に必要になる。なんとしてでも生き延びろ! 武運を祈る!!」 「……はい」 ロレックス将軍の言葉は私の心に重くのしかかる。私が戦場に身を置く理由。 それを知った時彼はどう思うだろう? ……でも、いまは考えている時間もない。 「本隊前へ! 目的は逃げる事、速力を保ち隊列を崩さないで。武勲をえようなんて考えないように。進軍! 私がしんがりを務めます」 「ちょっと待ちなさい。あんたがしんがりなのは納得いかないわ」 「……わけありなんです……今を逃がせば次はないかもしれないから……」 「……ランス王が来てるのね?」 私は小さく頷いた。忍びの報告で私はそれを事前に知っていた。 「会ってどうするつもり? まさか、いまさらついていくなんていわないでしょうね?」 「……とにかく、しんがりは私がやります……」 「魔王が直接追って来るとも限らないわ。もし、ただの雑魚につかまったら……わかってるの?」 「……先輩は出来る限り先頭のほうへ。そのほうが生存率高いです」 先輩がなんといってもあきらめるつもりはない。 「先輩……いえ、ラファリア将軍。持ち場へ戻ってください」 司令官としての命令。まだなにかいいたそうな先輩だったが足音荒く自分のウマの所へ行った。……先輩、ごめんなさい。 一万と九千のウマが走り出す。 速力が武器。ただひたすら駆け抜ければいい。 予想通り敵の反撃は弱くほとんど被害もなく本隊は街道へ出る。 が、突然闇夜に羽音が満ちる。 ほんの少し前まで見えていた星は数万の翼に覆われ消えた。 羽音の方がウマよりはやい。追いつかれる。 私は何も言わずウマを止めた。黒衣の影が見えた。 「司令! 何を!」 「……彼方達は逃げて。……王様がいた。彼方達はすぐ殺される……」 「司令! ……失礼します!」 1人の兵士が無理矢理私を自分のウマに移した。抵抗するまもなく。 「なにするの! 放して!」 「できません! 我々はマリス様から命令を受けています! 今の軍はあなたの存在で持っているようなもの。総司令だけはどんな事があっても連れ戻せといわれています!」 彼らが、必死なのが伝わってくる。 けれど……もう……突然私達の前に黒い影が舞い下りる。 そして、黒い刃が一閃。 「アールコート、今お前が人間になんと呼ばれているか知ってるか?」 「王……様……」 「俺様が調べさせたところによると『戦争の女神』と呼ばれている。兵士達の心のよりどころになってるわけだ。もっとも、そう仕向けたのはマリスだがな」 王様がそういい終わると同時に私を担いでいた兵士がウマごと両断され私は地面に投げ出された。 「久しぶりだな。ちょうど5年になるか」 「……なぜ殺さないのです? ずっと侵略を阻んでいた人間ですよ?」 王様はカオスを鞘に収めるとマントで血をぬぐってから手を差し出した。 「5年前の続きだ。あの時お前の気持ちは聞いている。この手をとるかとらないか、もう一度だけ訊く」 私は王様の手を取らずに立つ。王様が少し意外そうな顔をした。 「……ごめんなさい王様。……私はあの時王様に恐怖して自分の気持ちを曲げました。あのあと貴方への思いは捨て去り、今はあなたにはむかう将です。敵対する理由はあっても……その手をとる理由はありません」 ……カンの鋭い王様のことだから一部嘘だと見抜いたかもしれない。 けど、心の奥底で貴方に恐怖している私が手をとる資格なんてない。 私はめったに抜かない剣に手をかけた。私の意志を見せるために。 「……なんのつもりだ?」 「貴方に挑戦します。……カオスを抜いてください」 「……それがお前の選択なんだな?」 私は無言で剣を構えた。 「よかろう……相手してやる」 この5年間、自分の身を守れる程度には剣を使える様になった。リック将軍やレイラさんに習って。もちろん魔王に剣をむけるのが無意味だというのはわかっている。 けどそれは、たいして問題じゃない。 最初剣がぶつかった時、王様に殺気がないのがわかる。適当なところで剣を叩き落そうとしているのだろう。 5回、6回と剣同士がぶつかるすんだ音が響く。 ずっと私の動きにあわせていたカオスの動きが唐突に変わった。 剣士として普通ならここは体をひくところだろう。私程度でも身をかわせる。 けど私はあえて一歩踏み込んだ。ギリギリのところを狙っていたカオスの切っ先は私の体に吸い込まれていく。王様の顔が驚き引きつった。 王様……あの時からずっとこうなるために……貴方の手にかかって死にたいがために生き延びてきたと知ったら……貴方は……やっぱり怒りますか……? でも……これで……やっと…… 闇の中で声が聞こえる。誰かが私に話し掛ける声。 「お前はもう俺様の部下だったアールコートではない。士官学校へ行かず俺様と会う事のなかったしがない肉屋の娘だ。お前の記憶から俺様は消える」 ―あなたは誰? どうして消えるの? 「さぁな。それはもうどうでもいいことだ」 声が徐々に小さくそして遠くなっていく。 ―消えないで……消えちゃ……ヤダ……ィャ…… そして、全てが消えた。 ―JAPAN 長崎城・城下町 「―コート。アールコート。朝よ、起きなさい」 「ふぁ……はぁい、お母さん」 「朝ごはんはもうできてるわ。早く食べて手伝って。今日もいそがしいから」 「うん、わかった」 私は返事してパジャマを脱ぐそこで動きを止めた。 「……誰なんだろう……おかしな夢……」 よく見る夢。そこの中で私の中から誰かが消えていく。何度も見る夢だけど常に同じシーンしか見ない。おかしいものといえば体に残る刀傷のようなもの。 注意してみようとしなければわからないほどのものだけど記憶にない怪我の跡だ。 JAPANへの亡命が成功して一ヶ月、JAPANには珍しい肉屋をやっていた家族はすんなりと受け入れられ着々と売上を伸ばしていた。とっても好評でお城のお殿様の御用商人に認定されたほど。 ただ、なんとなく違和感があった。全てが仕組まれたかのような。あいまいな私の記憶のせいかもしれないけど。 「アールコート!! 早くなさい!」 「ごめんなさい、すぐ降ります」 私は慌てて服を着ると1階へ駆け降りた。 「店番いつもどおり昼までお願いね」 私は急いで食事を済ませるといつものように店先に立った。 お客さんがもう並んで待っている。 「いらっしゃいませ!」 私は精一杯の笑顔で言った。 ―城下町・上空 「パ〜パ、また女の子見てるの?」 「少しだけな」 ランスはリセットを肩車して空中散歩に出かけていた。 「ダメだよ、あんまり女の子にHなことしちゃ。ママが悲しむしリセットもイヤだもん」 「ああ、わかってるぞ。お前たちの前ではそんなことしてないだろ?」 「エライ、エライ」 リセットはランスの頭をなでなで。魔王もかたなしである。 「よし、団子でも買って帰るか」 「リセットはね……みたらし団子5本!」 「じゃあ俺は20本だな。五十六と無敵は5本づつでいいな」 「無敵が5本ならリセットは7本」 「どうしてだ?」 「リセットのほうがお姉さんだもん」 一瞬きょとんとしたランスだったが、すぐ笑い出す。 「ううぅ……パ〜パの意地悪ぅ」 ひとしきり笑ってランスは団子屋のそばに降りる。一応人目を避けて。 しばらくして山ほどの団子を抱えて店をでた二人は肉屋の前を通り過ぎた。 「パ〜パまたさっきの女の子見てる……」 リセットは不満そうに呟く。 「アールコート……俺様は怒ってなんかいないぞ……かわいい女の子には寛容だからな」 ランスはリセットには理解不能なことを呟いた。 それが聞こえたのか聞こえなかったのか、定かではないがアールコートは一瞬ランスのいたほうを向いた。 しかし、その時には親子の姿はなかった。 RC5年、魔王ランスは人類の抵抗勢力を壊滅させ、大陸全土をその支配下に置く。 しかし、JAPANは侵攻されず人類は今までどおりの生活を保つ事ができていた。 そして、魔王ランスは― あとがき 実は本編ほったらかしで先に書いてしまいました。 本編と第2章で分岐した話になっています。 思いついたのは第2章を投稿したときの誠志さんの感想を見て。 セオリーどおりじゃないのも書いてみようかなと。 この先こんな感じの外伝が増えるかもしれないし増えないかもしれない……。 気分しだいです。 |