魔王列記 外伝W−壱 楽園

―RS暦5年
姉上が魔王となってから人の姿を見ることはほとんどなくなった。
長崎からポルトガル、Mランドと歩いてきてもあるのは瓦礫の山ばかり。かつて栄えて都市の慣れの果てばかり。そこを魔物が闊歩している。人類は森の奥に逃げ込んだか瓦礫の山の中で魔物の目を恐れながらコソコソ生きるか。……カラーの家畜となる道を自ら選んだ者もいる。どれにせよほとんど生き残ってはいまい。
……ここまでやれば計画に差し支えないと思う。しかし、姉上は人狩りを止めようとしない。半分は人の血肉を持っている自分としてはかなりやりきれない気分だった。

「ここか……さすがに疲れたな」
目の前にあるのは山頂の口と呼ばれるダンジョンの入口だ。この奥に神が創った『終末をもたらす者』の1体が封じられている。JAPANの佐渡に眠っていた巨大ムカデと同じ存在だ。
どんな姿をしているかは分らないが封印の解除方法と場所は父上から受け継いだ記憶に含まれていた。受け継いだ記憶に含まれていたもの、後は計画の全容くらいのものだ。
山頂の口に入って違和感に気づいた。魔物の気配が一切しない。
ここにはそれなりに強力な魔物が住んでいたはずだ。魔物の気配がないのに生き物の気配はある。驚いたことに人間だった。
「動かないで。……魔物じゃなさそうだけど……人間?」
手に槍を持った人に囲まれた。武器は構えているが手つきは危ない人ばかり。訓練もまともに受けてはいないのだろう。実戦経験は零だ。
「答えて」
「答えなくても分りませんか? 見ての通り人間ですよ」
ここで魔人ですと言うのは得策じゃない気がして嘘をついた。
「じゃあどうやってここまで? 刀持ってるってことはJAPANの人よね?」
正体を偽った以上誰も襲ってきませんでしたとはいえない。
「どうやってって戦いながらです。腕には少し自信があるので。あとは運がよかったのかも知れません」
「そう……ごめんなさいね。いつ結界が破られてもおかしくないから……」
先頭にいた女性は安堵の表情を浮かべ槍を降ろした。しかし、魔物の侵入を防ぐ結界なんてなかった気がする。それとも魔人には関係ないだけだろうか?
「えっと、名前は? 私はセリス・バルナス。ログA出身よ」
名乗ってもばれないか一瞬思案。JAPANでは有名だが大陸ではたぶん……。
「山本無敵といいます。あの、さっきから気になっていたのですが皆さんこのダンジョンの中に住んでいるのですか?」
「ええ。あっちに居住区があるわ。ついて来て」
とりあえず名乗ってもばれなかったようだ。それにしても太陽の当たらない地下で暮らしていて体に害はないのだろうか? その疑問はすぐに解決した。
案内された先にあったのはかなり広いホール。天井付近には光り輝く球体が浮いている。
「あれは人工太陽って言って地上にそそぐ太陽光と同じ性質の光を出してるそうよ。えっと確かチューリップ25号って名前」
「……今なんと?」
「チューリップ25号」
「……」
どうもこの人たちが今まで隠れてこれたのはマリアさんが絡んでいるからのようだ。
「これはここに隠れ住むように手引きをしてくれた人が知り合いに頼んでつくってもらったそうで、これと手引きしてくれた人が張った結界で私達は今まで生き延びてこれたの」
「手引きした人とこれを作った人は別人なんですか?」
候補が何人か頭に浮かぶ。マリアさんの友達でこれほどの結界を張れる人物。アールコートさんか志津香さん。
「ええ。今日は奥で子供たちと遊んでいると思うわ。あなたどこかへ旅する途中なんでしょ? ここは安全だから……ゆっくり休んでいってね」
セリスさんの目はここに留まって欲しいと訴えていた。ここにはなぜか30代くらいまでの人間しかいない。それゆえ若い戦闘力を欲するのだろう。……ふとそれもいいかと思った。
母上からもらった人の温もりを忘れたくはない。何しろそう簡単には死ねぬ身だ。
「山本さん?」
「あ、いえ、なんでもないです。その人にお会いしてきます。奥にいらっしゃるんですよね?」
「ええ。案内しましょうか?」
「お願いします」
アールコートさんか、志津香さんかは分らないが元々は人間。姉上の目を逃れて人間をかばっていてもおかしくはない。顔を見せた時の反応が少し楽しみだ。
案内された先で子供たちに囲まれていたのは……予想していない人物だった。
「この方が魔人のホーネットさん。私達の命の恩人さん」
「は、はじめまして」
ホーネットさんに目で訴える。正体を偽っていると。よく考えればあまりに不用意だった。
「はじめ……? 何を言っておられるのですか無敵様?」
誠心誠意を込めてみたがホーネットさんには伝わらなかった。
「無敵様……?」
セリスさんがじっと見つめてくる。
「山本無敵……魔王ランスの息子!?」
一気に場が静かになり、ややあってみんな逃げ出した。中には腰を抜かした子供までいる。
「ホーネットさん……」
「申し訳ありません……」
うなだれるホーネットさん。ようやく気づいてくれたようだ。……遅いケド。
「私達を殺しに来たの?」
セリスさんの声が震えている。
「まさか。もしそうならここへ来た時に皆殺しにしていますよ」
……みんなひいてしまった。子供達は大泣き。セリフを間違えたみたいだ。
「とにかくここへは別のようで来たんです。どうか安心してください」
「無敵様、でしたらここの事はどうか内密に……」
「もちろんそうします。一切他言しません」
「……安心していいんですね?」
セリスさんにはまだ信用してもらえていないよう。……自業自得だな。
とはいえ何とかして信用を得て彼女たちをココから連れ出さなくてはならない。
ここはもうすぐ戦場になる。
「ええ」
「セリスさん、無敵様はリセット様と違って良識をわきまえておられます。ですから信用なさっても大丈夫ですよ」
……フォローしてくれるのはうれしいのですが、姉上に聞かれたらいじめられますよ?
「ホーネットさんがそういうなら……」
まあ、なんとか信用は得られたようだ。さて、どうやって切り出すか……?
「それでですね、ここへ来た用事なのですが……すぐにここを出てください。ここは戦場になります。ここにいれば姉上が来た場合とさして変らない状況になるかもしれません」
「いきなり何を言い出すんですか? ここから出て、私達にどうやって生きていけと!?」
「それは……しかし、ここにいても命の危険にさらされます」
「無敵様、説明していただけますか?」
言い合いになりそうなところへホーネットさんがすかさず仲裁に入ってくれた。
「僕が子供の頃JAPANに大きなムカデが出たという話を覚えていませんか?」
「終末をもたらす者でしたっけ? ……まさか!?」
ホーネットさんは息を飲むがセリスさんは首をかしげる。当然だ。
「ムカデではないようですがこのダンジョンにも同じような存在が封じられています」
「しかし……ここから出て全員が隠れ住める所なんて……」
「それに子供達もいます。……ほとんど移動できません」
「JAPANになら心当たりもあるのですが……さすがに子供を連れて行軍する訳にも行きませんね……」
そんなことをすれば間違いなく姉上の耳に入る。
「フフフ、君たち困っているようだね?」
いつの間にか、子供たちの中に白いローブを着た男がいた。まったく気配を感じさせず、子供達の中に普通に溶け込んでいる。驚異的だ。
「……何者!」
刀に手をかける。いつでもこいつだけを斬れるように。
「見ての通りただのお節介屋だよ」
抜刀。だが、こいつは恐ろしい事に刀をつまんで止めた。まるで万力にはさまれたように動かない。
「まあ、そんなに熱くならないように。君たちに協力してあげようって言ってるんだから」
「……どこか安全な場所へ私達を連れて行ってくれるの?」
セリスさんは謎の男に詰め寄った。
「残念だけど、僕が直接それをするわけじゃない。その代わりこれをプレゼントだ」
ぱちんと指を鳴らす。と、壁に扉が出来た。……夢でも幻でもなく本物。
しかも、視線を戻すと男はいない。いたはずの場所には便箋が一枚。
「えっと、なになに、……山本さんJAPANに心当たりがあるって言ってましたよね!」
便箋を拾い読んでいたセリスさんが興奮した様子で僕の肩を掴み前後に揺する。
「あ、はい、ありますが?」
「このドアを使えば安全にいけるそうなんです!」
セリスさんが便箋を突きつけてくる。そこにはこうあった。
『D・ドアの使い方。@かぎを開けます Aドアの枠に行き先を書き込みましょう B気合を入れて開けるとあら不思議、そこは目的地です』
……信用できるのだろうか? という疑問を持ったがすでにセリスさんは信じきってるしホーネットさんも一緒に喜んでいる。……今さら水を注すのも気がひけた。
「で、どこなんですか?」
「JAPANの中央にある富士という山の洞窟です。そこに昔の友達が住んでいるんです。あそこなら周りに魔物はいませんし、隠れ住むには絶好の場所だと思います」
「場所はそこで決まりですね」
「それじゃあ、私みんなに知らせてきます。引越しの準備をしなきゃならないから」
セリスさんは集まれーと叫びながら広間に戻っていく。
「しかし、ここにいるのがホーネットさんだとは思いませんでした」
「……私だって人の母を持つ身ですから。せっかく仲良くなったセリスさんや町の人を見殺しにすることなんて出来ませんでした」
「そうでしたか……」
「それでも私一人の力では街の人達全員をかくまう事は出来ず……ほとんどの大人達が逃走の際の囮となることを選びました。だからせめて、生き延びる事が出来たこの子達だけでも守り通さねばならないのです」

しばらくしてセリスさんが戻ってきた。
「もうすぐみんなの準備が出来ます。それで、一回下見に行きたいんですが?」
「それは僕が行きますよ。万が一という事もありますから」
扉の前に立つと鍵を開け、枠に『富士の癒し場』と書き込む。
あとは気合で……あける必要があるのだろうか? 普通に開けてみる。
「あ、気合を入れないと!」
とりあえずセリスさんは無視。やはり必要なかったようで扉の向こうからは癒し場独特の空気が流れ込んでくる。問題はない。
「じゃあ、ちょっと見てきます」
ドアをくぐり一歩踏み出す。
「あら、そんなとこからどうしたの?」
夢か幻か……いや、そうであって欲しかった。
「姉上……なぜここに?」
扉をくぐった先にいたのは姉上、魔王リセットとリセット警備隊の生き残りの一人切華。「なぜって切華をスカウトに来たんだけど……ふられちゃったのよ。無敵はどうしてそんな怪しげなドアから出てくるの?」
「えっと、その……」
言葉に詰まる。
「ここを人間達の隠れ家にしようとでも思った? 切華なら受け入れるでしょうから選択肢としては間違ってないわ。しいて言えば運が悪いけど」
姉上は酷薄の笑みを浮かべる。幼い頃を知っている切華さんは姉上を複雑そうな表情で見ていた。
「……姉上は彼らを殺すおつもりですか?」
「もちろん。でも、ただじゃつまらないわね」
姉上が今度は優しげな笑みを浮かべる。絶対何か企んでいる時の顔だ。
そうとうな無理難題をふっかけてくるに決まっている。
「じゃあ、こうしましょう。ちょっとした余興よ。あんたとホーネットでペアを組んで私と勝負するの。私にどんなに小さくてもいいから傷をつける度に100人見逃してあげる」
500人いるから5ヶ所……。子供の頃から喧嘩で勝てたことがない。
……5ヶ所も可能だろうか?
「どうする? 嫌ならあんた達を縛り上げてその目の前で一人づつくびり殺すわよ?」
選択肢はない。……正直気が重い。
「場所は富士の山頂で、30分待ってあげる。ここじゃ切華に迷惑かけるから。準備してらっしゃい」
急いで戻るとみんなに全てを打ち明けた。誰もが青くなり息を飲む。戸惑う人々をホーネットさんに押し付け物影からセリスさんに手招き。
「どうしたんです、山本さん?」
「あの〜大変いいにくいのですが……。……その……ちを……」
「ち?」
やっぱり言えない……。
力が不足しているからといっていきなり血を吸わせてくださいなどと。
……父上、このあさましい業から逃れる術は本当にないのでしょうか?
「あの、山本さん?」
「あ、いえ、忘れてください。なんでもありません。血なんていりません」
まずい、口が滑った。
「……魔王ってヴァンパイアなんですよね? ……その息子ってことは、やっぱり?」
「……」
「それで、私達が助かる確率が少しでも上がるなら……」
セリスさんが襟元を緩め首筋をさらした。思わず喉が鳴る。抗えない……。
やわらかい肌に牙をつきたて血管を破る。痛いのは最初だけですぐに痛みは快楽に変るらしい。獲物が暴れるのを防ぐための力。致死量の二歩手前まで吸って慌てて牙を離す。
危なかった。半年ぶりの血の味は一瞬理性を失わせた。
トロンとした表情でしがみついてきたセリスさんを近くの人に預け扉の前に立つ。
「ホーネットさん、準備はよろしいですか?」
「……はい」
2人とも緊張しまくりだ。昔の喧嘩というレベルではない。

富士の山頂には一分ほど送れて着いた。
「遅れて申し訳ありません、姉上」
「ま、見逃してあげる。じゃあ、始めましょうか。……期待を裏切らないでね?」
姉上が抜いた剣は何の変哲もないレイピアだ。カオスでも持ってこられたらどうしようかと思っていただけに姉上が完全に本気ではないという事が分る。余興、なんだろう。
とはいえ魔王は魔王。気は抜けない。
「姉上、参ります!」

結果は……一時間の戦闘の末5ヶ所、ホンの小さな傷だがつけることが出来た。
一方、ホーネットさんと僕はもはやボロボロだ。血を得たばかりにもかかわらず再生しないほどの怪我。はっきり言って立っているのも辛い。
「あ〜スッキリした。ここんとこストレス溜まってたのよね。あんた達のおかげでスッキリしたわ。気分いいからあの人達見逃してあげる」
思わず、安堵のため息が出た。
「さ〜てと、帰るわ。無敵、たまには顔見せに来なさいね」
姉上はそういうと転移した。
「……ホーネットさん、大丈夫ですか?」
「なんとか……。私達も戻りましょうか」
「ええ」
戻ったらまず切華さんに承諾をもらわないといけない。……おそらく彼女が拒否する事はないだろうけど一応聞いておくべきだと思う。承諾がもらえればようやく引越しが出来る。
そして、怪我が治り次第本来の目的を達成しなければならない。
……とはいえ、完治は遠そうだ。


あとがき

本来、第33章の後に掲載予定だったのですが手直しを繰り返していて今になりました。
人によっては本編を書けといわれるかもしれませんがご容赦を。
36章より外伝W−弐の方がおそらく先になります。


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