事の起こり、それは元気一杯の女の子リセット・カラーの一言から始まった。 「パ〜パ、お城の中よりお外で遊びたい! ピクニック行こ!」 「ピクニックか……そうだな、たまには出かけるか」 「わ〜い! パ〜パ大好き!」 娘は父親の首に抱きつき頬擦り。魔王ランスは照れて視線を彷徨わせていた。 リクエスト章 ピクニックは危険な香り!? ―魔王城 魔王の寝室 天蓋付きのキングサイズのベッドに3人の男女が絡まりあうように眠っている。昨夜の、否、日が昇る直前まで行われていた行為の後始末もそこそこに3人は泥のように眠っていた。翼を持つゆえ仰向けで寝られないサイゼルとハウゼルが両側からランスに抱きつく形だ。押し付けられる胸の感触が気持ちいいのかランスの表情は心なしか緩んでいる。……さておき、そんな寝室に二つの小さな影が足音を忍ばせて入ってきた。 「抜き足、差し足、忍び足〜」 ……言葉にしている辺りあまり忍ぶ気は無いようだ。 「あ〜、やっぱりお寝坊さんだ。リセットちゃん、どうする?」 リセットは口元に人差し指を当て静かにのポーズ。そのままベッドに上がりこむとランスに抱きついている二人を引き剥がしにかかる。まずは近いサイゼルから。 「もう、パーパにぎゅ〜ってしていいのはリセットだけなのに……」 そうはいってもリセットの細腕ではどうにもならない。ぷくっと頬っぺたを膨らませたリセットはポケットからサインペンを取り出した。 キュッ、キュッ、キュッ。 「……ふふふ……ついでだしハウゼルさんも」 キュッ、キュッ。 「よし。パーパを起こさなきゃ」 本来の任務=『ランスを起こす』を実行すべくリセットは小さな手帳を取り出した。 「今日はどれにするの?」 ワーグは興味津々と言ったふうに手帳を覗き込む。 「せっかくのピクニックなのに起きないパーパはとっておきで起こすの。他の2人は……五番で起こそう」 「ご、五番……あの伝説の……ちょっとかわいそうかな?」 「いいの。リセットだってパーパと一緒に寝たいのにみんながとっちゃうんだもん。ちょっとくらいこらしめなきゃ」 「それもそうだね。じゃあ、準備してくるね」 「うん、お願いワーグちゃん。さてと、まずはパーパから」 娘はランスの顔に近づくとまったく躊躇せず唇にキス。 「パーパ、起きてよ。朝だよ、ピクニックの日だよ」 ランスは半ば条件反射でキスしてきた人物を捕らえると胸を愛撫しにかかる。 が、どうも感触が硬い。その上薄い。 「ん……んん!? リセット!?」 一発で完全に目が覚めてランスは飛び起きた。 「パ〜パ、もっとして……」 娘は首元まで紅潮させてしなだれかかる。かといって、いくらランスでも愛娘に手を出すほど腐ってはいない。 「あ、魔王様起きたんだ。でも起きたんだったら―」 探し物を見つけて戻ってきたワーグ、ベッドの上で立ち尽くすランスに近づきちょうど視線の高さにあるハイパー兵器をつんつんとつつく。 「この象さんしまって欲しいな。ワーグ、目のやり場に困っちゃう」 ランスは珍しく大慌てで服を着た。その後大きく咳払い。無理矢理場の雰囲気を変える。 「おはよう、リセット。今日はやけに早いな」 「忘れたの? 今日はピクニックの日だよ。マルチナさんがお弁当も用意してくれてるよ」 「……しまったな、忘れてた……。サイゼル、ハウゼル起き……ヒゲ?」 「2人はリセットが起こすからパーパは集合場所に行っててね」 目をぱちくりさせているランスをよそにリセットとワーグはサイゼルに近づく。 が、ワーグがポケットから練り辛子を取り出した時点で2人ともランスに部屋からつまみ出された。 「まったく……最近いたずらっ子になったな……ま、そこもかわいいんだが……」 親バカなことを一人のたまいつつサイゼルとハウゼルを起こすとまず顔を洗うよう指示を出した。 ―玉座の間 約30分後、すでに待ちぼうけ状態のピクニック参加メンバーはランスとともに入ってきたサイゼルとハウゼルを見て息を飲んだ。サイゼルもハウゼルも大きなマスクをつけていた。 「……風邪でもひいたのですか、二人とも?」 ホーネットが心配そうに尋ねる。 「それが……ヒゲが……」 「ヒゲ、ですか?」 その時忍び寄っていたリセットがサイゼルのマスクを奪い取った。 「あっ、コラ返しなさい!」 視線がサイゼルに集まる。一瞬の静寂。次に訪れたのは爆笑だった。 サイゼルにかかれたヒゲは口の周りに黒でベタ塗り。泥棒ヒゲ。 「もうなによ! こうなったらハウゼル! あんたも取りなさい!」 抵抗する間もなくハウゼルのマスクが奪われ隠された真実が明かされる。 ハウゼルのヒゲは先っぽのカールした猫のヒゲで。今度は誰も笑わなかった。 「……まあ、なんだ、2人ともマスクはしておけ。とにかく出発するぞ」 なんだかおかしくなり始めた場をランスは強権発動(出発するぞという命令)して強引にまとめた。そうでもしなかったら……喧嘩になっていただろう。 ―魔王城 城門前 「ねぇ、パーパ。さっきから聞きたかったんだけど、どこへ行くつもり?」 「しまった、考えてないな」 「じゃあ、リセットはサーレン山行きたい! 前からいってみたかったんだ」 「異議はないか?」 一応聞いてみるがもちろん誰も異議を唱えたりはしない。現在の魔王城ではランスよりリセットの機嫌を損ねるほうが危ないとうわさされているから。 「よし決まりだ。あそこは行ったことがあるから直接転移するぞ。近くに来い」 ピクニック参加メンバーはホーネット、シルキィ、サテラ、サイゼル&ハウゼル、マリア、志津香、月乃、アールコート、ワーグそしてリセットとランス。 カミーラを除く女性魔人全員である。 ちなみに男魔人は久しぶりに羽が伸ばせると大喜びで辞退した。 ランスは全員が近くにいる事を確認するとサーレン山に転移した。 サーレン山、大陸北部にあるにもかかわらず緑豊かな山である。魔王領との境にあるがなぜかモンスターの生息数が少ないためリーザス王時代、ランスもピクニックに来たことがあった。 「そら、着いたぞ」 「わ〜い、きれいな川〜! ワーグちゃん遊ぼう!」 リセットとワーグは早速小川に入って遊んでいる。 「二人とも元気ですね」 「ん……ああ、そうだな」 ホーネットはこの場所に着いてからランスの表情が変わったことに気づく。その表情から読み取れるのは後悔の念か。 ランスはスッと魔人たちのそばを離れ近くにある岩の上に寝そべった。 「あの、ランス様?」 声をかけようとしたホーネットだがマリア、志津香、アールコートの三人が止めた。 「ホーネットさん、ランスのことはしばらくほっておいてやって。この場所は色々と訳ありだから」 「訳あり、ですか」 「……シィルちゃんが死ぬホンの一週間ほど前ランス達ここに来てたの。今日と同じくピクニックを目的に。たぶんそのときの事を思い出しちゃったんでしょうね」 「そうですか、では私たちだけでもお茶にしましょう。サテラ、シルキィ荷物を―」 ホーネットはじゃんけんで負けて荷物持ちになった二人を見てこめかみにペケマークを貼り付けた。二人はマルチナが参加者全員分別々に作ったそれぞれの好物入りの弁当にがっついていた。ほとんどがつまみ食いされている。 皆が二人を取り囲む。 「あ、あの〜、みんな殺気立ってません?」 「サテラはちょっとおなかが減ってその……」 あたふたと言い訳しようとするサテラの首に冷たい刃が押し付けられる。とんでもなく切れ味のいいそれは月乃の刃。 「サテラさん、食べ物の恨みはとてつもなく深いって知ってます?」 告げる表情は微笑みで、 「私のお稲荷さん食べちゃったんですね?」 確認。もはや目は笑っていない。 「えっと、ホーネット様、ここは何とか……」 「「「「「問答無用!!」」」」」 乱闘が始まった。 昔を思い出しその思い出に沈んでいたランスの顔に二つの影がさす。対の翼を持った、天使のシルエット。サイゼルとハウゼルだ。 「……どうした?」 「どうしたじゃないんじゃない? それはこっちのセリフ。な〜に黄昏てるのよ」 「俺のことはどうでもいい。お前らはあの馬鹿騒ぎに参加しないのか?」 ランスは川辺で起きている乱闘を横目で見る。 「一食くらい抜いても死にはしないわ。確かにマルチナの料理はおしいけど」 「それはいいとして、本当にどうなされたのです?」 ハウゼルの問いにランスは体を起こす。 「ここへ来たのはシィルが死ぬ一週間前。そのときの印象がどうも強くてな、どうも過去にふけってしまう。……俺様らしくないな」 「過去を振り返っても何も変わんないんだし『今』を楽しまなきゃ損よ。どうせ千年は死ねないんだし、私たちにしてみればいつまでか想像もつかない。過去より未来より刹那の今を楽しまなきゃ。だ・か・ら、夜の続きしようよ」 「ちょっと、姉さん!」 サイゼルはランスを押し倒しその上にまたがる。 「う〜ん、俺はかまわないが……あいつらがなんと言うか……」 見れば乱闘は終わり、サテラとシルキィは川の中で正座させられている。勝者から送られてくる視線がイタイ。抜け駆け厳禁と目が訴えてくる。 ハウゼルはあわてて身を引き、サイゼルは気にせず服のボタンを外した。 たわわな胸がこぼれ出る。直後数人が襲い掛かった。 「さて、お仕置きも済んだことですし、これからどうしましょう?」 「そうだな、とりあえずここまできて何も食えないのはつまらん。バーベキューでもするとしよう」 「では、食材の買出しに―」 「せっかくここまで来たんだ材料はこの山の中から探しに行くぞ」 ランスの提案にブーイング。ブーイングの発生源を一睨みで黙らせてランスは再び皆をみる。 「よし、二人一組で東西南北に散れ。ワーグとリセットは二人で一人分として俺と来い。遅くとも1時間以内に一度もどれ。以上」 「あの三人はどうします?」 「ん……」 ランスは3人の方を見た。サテラ、シルキィ、サイゼルの三人はロープでぐるぐる巻きにされ川の中で正座させられている。おまけに周囲には月乃の円月輪が飛び交い逃げようとすれば容赦なく襲い掛かる。はっきりいって哀れだった。 「……このままはかわいそうな気もするが……まあ、置いておこう。月乃、見張りを頼む」 「承知しました」 「よし、リセット、ワーグ、遅れるなよ」 「は〜い!」 父娘とワーグは東の森に踏み込んだ。 「はしゃぐのもいいが離れて迷子になるなよ」 「うん、わかってる。だからパ〜パ、手をつなごう!」 「よしよし。ワーグはどうする?」 「つなぐ〜」 ランスは両手に花(?)状態で森を進む。時々二人をぶら下げたりして楽しませている。 この光景を見て彼が魔王だと思うものは少ないだろう。 「あっ!」 森の小道でリセットが急に走り出す 「パ〜パ、見てみて! おっきなきのこ!」 リセットの手中では『金魚』がもがいていた。 「よく見ろ、それは金魚だ。食ってもうまくないぞ」 「じゃあ、ビックリ食材って事で」 「闇鍋じゃないんだが……」 哀れ金魚は食材入り。 30分後、リセットの下げた籠の中は山菜や木の実でいっぱいになった。 「ふふふ、たいりょ〜、たいりょ〜」 リセットはご機嫌である。今はパ〜パに肩車をしてもらっているからご機嫌メーターは天井知らずだ。一方ランスとワーグは少しげんなりしている。 リセットは高いところにある木の実を採ろうとし足を滑らせた。すんでのところ、ランスがキャッチ。とっさに飛び出したためマントを藪に引っ掛けビリビリにしてしまった。 リセットは小川を渡ろうとして足を滑らせた。浅い川に頭から突っ込みそうになるのをワーグが引き上げ代わりにワーグが川に落ち、額を岩にぶつけた。 その他数回リセットがピンチに陥り、そのたびに二人がフォローした。 「ふう……やたらと疲れたな」 「ワーグも〜」 「リセットはちっとも疲れてないよ〜?」 そりゃそうだとは口が裂けてもいえない二人であった。 ―集合場所 「……お前ら限度という言葉をしっているか?」 集合場所には食材が山となっていた。 山菜あり、さかなあり、肉(まだ生きてる)ありなんでもあり。 「ガルティアもいないのにどうやって食べる気だ?」 「えっと……残りはもって帰りマルチナさんにお渡しするのはどうでしょう?」 「……そうだな。ホーネット、運ぶ手はずはお前が整えろ」 「はい。でもどうせですから食べられるだけ食べてしまいましょう」 ぱっと見回して目に付くのは肉―もとい、まだ『うし』だ。 「……これは?」 「野生のうしです」 しばしの間。 「……月乃、いくら俺様でもそれはわかる」 「し、失礼しました。その、群れていたので捕獲しました。さばきましょうか?」 「出来るのか? なら頼む。その間に他の食材の下ごしらえだ」 うしの断末魔と悲鳴をBGMに下ごしらえが進む。調理器具がほとんどないため自分の装備をフル活用。ランスはカオスで野菜を切っている。BGMにカオスの泣き声がプラスされた。 下ごしらえが終わりようやくお食事タイム。 焼き網はないのでうっぴーを利用した石焼バーベキューに。匂いにつられてやってきたモンスターも参加を許され、呆然とするほどあった食材がすべてなくなっていた。 「う〜む、食った食った。うまかったか、リセット?」 「うん。でも、食べたら眠くなってきちゃった……」 ほわわ〜と年相応のあくびが出る。見るとあちらこちらであくびする者が。 「ランス様、食後にお茶をどうぞ」 「おう」 何気なく差し出されたカップに口をつけランスは眉をひそめた。 差し出したのはシルキィ。口の中にレモンティーの香りが広がる。 「……お前いつの間に抜け出した?」 「先ほど月乃さんがうしをさばいている間に」 続いて倒れ始めた幾人かを見て質問。 「食事に何を盛った?」 「ただの睡眠薬です。これでやっとランス様と二人きりですね……」 ランスの視界から立っているものがいなくなった。 「お前もこりんなぁ……」 「今回は用意周到ですよ〜。まず睡眠薬は10時間絶対保障、魔人で実験済みです。続いてランス様ですが―」 「……みなまで言うな」 体から力が抜けていく。というより人間だったころの感覚に戻っていく。無論完全にではないが。 「ヒラミレモン混ぜたろ?」 「その通りです。いろいろ試した結果覚醒後の魔王に対してもある程度の効果を発揮するようだったので。効果は長くないですがこれであなた様は抵抗できません。……ふふふ」 「相変わらずイッてるな……後でどうなっても知らんぞ」 「かまいません。そんなことを気にしていてはこの湧き上がる愛情を止められません。ふふふ……さあ、これを飲んでください!」 シルキィが取り出したのは例によって怪しい薬。濁った紫色で絶え間なく気泡が浮かぶ。 ランスは命の危険を感じてシルキィに背を向けた。が、現時点ではシルキィの運動能力のほうが上だった。ランスは捕まり押し倒される。 「や、止めろ! そんな怪しげな物を今の状態で飲めるか!!」 「大丈夫ですよ、この薬は魔人で人体実験済みです。効果は今の瞬間から過去約24時間の間で脳に焼きついている鮮烈な記憶を再現させます。ランス様は昨日サイゼルやハウゼルと激しくしていた様子……その記憶を体が再現すれば貴方はどうしても誰かを抱きたくなる。今は私しか側にいませんから……ふふっ、ふふふふふ……」 シルキィは抵抗するランスの口を強引に開けるとビンを傾けた。紫色の液体がランスの喉に流れ込む。死ぬほど不味かった。 「どうです? むらむらっと来ませんか?」 「……まったく」 「おかしいですね……鮮烈な記憶が他にあるとでも? ……あ……」 シルキィは固まった。ヒゲが。泥棒ヒゲが。薬は脳に焼きついた鮮烈な記憶を再現した。その記憶とはヒゲを描かれたサイゼル。薬はランスに泥棒ヒゲを生やした。 「……」 「……もう満足か?」 「……ま、まだです! 最近抱いてもらえない分、今ここで!」 服に手をかけたシルキィの肩がトントンと叩かれる。 「おっはよ〜」 振り向きざまに黄色いチューブが鼻に突っ込まれた。やったのはワーグ。 「ちょ〜っと、やりすぎじゃない?」 キュッとチューブが押しつぶされると黄色いペースト状の物質が鼻の中に侵入する。 シルキィは声にならない悲鳴を上げてのた打ち回った。 「だいじょぶ?」 「ひげ以外はな」 「似合わない。すぐ剃っちゃいなよ」 「ああ、そうする。しかし、お前は一服盛られなかったのか?」 「薬付のは全部ホーネットの皿に食べれないからって乗っけたのよ。微妙な匂いの違いでね」 「伊達に―」 言いかけてランスは口を閉じた。今の状態ではワーグの力に抗えないから。 基本的にワーグの前で年齢の話は禁句だ。 「伊達に……何?」 「冗談だ」 といっても通じなかったようで黄色いチューブはランスの鼻にも突っ込まれた。 「バカ」 のた打ち回っている二人とワーグの上に羽のシルエットが落ちる。 「あれ? もう残ってないの? 運動した後でおなか減ってるのに」 「ちょっと、姉さん! そんなあからさまに……」 「二人とも何してたの?」 お子様ワーグは無邪気に聞く。聞かなくても二人が何をしていたかは一目瞭然だが。 「ちょっと、日光浴を……」 「裸で?」 「うっ……その……」 ハウゼルの言い訳は5秒で看破された。 「いいよ、秘密にしといたげる。でもそのかわり、次の夜伽の日をワーグに譲ってね?」 「ワーグ、貴女にその……アレは早すぎるかと……」 「アレってなに? よく分からないけどワーグだって魔王様のことだ〜い好きなんだから一緒に寝たいもん。リセットちゃんも一緒だったらもっとうれしいな」 ハウゼルは自分の失言に気づき赤くなった。相手は子供だ。いくらランスでもその気になることはない。つまりライバルたり得ないのだと自分で納得する。 「別に秘密にしなくてもいいじゃない、ハウゼル」 「姉さんはよくっても私はよくないんです!」 「あふ……ワーグも眠くなっちゃった。みんなが起きるまで仲良くお昼寝しよ〜? ワーグが楽しい夢を見せてあげる」 「「えっ……」」 抗う暇もなく二人は夢の中に引きずりこまれた。ついでにのた打ち回っている魔王とシルキィも黙らせる。起きているのはワーグ一人。 「さてと、久しぶりに羽のばそっと」 軽く伸びをするとワーグはどこかへ行ってしまった。 ―後日 あの後ワーグは夢世界に導きいれたピクニック参加者全員のことを忘れ、ラッシーで城に戻った。そこでケッセルリンクに問いただされようやく気づいた。 時間はすでに夜。山の中で半日以上放置された彼らは例外なく風邪を引いた。ランスも薬の副作用か何なのか力は戻ったのに風邪を引いてつらそうだった。 ―リセットの部屋 あれから3日、今日もリセットの看病をするワーグの姿があった。 「調子はどう?」 「大丈夫だよ〜、治ったらすぐに遊ぼうね?」 「うん。だったらゆっくり休んで早く治そうね」 「は〜い。……ワーグちゃん時々ママみたい。なんていうのかな……えっと、大人の人みたいな目をする時があるね」 ハッと気づいて表情を改める。さすが、ランスの娘といったところか。 「ワーグのことはいいからそろそろお休みしようよ」 「まだ早いよ〜」 「ダメ。風邪ひきさんは寝なきゃダメなの。はい、お休み」 リセットに布団をかけ、トントンとたたいてやる。 「お休み、ワーグちゃん……」 ワーグはリセットが完全に寝付くまでずっとそうしていた。今、リセットに対して抱いている感情が何なのかを考えつつ。 「この感情……なんだと思う?」 リセットの部屋の外にはランスがいた。ワーグの問いはそのランスに向けられている。 「なんだ、いたのに気づいていたか。リセットはもう寝たのか?」 部屋に入ってきたランスは手にお盆を持っていてそこにはおかゆの入った器があった。 「ほんの少し前に。分かってて入ってこなかったんじゃないの?」 「まあ、そうなんだが。仕方ない、ワーグ食うか?」 「ん、食べる。もしかして、手作り?」 一口食べて確信。マルチナの味ではない。 「たまには父親らしいことを、と思ったがお前がいたのなら別に必要なかったな。さっきの雰囲気、まるで小さい子を見守る母親のような雰囲気だった」 「伊達に長生きしてないから。ありがと、おいしかった」 二人が部屋を出て行こうとすると背後でリセットが体を起こした。 「あれ……? パ〜パとママがいる……ねえ、一緒に寝よ?」 どうも昔の夢を見ていたようで、勘違いをしている。 「よし分かった。そうしよう」 言うが早いかランスはワーグを抱えベッドに運ぶ。二人を両脇に置く形で横になり抱き寄せる。リセットはすぐにランスを抱きしめ寝息を立てる。 「ちょっと、私は自分の部屋で寝るから……」 「ん? 一緒に寝たかったんだろ? サイゼルとハウゼルから聞いているぞ?」 今思えばあんな言葉はなぜ出たのか? 自分でもいまいち分からない。 しかし、ランスに抱き寄せられて目を閉じるとそんな疑問はどうでもよくなった。 眠りに落ちる前ふと、ある考えが浮かぶ。 もしかして、自分はリセットがうらやましかったのかもしれないと。 母親、父親、ともに失いもはや顔も覚えていない。長く生きてもまだどこかに幼い思いが―親という存在に抱かれて眠ることを望む部分が、あるのかもしれない。 (私もまだまだかな……) それが最後の思考だった。 おまけ 「そうだ、ホーネット、シルキィはどうした? 最近見ないが?」 「シルキィですか? さあ? 今頃どうしてるでしょうね?」 「……一応、どうしたのか聞いておこう」 「吊ってあります。死にはしませんからご安心を」 「……怖いからこれ以上は聞かないがほどほどにな?」 「……どうしましょうね?」 ランスは心底怖いと思った。 ―大陸西側の端 広大な宇宙が正面と足元に広がっている。重力方向はここに吊るされていても下、つまり大陸と同じように作用しているらしく、何かの拍子でロープが切れたら……おそらく無限の宇宙を漂うことになるだろう。登ろうにも体は簀巻きにされ身をよじるくらいしか出来ない。 「ううっ……ホーネット様がどんどん恐ろしいことをするようになってきている……」 自業自得なのだが彼女はそう考えていない。 「しかし、今度は本気で危ないかもしれないな……」 足元に広がる宇宙。シルキィは息を呑んだ。今にも飲み込まれてしまうような錯覚に陥る。 今までのお仕置きの中で一番恐ろしい。 一週間後、ようやく引き上げられたシルキィはしばらくの間、まったくの別人のようになっていたという。宇宙の広さに感化されたのか、恐怖ゆえの逃避だったのか、それは定かではない。 あとがき いきなりですがBraveさん、ごめんなさい。 とんでもなく遅くなりました……もう忘れられてるかも……。 しかも、リクエストの内容からだいぶ離れた書きあがりになっている気がします。これもごめんなさい。やたらと長くなって読みにくいのもごめんなさい。書いてる途中からもう何がなんだか……。 |