直球甲子園


 やっと…


 やっとたどり着いた。


 屈折三年。


 三年目の、初チャンスにしてラストチャンス。


 崖っぷちで這い上がり。


 私はここまでのぼりつめた。


 高校球児の最高峰。


 丸刈り坊主の夢舞台。


 甲子園。




 『投手四季の念願』


 背番号『1』を背負った私は、今日第一試合、一回表のまっさらなマウンドに上がる。

 太陽を背負うように立ち、肩慣らしに数球投げる。

 背番号『2』の彼が、私の投げるボールをやわらかく受け取ってくれる。

 私は女だ。

 女がマウンドに立つなんて事は、パワプロの早川サン以来らしい。

 でもそんなこと、私には関係のない話だ。


 私がいて、彼がいる。


 必要なのは、ただそれだけ。

 …違った。他にもいろいろと欲しいものがある。

 その欲しいものの中でも一番譲れないものを、今から取りにいくんだ。

 そのために150キロのボールを投げられるようになったし、シュートとスライダーが同時にかかるというスペシャルでストレンジで意味ナッシングな変化球も身につけた。

 …コホンと一つ、咳払い。

 血の滲むような訓練も、今日この日のために歯を食いしばって耐えたんだ。

 三年間秘め続けてきた思いを、今…!


 もうすぐ、サイレンが鳴り響くだろう。

 と言っても、お昼の時間が訪れるのでも、火事が発生したわけでも津波急接近でも、まして空襲警報でもない。

 試合開始を告げるサイレンが、だ。

 肩慣らしは終わり。

 彼から渡されたボールを、それとなくミットの中に隠す。

 巨人の元木選手が得意とする技だ。

 うまく使えば、その隠し球で軽くアウトカウントを増やすこともできる。

 でも、私がボールを隠すわけはそんなことのためじゃない。

 第一、ランナーがいないんじゃ隠し球をする意味がない。

 私が隠すのは、違うボールを投げるためだ。

 ポケットに隠し持っていたボールを素速く握る。

 隠してから別の球を握るまでの時間は限りなくゼロに近い。

 何度も何度も練習した作業だ。失敗するわけはないのだけれど。

 さすがに万を超える客と審判の目の前でやってのけられたことには安堵した。

 手に取ったボールに目を落とす。

 ボールには、昨日顔を真っ赤にしながら書いた文字が見える。

 プロ野球選手がどうしてあんなに綺麗にサイン出来るのか不思議だ。

 マッキーの太い方でボールに文字を書くのは大変で、なんだかひねくれた文字になってしまった。

 文字はひねくれていても、私の気持ちは書かれた言葉同様真っ直ぐだ。

 さぁ―

 サイレンが唸りをあげはじめる。

 彼がサインを出す。―と言ってもそれは建前で、もう何を投げるかは決まっている。

 シュートとスライダーが同時にかかる離れ業じゃなくて、真っ向勝負、真っ直ぐに決まっている。

 私は気持ちを込めながら振りかぶる。

 この一球のために。

 この一瞬のために。

 ここまで来たんだ!!

 私は―

 ボールは勢いよく私の手から離れる。

 あなたの事が―

 
“好きです!!”

 
私の投げたボールは真っ直ぐ彼のミットに収まる…と思いきや。

 いつからいたのか左打席の一番バッター。

 私の気持ち100%のボールをたたき落とすべくバットを振るうではないか。

 とはいえ超高校球、150キロ前後の直球だ。そう簡単に打てはしない。

 打てはしないが当たりはした。

 かすったボールはホームベース付近でワンバウンド。

 なおも勢いを失わず跳ねるボールは彼の…へ。

 見事直撃で一瞬凍る場内の空気。

 膝をつき呻く彼。ボールは後ろにコロコロと。

 そこで登場主審サン。

 うずくまる彼に声を掛けながらも、転がるボールを拾い上げ。

 ボールを見たその顔は、スゴい早さで変化して。

 私の方に目が向いた。

 サイレンの音が耳に残る中、こうして私の甲子園は開幕した。

 現在一回表、無死・1ストライク。

 私の気持ちなど、まして彼の痛みなどお構いなしに、試合は続く。