直球甲子園


ファールチップが矢加部のアソコを捉えたのが見えた。

見えた瞬間、矢加部がくずおれた。

そんな一大事を、僕はしかし視界の端でしか見ていなかった。

僕は、それよりももっとよく分からない、奇妙な行動を直前に見ていたから。

四季チャンのグラブには、投げた後なのにまだボールが挟まっている。

塁審も気づいていないのに、僕は見えている。

だって僕は、ずっと四季チャンの後ろを守ってきたから。

だって僕は、ずっと四季チャンの後ろで四季チャンを見ていたから。


中堅真城の葛藤

矢加部がマスクを外して汗を拭う。そして、マスクをかぶり直す。

四季チャンが矢加部からボールを受け取って、投球モーションに入る。

サインは直球。グラブは打者の胸元。

四季チャンの指先から離れたボールは、矢加部のグラブの位置に吸い込まれる。

ぱぁん、と、響く、捕球音。

審判の手が力強く上がる。インコースのボールにお尻をつくバッター。

守備の構えを解いて、後ろの電光掲示板に目をやる。

149キロ。

初回から、とばしてる。

相手は大阪の優勝候補だっていうのに、四季チャンの投げる球は向かっていっている。

僕の唇には自然と笑みが浮かぶ。

そう、これで良い、四季チャン、君は、矢加部だけを見て投げればいい。

背中は僕が、守るから。

四季チャンが後ろを気にしないで良いように、僕がしっかり守るから。

僕は、それで充分だから。

―三球目。

矢加部のサインはカーブ。

振りかぶる四季チャン。

放たれるボール。

ざわめく観客。

空を切るバット。

驚くチームメイト―

空振り、三振。

沸き立つ完成の中、静かにボールを受け取る四季チャン。

良い。

三振も四季チャンの調子も、良い。

でも、なんで―

―なんで、カーブじゃなくて直球を投げた?

三塁の村中が、すかさずマウンドまで声をかけに行く。

こんな時、センターはもどかしい。

僕も、内野を守っていれば。

一言二言村中が言って、三塁ベースに戻る。

四季チャンは俯いて、マウンドを整え続けている。

四季チャンの目は、ここからは見えない。

次のバッターが打席に入る。

矢加部のサインはもう一度カーブ。

四季チャンの投げるボールが矢加部のグラブへ。

―曲がらない。

思わず後ろを振り返る。

電光掲示板の右端。

153キロ。

どよめく観客席の人たちとは別の意味で、僕の心はざわめいていた。