直球甲子園
四
なんてこった。 まさかサインを忘れたはずもねぇし。 ふざけるのもたいがいにしやがれ! どういうつもりかしらねぇが、あとでたっぷりとっちめてやる! だが、その前に。 この試合をどうにかしないとな。 三塁手茅島の仕事 ファインプレーをして見せたくせに、妙に切羽詰まった表情の真城。 ちんぽに一発食らった上、サインが通じないわがままピッチャーのことでも考えているのか、顔色の悪い矢加部。 それに、諸悪の根源のわがままピッチャー様は、もよおしたのかなんなのか知らないが、ベンチの奥ときやがる。 せっかくやって来た甲子園初戦だってのに、なんてこった! そんなんじゃ、せっかくの舞台が台無しだぜ。 俺は溜息一つ吐いてバッターボックスに視線を投げる。 一番は、守谷。 初球は、ど真ん中。 バントの構えだけして見逃す守谷。 まったく、小細工が好きなヤツだ。 ピッチャーが、振りかぶって― 二球目を投じる。 またもバント。 一塁線に転がったボールに、ピッチャーと一塁手が殺到する。 結局、一塁手がボールを取る。 が、時既に遅し。 既に守谷が一塁を陥れた後だ。 さあ、面白くなってきた。 俺は身を乗り出して真城の打席に注目する。 最初からバントの構え。 序盤の一点は重要なのは俺にだって分かる。 だからこそ、絶対の進塁が要求される場面。 二番の仕事を、キッチリこなせと俺は念じる。 が、俺は思わず天を仰ぐ。 勢いを殺しきれなかった打球はピッチャー正面へ。 一・六・三― ダブルプレイ。 俺は、ふぅ、とベンチから立ち上がる。 バットを引き抜いて、ネクストバッターズサークルへ。 三番、矢加部の背中を見つつ、俺は軽く素振りする。 あの様子じゃ、今日の矢加部にはそれほど期待はできないな。 そして、矢加部に対する初球。 ボールは厳しく内角を突き― 仰け反る矢加部の腰を直撃。 つくづくついてないヤツだと思いつつ、ヤツの様子を見ていると― ボールはころころ転がって。 矢加部はうめきながらもそのボールをしかと見た。 そしてヤツは、小さく悲鳴を上げて固まった。 なにやら様子がおかしいが、俺はとにかくバッターボックスに立つ。 顔色が青ざめたり赤くなったりと、信号かお前はと言いたくなるような矢加部は、主審に促されて一塁へ。 よろつく矢加部はこの際無視し、俺は一つ、深呼吸。 俺は今のデッドボールで面食らっているはずのピッチャーと対峙する。 デッドボールだろうが、とにかく俺の前にランナーが出た。 軽くスイング。 そして、ピッチャーをにらみ据える。 セットポジションから投じられる外角へはずれるボールを見逃して― 俺はひたすらに、打ち頃の球を待つ。 二球目も、ボール球。 俺はグリップを握り直す。 もはや俺には、相手のピッチャーしか見えていない。 ピッチャーの指からボールが離れる瞬間、俺の唇は自然に上がった。 ど真ん中の、直球! 俺は溜めに溜めた一撃を、ボールに思いきりおみまいする。 快音が尾を引いて、アルプススタンドに一直線。 あそこまで遠くに飛ばせば、もはや外野のどいつも取りには行けない。 ホームラン。 俺はゆっくりとダイヤモンドを回り― 先にベースを踏んだ矢加部とハイタッチをしようと手を挙げたが― ヤツは俺には見向きもせずに、ベンチへすっ飛んで帰って行った。 …とにかく、2−0。 あとはヨロシク、バッテリーさんよ! |