直球甲子園


なんてこった。

まさかサインを忘れたはずもねぇし。

ふざけるのもたいがいにしやがれ!

どういうつもりかしらねぇが、あとでたっぷりとっちめてやる!

だが、その前に。

この試合をどうにかしないとな。


三塁手茅島の仕事


ファインプレーをして見せたくせに、妙に切羽詰まった表情の真城。

ちんぽに一発食らった上、サインが通じないわがままピッチャーのことでも考えているのか、顔色の悪い矢加部。

それに、諸悪の根源のわがままピッチャー様は、もよおしたのかなんなのか知らないが、ベンチの奥ときやがる。

せっかくやって来た甲子園初戦だってのに、なんてこった!

そんなんじゃ、せっかくの舞台が台無しだぜ。

俺は溜息一つ吐いてバッターボックスに視線を投げる。

一番は、守谷。

初球は、ど真ん中。

バントの構えだけして見逃す守谷。

まったく、小細工が好きなヤツだ。

ピッチャーが、振りかぶって―

二球目を投じる。

またもバント。

一塁線に転がったボールに、ピッチャーと一塁手が殺到する。

結局、一塁手がボールを取る。

が、時既に遅し。

既に守谷が一塁を陥れた後だ。

さあ、面白くなってきた。

俺は身を乗り出して真城の打席に注目する。

最初からバントの構え。

序盤の一点は重要なのは俺にだって分かる。

だからこそ、絶対の進塁が要求される場面。

二番の仕事を、キッチリこなせと俺は念じる。

が、俺は思わず天を仰ぐ。

勢いを殺しきれなかった打球はピッチャー正面へ。

一・六・三―

ダブルプレイ。

俺は、ふぅ、とベンチから立ち上がる。

バットを引き抜いて、ネクストバッターズサークルへ。

三番、矢加部の背中を見つつ、俺は軽く素振りする。

あの様子じゃ、今日の矢加部にはそれほど期待はできないな。

そして、矢加部に対する初球。

ボールは厳しく内角を突き―

仰け反る矢加部の腰を直撃。

つくづくついてないヤツだと思いつつ、ヤツの様子を見ていると―

ボールはころころ転がって。

矢加部はうめきながらもそのボールをしかと見た。

そしてヤツは、小さく悲鳴を上げて固まった。

なにやら様子がおかしいが、俺はとにかくバッターボックスに立つ。

顔色が青ざめたり赤くなったりと、信号かお前はと言いたくなるような矢加部は、主審に促されて一塁へ。

よろつく矢加部はこの際無視し、俺は一つ、深呼吸。

俺は今のデッドボールで面食らっているはずのピッチャーと対峙する。

デッドボールだろうが、とにかく俺の前にランナーが出た。

軽くスイング。

そして、ピッチャーをにらみ据える。

セットポジションから投じられる外角へはずれるボールを見逃して―

俺はひたすらに、打ち頃の球を待つ。

二球目も、ボール球。

俺はグリップを握り直す。

もはや俺には、相手のピッチャーしか見えていない。

ピッチャーの指からボールが離れる瞬間、俺の唇は自然に上がった。

ど真ん中の、直球!

俺は溜めに溜めた一撃を、ボールに思いきりおみまいする。

快音が尾を引いて、アルプススタンドに一直線。

あそこまで遠くに飛ばせば、もはや外野のどいつも取りには行けない。

ホームラン。

俺はゆっくりとダイヤモンドを回り―

先にベースを踏んだ矢加部とハイタッチをしようと手を挙げたが―

ヤツは俺には見向きもせずに、ベンチへすっ飛んで帰って行った。

…とにかく、2−0。

あとはヨロシク、バッテリーさんよ!