あれはそう、あの時の僕は半袖で、セミの鳴き声がうるさかった覚えがあるから、夏休みのある日。

さして珍しい出来事でもなかったはずなのに、ふと思い出すことがある。

あれは、僕がかかわる前から始まっていた。

でも、あれの終点を見たのは僕だけだった。

さして珍しくもない、でも、僕にとってはかけがえのない想い出。


そう、コンビニだ。コンビニで、雑誌を立ち読みしているときだった。

雑誌を棚に戻して、何気なく窓の外に目を移したとき。

目に飛び込んできたのは二人の子供の姿だった。

小学三、四年生だろうか、青い短パンに黒いランニングシャツの男の子と、黄色いキュロットに白いTシャツの女の子の二人組。

二人組は、街を歩く大人なんかお構いなしに、向かいの柵にしがみついていた。

しばらくコンビニの中から眺めていると、二人組は柵にしがみついたまま少しずつ移動する。

やがて柵の端に到着すると、ゾウリの足を、となりの建物の地面より高いところにあるわずな足場に引っかける。

男の子が先に建物にしがみついて、女の子に手をかす。

二人は地面よりも高いところを歩いてどこまでいけるか挑戦しているみたいだ。

僕は何も買わないままコンビニを出る。

外の暑さに一瞬ムッとする。太陽が僕を燃やしてしまいそうなほどに輝いている。

そんな中を、二人組はゆっくりゆっくりと進んでいた。

僕は不自然じゃないように歩み寄る。

「ねぇ」

僕の声に、二人組は壁にしがみついたまま振り返った。二人の目には、明らかに警戒の色がある。

「あんただれ?」

男の子が口を開いた。女の子も、僕の顔を見つめている。

「えーと、面白そうなことしているなぁと思って」

答えになっていないと思いつつも、この子たちが訊きたいのも僕の名前とかじゃないことは分かっていたからそう答えた。

「一緒にやる?」

女の子が警戒を解いて、無邪気な笑顔で誘ってくれる。男の子の方は鼻持ちならないような顔をしているけれど、僕の返事を待っている。

「やってみたいけど…たぶんムリ。」

僕はもう中学生で、この子たちと比べるとかなり図体が大きい。柵にしがみついたり、壁に張りついたりは少し辛い。

「あっそ。」

男の子が素っ気なく言って、再び先を目指す。すり足で、慎重に、少しずつ進む。

「見ててもいい?」

二人組は高くなっているところにへばりついているから、ちょうど僕と目線が同じくらいだ。

「いいよ」

女の子がケラケラ笑いながら言ってくれた。

足下に目を向けながら、少しずつ、少しずつ。

男の子は狭い足場を抜けて、コンクリートの固められたところで休んでいる。

やがて女の子も追いついて、また男の子が先を行く。


しばらく行くと、足場がなくなった。

「いくぞ!」

男の子が最後の足場から飛び降りる。

「いーちにーいさーん!」

三秒数え終わるちょうどに、道の脇の高いところに到達する。女の子も秒を数えながら走った。

どうやら、三秒以内なら地面に降りてもいいルールらしい。

僕は二人のとなりの地面を歩く。


そんな調子で、僕らは暑さも忘れて進み続けた。

普通に歩けば十分ほどの距離を、一時間もかけて進んだ。


僕も経験があるけれど、小学生の遊びは唐突に終わる。

二人組は川へ行く同級生に出会って、川遊びに気移りしたらしい。

自転車をこぐ同級生の後ろを、地面を走ってついて行った。

僕は腕時計に目を落とす。四時。

まだ時間がある。

僕は二人組が飛び降りたコンクリートに目を向ける。

続けてみようかな。

続けよう。


その時の僕がなぜ続けようと思ったのか思い出せないけれど、今の僕は続けていてよかったと思っている。


僕は一人でブロック塀にしがみつき、フェンスに手の肉を食い込ませ、三秒ルールを駆使して進み続けた。

少しずつ、少しずつ。

やがて日が傾きはじめ、僕は見覚えのある場所にたどり着いていた。

最後の石の上でバランスをとって、景色を眺める。

川辺。

何年か前までは毎日来て遊んでいた、川辺。

そこにはあの二人組の姿がある。

水しぶきを上げて、楽しそうに遊んでいる。

いつもはうるさいだけのクマゼミの鳴き声が、なんだか少しもの悲しい。

やがて二人組は、はしゃぎながら引き上げていった。

僕は思い出したように時計に目を落とす。六時。

帰ろう。

足下に目を落とす。

石。

最後の、高いところ。

もう周りに高いところはない。三秒ルールをもってしても、行き止まりだ。

僕はしばらくどうしようか迷って、結局エイッっと地面に飛び降りた。

僕はゆっくりと、ヒグラシの鳴く道を歩いて家に帰った。


さして珍しくもない、でも、僕にとってはかけがえのない想い出。

忘れたくない、僕の想い出。











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