宇宙開拓期から競うように立てらた宇宙港は、今や星の数ほど存在する。 そんな宇宙にひしめく港の一つに、楔形の海賊船、サラマンダは停泊していた。 補給中のサラマンダの船内に、人の気配はない。 グラムスを筆頭とする五人は、惑星機構の管理網からも抜け落ちている裏の港、シークイーンへと降り立っていた。 「おいユング、これはどういうこった」 シークイーン管理部にある静かな一室で、グラムスは眼前のシークイーンのオーナーを睨みながら、身の毛がよだつほどの低い声で問うた。 「ふむ、どうやらとんだ間違いがあったようだね」 グラムスにユングと呼ばれたシークイーン最高責任者は、他人事のように首を横に振った。 「やれやれ、よりにもよって惑星機構の船に手を出すとは。百戦錬磨のグラムス様とは思えない失態だね」 グラムスの刃物のような視線にも動じることなく、ユングは手をぱたぱたと揺らしながら言葉を続ける。 「しかも、間違ったとわかるやトンボ返りして戻ってきたって? バカじゃない? 証拠隠滅に船を消し飛ばしてから帰ってくるのが筋ってもんでしょ」 グラムスの後ろに控えるクアールの豹面に血管が浮き上がり、今にも飛びかかろうとしているところをロッカが体を入れて押さえている。 カインとラミは、クアールの背中に隠れて小型端末をいじっている。しかし二人のしていることを把握できる者は、この部屋には誰も居ない。 「……てめえのミスで、こうなったんだぞ」 唸るような声のグラムスは、いつでも飛びかかる準備が万端だ。ユングはそれを鼻で笑って、グラムスの勘に障る声音を発する。 「確かにこちら側の書類にミスがあった。しかし、確認を怠ったのはキミだ。キミの気が緩んでたから起こってしまった事態なのだよ」 グラムスはギロリと瞳を動かして、ユングの後ろで小さくなっている情報官を睨み付けた。殺意を剥きだした瞳に、四十過ぎの情報官はすくみ上がる。 「おいそこの情報官、おめぇ、本当に自分に否がないとでも思ってるのか!?」 この一室に来てから始めて声を荒げるグラムス。その声に情報官は飛び上がる。 「グラムス。彼を責めたくなる気持ちはわかるが、それは間違っている。なぜなら、彼は間違いを犯したが、キミもまた、間違いを犯したからだ」 ユングの冷たく鋭い瞳が、グラムスの血管の浮いた目とぶつかり合う。 「てめぇ、本気で言ってんのか」 ユングはグラムスがミスをしたと言うが、グラムスはそれをミスだとは思っていなかった。同じ型の船で、情報官から『あの船だ』と指示があって、どうしてそれを疑うことができようか。 ユングもそんなことはわかっているはずだと、グラムスは眼力を強くする。だが、ユングの様子は一向に変化しない。 「もう一度聞く。お前、この俺がミスをしたと言うんだな?」 「ああ」 突風が吹き荒れるような轟音。 直後、重力下で質量を持ったもの同士がぶつかる衝撃音が。 グラムスに殴られたユングが、壁まで吹っ飛んだのだ。 しかしユングはすぐによろよろと立ち上がり、あろうことかにやりと笑って見せた。 「……これで満足かい?」 「俺にもやらせてくれ!」 クアールが怒声を上げるが、グラムスはそれを片手で制す。 「もういい、無駄だ。戻るぞ」 苦い顔をするクアールだが、ロッカとグラムスに止められては耐えるしかない。 ラミとカインがいそいそと端末を仕舞い、先頭で部屋をあとにする。 「ちょっと待ちなよ」 一番最後に去ろうとしたグラムスに、粘着質な声がかけられた。 「なんだ」 「これ、ターゲットの座標と航行データ。今度こそしっかり頼むよ」 ユングが軽く放ったチップを掴み取って、グラムスは荒々しく扉を閉めて退出した。 「ふぅ……感謝しなよ? 別にキミを殴らせても良かったんだからさ」 グラムスが消えて胸をなで下ろした情報官だったが、ユングの言葉に背筋を伸ばす。 「……ま、これで巧くいきそうだけどね。それに、キミに汚名を全部着せるのにも気がひけたし」 「恐縮ながら、あなたが何を企てているのやら私には……」 情報官の震える声をユングは鼻で笑う。 「君は幸運だ。とっておきの瞬間を、一番近い場所から見ることができるんだから」 ほんの小さな一室で、冷たい笑みを浮かべるユングの思惑を知るものは、まだ誰一人いなかった。 「うぅむ……」 大型輸送船アルテミスの艦長は、老いた額に深い皺を刻んで唸った。 彼は迷っていた。テラフォーミング中のセイロン星へ物資を輸送する任務を続行するか、もしくは― 「うぅむ……」 「どうしたのですか、おじい……いえ、艦長」 自動ドアをくぐってやって来たのは年頃の乙女だった。肩口で切りそろえた髪が清潔感を漂わせている。容姿の美しさだけに留まらず、些細な仕草などから気品が感じられるので、艦の男たちの視線を一身に集めている艦長の孫娘のロマーナだ。 「おお、ロマーナか。今まで何をしていたのだ」 孫娘を見て口元を弛める艦長だったが、騒ぎの最中に彼女の姿が見うけられなかったことを思い出し、眼光を鋭くする。 「はい、少し自室で仮眠を取っておりました」 ロマーナの言葉に溜め息混じりに頷く艦長。事情を知らない孫娘に、艦長は事の経緯を説明しなければならない。 「―つまり、サラマンダを追跡すべきか、このまま任務を続けるべきか、それを迷っているのじゃよ」 祖父の弱々しい語り口に、ロマーナは優しく微笑みかける。 「艦長。僭越ながら意見させて頂きますと、サラマンダについては上層部に連絡するにとどめ、我々は任務を続行すべきかと思います」 「しかし、クルーたちが……」 「先ほど通路を見てきましたところ、大したけが人も居らず、航海続行には何ら支障はないかと思われます」 「ふむ……そうか……」 立派に成長した孫娘を誇らしく思って微笑む艦長。しかし、それでも彼は溜め息をつかずにはいられない。 「しかし、あのサラマンダのキャプテン。あやつは野放しにはしておけん」 「ですから、その件は上層部が決めることかと」 「いや、老いたとて昔は天下の惑星機構取締局に在籍していた身。おいそれとは引き下がらんわ」 孫娘を前にして情けない姿を見せたくはないという心理が働いたのだろうか。先ほどまでからは考えられないような強気な姿を見せる艦長。 「では、アルテミス単艦で追跡すると仰るのですか? これは取締局の軍艦ではありません。輸送艦なのですよ?」 「策はある。だからこそ言っておるのだ。先ほどの騒動で奴らにわしらを殺すほどのつもりは無いことはわかっておる。ならば何とでもなるというもの」 「しかし、そうは言いましても―」 「それに今度は、ロマーナもついていてくれるのじゃ。これほど心強いことはない」 「はぁ……」 祖父の言葉に、ロマーナはこれ以上返す言葉が思いつかなかった。無事にセイロン星へ到達できるか不安でならない孫娘の心配をよそに、艦長は深々と艦長席に腰を下ろした。 「今度こそは、ビンゴだな」 クアールは倉庫に積み上げられた兵器を見上げながら息をついた。 「人類ってヤツは、まったく……」 呟くクアールの横顔には深い悲しみがあった。地球に割合近い位置にあるクアール達の住んでいた惑星は、宇宙開拓期に地球人の侵略を許してしまった。争いを好まないクアール達は瞬く間に人類に星を奪われた。その後100年ほど、クアール達は人類に奴隷として飼われていたという歴史を持っている。だから兵器を見ると、クアールはどうしても悲しい気持ちになってしまうのだ。 「まぁ、今俺がしていることも、ご先祖様に罰当たりなのかもしれないが」 瞳を細めて、武器よりも向こう側を見つめるクアール。その先に見るものはいったい何なのか。それは悲しいかな、人類には想像できるものではなかった。 「さすがに武器密輸船のクルーは違うなっ!」 どこか嬉しげな響きを内包する言葉とともに、大男をまた一人床に沈めるグラムス。 「ば……化け物か」 「ヒドイ事言う口はどれだぁ!?」 スタンブリットを打ち込みながら、義手で守りを固める。グラムスに近づく者は片っ端から無力化されていく。 「艦長はいるかー!」 「俺だが」 「うを!?」 あらかた片付けて叫んだグラムスの背後から声がした。グラムスの背中に嫌な汗が流れる。 「よーくもやってくれたな、俺の部下を」 グラムスと同じくらいか、少し若いくらいの若者。細い眉毛に鋭い目。無駄のない肉つきからグラムスは相手の力を見極める。 「ほう、こっちの艦長はイキが良さそうだ」 「なんのことだ?」 「いや、こっちの話」 苦笑するグラムスに、細眉は怒りのこもった視線を返す。 「こんな事をしてどうするつもりだ?」 「積み荷ごと、この船を頂くつもりだ」 グラムスの言葉を、細眉は鼻で笑った。 「無理だね。お前はここで死ぬんだから」 言葉と共に回し蹴りを義手にたたき込む。グラムスも負けてはおらず、左手で相手の顔面めがけて殴りかかる。しかし拳は空を切り、グラムスは体勢を崩す。 「おらぁあ!!」 細眉の怒号と共に、グラムスの背中に強烈な一撃が入る。前屈みにくずおれそうになるグラムスの腹に、さらに拳をたたき込む。 「がはっ」 連打に耐えきれず、グラムスは遂に仰向けに倒れてしまった。虚ろな眼で細眉を見る目は半開きだ。あっけない結末に、細眉は期待はずれだったとでも言いたげに吐息をつく。 「なんだ、一人で踏み込んできたにしてはあっけないな」 腰からナイフを引き抜きながら、細眉はグラムスを見下ろしてあざ笑う。 「レイガンは効かないようだからな。直々に俺がナイフで切り裂いてやるよ」 細眉の言葉にも、グラムスは反応しない。 「んじゃ、死んで貰うぜ、邪魔者はよ!」 グラムスの頭上に振り上げられるナイフ。そのまま真っ直ぐに振り下ろされて― 『ぴぎゃががぁーぎゃぎゃがぐわぉぅーん!!!!!!!!!!!』 「!!!!!!!!」 強烈な音波が炸裂し、細眉は吹っ飛んだ。握っていたナイフは宙を舞い、倒れていた部下の耳元に突き刺さった。 強烈な音はほんの一瞬で止まり、辺りに静寂が戻る。動きを見せる者は、誰もいない。 と― 「ふぅ……危なかったぜ」 ゆっくりと起きあがるグラムス。相手の艦長に歩み寄り、縄で両腕を縛っていく。 「一人で踏み込むのにも、意味があるんだわこれが」 苦笑混じりに独り言を続けるグラムスに、ジャミングを越えてラミからの通信が入る。 「お腹の音を義手で増幅させるなんて、普通考えませんよね〜」 「キャプテン、さっき昼食とったばかりじゃないですか」 「うるせぇ! 都合良く通信入れてくんなっ!」 カインの言葉に怒声を返すグラムスだが、腹の音ほどの迫力はない。通信端末越しに二人の笑い声が聞こえるが、グラムスにはどうすることもできない。 「くそ、とにかく行くぞっ!」 「キャプテン!」 密輸艦のクルーがのびて沈黙する中、飛び込んできたのはロッカだった。 「なんだロッカ、クチバシはどうした!?」 「いやそれが、さっきの船が」 「さっきの船? なんだそりゃ」 「ほら、さっき間違って襲っちまった」 「アルテミスって輸送艦か、それがどうした?」 「どうやらここに向かってきているらしい」 ロッカの言葉に、グラムスは間抜けに口を半開きにする。 「なんだそりゃ、だいたい、どうやってここがわかったんだ」 一人ごちるグラムスを黙って見つめて、指示を待つロッカ。 「……仕方ねぇ、持ち場につけ」 「ラジャー」 不敵な笑みを浮かべる伊達男は、キャプテンに親指を立てて見せた。 |