目の前にいる二人は自分のことが好きで、ライバルで、しかも二人の言葉が聞こえてしまった。
動揺して顔が真っ赤になる。

清水サヤカに男性と付き合った経験はない。
好きになった経験も―否、好きと認識した経験も。

恥ずかしい。二人の顔が見られない。
この場にいられない。
―『水があったら溶けこみたい』
人前にもかかわらず、カチリとスイッチが入った。

ぱしゃ。サヤカは一瞬で雨に溶け込んだ。衣服と傘がその場に落ちる。
「……っく、しまった! また被害者がでる!」
あせったところで彼女は最早流れていってしまった。追う術はない。
タカオは動揺を隠そうとせずポケットから最新式の携帯電話を取り出しどこかへダイヤルする。
「僕だ。彼女がまた水に溶けた。彼女の衣服をすぐに回収してラボに送ってくれ。あと、母親役に彼女と鉢合わせしないように家から脱出させ、彼女の移動ルートも予測して他人との接触を極力ないようにしろ」
『了解しました。『補給源』はどうしますか?』
「自宅付近半径100mにデコイを大量に配置、その区域から人間を全て強制退去させろ。……あとは運を天に任せるしかない」
『了解しました』
タカオはため息をつきながら携帯を切る。
「……こうなったら君には全てを知ってもらう必要があるな。すぐに迎えが来る。ついてくるだろう?」
自分の目ではっきり見てしまった。最初は見間違いかと思っていた。……そう思い込もうとしていた。だが、実際彼女は雨に溶けて姿を消した。もはや見間違いようがない。
好きになった彼女のことが気になる。真実を聞きたい。そして、ライバルだと知った友人の事も知っておきたい。ついていけば両方分かるだろう。
タカオの問いにヒデキはすぐさま頷いた。迷いはなかった。
「来た、あれだ」
暗闇の中から現れたのは黒塗りの高級車。降りてきたのは黒服サングラスの男女。
さすがにこういうのが来るとは思わなかった。
「お待たせいたしました。どうぞ」
タカオは相変わらず険しい表情で、ヒデキはさすがに戸惑いながら後部座席に乗り込む。
「向かう先はどうしましょう?」
「ラボへ向かう。ついでに彼女の衣服を回収してくれ」
「了解しました」
「なあ、ラボって何なんだ?」
「簡単に言ってしまえば彼女達を救うための研究をしている施設さ」
ヒデキはタカオの答えに引っかかりを感じた。
「彼女、達?」
「清水サヤカ一人じゃないって事さ。どれくらいいるのかは不明だけど、少なくてももう一人は確認されている。彼女達を救うため、研究し生活を保護するのが僕らの役目。あと付け加えるとしたら被害を最小限に抑えるのも仕事だ」
「……いつから?」
「僕が彼女の担当になったのは6年前から。いつでも彼女を監視できるようにと年齢の近い僕が選ばれた」
自分が意識し始めたのは今年になってからだ。だが、相手はすでに6年間彼女の近くに。しかも、彼女の秘密を知っている。
「ずるいぞ」
「は?」
思わず言葉に出してしまう。タカオは不思議そうにヒデキを見る。
「こっちの事」

10分ほど車は走り、M市に戻ってきた。だが市内へは行かず山の方へ。
車が止まったのは小さな神社だった。
「降りて」
ラボと聞いていたからもう少しそれっぽい建物かと思っていたがまったく見当外れだ。
「……念のために言っとくけど、カモフラージュに過ぎないから」
賽銭箱の陰についている小さなボタンを押し込む。するとRPGよろしく賽銭箱が動き下には隠し階段が。
ふざけた入り口とは裏腹に、降りた先はかなりまじめな研究施設だった。素人目にもそれが理解できる。
「衣服の解析を。後お茶を二人分」
まもなくお茶がビーカーに入って出された。
「なあ、何これ?」
「……いいたい事は分かるが耐えてくれ。ここにまともな食器はないから」
お茶自体はそこそこうまかった。

一息ついて、
「さっき言ってた被害者ってやっぱり……そういうことなのか?」
サヤカの体質のせいなのかと直接聞くのは憚られた。
「法則性はない。というより発見できていない。約10キロ以内の人間一人から彼女を構成する水分に等しい量の水分が奪われる。ほぼ確実に即死だ」
即死。さらりと言われてもなかなか頭が受け入れない。
「もちろん彼女を訴えることは不可能。そして、彼女も知らない。自分の体質は知っているはずだが、被害者については知らない」
「……清水さんがそのことを知れば被害者は出ないん―」
次の瞬間、ヒデキの視界に入ったのはタカオの拳だった。
避けることはできず、すぐさま襟首を掴まれ壁に押さえつけられる。
抵抗出来なかった。
「彼女のことを少しでも好きならば、もう少し考えてしゃべってくれないか? 普通に考えてみろ。直接でないとはいえ自分のせいで人が死んでいたと知らされて正気でいられると思うのか? あんな気分を味わうのは僕だけで十分だ!」
「ま、まさか……」
「現在確認されている清水サヤカと同体質の者。僕もだよ。僕も水に溶ける」
ヒデキは息を呑んだ。




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