どうする?
問いの答えはすでに決まっている。
『フルル』として生きると決めたときから。
けれど、二度目の操作は互いに負担をかける。だから、もう、以前の『ギース』と『フルル』には戻れない。答えは決まっているが、答えを出せない。

フルルが考え込んでいる。
理由は分かる。元には戻せない。だが、今までようにやっていけるかわからない。
そんなところだろう。
1人の中に異なる二つの意識。『シン』と『ギース』。お互いを自覚した今、どちらかを封じることはおそらく出来ない。今でもギリギリ、身体への負担は予想以上に大きい。これ以上の精神操作は不可能。自分のことは自分がよく分かる。
だから生きるために、『シン』と『ギース』は共生を選んだ。正直変な気分だがなれるだろう。どちらにしても自分の身体だ。『シン』は過去の人間、故にメインは『ギース』で。有事の時には入れ替わりもありえる。それぞれの生きてきた時間があるから融けあうことはありえない。最良の選択のはずだ。

『ギース』と『シン』はどうするのだろう?
私に答えを求められたが、これは二人の問題でもある……ハズ。

「私は……『フルル』と『ギース』でいたい。けど―」
「決まりだな。俺たち……結局は1人なんだが……まあ、話はついている」
わずかな時間、フルルの思考が停止する。
「……本当に……いいの?」
「今までと、完全に同じとは行かないだろうけど俺達で決めればそれでいいと思うぞ」

彼は私を受け入れる。器のちっぽけな私を収めてくれる。
しかし、本当にそれに甘んじていいのか?
望みではあるのだけれど……。
罪悪感。無いといえば嘘になる。
兄まで手にかけて、私だけ受け入れられて……

『だ、誰か!! 増援はまだなのか!! 助けてくれ……全滅する……!!』
思考を中断させる悲痛な叫び。
『もう街まできやがった! 火の海だ! 早く!!』
それはセンの持つ映し石から響くブラックドラゴンと戦闘中のグループの叫び。
石に映るのは燃える街、紅蓮の炎。そして、街の上空を舞う黒き翼の異形。
「……完全に忘れてたな。行くぞ、フルル」
「えっ……あっ、はい!!」

今は悩むべき時ではない。そう考えるより先に体が動く。

まばゆい光と共に銀の翼が展開。月明かりに輝く銀の鱗は神々しいまでに光を持つ。
シルバードラゴンの姿をとったフルルは首を下げギースを乗せる。
「ふふ……まさかこの背に乗ることになるとはな……」
つぶやいたのはおそらくギースではなくシンだろう。
「これから先もよろしくな、フルル」
『はい、ギース様!』
銀の龍はうれしそうに、喉を鳴らし空を見上げる。
大きく動かした翼が風を切る。
―飛翔。

フルルでいることをギースが望む限り、私はそれに全力で答える。それでいい。
それが、私とフルルの望みなのだから。
過去は過去として受け入れ今に全力を尽くす。
兄さん……私は……フルルは自分の決めた道をこの人と歩きます。
もう縛られない。
これで私も、彼方も自由……

街の上空を優雅に旋回する巨大な黒い翼。燃える街の火に照らされその黒光りする鱗は見るものに恐怖を与える。個体数の少ないドラゴン族の中で上級種に位置し、その中でも残忍で、凶悪な種と言われる。
彼は楽しんでいた。炎に追われ逃げ惑う人間達。彼にとって食料でしかないそれらに等しく恐怖と死を与えることに。ほとんどが逃げ回り泣き叫ぶ。たまに攻撃してくる一団も軽いスパイスでしかない。その一団は人間を街から逃がそうと動くが、彼はその退路に紅蓮の炎を吹き付ける。絶望と怒りに歪んだ表情。なんとおかしいことか。
これだから狩りは止められない。

地上から矢を射掛けるが全てその鱗に阻まれなす術がない。魔法は鱗を破り氷の矢はヤツに突き刺さった。だが、ヤツは魔法使いを見ると猛攻撃を加え、仲間の魔法使いは灰にされた。
「だ、誰か!! 増援はまだなのか!! 助けてくれ……全滅する……!!」
退路は炎に閉ざされ、上空には凶悪なドラゴン。逃げ場も攻撃手段も、増援も無い。
『槍神』や『抱縛』などの強い奴らもいたはずだが姿が見えない。
迫る炎に追われ行き着いた先は大きな広場。身を隠す物も逃げ場も無い。
黒い影が降下してきて近くに下りる。
ブラックドラゴンが笑ったように見えた。

炎であぶるのもいいが、やはり恐怖に歪む表情と言うのは間近で見るに限る。
弱き人間に浮かぶのはどれも恐怖と絶望。
我が爪と牙が届く距離で見ることこそ至上の快楽であり狩りの醍醐味。
獲物は女子供含めて20人ほど。ふむ、もう少し集めてもよかったか。
まあ、よい。人間なぞいくらでも沸いてくる。

「……本当にそのダメージで戦うつもりかい?」
「こちらも本業なんでな。ここで逃げては『槍神』の名が泣く」
「そう、なら私も付き合うわ」
「『抱縛』が通じる相手とは思えんぞ?」
広場の見える崩れかけた家。その影にモリガンとアズンがいた。
センの死を見届けた後、負傷したアズンを回収しメイタムに戻ってきた二人を待っていたのは炎に包まれた街とブラックドラゴン。
残してきた仲間を探しているうちにこの状況だ。
はっきり言って勝ち目は無い。
それでもアズンのプライドが逃走を許さない。
アズンは槍を構えると広場に飛び出した。

ブラックドラゴンの背後から、なんと『槍神』のアズンが近づいてくる。
ヤツは目の前の私たちに興味を示し走って近づいても振り向こうとしない。
いや、違う……気づいていないフリをしている……。
さっきと同じように、ヤツが笑ったように見えた。

愚かな人間が。我が気づかぬと思うたか?
脆弱な気配、地面を伝わる振動。我の五感をなめているのか?

負傷しているアズンは待ち構えているその気配に気づかず、自分の攻撃が届く距離まで踏み込んだ。ヤリを遣い、かなりの身体能力を持つアズンの攻撃範囲はかなり広い。だが、体格差を考えればそれは目と鼻の距離。
唸りを上げて尾が迫る。回避できる距離ではなかった。体調が万全だったら逃れる道を探すことも出来ただろう。
だが、あまりにも簡単に、棘の生えた尾がアズンを貫いた。
一本が大人の腕ほどもある棘が数本。アズンをぶら下げたまま尾はさらに動き刺さったアズンを上空に跳ね飛ばす。放物線を描き落ちた先は赤黒い穴。すなわち、大きく開けられた口。
ぐしゃっ。

愚か者の割には良い味だ。強い部類の人間だったのだろう。培った経験と力はうまみを引き立てる。抵抗してきた一団もそこそこの味だろう。
さて、頂こう。
……!? 
体が……動かぬ!?

「センに効いたんだからお前を縛ることも出来るハズ……よね?」
声はブラックドラゴンの首から。アズンに注意を引かれたブラックドラゴンは気配を断って近づいたモリガンを見落とした。元々、モリガンは力の性質上この手のスキルに長けている。囮となったアズンの助けでブラックドラゴンを縛る。
「……縛ったのはいいんだけど、長く持たないわね……」
力に差がありすぎるのかギースを縛った時より負担が大きい。
「早く攻撃を!」
「おう!」
ハンター達が手に武器を持ち生気を取り戻し攻撃を仕掛ける。
が―
鼓膜を劈く強烈な咆哮が身をすくませる。
「あっ……」
モリガンの目に鋭く尖った爪が映る。
上下が反転、否、世界が回転しブラックドラゴンを見上げている。
(あれ……アレは私の体……?)
声は出ない。首から下が無いから。暗くなる視界の端に銀の翼が映る。
それを最期にモリガンの世界は消えた。

「遅かったか……だが黒き龍よ、お前の道はもう無い。元『嵐王』が来たからな」
ブラックドラゴンに影が落ちる。銀色の翼が上空にいた。
『……同族の娘よ、何ゆえ人を背に乗せる?』
龍族のみの思念による声にフルルは答える。
『パートナーだから。いとしい人だから』
「力はフルに活用させてもらうぞ、シン」
詠唱開始。ブラックドラゴンも臨戦態勢に。
「上天の風第三陣。そは黒き力なり。魂食いちぎり持ち去る猛き風。吹きすさべ黒死風」
ギースの周囲に禍々しい風が集っていく……。



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