サイドA 5日目

―ミドリガオカ 悪司組事務所
特に事件も争いもなく、のんびりした日常。
山本無敵はお茶をすすり一息入れていた。
今はみな出払っていて、事務所にいるのはリセット無敵だけ。
他は警戒網を密にするため担当地区に散っている。

ずっとこちらにいるのも一つの選択肢かも知れない。
ふと、無敵はそんなことを思った。
手っ取り早く土岐を取り戻しワーグと和解できれば……。
「無理だと思うな、和解するなんて」
「……姉上、人の思考を読まないで下さい」
「考えていることを予測しただけよ。でも、当ってたでしょ?」
「……はい。しかし、やはり、無理なのでしょうか?」
「ワーグの告白を受けてどう思った?」
「それは……」
無敵は言葉に詰まる。昨日のワーグとのやり取り。
最後に見せた涙はホンモノだった。
「きっと、ワーグは強硬手段に出るわ。リセットだってパ〜パを独占したいって思うもの。まあ、無理だって事もわかってるけど……。ワーグ、プライド高いからね。自分が一番でいたいのよ。そのためにはきっと無茶もする。レナを連れてこの世界に追ってきたのも無茶な行動でしょ。恋する乙女ってのは最強なのよ」
本当は無敵も一人だけがいい。しかし、実際は3人と関係を持ってしまっている。まともな恋愛経験を持たない無敵は流されて今に至る。はっきりさせなくてはと思う。
だからといってワーグにはそういう感情をもてないのもまた事実。
自分勝手ながら、誰にも傷ついて欲しくない。そう思っていた。
「ま、決めるのは無敵だしね。ワーグとガチンコ勝負になったらあの子達を守りながらでは分が悪いでしょうけど、頑張りなさい。おねーちゃんは応援してるわよ」
リセットはそのまま外へ。
部屋には無敵が一人で残された。

どうするべきか?
考えても答えは出そうにも無かった。

「はぁ……。父上。僕は彼方ほど器用には立ち回れないようです」
「そりゃ、無敵は無敵だからね」
振り返ると出て行ったと思ったリセットがいた。その表情はどことなく硬い。
「姉上、戻られたのでは?」
「ん、そのつもりだったけど、そこで伝令と会ってね。さっちゃんが消えてしまったから探すのを手伝えってさ」
「殺さんが?」
「ついでにセリスと山沢もね。つまり、全員」
担当地区から忽然と消えてしまったらしい。もうすぐ日も落ちる。
何かあったと考える方が自然だった。
「さっちゃんは、組織の長になってるからね。狙われてもおかしくないのはわかってるでしょ? で、今はレナというブレインがついた桃山組と対立中。まぁ、確実にレナが攫っていったんでしょうけど。どうする?」
「全員、連れ戻します。これを期に土岐さんも。ワーグとの和解が無理ならば、レナさんだけでも手を引かせます」
「無敵にできるの? 交渉事でも策略でもレナに軍配が上がるわね」
「うっ……。やるだけやります」
「そ。じゃあ、いってらっしゃい、といいたいところだけど――」
リセットは橋の欄干にあったそれを無敵の前に。
ごろんと転がるソレ。
見た瞬間無敵の思考が止まった。
ソレは冷たくなっていた。
ソレは恐怖に引きつった表情のまま固まっていた。
ソレは土岐遥の顔をしていた。
ソレは首だけだった。
「っ!!!」
扉すら無視して飛び出そうとする無敵。
その前に立ちはだかるリセット。
「姉上、どいてください」
「今我武者羅に敵地につっこんでもやられるだけよ。レナだけならまだしもワーグがいる。無敵は大丈夫でしょうけど、他の女がコレになるわよ」
「しかし!!」
「コレが口にくわえさせてあったの」
それは小さな紙片。
『明日正午。この橋にて。最終決戦といきましょう』

「……いいでしょう。やります。やってあげますよ……。この報いは必ず!!」
静かな殺意をたたえる無敵を見やるリセット。
こんな無敵を見るのは久しぶりだと思った。

そう、彼の母親が首をかき切られたあの時以来か。

寒気がするほどの殺気だ。その横顔にぞくっと来た。
横顔を見ていると思わずドキドキしてくるので視線をそらす。
その視線の先にはモノに成り果てた無敵の使徒。
「……ん?」
ソレを見つめリセットは首をかしげる。
確かに首だけなのだが、なんとなく違和感があった。
魔王時代、斬首など覚えていないほどやったが、その時に見た物とはどこか違う気がした。
「ねぇ、無敵――」
ソレはホンモノかと問うつもりだった。
「さっちゃんまだ帰ってないんだって?」
どたばたと駆け込んでくるのは悪司。少なからずあせりの表情が浮かぶ。
「連れ去ったのはレナさんです。わざわざ果たし状まで残していきました」
「お前、その女……」
「……明日、コウベとミドリガオカを繋ぐ橋で決戦との事。もう、躊躇はしません。一兵残らず殲滅しましょう。土岐さんの仇を、殺した報いを与えます。容赦なく、必ずこの手で……」
駄々洩れの殺意。死線をくぐってきた悪司であっても思わず距離を取った。
悪司についていたエリートヤクザなど最早顔面蒼白だ。
「そ、そうか。こちらの兵隊はどうする? 主力だけを用意するか?」
「必要ありません」
「は?」
「一人で、十分です」
「……わかった。俺達は後方で待機する。いつでも呼べ」
それだけ言うのがやっとだった。

悪司が手はずを整えに場を後にし、再びリセットと無敵だけが残される。
「無敵、少し休みなさい」
「必要ありません。姉上こそ先に休まれてください」
想像通りの返答にリセットはため息を一つ。
「あのね、今の無敵みたいに頭に血が上ったままじゃ勝てる戦いも勝てないって言ってるの。相手はレナよ? あの策士が何もせず正面対決を挑んでくると思う? ありえないわ、そんなこと」
「罠だろうが策だろうが何でもかまいません。あるならば踏み越えて突き進むのみ。前に立ちはだかるもに容赦はしません」
再びため息。
何を言っても無駄らしい。
「頑固ね、ホント」
「ご存知のはずですが?」
「当たり前でしょ。おねーちゃんなんだから」
「……」
リセットは軽く肩をすくめ部屋を後にした。
しかし、その足は自室の前では止まらずに進む。
人目を避け影から影へ。
「さて、と。おねーちゃんが一肌脱ぎますか。弟君は頭に血が上っちゃってしまってるから……」
小さく呟きリセットはさらにスピードを上げる。
まだ日が暮れて間もない時間帯で、人通りのも多い。だが、リセットは誰にも気づかれず町を進む。
「う〜ん、車で来ればよかったかな」
道順は覚えていたがいかんせん人の足では遠いようだ。
思ったより時間はかかったが目的地に着いた。
高級住宅街にあってなお周囲にから浮いているほど大きな屋敷。PM本拠、桃山屋敷だ。
「さてさて、あの子達どこに捕まってるのかな?」
リセットは監視カメラの死角を縫って中へ踏み込む。警戒は厳重だが、所詮は人間レベル。
隠蔽に徹したリセットは誰にも気づかれずに中を探索して回った。
「ん? みっーけ」
とある部屋を覗くとレナが机に向かいながらうとうとしていた。机の上には書類が散乱し、それを片付けていたようである。
リセットは音もなく部屋に入り込み、レナの背後から小太刀を突きつけた。
「レ〜ナ。起きる時間よ?」
「違うわ。リセットが寝る時間よ」
「げげっ……ワーグ……?」
うとうとしていたレナの後姿が黒くなり崩れ一回り小さくなる。小太刀を奪い取り振り返ったのはワーグだった。
「レナの能力でね。影を加工して私に纏わせたの。見てるでしょ、その技術の賜物を」
「……あの首?」
「正解。わざと完成度を落としたものを置いてきて、気付いたリセットがこちらに忍び込むように仕向けたといっていたわ。本当に読み通りね」
「あ〜あ、手のひらの上かぁ……ごめん、無敵。ちょっとミスしちゃった……」
ワーグの力に当てられ眠ってしまったリセットはそのまま床に倒れる。
「こんなことをしても無敵の心は手に入らないのはわかってるの。けど、一度はった意地は張り通したいの。もう少し付き合ってね、リセット」
眠っているリセットの髪をさらりと撫でてワーグは小さく呟いた。


あとがき

次回、最終戦へ突入します。
残すところ6日目と最終日だけなのですよ。早かったような短かったような……。

この最早二次創作の域を突破しまくりな気がする話にお付き合いいただきありがとうございます。正直公開してよかったのかどうか今でも微妙なところですが、書いたからには最後まで書きとおしますゆえ、見捨てずにお付き合いくださいな。

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