東方異人伝 第10回 思惑錯綜

―明石 姫路城
名城と言われるこの城、島津との戦で防衛戦に使われたが戦闘時間が長くなかったため戦火に燃え落ちることは無かった。
その天守閣、島津当主ヨシヒサは敗北した明石家の元家老安部平三と相対していた。
「で、その条件が当主明石風丸の捜索、か」
「はい。我ら老骨は風丸様のために生きながらえております。そして、生き残った明石の全兵力、島津家に帰順する準備も整っております。殿が何を成し得たいのか存じませぬ。ですが、風丸様の捜索隊編成許可を戴けるなら全身全霊を持ってお仕えする所存にございます」
「……」
ヨシヒサは煙草を燻らせ平身低頭の安部を見た。

そもそも、姫路城攻防戦は何かおかしかった。
開始早々、明石の将の数人が部下のフリをした何者かの刃を浴びて命を落とした。
大混乱の中、島津軍が城内へなだれ込み、明石家の中核部隊は全て制圧される。あまりのもろさにヨシヒサ達が戸惑ったほどだ。そして、風丸を逃がそうと向かった家老達は誰もいない天守閣に呆然とすることになる。
風丸は戦闘にでず、ここにいたはずなのに。
老兵達は突然の主君の失踪にただただ立ち尽くしていた。
その後、数少ない戦死者の遺体を調べ、風丸がまぎれていないことも確認された。
つまりは生きている。明石の老兵達は希望を抱き、生き延びようとしている。

「……俺は、侵略がしたいわけじゃない。目的のモノを手に入れるのに、一番可能性が高い方法。それが他国を征服することだったに過ぎない。目的のモノが手に入れば、逃げた主君などどうでもいいんだがな」
ため息と共に、ヨシヒサは目の前の箱を開けた。
中は空っぽ。そこに入っていたはずのものは何者かに持ち去られている。
「風丸がヒヨコ瓢箪を持って逃げている可能性がある以上、お前たちには全力で主君の捜索にあたってもらわねばならんな」
「そ、それでは……」
「必ず見つけ出せ。お前たちの部隊にさらにこちらから増援を出す。協力して探し出せ」
「ははーっ」

「……さて、どう思う?」
「風丸がいないのは本当だろ。あいつらの憔悴っぷりは半端じゃなかったからな」
「そして、全身全霊で仕えるって言うのもホントだろうね。もし、風丸が見つかっても彼らが反乱を起こすことはないだろね」
「それより、心配なのは瓢箪が無事かどうかだよ。万が一破損してそばの誰かがとりつかれでもしたら……」
魔人ザビエルは実体を持たずに封印されている。まず、第一に手近な肉体を奪いにかかるはずだ。それを利用して島津のザビエルは倒した。ランスが復活し次第、毛利のザビエルも倒す予定だった。
「とりあえず、国外へ出られる前に捕捉できればいいが……」
いやな予感がした。風丸の捕捉は不可能だろう。同時に思いついてしまう可能性。
「魔人復活、か」
そうなって欲しくは無いが、こういう時の予感は得てしてよく当たる。
「あいつの様子はどうだ?」
「ランス殿ですか? かなり回復されたようで立てるようにはなったようです」
「それだけじゃ困る。戦線に立てるようになってもらわねば。……もうしばらくは動けんか」
毛利軍との統合、ランスの負傷、風丸の捜索、これからの侵攻経路。
ヨシヒサは山積みの問題に軽く頭痛を覚えた。
「まあ、愚痴っても仕方が無いな。カズヒサ、いつでも軍を動かせるように調整しておけ。トシヒサ、再度種子島を訪れ開発状況をチェックし足りないようなら追加の資金投入も辞すな。イエヒサ、天志教の動向に監視を。こちらの目的はザビエル討伐だが……そうは受け取られない可能性もある。魔人復活を目的などと取られればどんな手で妨害してくるか想像できん」
「わかった。まかせとけ!」
「了解。あの武器は戦を変える。おろそかにはできないよ」
「オッケー、すぐに探りを入れるよ」
「ならこの場は解散だ。俺は……あいつの様子でも見てくるか」

―姫路城・客間
「シィル、肩」
「はい、ランス様」
もみもみ。
「ランスたま、お茶ですよ〜。毒は入ってませんよ〜」
「ほい、ついでに茶請けだ。これも食え」
「む、ヨシヒサ殿。煙草の灰が落ちたぞ。ランスの部屋が汚れる。禁煙で願おう」
襖を開けたヨシヒサは思わず固まった。
一面空気がピンク色。ランスに侍る女たちは下着姿だったりエプロンだけだったり。
「いつの間に……」
「がははは。強い男には自然といい女が寄ってくるのだ」
がしっと肩を抱かれる毛利てると吉川きく。二人ともヨシヒサの前なせいか少し気恥ずかしそうに、それでも嬉しそうにしている。
「あ〜、ねーたまばかりずるい。ちぬも〜」
「ほら、シィルも来い」
「え、あ、はい!」
ヨシヒサは部屋の甘い空気に耐えられず1歩下がった。
「お前との勝負、緒戦は俺様の勝ちだな」
「ふん、今に見ていろ。……まあ、それはいい。思っていたより元気そうだな。戦には出られるか?」
がはがは笑っていたランスだが、ふとまじめな表情を作る。
「……5割ってとこだな。長いこと寝てたせいもあって体力も落ちている。そこでだ、少人数だけつれて諸国を回ってこようかと思っているんだ。リハビリを兼ねてな」
「なるほどな。好きにしろ。ただし、1ヶ月で戻って来い。色々あってすぐには動けそうに無い。それくらいの時間ならあるだろう」
「よし、なら明日にでも出かけるぞ」
「わかった。だが、無茶はするなよ?」
「黒姫ちゃんを悲しませたくないからな。その辺は問題ない」
「ならいい」
「用はそれだけか?」
「そうだ。これ以上いて邪魔する気は無い」
ヨシヒサはさっさと部屋を出た。
正直、少々悔しかった。
女を落とす術には長けていたが、最初から自分たちに靡きもしないとは思わなかったのだ。
薄い襖の向こうから艶っぽい声が聞こえだすとヨシヒサは足早にその場を離れた。

―ランスの部屋
「……行ったか?」
「行ったぜ。行ったからもういいだろ、放せってば」
「俺様としてはこのまま続行と行きたいが、まあ、今はいい」
ランスは妙にあっさりときくの胸から手を放した。
「話の続きだ。カオスによると魔人の気配は離れつつあるらしい。おそらく捜索部隊を出しても捕捉できんだろう。だから、俺様がカオスの探知を使って追う。連れて行くのはてるときくとシィル。ちぬは残れ」
「え〜、ランスたま、なんでちぬだけ仲間はずれ?」
ランスはまじめな顔でちぬの胸をつついた。
「まじめな顔してやる行為ではないな」
あきれ気味のてるやきくをよそにランスはつんつんし続ける。
「昨夜も言っただろ。この中には魔人の使徒が封じられていると。魔人と近づけば活性化して、中から食い破られでもしたらどうする?」
「うぅ……でも〜」
「聞き分けろ。何、すぐに魔人をぶっ殺して使徒を黙らせてやる。だから待っていろ」
「……は〜い」
「よし、じゃあ、しばらくお預けになるからな。まずはちぬからだ!!」
ランス豹変。
……訂正。いつものに戻っただけ。
「ランス、ちぬの次は私だぞ」
「ちょ、姉貴ズルい!」
「くくく、シィル殿。出番がなくなるぞ?」
「そんな! ダメです!」
てるの挑発に載せられてシィルも慌てて輪に飛び込んだ。


数刻後、ランスは縁側で火照った身体を冷ましていた。
以前なら朝まででも余裕だったがやはり元就の一撃は深刻なダメージをランスに与えていた。
それでも4人相手して全員沈めるのだから回復具合は推して測るべし。

「英雄色を好む、だな。その点貴様は有望か」
「ったく、心臓に悪い。出てくるなら出てくると言ってからにしやがれ」
「ワハハハ、気にするな。……さて、呑め」
唐突に現れた幽霊元就。どうやって持ってきたのか酒瓶がドンと置かれた。
ちなみに今はちっこい姿。幽霊になって居残っている今、本来の姿も呪いつきの時の姿も自在らしい。
「……で、何の用だ?」
ランスは空を見上げながら酒をすする。空はJAPANの先行きを示すかのように分厚い雲で覆われていた。
「うむ。ちぬの中にいる使徒だがな。わしが仕留めた」
「!!!」
ランスは盛大に酒を噴出した。
「おそらく殺しきれてはおらんがな。アレはちぬの魂と絡み合っていおった。お前達がまぐわっている間ちぬに取り付いて中に入ってみたのだ」
「……そしたらいた、と?」
「そうじゃ。出たい出たいと五月蝿かったから殴って黙らせた。また表に出たがったらわしが黙らせる。安心して魔人をぶっ殺して来い」
「無茶苦茶なじじいだな」
「ふん、わしにとっては褒め言葉にしかならんぞ」
「まぁ、俺様の女を死なせる気は無い。さっさと倒してくるぞ」
「おう。さっさと倒して来い」

それから二人は無言で杯を空けた。


―街道
「さて、旅立ってみたもののあてはあるのか?」
ランスと傍に侍るメイドさん二人に全員分の荷物を待たされたシィル。
往来の人々の視線がいやでも集まるがシィル以外は誰も気にしていない様子。
「とりあえず、尾張を目指すぞ。香姫ちゃんはまだまだ、硬い蕾だが将来はいい女になるに違いない。早めに仲良くなってツバを付けに行く」
「だ〜、お前の行動基準はそれしかねーのかよ!」
「そもそもどうやって会うつもりだ? 力なくした小国の姫とはいえおいそれとは会えまい」
「そうだなぁ……まあ、なんとかなるだろう」
「……考えていなかったのだな。まあ、いい。今はこの旅を楽しむとしよう」
物心付いてからは戦と母に極めさせられた掃除術しかやることが無かった。
目的の曖昧な旅などというものはてるにとって初めてで。
「まずここから尾張へ入るとなるとルートは二つだ。1つは足利領の京、まむし油田を抜ける街道。もう一つは天志教勢力下のなにわを抜け伊賀領の大和を抜ける街道。前者は平坦なだが足利領は国主が無能で荒れているため何かと楽しそうだ。後者は比較的安全に進めるだろうが、大和は山国。かなりキツイ山越えになる。どちらを選ぶかはランスに―」
てるはそこまで一気にしゃべってから周囲の視線に気づいた。
「てる、お前、一番浮かれてないか?」
「な……じょ、情報は武器だ。下調べくらいはして当然だろう」
「そうだ。だが、どっちかって言うと諜報はきくの仕事だな」
「姉貴、私の仕事を取らないでくれよ」
ランスときくはニヤニヤ。わかっててやってるから性質が悪い。
「お前達、そこになおれ。矯正してやる!」
「わははは、そう簡単につかまりはせん!」
逃げるランスときく。追うてる。
「ま、待ってください。ランス様〜」
街道での鬼ごっこは荷物持ちのシィルが力尽きるまで続くこととなった。

―宿場町
位置的には鍛冶屋の国種子島領内。京との関所を越える際に賑わう地。
「まあ、結局、足利領を抜ける事にしたわけだが……足利家ってのはどんなとこだ?」
宿に入って一息ついたランスはふとそんなことを言い出した。
「客将とはいえこのJAPANで兵を率いる身であるお前が他国の情報に疎すぎるのはどういうことだ?」
「仕方が無いだろう。大陸じゃあ、国と言えばリーザス、ゼス、ヘルマン。主にこれくらいだったからな。JAPANはこの小さな国の中にごちゃごちゃとあってよくわからん」
「ふむ、一理あるな。まあ、いい。さらっと説明してやろう。足利家は過去に帝となりJAPANを平定した家柄だ。だが、今はその名残すらない。威光は過去のものとなり、今ある兵力の大半が制圧した大名家の兵力をそのまま使っている。島津、毛利の連合軍ならものの数刻で蹂躙できよう」
「そんな状態でよく国として保っていられるな」
「保たれてはいなかったぞ? 少し前までは織田家の属国だったからな。織田が衰退を始めてそれを好機と読んだのか独立して今に至る。瓢箪を持っているが故にかろうじて成り立っているような家だろう。我らの敵ではない」
「なるほどな。まあ、放っておいても問題なさそうだな。4兄弟に任せるか」
「ああ、我らは旅を楽しもう」
てるはうっかり口を滑らせた。
「姉貴、やっぱりたのしんでんじゃん」
「きく、よほど痛い目を見たいらしいな?」
「ちょっ、姉貴!? 目がマジだって!」
 
派手な姉妹喧嘩をよそにランスはなにやら思案顔。
「瓢箪、無事だろうな?」
『魔人の気配はまだ遠いぞ。……その配下がどれだけいるかはしらんがな』
「……かといって調べに行くのは無謀すぎるな」
『なんじゃ、少しは成長したようだな』
ランスはカオスを床に投げつけるとゲシゲシと踏みつけた。

あとがき

やっぱりランスは動かしやすいなぁ……


大陸へ引き返す         歴史をすすめる