第12回 奇縁

―温泉宿
街道から少し離れたその宿は隠れ家的穴場。
尾張入りを目前にしたランス一行はその宿でのんびりすることにした。

―温泉
「ふぅ……生き返るな……」
「そうですね。JAPANの温泉はお肌にいいとも聞きますから、いつまででもつかっていたいですね」
温泉にはシィルと五十六。
ランスはしつこく頼まれて太郎に剣の稽古をつけている。あくまで自分の身は自分で守れるように、程度のものだがないよりましだろうとランスも観念した。
五十六にしてみれば太郎のしつこさは意外だった。まだ元服もしていない太郎はずっと幼い子供だと思っていた。だが、ランスと行動を共にして数日。五十六は知らなかった太郎一面を目の当たりにしていた。
「姉さま姉さまといつもくっついて来たのに……」
「太郎君の事ですか?」
「ええ。幼子だとばかり思っていましたが、ランス殿との出会いをきっかけに大きく成長し始めたようです。嬉しい反面、少しだけ寂しくて」
「ランス様がきっかけ、ですか」
「きっと、そうでしょう。ランス殿は人を惹きつける素質をお持ちなのでしょう。その素質があるからこそ大陸の大国や島津四兄弟と縁を持っている。本人は御自分の立ち位置がどれほどのものかご存じないようですが……」
「自分の立場を知っていてもあの男はかわらんだろう」
脱衣場の扉が開きてるが現れた。
「考えていることはいい女を抱くことのみ。あれほどまでに欲望に素直な男も珍しい。権力を握ればその欲望もすぐに満たせると言うのにアレはそれを良しとしない」
てるはかかり湯をすると五十六の横に入る。
「それは何故か、わかるか?」
「お会いしてから短い私にはさっぱり」
「私もわかりません」
「……わからんか。なら答えは預けておこう。あいつの行動を見ていれば一目瞭然だと思うのだがな」
くっくっくと楽しそうにてるは笑う。
シィルと五十六は首をかしげた。

情報交換が続く。
互いが知りえる他国の情報、これから先の展望、ランスとの旅の行く先。
「ランス殿は……本当に香姫様に会うおつもりでしょうか?」
「本気だろうな。そして、将来自分の女にするのも本気だろう。ばかばかしい話だがな。前科がある以上単なる笑い話ですむとは思えん」
「前科……」
五十六はシィルの話を思い出し複雑そうだ。
「山本殿は香姫と面識があるようだな」
「ええ、過去に何度か。少しだけ山本家と織田家の間に交流がありましたので」
「その伝で少しは楽に尾張に入れぬか?」
「どうでしょうか……いまや山本家は足利家の下にいましたから。足利と織田は戦闘状態にはなっていませんが、過去の事から敵対していることには変わりないでしょう」
「今は違うだろう。島津の傘下に入っていて、織田と島津は敵対どころか接触も持っていない。島津の客将であるランスと行動を共にし特使と名乗って接触を図ることも不可能ではないと思うが」
「それは、そうかもしれませんが……」
「ふん、まだランスが信用できんか?」
「いえ、そうではないです。ただ、山本の立場があやふやな時に家の名前を使うのはどうかと……」
「そうか。まあ、好きにすると良い。私はただランスと共に行くだけだ。あいつの側には必ず戦がある。それに、あいつ自身面白いゆえ、退屈しなくても済むしな」
さて、とつぶやきてるは湯船を出た。
「そろそろ上がろう。男共が汗を流したくなる時間だろう」
「そうですね。少し長湯しすぎました」
「JAPANの温泉ってついつい長風呂になっていまいます」

―暗闇
「さて、俺らも入るか」
「ランスさん、一つ聞いてもいいですか?」
「おう、なんだ?」
「なぜ、僕らはこんな所にいるのでしょう?」
「不思議か?」
「ええ、とっても」
「こんな絶好の覗きスポットは無いと思うがなぁ……」
二人は温泉を見下ろす木の上に。服に枝をくくりつけカモフラージュも完璧だった。
「そもそも覗きなんてしてはいけませんよ。女性に失礼です」
「バカをいうな。女達が温泉に入ると宣言する、それすなわち覗いてくれと言うアピールなのだ!」
ジト目で何かいいたそうな太郎。
しかし、いっても無駄なのだと気づく。太郎は早くもランスという人間を掴んだ気がした。
「それに、付いて来ておいて何を言うか」
「う……止めに来たはずなんですよ? けど、その、姉さまがあまりに綺麗で……その……」
「ガハハハ。ならばお前も同罪だな」
「うぐ」
ランスは機嫌よく笑うと服をその場に脱ぎ捨て湯船に飛び込んだ。
太郎も少し戸惑ったが仕方なくその場で服を脱ぎ湯船につかった。
ただ、几帳面にもしっかり畳む。
本当なら先にかかり湯したり体を洗ったりしなければと生真面目に考えてはいたが、ランスのしごきで相応に疲れていた。望んだこととはいえまだ成熟しきっていない身体には酷だったようで温泉の誘惑には抗えない。
「ふぅ……気持ちがいいですね、ランスさん。……? ランスさん?」
視線の先でランスはなんかピクピクしていた。
異変を悟ったがもはや手遅れで。

―脱衣場
「ところでてる殿。湯船から出る時何か投げ込みませんでした?」
「む、気づいていたか。何、ただの浸透性と即効性に優れた痺れ薬だ」
「痺れ、薬?」
「そう。覗きのペナルティだな。気にしなくても効果も短いはずだ」
てるは心底楽しそうに笑った。

―街道
「ここらから尾張の地だ」
「ふむ、雰囲気は変わらんな」
「当たり前だろ。国境を越えてすぐにどうにかなるものでもあるまい。ここから城下まで大体半日も歩けば着くはずだ」
「半日か。じゃあ、その前にあそこで一息だな」
一行の前方には峠茶屋があった。
「やっと休憩できるのですね……」
荷物もちはシィルのみ。今背中には冗談のようにでかい荷物が。
五十六にはシィルのどこにそんな力があるのか疑問でならなかった。
「シィルはお茶だけだな」
「そんな〜」
「奴隷の分際で俺様と同じものを食うつもりか」
恒例のランスによるシィルいじめ。
「まあまあ、ランス殿。そういうことは気にせず休憩しましょう」
「JAPANに奴隷という風習は無いからな。どうもしっくり来ない」
「むう、お前達がそういうなら仕方が無い。おう、店主。団子をとりあえず10人前だ」
「はい、いらっしゃい。……お客さん達代わった顔ぶれだね」
「まあ、色々あってな」
「確かに色々ありそうだね。ほい、先に5人前」
「おう、いただくか。ん? 五十六は食わんのか?」
ランスに声をかけられて、それまで固まっていた五十六は膝を付いた。
太郎も何かに気づいて姉に習う。
「……お久しぶりです、信長様」
「やっぱり覚えていたのかな。や、久しぶり」
軽く手を上げ妙に軽い挨拶。
「は? 信長? 確か国主の名前じゃ?」
「ええ。……この方が尾張の国主、織田信長公です」
「……んな、あほな」
ランスの呟きは虚空に消えた。

もぐもぐはぐはぐ。
この団子、かなり美味しくランスはガツガツ食べた。そして、ふと、顔を上げる。
その先には国主兼峠茶屋店主の織田信長。
「で、国主やってる奴がなんでこんな所にいるんだ?」
的を得た疑問である。
「いや〜、今の世の中いつ国が潰れるかわからないだろ? だから、国主じゃなくなった後にも食べていけるように」
「そうならんように働くもんじゃないのか、国主って?」
「そうだろうけどね。どうにもならないこともあると思うんだ。より強い武力で制圧されたりすればね。この国も今は尾張一国。君達島津に攻められれば抵抗できない」
「ん? 島津にいるって言ったっけか?」
「これでも国主だからね。島津に大剣を振るう異人がいる、なんて情報は入ってきているよ。この辺りまで来ると異人は目立つからね」
「そうかそうか。じゃあ、俺様達が来た理由も察しが着いてるのか?」
「おそらく」
なんだか峠茶屋には似つかわしくない空気になった。
「ひよこ瓢箪は―」
「それは後でいい」
「「「「え?」」」」
ランス以外の口から同じ疑問が。そして、ランスの次の台詞。
「それより先に香姫ちゃんだ。会わせろ」
ランスパーティーは納得、信長は首をかしげた。
「毛利でも明石でもひよこ瓢箪を狙ったという情報があるんだけど……」
「ああ、それには魔人の身体が詰まっているからな。引っ張り出して殺すために必要だが、俺様のカオスがあればいつでも可能だ。だから先に美人と有名な香姫に会っておきたい」
「魔人を……殺す?」
「信長公。私は毛利元就の長女てる。先に貴公の疑念を解いておきたい。島津が瓢箪を集めるのは封印されている魔人を殺すため。確実に殺しきるため、力を削ぐために瓢箪から各個撃破している。断じて復活させるためではない」
「しかし、天志教の総本山から島津が魔人復活を目論んでいるから瓢箪持ちの国で同盟を組むようにと通達が来ているのは?」
「それふぁがな」
「ランス様、はい、お茶です」
わざとなのか意図は無いのか、妙に張り詰めた空気は消えてなくなった。
ランスは別にあせるわけでもなくマイペースに団子を飲み込む。
「それはだな、俺様達が成そうとしているのは魔人殺し。天志教がやろうとしているのは魔人を封印し続ける事、だ。魔人が殺せないならそれでいいんだろうがな。ここにカオスがあって俺様がいる。そして、黒姫ちゃんに魔人殺しを頼まれた。ならやるべきは封印じゃない。殺せる時に殺すべきだ」
一瞬の静寂。
破ったのは店の奥から現れた少女だった。
「兄上、お客さんが来ているなら呼んでくれればいいのに」
「……やれやれ、ランス君。もう少し落ち着いた環境で色々と話したほうが良さそうだ。城に招待したいと思うがどうだろう?」
願っても無い提案だったがランスは聞いていなかった。
視線の先には奥から出てきた少女。ランスは複雑そうな顔。
「うむ、予想以上に美少女だ。だが、3年……いや、5年か……。まだちょっと青いな〜」
「ランス君、聞いているかい?」
「君が香姫ちゃんか?」
ランスは信長を無視した。
「えっと、お城の話が出てたということはばれてるということでしょうか?」
「ああ、こいつが国主の信長だということはわかっている。それを兄上と呼ぶということは君が有名な香姫に違いない」
「はい、そうです。私が香ですけど……ひゃ!?」
ランスは香姫に近づくと頭をポンポンとなでる。
「うむ、確かにうわさに違わぬ美少女だ。将来もいい女になるな。だが、まだもう少し先だな」
「そんな。噂なんて兄上がお客さんに誇張して広めただけで」
「いやいや、謙遜することは無い。将来俺様の女になるに相応しいくらい可愛いぞ」
「ランス君、君は香に何を吹き込んでいる? ほら、香も離れて」
見かねた信長が香とランスの間に割り込んだ。
「さ、城に行くとしよう」
「いや、まだだ」
「ランス、ここにいても話が進まんぞ?」
「しかしだ、てる。ここはどこだ?」
「峠茶屋だな」
それ以外の何に見えるというのか。
「そう、峠茶屋だ」
「言いたいことが良くわからないのだが?」
「信長。団子、後10人前頼む」
よほど気に入ったらしい。
皆見事にずっこけた。

―城 大広間
「それでだな〜……ひっく……どこまで話したっけ?」
「ゼスで魔人の侵攻を食い止めたあたりだったかな?」
JAPANに来てから何度目かの英雄譚。
なりゆきで宴会になり酒も入りテンション上がりっぱなしだった。
聞き手は興味津々の香と酒が入ってランス同様ぐだぐだな信長。
「ランス様、そろそろお酒は控えたほうがいいかと……」
「うるさい。俺様は飲みたい時に飲むのだ。ガハハハ」
「ほれ、ランス。次のつまみだ」
最初こそ真面目な話だった。
織田の島津への対応など重鎮を交えての話し合いだった。信用ならんから斬って捨てようなんて事を言い出した武将もいて殺伐とした空気にまでなった。
だが、信長が信用すると断言しひよこ瓢箪を持ち出した時点でそれ以上言う者はいなくなった。
その後、瓢箪を破壊し生贄のボタンに憑依したザビエルの欠片は無事抹殺された。
あとは大宴会に流れ込むだけであった。
「兄上もそろそろお酒を控えないと身体に障ります」
「香、こういう時に飲まないでいつ飲むんだい? ほら、ランス。もういっぱい」
「おう」
どぼどぼどぼ。
お猪口から溢れ零れる酒。
「がはははは!」
「あはははは!」
酔っ払い二人はそれでも楽しいらしい。
「ランス様……」
「兄上……」
「ほうっておけ。仲も悪くなさそうだ。好きにさせておいても害は無い」
もはや誰も止めようとしなくなった。


あとがき

前に書いた時、消える前のデータはこんなノリじゃなかった気がした。


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