第14回 関東大異変

―上総2000 北条家の城
「早雲、いる?」
瓢箪持ちの大名家の城にしては質素なその一室、北条家が国主『北条早雲』の執務室。
そこへ軽い足取りで現れたのは恋仲である南条蘭。ただの恋人ではなく、戦場では強力な式神を使役する陰陽師の将。
蘭はそっと襖を開けて覗き込む。何でも出来てしまう器の持ち主である早雲は部下に任せればよいような事案まで自分で処理したりで多忙の日々だ。
そろそろ夕食の時間だが姿を見せないので様子を見に来たのだが、覗き込んでみて案の定だった。うずたかく詰まれた書類の中で机に突っ伏してうたた寝する早雲。結構レアな光景だった。
蘭は起こすのを止めて隣に座る。そして、遠慮がちに早雲の肩にもたれかかる。
普段は周囲の環境が忙しすぎてのんびり出来る時間は少ない。
現在武田家と交戦中であり、一方で陰陽師としての仕事である『地獄穴』の封印も平行して行っている。
蘭自身今日も鬼の出現地点へ出向き地獄穴を封印してきたところだ。
「ん……蘭、か?」
「起こしちゃった? ごめん」
「いや、いい。寝るつもりはなかったんだ。まだまだやるべきことが残っていてね」
「でも夕飯、一緒に食べるって約束してたでしょ?」
言われて初めて気づいたのか早雲は外を見る。とっくに夜だった。
「約束、あったから鬼退治も急いで終わらせてきたのに」
「鬼……蘭、アレは使ってないだろうね?」
「つ、つかってないわ!」
「あれは、朱雀は危険なものだったんだ。調べてみてわかった。アレは魔人ザビエルの使徒。先祖は強力すぎる使徒の力を自分達の血脈に封印する事しか出来なかったんだ。最近鬼のほかにも魔物の動きが活発化してきている。何がきっかけになるかわからないんだ。絶対に、朱雀を呼び出してはいけない」
「で、でも……朱雀があれば武田の軍隊だって……」
「ダメだ。本当は危険な戦場にだって出て欲しくはない。だけど、君を雁字搦めに縛って籠の鳥にしておきたいわけでもない。せめて、朱雀は使わないと約束してくれ。頼む」
「本当に、魔人の使徒なの……?」
「ああ、間違いない。島津が魔人の封印されている瓢箪を集めていると聞く。復活させるのか、再封印するつもりなのか真意はわからない。だが、破竹の勢いに乗る島津の進撃は止まらないだろう。いずれは北条も狙われるかもしれない。万が一復活した魔人が島津にいたら君にどんな影響が出るかわからない。下手な行動は取らないでくれ」
「うん……早雲がそう言うなら……」
最近頭の中に声があった。自分を使えと。
魔人の使徒。それが自分の中にいる。すっと背筋が寒くなって蘭は早雲に抱きついた。
「お、おい、蘭!?」
「ごめん、理解したらちょっと怖くなっちゃった……。ちょっとだけ、こうしていさせて」
「あ、ああ。わかった」
早雲はそっと蘭の背に手を回した。

直後鳴り響く低い音。
雰囲気ぶち壊しの腹の虫。非常に空気を読まない奴だったらしい。
「そ、そうだった。夕食、用意してもらってたの。冷めないうちに食べにいこ」
「すまない、蘭」
「後でもう少しだけ一緒にいさせて。それで許すから」
「ああ、わかった」

しばらくして二人が夕飯を摂っていると突如警報が鳴り響く。
「何事だ!」
「早雲様! 敵襲です!!」
「敵は?」
「所属は不明! 戦力は……たった3名です!」
「3名? どういうことだ?」
明るくなる空。それは炎の色。続いて聞こえる断末魔。
「敵は、敵は化け物です! 止められません!」
「化け物、だと? ……蘭!?」
「いや……来る……来ないでっ!!」
身体を抱きかかえて怯える蘭。蘭の身体からジワリと赤黒い光がにじみ出る。
「まさか、魔人なのか……?」
炎が、爆音が近づいてくる。兵を焼き払い、建物を焼き払い一直線で。
狙いは蘭。国主として最後まで戦うか、蘭だけをつれて逃げるか。早雲の中で天秤が揺れた。しかし、天秤が傾くことなく―

耳を劈く爆音と共に屋根が吹き飛んだ。火が燃え移り周囲を明るくてらす。
「ふん、まだ馴染まんな」
「もともと適正のある肉体ではありませんでしたので……力を取り戻せば違和感もなくなるかと」
「そうだな。それには、お前の力が要る」
びくんと蘭の身体が震えた。
「そう、うん……助け、て……声が、止まらないの!」
「蘭! くそっ! 出でよ!!」
即座に印を組み、早雲は式神を召喚する。
だが、同時にそれが無駄であろう事も悟っていた。
相手が魔人なら、いや、仮定ではなくそれは確信だった。確信したくなかったのだが。
真正面から式神をけしかける。見た目は少年、だが、纏う炎は身も心も焼き焦がす。
けたたましい音と共に式神の剣が止まる。
無敵結界。魔人が持つ絶対の優位性。

早雲は縮こまる蘭を抱きかかえて身を翻した。同時に追加で式神を召喚、取り巻き二人にぶつける。

「ほう、中々の術者だな。だが、無駄は悟っているのだろう? なら、大人しく死ねぇ!!」
炎が鞭のように伸びる。横っ飛びに避けてギリギリで回避。ジワリと背中がこげる。
「いや、止めて出てこないで、静かにして! 早雲、早雲、そう、うん!」
泣きじゃくりながらも内からの声に抗う蘭。
蘭の中から使徒が出ようとしている。
少しでも魔人の影響力から離れれば抑えられるかもしれない。少しでも遠くへ!

早雲は屋敷の中を走る。執務室まで行けば緊急用の隠し通路がある。そこから抜ければ少しでも距離が稼げるはず。
淡い期待を抱きつつ、同時にその可能性が低いことも知っていた。
「早雲様、そちらはもう回り込まれています。こちらへ」
突然呼び止める声。更に壁がスライドして階段が現れた。
「隠し、通路? ここには何も……」
「お急ぎください。通路を抜け突き当たりの井戸から出て木々の枝に結び付けられた赤い布を目印にお進みください。猟師の休憩小屋がありますのでそこでお待ちを」
「君は何者だ!?」
「では、少し足止めをしてまいります」
声は答えず消えた。
相手が何者か気になったが悩んでいる暇などなかった。
早雲が地下へのびる階段に踏み込むと壁は何事もなかったかのように戻った。
「さて……」
廊下には音もなく天井から降りてきたクノイチが一人。
壁になにやら細工を施すと再び姿を消した。

「早雲様をお守りしろー!」
「ちっ、雲霞のように群がりおって煩わしい!」
「屋敷を守れ! 賊の侵入を許すな!」
声に扇動された兵士達が相手も知らされずザビエルに立ち向かい哀れな屍を晒す。
一方でザビエルもいい加減にうんざりしてきたのか攻撃態勢を解いた。
「煉獄、後はお前が追え。この肉体ではあまり力がだせん。お前は戯骸を追い、部下には瓢箪を探させろ」
「はっ、仰せのままに」
一人になったザビエルはギリギリと手を握り締める。
「忌々しい脆弱な肉体め……」
その指先は自らの炎で僅かに炭化していた。


「こんなものかしら? 無辜の兵士には悪いけど、主君の為だから問題ないわね?」
兵士を扇動したのはこのクノイチ。
ヨシヒサの側近にしておそらく部下としては最も信頼されている女。情報収集から暗殺まで裏の仕事を何でもこなす。
かなりの美人で能力もJAPANのクノイチで5本の指に入るとか。

名を小雪という。

小雪は急ぎ合流地点へ向かった。

―山間の廃墟
元々は猟師の休憩小屋だったのだが今では使う者もいないのか荒れ果てていた。それでも雨風を凌げる場所には違いなく北条早雲は逃避行で疲れた身体を休めていた。
膝の上では南条蘭が寝息を立てている。
距離をとったせいかひとまず使徒の顕現は防げたようだ。
もう少し鍛えておけばよかったと小さくため息をつく。
肉体的に疲労した早雲と『声』と戦い精神的に疲労した蘭。どっちも疲労に変わりは無くこのまま寄り添って眠ってしまいたい誘惑にも駆られる。
だが、まだ逃げ延びれたわけでもなく無防備に寝ることは出来ない。

「お疲れのところ申し訳ありませんがこのまま移動します」
「っ!? さっきの声の!」
周囲に気を配ってはいたはずなのに、その女は目の前にいた。
「そう警戒なさらずとも結構です、といっても無駄でしょうね。ですが、今は勝手に護衛させていただきます」
「何者か、と聞いても答えは返ってくるか?」
「……私は島津ヨシヒサ様にお仕えしている者。とはいえ、この件は私の独断です。主君からの命は北条家の情報を入手して来いというもののみ。お二方を連れ出すようには命じられておりません」
「では、なぜ?」
「ヨシヒサ様の覇業に対して有益になると判断したまで」
「……主君に、島津ヨシヒサ殿に会わせてもらえないか?」
「もとよりそのつもりです。ですが、先ずは生き延びること。出立の準備を」
「わかった」


―戦場
「ヨシヒサ様、至急お耳に入れたいことが」
「なんだ?」
原家は最後の抵抗を試みるも勝敗は誰の目にも明らかだった。
城攻め開始から半日、今はすでに残党狩りの状態。
自分達だけでの魔人討伐をあきらめ合流したランスは役得とばかりに先陣を切り好き放題している。
そして、後衛に残ったヨシヒサに急な知らせが舞い込む。
「北条家国主、北条早雲が失踪し北条家の国主が代わりました」
「失踪……? 国政を捨てて逃げるような男ではなかったと記憶しているが?」
「詳細はご本人からお聞きください」
「……小雪」
「はい」
「無茶をしたな?」
「いえ、全てはヨシヒサ様の為」
「……会おう。だが、その前に――」
ヨシヒサは小雪の顎をとらえ唇を奪う。たっぷりと時間をかけて。
「お前を失うのは困る。無茶はしないでくれ」
「はい、申し訳、ありません」
真っ赤になった小雪の後ろを歩きつつヨシヒサは思考をめぐらせる。
北条早雲。何度かあった事がある。地獄穴を塞ぐために島津領内への立ち入り許可を求められた時。民のため、JAPANの為にと尽力する、ヨシヒサも一目おく男だった。
そんな男が国を追われここにいる。

―仮設テント
「こんな場所で悪いな」
「いえ……」
「挨拶は無しで行こう。聞きたいことは山ほどあるが、先にそちらの問いに答えてもかまわない。原の城が落ちるまでまだ少し時間がありそうだ」
「では、ヨシヒサ殿。魔人を、再封印するおつもりなのか?」
張り詰める空気。早雲の背後で蘭は不安そうに、それでいて見守っているしかない。
「否、だ。俺達の……いや、黒姫の願いは魔人の抹殺。封印することではない」
「天志教は封印を至上目標とするため、瓢箪所持の大名を扇動した?」
「そうだな。まあ、今の所さほど被害も受けてはいない。頻発する一揆の扇動者が天志教の者だろうが訴えを聞いてやれば暴れる理由もなくなる」
「瓢箪を集めるためJAPANを統一し、魔人を抹殺した後はどうするつもりだ?」
「責任は取る。黒姫の願いのため、建前はあれど他国からしてみれば侵略に過ぎない。今までも多くの血が流れこれからも流れるだろう。その後は、戦国の世で荒れたこの国を少しでもマシな方向へ持っていければいいと思っている。……たくさんの協力者が必須だがな」
「ならば――」
早雲は膝を付き頭を下げる。
「不躾だとはわかっている。国を追われた私にはこの身体一つしかない。それでも、この国の行く末を思う者として、どうか貴君の駒の一つにしてもらえないだろうか?」
「そんな、早雲!」
「蘭、これは私の選択だ。思うところはあるはずだけど……ここは黙ってついてきてほしい」
「大丈夫、私は早雲の側を離れないから」
見詰め合う二人。
「まだ、こちらの了承を得ていないのに盛り上がっているな」
「……受け入れてはもらえない、と?」
「そうとも言っていない。部分的に否というだけだ」
「では、何をすればいい?」
「ただの駒の一つとしてではない。俺に意見しこの国の為に辣腕を振るってくれ。戦の駒にするには勿体無過ぎる」
「……わかった。これからよろしくお願いする」
こうして北条早雲は立場上、ヨシヒサの直属の部下として島津につくことになった。

「おい、ヨシヒサ。ここだと聞いたがいるのか?」
顔を覗かせたのはランス。小脇には豪奢な着物を着た小柄な女性を抱えている。
「原昌示は?」
「殺した。最後まで抵抗したからな。まぁ、捕虜にしてもおっさんはいらん」
「で、それが戦利品か?」
「阿樹姫というらしい。キーキーうるさいがいじりがいがありそうだったんでお持ち帰りだ」
「好きにしろ。誰も咎めん」
「がはははは、咎められてたまるか。で、そこの可愛い子は何者だ?」
早雲はランスの視界に入っていないらしい。
「そうだな、紹介しておこう。元北条家国主、北条早雲とその妻だ」
「つ、妻って!?」
蘭は一人で照れたり驚いたり。一方早雲は冷静にランスを観察している。
「ふん、元国主か。大方復活した魔人にその女を奪われかけて逃げてきたのか? カオスが使徒の気配を感じていた。その女だな?」
「魔剣カオス……君が、島津にいる異人か」
「そうだ、この先魔人をぶっ殺しこの国の英雄になるランス様だ。覚えておけ」
「やはり、復活したのは確実なのか?」
「あ? 何を今更……って、言ってなかったか?」
「初耳だな。しかし、これで魔人は瓢箪二つ分の力を取り戻したことになるな」
「今までにつぶしたのは……あ〜、いくつだ?」
「島津、毛利、織田、足利の4つ。残るは上杉と武田の二つだな。急がねば。その為にも頼むぞ、早雲殿」
「ああ、承知した」
「……ちょっと一服させてもらうぞ」
「かまわない、気にしないでくれ」
一服。
「さて、忙しくなるぞ」
紫煙と共に小さな呟き。
ヨシヒサの双眸は激化するであろう戦闘を見据えていた。



あとがき

当初の予定では蘭の生存ルートはなかった。
この話は蘭ルートじゃないので。
まあ、でもとんでもなくIFルートなのだからこだわらなくてもいいやと言う結論に至りました。

しかし、ASOBUは後にこの事を後悔するのであった……

なんてことにならないようにしないとw

おまけ:ボツルート。それなりにグロ注意。


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