第15回 長篠之戦

「くっ……想像以上だな」
「いやー、参った参った。機動力に差がありすぎるな」
「あのスピードには鉄砲も当たらない」
「されど、今何とかできる策も無し、っと。にーちゃん、ここは引くしかないね」
「だな。ランス達を呼び戻せ。ここは引く」

島津VS武田 緒戦惨敗
鉄砲隊を前面に持ち出し最初の一撃で致命打を与えるはずだった。そのためにも起伏の少なく遮蔽物も少ない地形を戦場に選んだ。結果的にソレがあだとなったわけだが。
平坦な地形は武田の騎兵にとんでもない速力を与えた。初撃を機動力で振り切られ、足軽、武士が展開する間もなく左翼から高速で迂回してきた別働の騎兵隊に襲撃されあっという間に鉄砲隊に大打撃を受ける。
戦闘開始から1時間もしないうちに島津は撤退を余儀なくされた。

「うらぁ!」
一閃。
大量の羽が舞い、てばさきが両断される。
だが、一息つく間もなく繰り出される高速の波状攻撃。
流石のランスも騎兵相手の戦闘は初めてでどうにもやりにくい。
繰り出される薙刀を打ち払う。しかし、反撃しようにも相手はすでに射程外。
「シィル! 無事か!?」
「はい、ランス様! でも、このままじゃ……」
「長くはもたんな。……ん?」
低いほら貝の音。それは撤退の合図。
「ちっ、仕方がない。引くぞ!」
撤退を始める島津軍。容赦なく追撃をかける武田の騎馬隊。ランスは部隊の殿で迫りくる騎兵をはじき返す。
「ランス様、あれを!」
シィルの指差す方向。明らかに逃げ遅れたように見える島津の一団。
「あれは……てるの部隊か!? ちっ……てるだけでも連れ戻す。シィル、部隊と一緒にもどれ!」
「え、ランス様!」
「一人の方が動きやすい。命令だ。さっさと引け」
もとよりランスの部隊はよせ集めだったのだが戦を経験することで兵達は将としてのランスの才に従うようになった。個人戦での戦闘力、部隊戦での判断力。どれをとっても島津四兄弟にひけを取らない。この男についていけば長生きできる。そう思わせる何かがある。
そして、その要がランスの側にいる女性。
「シィル殿! ここは引きましょうぞ!」
「我らがお守りしますゆえお急ぎを!」
「は、はい!」
ランス隊に属する誰もが理解している。この女性だけはなんとしてでも守り抜かねばならないと。
「ふん、お前ら! シィルの身体にかすり傷でもついててみろ、ぶち殺すからな!」
ランスは言い残して戦場を駆ける。もう後ろは見ていない。

「あねさん、このままじゃ!」
「……ふん、なかなかの苦境だな」
てばさきの機動力に退路は断たれ部隊は円陣を組み攻撃を凌ぐしかなかった。
現状手詰まり、兵力は徐々に削られていく。
「ここが最期の戦場か。相手は武田の騎馬隊、相手にとって不足はないな」
玉砕覚悟。てるの言葉に兵士達も覚悟を決めた。
「毛利が長女てる! さぁ、死にたい者から前にでろ!」
守りから一転、決死の攻めに。どこか一箇所でも穴を開ければ光が見えるかもしれない。
されど望みは薄い。てるは武器を握りなおした。
「……ランス、すまん」
本音を言えばもう少し側にいたかった。

「ちっ、早まりやがって!」
突如始まった乱戦。
『ありゃまずいぞ、ランス』
「黙れ馬鹿オス。言われんでもわかるわ」
「む、貴様島津の異人だな!? 覚悟!!」
「だーーーー、邪魔だ!」
戦場を一人走るランスはかなり目立つ。残党狩りに繰り出してきた騎兵が次々とランスに襲い掛かる。
振り下ろされる薙刀、ランスは僅かに位置をずらすだけで回避する。
「お前らの攻撃は単調なんだよ!」
高速機動ですれ違いざまに斬る。普通の兵士では回避も容易ではないがランスは今回の戦闘でかなり要領を掴んでいた。
回避から流れるようにカウンター。直撃はしなかったがバランスを崩した兵士はたまらず落馬した。すぐさま起き上がり武器を構えるが地上ではランスに分がある。
落馬と同時に距離をつめ黒き大剣を振りかぶる。兵士の顔が恐怖に凍った。

「さて、コレ、使えるか……?」
『わしに聞くな』


「くそっ……」
「あねさんを守れ!!」
無理やりな突撃で包囲突破を試みたが兵力差は覆らず、とうとうてるも重傷を負った。
絶体絶命。そんな状況を打ち破るのはやはりあの男しかいない。
「む、なんだ……あのてばさきの速さは!?」
武田軍に広がる動揺。その正体はあきらかに異様な速度で迫る1騎のてばさき。
背には緑の鎧をまとった異人。
「なんと乗りこなしている、だと!?」
ただの暴走ではなく、明らかにこちらへ向かってくる。
「相手は1騎だ、落としてしまえ!」
騎兵は長い訓練の果てに騎乗戦闘をマスターする。だが、そこには盲点があった。
てばさきを用いた騎馬隊は武田家の固有兵種。基本は騎馬対歩兵の戦闘。そう、騎馬対騎馬ではないのだ。
いつもの間合いと違う距離感とスピードに武田の兵は悉く初撃をはずす。一方ランスは持ち前の戦闘センスで騎馬対騎馬の戦闘をモノにしていた。相対速度に戸惑う敵兵。ランスはすれ違いざまに的確な一撃を叩き込む。
「ふん、思ったより乗り心地がいいな」
「ランス、それ、は?」
「ん? 拾った。さて、脱出するぞ」
ランスはてるをてばさきの上に引き上げる。どこから取り出したのかロープで自分の身体とてるをひとくくりにする。
「おい、異人、あねさんを頼んだぜ」
「あねさんになんかあったら承知しねーからな」
「末代まで祟るぞゴルァ!?」
この状況下、てるの兵士達は悟っていた。自分達の最期を。
「……俺の女にこれ以上怪我をさせると思うか?」
ランスは手綱を操り反転、勢いに任せて包囲を破る。
速力のないてるの兵士は包囲の内に。
「さぁて、気合入れていくぞオラァ!!」
「オオオッ!!」

―島津軍 宿営地
「どうだ、てるの具合は」
「ヒーリングで何とかなりました。痕も残らないと思います。後は体力の回復だけです」
「そうか、よくやった。お前も休んでろ」
ずっとヒーリングをかけ続けていて少しやつれたシィルを休ませランスはてるの側に。
「……昔からあいつらと一緒にバカをやっていた」
「助け出す手はなかった」
「わかっている。あのバカ達のことだ。最後の一兵まで戦って死んだのだろう。悔いも残さずに」
「……ランス。お前と出会ってから私は少し弱くなってしまった。お前と会う前なら兵士を失ってもこんな喪失感を味わうことにはならなかったと思う」
てるはふとんから身体を起こしランスの手を取る。
「お前は、私を苦しめないでくれ。お前を亡くすと苦しむのは一人や二人ではないはずだからな」
「なんだ、お前らしくない。湿っぽいぞ?」
「私らしい、か。仕方あるまい。久しぶりの負け戦で少々ナーバスにもなる」
「なら気分転換させてやろうか?」
ニヤニヤ笑いのランスはてるのスカートに手をかけ叩かれた。
「それも一興だがそれよりさきにすべきことがある。ヨシヒサ達を集めてくれ。対騎馬の策があると」

―宿営地 
「敵の騎兵は想像以上に速い。だが、戦って気づいたことがある。先ず一つに速度ゆえに急な方向転換が不可能な点。すれ違い様に振り下ろされる薙刀は脅威だが、一度かわせば同じ奴からの攻撃は敵がUターンしてきてからになる。そこは連続攻撃でカバーされているが付け入る隙でもありそうだ。次、速度が脅威になるのは直線でのみ、だと言うこと。方向転換時の反応速度は歩兵以下だ」
「確かにそうだね。遠めに見てても同じ事を感じたよ。では、策とは?」
「柵だ」
「へ?」
一同沈黙。音に違いがなかったため、てる以外は首をかしげることになった。
「鉄砲を生かすために障害物の少ない平坦な地形を戦場に選んだが相手の速力に敗北することになった。ならばその速力を削げばよい。ランス、地図を取ってくれないか」
「ん? ああ」
一同は地図を覗き込む。
「ここへ来る前に広大な草原があった。次はここで迎え撃つ」
「……なぁ、てる。障害物の少ない地形では負けるんじゃなかったのか?」
「簡単なことだ、ランス。ないならば作ればいい」
てるは不敵な笑みを浮かべた。

―大草原
膝丈ほどの草が生い茂る大草原。その中、ところどころに見える腰くらいの高さの杭。等間隔に並び横木が渡され簡易の柵となっている。そして、その杭の島津軍側には頑丈なロープで編まれた網が張り巡らせてある。
向かい合う両軍。
武田の騎馬隊を率いるのは馬場彰炎。この草原で行われている島津の軍事行動を聞きつけてやってきた。
「どうだ?」
「島津軍の前方には柵と網が配置されているようです」
「ふむ、騎馬の速度を殺すつもりか。だが、丸見えの柵では意味がないぞ?」
「どうしますか?」
「見たところ先の戦いで鉄砲隊は消耗したと見える。ほとんど配置されておらんな。ならば突撃し蹂躙するのみだ!」
「はっ、直ちに攻撃準備を!」
「行くぞ、こんなちゃちな陣地形成で我らが騎馬隊をとめられると思うな!!」
ほら貝が鳴り響く。
「突撃ぃ!!」

―島津陣営
「やれやれ、相手が単純な武将で助かったな」
「警戒心が強ければ挑発してやれば良い。さて、後は高みの見物といこうか」
「そうだな。きく、弁当あるな?」
「もちろんだぜ。お茶も用意してある」
「あー、ピクニック気分のところ悪いけど……敵将の名前がわかったよ」
ピクニックシートを広げだすランス達の側にイエヒサがよって来た。
「ほむ、で、単細胞のバカはなんと言うんだ?」
「きくさん、一つもらうね。聞くと驚くと思うよ?」
イエヒサは重箱からサンドイッチを一つ取り出すと頬張る。
「相手はね、馬場彰炎。風林火山の一角だよ」
「ほう、それは面白い」
「風林火山の火。烈火のごとき攻めを持つ武将。だけど、おつむの方はあまり良くないみたいだね」

転倒を避けるため馬場の部隊は柵と柵の隙間を目指す。防御用に組まれた柵は当然のことながら隙間が少なく、同時に突破できる数は多くない。そこへ集まるということは必然的に団子になり、速度が落ちるということ。
「む……これは……」
流石の馬場も異変に気づく。
「いかん、回頭しろ!!!」
その号令が更なる混乱を招く。命令が伝播するのにかかる時間僅かなタイムラグだがこの場では致命的で。
後退しようとする兵士と前進してきた兵士がかち合う。方向転換しようとした兵士はまるで漏斗の先に詰まった小石のように。

「今だ、攻撃開始」
柵の後ろにあった網がめくれ上がる。下にあったのは塹壕。網は転倒を誘発する罠ではなく、そう見せかけ塹壕を隠すカモフラージュ。
塹壕の中にいたのは三千の砲身。十分にひきつけた彼我の距離は柵を隔てた数m。
外す距離ではなかった。
轟音。そして、悲鳴。
一度崩れた指揮系統は建て直しに時間を要する。
「静まれ! 次弾までに時間があるはずだ! 急ぎ立て直せ!!」
馬場の号令が飛ぶ。
「残念、そんな暇はない。第二組射撃」
間髪いれず響き渡る轟音。
撃った兵士はすぐさま塹壕の奥に下り砲身の清掃と弾込めを行う。それと入れ替わるように待機していた第3組が塹壕の縁に上がり鉄砲を構える。
「一撃の攻撃力は下がるが射撃、待機、装填とローテーションを組むことで再装填までの時間を有効利用か。ランスの案、恐ろしい効果だね……」
トシヒサは鉄砲の弱点に言及したランスの様子を思い出し苦笑した。
ランスはそこまで意図した発言ではなかったのだろうが。
3度目の射撃。
奇襲効果もあり馬場の軍は僅かの間に半壊した。
「よーし、そろそろ頃合だな!」
混乱する騎馬部隊にカズヒサの武士団が強襲をかける。速度を封じられた騎馬隊ではカズヒサの猛攻を止める事はできない。
「引けーー! この場は引くのだ!!」
体勢を立て直そうと必死に叫ぶ馬場。それを冷酷に見つめるトシヒサ。
「ミーティア。今日もいい声で鳴いておくれ」
トシヒサの愛銃のスコープに馬場の頭部が納まった。
「馬場彰炎、その首――貰い受ける」

今回の戦闘で島津軍の死傷者は銃の暴発による1人のみ。一方、馬場彰炎率いる騎馬隊は一兵残らず討ち死にか捕虜となり壊滅した。

「刀と槍の戦はすぐに過去になる。今日の戦は歴史に残るだろう。私はその先駆けとなった」
トシヒサの足元には首のない巨体。生体兵器ぬへすら即死させる大口径の弾の前に兜もつけていない人間の頭部が耐えられるわけもなく。
トシヒサはミーティアに頭部を吹き飛ばされた馬場彰炎の死体をつまらなさそうに見下ろした。

後に『長篠の戦い』と呼ばれる此度の戦は島津軍の圧勝に終わり、鉄砲という武器の可能性を後の世に知らしめることとなる。
第15回 長篠之戦

「くっ……想像以上だな」
「いやー、参った参った。機動力に差がありすぎるな」
「あのスピードには鉄砲も当たらない」
「されど、今何とかできる策も無し、っと。にーちゃん、ここは引くしかないね」
「だな。ランス達を呼び戻せ。ここは引く」

島津VS武田 緒戦惨敗
鉄砲隊を前面に持ち出し最初の一撃で致命打を与えるはずだった。そのためにも起伏の少なく遮蔽物も少ない地形を戦場に選んだ。結果的にソレがあだとなったわけだが。
平坦な地形は武田の騎兵にとんでもない速力を与えた。初撃を機動力で振り切られ、足軽、武士が展開する間もなく左翼から高速で迂回してきた別働の騎兵隊に襲撃されあっという間に鉄砲隊に大打撃を受ける。
戦闘開始から1時間もしないうちに島津は撤退を余儀なくされた。

「うらぁ!」
一閃。
大量の羽が舞い、てばさきが両断される。
だが、一息つく間もなく繰り出される高速の波状攻撃。
流石のランスも騎兵相手の戦闘は初めてでどうにもやりにくい。
繰り出される薙刀を打ち払う。しかし、反撃しようにも相手はすでに射程外。
「シィル! 無事か!?」
「はい、ランス様! でも、このままじゃ……」
「長くはもたんな。……ん?」
低いほら貝の音。それは撤退の合図。
「ちっ、仕方がない。引くぞ!」
撤退を始める島津軍。容赦なく追撃をかける武田の騎馬隊。ランスは部隊の殿で迫りくる騎兵をはじき返す。
「ランス様、あれを!」
シィルの指差す方向。明らかに逃げ遅れたように見える島津の一団。
「あれは……てるの部隊か!? ちっ……てるだけでも連れ戻す。シィル、部隊と一緒にもどれ!」
「え、ランス様!」
「一人の方が動きやすい。命令だ。さっさと引け」
もとよりランスの部隊はよせ集めだったのだが戦を経験することで兵達は将としてのランスの才に従うようになった。個人戦での戦闘力、部隊戦での判断力。どれをとっても島津四兄弟にひけを取らない。この男についていけば長生きできる。そう思わせる何かがある。
そして、その要がランスの側にいる女性。
「シィル殿! ここは引きましょうぞ!」
「我らがお守りしますゆえお急ぎを!」
「は、はい!」
ランス隊に属する誰もが理解している。この女性だけはなんとしてでも守り抜かねばならないと。
「ふん、お前ら! シィルの身体にかすり傷でもついててみろ、ぶち殺すからな!」
ランスは言い残して戦場を駆ける。もう後ろは見ていない。

「あねさん、このままじゃ!」
「……ふん、なかなかの苦境だな」
てばさきの機動力に退路は断たれ部隊は円陣を組み攻撃を凌ぐしかなかった。
現状手詰まり、兵力は徐々に削られていく。
「ここが最期の戦場か。相手は武田の騎馬隊、相手にとって不足はないな」
玉砕覚悟。てるの言葉に兵士達も覚悟を決めた。
「毛利が長女てる! さぁ、死にたい者から前にでろ!」
守りから一転、決死の攻めに。どこか一箇所でも穴を開ければ光が見えるかもしれない。
されど望みは薄い。てるは武器を握りなおした。
「……ランス、すまん」
本音を言えばもう少し側にいたかった。

「ちっ、早まりやがって!」
突如始まった乱戦。
『ありゃまずいぞ、ランス』
「黙れ馬鹿オス。言われんでもわかるわ」
「む、貴様島津の異人だな!? 覚悟!!」
「だーーーー、邪魔だ!」
戦場を一人走るランスはかなり目立つ。残党狩りに繰り出してきた騎兵が次々とランスに襲い掛かる。
振り下ろされる薙刀、ランスは僅かに位置をずらすだけで回避する。
「お前らの攻撃は単調なんだよ!」
高速機動ですれ違いざまに斬る。普通の兵士では回避も容易ではないがランスは今回の戦闘でかなり要領を掴んでいた。
回避から流れるようにカウンター。直撃はしなかったがバランスを崩した兵士はたまらず落馬した。すぐさま起き上がり武器を構えるが地上ではランスに分がある。
落馬と同時に距離をつめ黒き大剣を振りかぶる。兵士の顔が恐怖に凍った。

「さて、コレ、使えるか……?」
『わしに聞くな』


「くそっ……」
「あねさんを守れ!!」
無理やりな突撃で包囲突破を試みたが兵力差は覆らず、とうとうてるも重傷を負った。
絶体絶命。そんな状況を打ち破るのはやはりあの男しかいない。
「む、なんだ……あのてばさきの速さは!?」
武田軍に広がる動揺。その正体はあきらかに異様な速度で迫る1騎のてばさき。
背には緑の鎧をまとった異人。
「なんと乗りこなしている、だと!?」
ただの暴走ではなく、明らかにこちらへ向かってくる。
「相手は1騎だ、落としてしまえ!」
騎兵は長い訓練の果てに騎乗戦闘をマスターする。だが、そこには盲点があった。
てばさきを用いた騎馬隊は武田家の固有兵種。基本は騎馬対歩兵の戦闘。そう、騎馬対騎馬ではないのだ。
いつもの間合いと違う距離感とスピードに武田の兵は悉く初撃をはずす。一方ランスは持ち前の戦闘センスで騎馬対騎馬の戦闘をモノにしていた。相対速度に戸惑う敵兵。ランスはすれ違いざまに的確な一撃を叩き込む。
「ふん、思ったより乗り心地がいいな」
「ランス、それ、は?」
「ん? 拾った。さて、脱出するぞ」
ランスはてるをてばさきの上に引き上げる。どこから取り出したのかロープで自分の身体とてるをひとくくりにする。
「おい、異人、あねさんを頼んだぜ」
「あねさんになんかあったら承知しねーからな」
「末代まで祟るぞゴルァ!?」
この状況下、てるの兵士達は悟っていた。自分達の最期を。
「……俺の女にこれ以上怪我をさせると思うか?」
ランスは手綱を操り反転、勢いに任せて包囲を破る。
速力のないてるの兵士は包囲の内に。
「さぁて、気合入れていくぞオラァ!!」
「オオオッ!!」

―島津軍 宿営地
「どうだ、てるの具合は」
「ヒーリングで何とかなりました。痕も残らないと思います。後は体力の回復だけです」
「そうか、よくやった。お前も休んでろ」
ずっとヒーリングをかけ続けていて少しやつれたシィルを休ませランスはてるの側に。
「……昔からあいつらと一緒にバカをやっていた」
「助け出す手はなかった」
「わかっている。あのバカ達のことだ。最後の一兵まで戦って死んだのだろう。悔いも残さずに」
「……ランス。お前と出会ってから私は少し弱くなってしまった。お前と会う前なら兵士を失ってもこんな喪失感を味わうことにはならなかったと思う」
てるはふとんから身体を起こしランスの手を取る。
「お前は、私を苦しめないでくれ。お前を亡くすと苦しむのは一人や二人ではないはずだからな」
「なんだ、お前らしくない。湿っぽいぞ?」
「私らしい、か。仕方あるまい。久しぶりの負け戦で少々ナーバスにもなる」
「なら気分転換させてやろうか?」
ニヤニヤ笑いのランスはてるのスカートに手をかけ叩かれた。
「それも一興だがそれよりさきにすべきことがある。ヨシヒサ達を集めてくれ。対騎馬の策があると」

―宿営地 
「敵の騎兵は想像以上に速い。だが、戦って気づいたことがある。先ず一つに速度ゆえに急な方向転換が不可能な点。すれ違い様に振り下ろされる薙刀は脅威だが、一度かわせば同じ奴からの攻撃は敵がUターンしてきてからになる。そこは連続攻撃でカバーされているが付け入る隙でもありそうだ。次、速度が脅威になるのは直線でのみ、だと言うこと。方向転換時の反応速度は歩兵以下だ」
「確かにそうだね。遠めに見てても同じ事を感じたよ。では、策とは?」
「柵だ」
「へ?」
一同沈黙。音に違いがなかったため、てる以外は首をかしげることになった。
「鉄砲を生かすために障害物の少ない平坦な地形を戦場に選んだが相手の速力に敗北することになった。ならばその速力を削げばよい。ランス、地図を取ってくれないか」
「ん? ああ」
一同は地図を覗き込む。
「ここへ来る前に広大な草原があった。次はここで迎え撃つ」
「……なぁ、てる。障害物の少ない地形では負けるんじゃなかったのか?」
「簡単なことだ、ランス。ないならば作ればいい」
てるは不敵な笑みを浮かべた。

―大草原
膝丈ほどの草が生い茂る大草原。その中、ところどころに見える腰くらいの高さの杭。等間隔に並び横木が渡され簡易の柵となっている。そして、その杭の島津軍側には頑丈なロープで編まれた網が張り巡らせてある。
向かい合う両軍。
武田の騎馬隊を率いるのは馬場彰炎。この草原で行われている島津の軍事行動を聞きつけてやってきた。
「どうだ?」
「島津軍の前方には柵と網が配置されているようです」
「ふむ、騎馬の速度を殺すつもりか。だが、丸見えの柵では意味がないぞ?」
「どうしますか?」
「見たところ先の戦いで鉄砲隊は消耗したと見える。ほとんど配置されておらんな。ならば突撃し蹂躙するのみだ!」
「はっ、直ちに攻撃準備を!」
「行くぞ、こんなちゃちな陣地形成で我らが騎馬隊をとめられると思うな!!」
ほら貝が鳴り響く。
「突撃ぃ!!」

―島津陣営
「やれやれ、相手が単純な武将で助かったな」
「警戒心が強ければ挑発してやれば良い。さて、後は高みの見物といこうか」
「そうだな。きく、弁当あるな?」
「もちろんだぜ。お茶も用意してある」
「あー、ピクニック気分のところ悪いけど……敵将の名前がわかったよ」
ピクニックシートを広げだすランス達の側にイエヒサがよって来た。
「ほむ、で、単細胞のバカはなんと言うんだ?」
「きくさん、一つもらうね。聞くと驚くと思うよ?」
イエヒサは重箱からサンドイッチを一つ取り出すと頬張る。
「相手はね、馬場彰炎。風林火山の一角だよ」
「ほう、それは面白い」
「風林火山の火。烈火のごとき攻めを持つ武将。だけど、おつむの方はあまり良くないみたいだね」

転倒を避けるため馬場の部隊は柵と柵の隙間を目指す。防御用に組まれた柵は当然のことながら隙間が少なく、同時に突破できる数は多くない。そこへ集まるということは必然的に団子になり、速度が落ちるということ。
「む……これは……」
流石の馬場も異変に気づく。
「いかん、回頭しろ!!!」
その号令が更なる混乱を招く。命令が伝播するのにかかる時間僅かなタイムラグだがこの場では致命的で。
後退しようとする兵士と前進してきた兵士がかち合う。方向転換しようとした兵士はまるで漏斗の先に詰まった小石のように。

「今だ、攻撃開始」
柵の後ろにあった網がめくれ上がる。下にあったのは塹壕。網は転倒を誘発する罠ではなく、そう見せかけ塹壕を隠すカモフラージュ。
塹壕の中にいたのは三千の砲身。十分にひきつけた彼我の距離は柵を隔てた数m。
外す距離ではなかった。
轟音。そして、悲鳴。
一度崩れた指揮系統は建て直しに時間を要する。
「静まれ! 次弾までに時間があるはずだ! 急ぎ立て直せ!!」
馬場の号令が飛ぶ。
「残念、そんな暇はない。第二組射撃」
間髪いれず響き渡る轟音。
撃った兵士はすぐさま塹壕の奥に下り砲身の清掃と弾込めを行う。それと入れ替わるように待機していた第3組が塹壕の縁に上がり鉄砲を構える。
「一撃の攻撃力は下がるが射撃、待機、装填とローテーションを組むことで再装填までの時間を有効利用か。ランスの案、恐ろしい効果だね……」
トシヒサは鉄砲の弱点に言及したランスの様子を思い出し苦笑した。
ランスはそこまで意図した発言ではなかったのだろうが。
3度目の射撃。
奇襲効果もあり馬場の軍は僅かの間に半壊した。
「よーし、そろそろ頃合だな!」
混乱する騎馬部隊にカズヒサの武士団が強襲をかける。速度を封じられた騎馬隊ではカズヒサの猛攻を止める事はできない。
「引けーー! この場は引くのだ!!」
体勢を立て直そうと必死に叫ぶ馬場。それを冷酷に見つめるトシヒサ。
「ミーティア。今日もいい声で鳴いておくれ」
トシヒサの愛銃のスコープに馬場の頭部が納まった。
「馬場彰炎、その首――貰い受ける」

今回の戦闘で島津軍の死傷者は銃の暴発による1人のみ。一方、馬場彰炎率いる騎馬隊は一兵残らず討ち死にか捕虜となり壊滅した。

「刀と槍の戦はすぐに過去になる。今日の戦は歴史に残るだろう。私はその先駆けとなった」
トシヒサの足元には首のない巨体。生体兵器ぬへすら即死させる大口径の弾の前に兜もつけていない人間の頭部が耐えられるわけもなく。
トシヒサはミーティアに頭部を吹き飛ばされた馬場彰炎の死体をつまらなさそうに見下ろした。

後に『長篠の戦い』と呼ばれる此度の戦は島津軍の圧勝に終わり、鉄砲という武器の可能性を後の世に知らしめることとなる。


あとがき

我流『長篠の戦い』。適当この上ない設定ですねw
まあ、でも鉄砲の大量運用戦みたいなのを書いてみたかっただけ。


大陸へ引き返す         歴史をすすめる