東方異人伝 第3回 客将ランス ―モロッコ 名護屋城 島津兄弟が黒姫の説教を受ける少し前に時間を戻す。 天守閣、謁見の間のすぐ側。 城中に響いた声を聞き多くのものが声の元へと駆けつけた。 長男ヨシヒサ、次男カズヒサ、三男トシヒサ。それ以外にも城に控えていた武将や兵士が数名。そして、名前を呼ばれた黒姫も。 「ヨシヒサ、いったい何の騒ぎです?」 「黒姫……。賊が侵入してイエヒサが人質に取られた」 「おいおい、違うだろうが。賊はお前。俺様たちは被害者。異人がどうのこうのといわれて拉致されて殺されかかって、国主だからってそれは無いだろう」 彼我の距離は5mほど。イエヒサは男に抱えられている。そして、男の手には短刀が。 「……異人が、何故?」 「おそらくリーザス辺りからの密偵だろう」 「黒姫ちゃんに会いに来た。もしや、君がそうなのか?」 「ええ。私がそうですが……?」 「むむむ……天満橋で、もしかしてすれ違ってないか?」 ランスにしてみても視界の端に一瞬映っただけ。ただ、なんとなくそんな気がしたから言葉にした。そして、ソレは劇的な効果を持った。 「天満橋……異人……夢はこの邂逅を……?」 黒姫が数日前に見た夢。 JAPAN全土を巻き込む戦乱の到来。 数百年の時を経て復活する『 』。 そして、『 』を4兄弟と共に討つ異人。 以前から兆しを夢に見ることがあり、その全てが何らかの形で現実となっている。 妙にリアルで忘れられない夢。 「黒姫、大丈夫か?」 白昼夢でも見ていたかのように呆然としていた黒姫にヨシヒサが声をかける。 「……大丈夫」 我に返った黒姫は何かを思いつめたような表情を浮かべる。 そして。 「ヨシヒサ、この人達の身柄は私が預かります」 「……本気か?」 「ええ。むろん、護衛はつけます」 有無を言わさぬ空気がそこにはあった。 「異人さん、身の安全は保障いたします。ですから――」 「ああ、わかった」 ランスはさっさとイエヒサを離す。 「ありがとうございます。では、こちらへ」 「あ、その前に荷物を返してくれ。こんな殺気をぶつけられている中を丸腰じゃ心もとない」 「わかりました。持ってこさせます」 ――黒姫の部屋 「ふう、やはりこうでないとな」 ランスは返却された鎧を見に付けカオスを吊るす。 「あの、ランス様。別に武装しなくても安全は保障してもらえると――きゃん!?」 シィルはランスに小突かれた。 「よく見てみろ。部屋の外からは殺気が駄々漏れだ。用心するべきだろう」 実際、ふすま一枚隔てた部屋には数十人の武士が詰めている。 黒姫はもう少し人数を減らせと言ったがヨシヒサが許可しなかった。 「で、わざわざこうしたのには理由があるんだろ?」 「はい。けれどまず先に謝罪を。あの子達は私のことになると歯止めが利かなくなるのです」 「あの子達って、黒姫ちゃんいくつ?」 「それは……」 言いよどむ黒姫。確信に近い物はある。だが、彼が夢の人物でない可能性もある。 言ってよいのか、まずいのか。 『けっこう長く生きているようじゃの。少なくとも百年、二百年じゃないはずだ』 大きくないが十分に通るカオスの声。 『ランス、橋で言ったな、魔人の気配がしたと』 「ああ。だが、使徒に近いとか何とか言って有耶無耶にしたのはカオスだぞ」 『うむ。で、その微妙な気配の元が目の前にいる』 「目の前?」 ランスが見回す。部屋にはシィルと京子と黒姫。 あの時ランスと共にいなかったのは黒姫だけ。 「……その剣、は?」 「ああ、コレか? 駄剣カオスっていってな。魔人を殺すことが出来る武器だ」 『誰が駄剣じゃ。わしは魔剣カオスだ』 「だまれ、お前なんて駄剣で十分だ」 「魔剣カオス……」 黒姫は小さくカオスの名を反芻し、深々と頭を下げた。 ランスはいきなりの展開に言葉をなくす。 「異人様。どうか、その力。JAPANの為にお貸しください」 ランスの目は点になった。 「あ〜、黒姫ちゃん。異人様はこそばゆいからランスさんとでも呼んでくれ」 その後、立ち直ったランスやシィル、京子から連れてこられた事情を聞く事になり4兄弟へのお説教へと繋がる。 そして、現在。 黒姫は自室の窓から遠くを見ていた。 「これから多くの人が傷つき命を落とす。……けれど、ここで立ち止まるわけにはいかない……。どれだけの罪を背負うことになろうとも、賽は投げられた……」 その後姿には悲壮感が漂っていた。 しばらく目を閉じ祈るような仕草。 そして、黒姫は広間に歩き出した。 ―天守閣 広間 集ったのは島津兄弟とランス達、後は城にいた武将が5人ほど。 それら全員の視線を浴びつつ黒姫は口を開いた。 「全てを話す前に昔話を聞いて欲しいのです。意図は後々分かっていただけると思います」 誰も異を唱えない。 黒姫は小さく深呼吸して話し出した。 最近は廃れ細々と語り継がれる昔話。 帝の力を得てJAPANだけでなく人類圏統一に最も近づいた藤原石丸。 それを不快に思い阻止に動いた魔王。放たれた魔人ザビエル。 石丸はザビエルに討たれたがザビエルもまた封印された。 そして、そのザビエルは以後3度蘇りJAPANに害をなしてきた。 そのたびに天志教が総力を上げて再封印している。 「何度目かの復活の時、ザビエルは暇つぶしに無辜の女性を犯し孕ませようとしました。けれど、人と魔人の隔たりゆえか誰も孕むことは無く、無残に殺されていったのです。何人も、何人も。しかし、偶然か、神の悪戯なのか、とうとう身篭ってしまった者がいました。生まれた娘は凶子と名づけられ、親を目の前で殺され、死体の中で飼われました。育てるではなく、飼育。成長するとザビエルの玩具にされ身も心もボロボロになりながらも、人ではない身体ゆえに死ぬことも許されず無為に時を過ごしていました」 途中から黒姫の拳は真っ白になるほど握り締められている。 イエヒサなどは気付き、気になってはいるがとても口を挟める雰囲気ではなかった。 「そして、多大な犠牲と共にザビエルが封印された後、自由のなった身と彼女は各国を渡り歩きました。人ではなく、時の流れを無くした彼女は一箇所には留まれず、ある時は尼僧となり、ある時は大名の寵姫となり、ある時は客将という身分を与えられ生きてきました。けれど、時が経つにつれて不安は募ります。父ザビエルは封印されただけ。そして、その封印は永遠に続く物ではなく有限。再び破れたその時どうにかできないものか……」 黒姫が口を閉ざしても誰も何も言わない。 そこにいる誰もが黒姫の正体を理解した。 だが、それをあえて口に出す者はいなかった。 「……再び封印するだけでは同じ犠牲が再び繰り返されるだけ。止めるには、完全に倒さなくてはならない。けれど、普通の人間に魔人は殺せない。勇者と呼ばれる存在もJAPANに出現した過去は無い。唯一の可能性が魔人を殺すことが出来るといわれた武器、聖刀日光。けれどそれも所在がわからなかった。ですが、調べていくうちにもう一つ浮かぶ可能性。日光と対なす魔剣の存在。こちらの所在は知れていた。ですが、近年あるべき場所から消えたそうです」 黒姫の視線がランスへ。そして、腰に吊るした大剣へ。 それに伴い、周囲の武将達の視線もそこへ集まる。 かなり居心地が悪いのかランスは不機嫌そうにそれらを睨み返す。 「ランスさん。剣を、魔剣カオスを抜いていただけませんか?」 「いいぞ」 妖しく黒光りする大剣。 『男の視線に晒されてもあんまりうれしくないぞ』 剣からこぼれた呟きはそれがただの剣ではないことを知らしめる。 何人かが息をのんだ。 「ここに魔剣カオスがあるということは、魔人ザビエルを倒せという啓示なのかもしれません」 「だが、ザビエルは封印されているんだろ? どうやって殺すんだ?」 ランスの問いには答えず黒姫の視線はヨシヒサへ。 「……ヨシヒサ、あの瓢箪をここへ」 「瓢箪? 天志教から預かっているアレのことか?」 頷く黒姫に釈然としない物を感じつつもヨシヒサをそれに従った。 しばらくしてヨシヒサが戻ってくる。 手には厳重に封をされた漆塗りの匣。受け取った黒姫は無造作に中身を取り出した。 「父は、魔人ザビエルは身体を8つに分けられた上でこれに封印されています。封印当初有力な大名に預けられ、現在に至るのです。ザビエルを滅するにはこれを全て集めなければならない……」 「なるほど、つまり、黒姫ちゃんは他の大名からその封印瓢箪を集めて回ろうと考えているわけか」 「はい」 「だが、今の話をしてもすんなり集るとも思えん。第一、天志教が許可しないだろう」 「あれ? 天志教が封印しているはずじゃ……」 「シィルの言うとおりだな。矛盾しているぞ」 「天志教が封印しているから、です。言い換えれば天志教は魔人ザビエルを封印することを存在意義に持つのです。宗教そのものはなくならないでしょう。ですが、本来の意味の天志教は存在意義を無くす。その理由を知るものは妨害してくるでしょう。他の大名に働きかけるかもしれません。ですが、そこで妨害に屈してはいずれ封印は破れJAPANに多量の血が流れます。そして、再び封印に成功しても繰り返すだけです。……今、ここにその輪を断ち切るチャンスがあります。瓢箪の回収を強行した場合、他国と争い、多くの血が流れるでしょう。天秤にかけるべきではないですが、ここで流される血はザビエルを放置した場合と比べて少ないはずです」 一息で話し、黒姫は言葉を切った。そして、島津の面々を順繰りに見ていく。 「ヨシヒサ、カズヒサ、トシヒサ、イエヒサ、島津に仕える諸将方。この国の未来の為に、あえて侵略者の汚名をかぶっていただきたいのです。途中、戦で命を落とすかもしれません。あるいは逆に侵略をうけて滅ぶことになるかもしれません。それにもかかわらず、未来という不確定な物のために命を預かりたいなどというのは狂気の沙汰かもしれませんが――」 「黒姫」 ヨシヒサの言葉が黒姫の言葉を遮る。 そして、ヨシヒサは、島津に仕える将が見ている前にもかかわらず、黒姫の前に跪いた。 それに弟達が続く。当主と兄弟の突然の行動に将達は動揺する。 「我ら島津四兄弟、貴女の為なら、貴女がそれを望むならいかなる汚名でも甘受しよう。貴女が望むなら大陸全てであろうとも手に入れよう」 「腕っ節なら自信あるからな。俺の活躍をしっかり見ていてくれよ、黒姫」 「そうそう。華麗に攻め落とし瓢箪を集めてあげるよ」 「僕の頭脳と兄ちゃん達の力があれば敵はないよ!」 「……辛く、険しい道ですよ?」 「かまわない。道に立ちふさがる困難など打ち破っていこう」 盛り上がる島津兄弟をよそに、ランスの後ろにいたシィルは心配そうにランスを見る。 「ん、どうした?」 「……ランス様……戦争に巻き込まれることになるみたいですが……」 「かまわん。立ちふさがるヤロウをぶっ殺して女の子はゲットして、最後には黒姫ちゃんもゲットできるんだ。参加しないという選択肢がどこにある?」 「けど……危険、です。死んじゃうかもしれませんよ?」 「俺様は無敵だ。死なん。お前も死なさん」 その言葉はシィルにとって不意打ちだった。どきりとして言葉を無くす。 「シィルさん、これはもう諦めるしかないんじゃないかしら?」 ほぼ、傍観していた京子にも言われシィルもしぶしぶ頷く。命が危ないからといって黒姫を諦めるようならランスではない。 「こちらの腹は決まったぞ。お前は無論、断らんな?」 「ああ。だが、条件がある」 「言ってみろ」 「一つ、俺様直属の部隊と住む屋敷を用意しろ。二つ、城攻めには必ず参加させろ。三つ、魔人を殺したら黒姫ちゃんをよこせ」 「最初の二つは受け入れる。だが、最後のは却下だ」 「そうか、じゃあ、大陸へ帰る。勝手に魔人に殺されろ」 ヨシヒサとランスの殺気をはらんだ視線がぶつかり合う。 「ヨシヒサ、止めなさい。……私の身体一つで魔人を滅するチャンスが手に入るなら安い物です」 「だが、黒姫!」 「お願い、ヨシヒサ」 黒姫の懇願にヨシヒサの歯が軋む。苦渋の決断を迫られていた。 「……黒姫が、望むならば……」 ここでランスにごねられたら黒姫がどういう行動に出るか想像もつかない。もしかしたら、手勢だけを率いて行動に移すかもしれない。その先に待つ結末は想像がつく。 「だが、こちらからも条件がある。俺と勝負してもう。その勝負に勝てば黒姫との事も受け入れる」 「ほう、勝負か。俺はいつでもいいぞ」 ランスはカオスを構える。が、ヨシヒサは刀を抜こうともしない。 「勝負の方法は攻め落とした国の女をどれだけ自分の物に出来るか、だ。対象とするのは敵国の姫や重臣、少なくとも兵を率いている者に限定する。つまり、戦場で捕虜にし口説き落とす。瓢箪がそろった時点での数を競う」 「ヨシヒサ! なんですか、その条件は!」 「面白そうだな。ただし、一度落ちた相手の女に手を出すのは禁止だ」 「良いだろう。『俺は』手を出さない」 「あと、シィルと京子さんに色目を使ったやつも殺す」 「ふむ。それだけか?」 「ああ。この勝負、受けてやるぜ」 やる気満々なランスとヨシヒサ。それぞれの後ろで黒姫とシィルが大きなため息をついた。 かくしてランスは客将という身分を得て、JAPANで起きる争乱の中に身を置くこととなる。後世に残る戦乱の歴史はここで大きな転機を迎えるのだった。 |
あとがき 今回の黒姫の語り部分。東方異人伝を書くにあたり最初に思いついた部分。 こういうところから妄想は始まりますw そして、膨らむ妄想は暴走し、先が見ない……orz |