東方異人伝 第4回 模擬戦


―名護屋城 
天満橋を見下ろす山上にある名護屋城。なだらかな山の中腹には城に仕える武将達の屋敷群がある。そのうちの一つ、かなり大きな屋敷の前にランス達がいた。
メンバーはランス、黒姫、シィル、京子。
「今現在あいている屋敷の中で最も大きなモノを用意させました。ここでよろしいですか?」
「おう、グッドだ。ちゃんと捕虜にした女の子用の部屋もあるか?」
「え、ええ。部屋数は十分だと思いますが……」
「よし、じゃあ、部屋を決めよう。俺様は一番広い部屋、京子さんはその次、シィルは物置だ」
「そんなぁ……」
「ランスさん、そんな意地悪しちゃダメです。あと、私も普通の部屋でいいですから。……それより、本当に私もここに?」
「京子さんはもう俺様の女だ。ここに住むのが当然だな。それに、黒姫ちゃんの言うことにも一理ある」
「はい。京子さんがランスさんとの関わりがあると相手国の密偵に知られた場合、城の外にいたのでは守りきれません。不便かとは思いますけど……」
「そんな、不便だなんて。ただ、私みたいな庶民がお城にいていいのかと思っていただけですから」
「ランス様……小さくてもいいのでせめて普通のお部屋に……」
「奴隷の癖に文句か。ならば外だな」
「ランスさんってことある毎にシィルさんのことを奴隷と呼びますが……とてもそうはみえませんよ?」
「黒姫様もそう思うでしょう? どう見ても夫婦か、それに近い恋人どうしですよね?」
「ええ、とてもお似合いだと思います」
妙に気が合う黒姫と京子。ランスは気圧され、シィルはバツが悪そうに。
「と、とりあえず中を見て回るぞ」
「ああ、それは後回しだ」
敷居を跨ごうとしたランスだが首だけ後ろを見る。
そこにはいつの間にかヨシヒサが。
「条件のうちにあったお前直属の部隊を創設する。お前にどれくらいの兵力が扱えるのか見させてもらう。演習場に来てもらうか」
「俺様は天才だからな。見て驚くなよ。がはははは」
馬鹿笑いするランスにヨシヒサは冷ややかな視線を送った。
黒姫はそんな二人の様子を心配そうに見つめるしかなかった。

―訓練施設
「よし、お前ら。ちゃんと俺様の言う事を聞け。俺様が天才であるということを見せてやるぞ」
演台の上で叫ぶランスに注がれるのはランス隊に配属された将兵達の冷ややかな目。
あろうことかくじ引きで選ばれた彼らのやる気は限りなく低かった。
「ルールは簡単。お前はお前の隊を率いて俺とイエヒサの部隊を撃破しろ。こちらは手加減無しの本気でかかる。数の上ではお前の隊にこちらの倍近く用意してある。それらを生かすも殺すもお前次第だ」
「まあ、見ていろ。瞬殺してくれる」
攻撃側:ランス率いる武士隊。数は200人。
防衛側:ヨシヒサ率いる足軽隊120人、イエヒサ率いる軍師隊40人。
カズヒサとトシヒサ、島津の有力武将はランスの実力を見るため離れたところにいる。
「合図はカズヒサが出す。武器は訓練用だが当り方によっては重傷も負いえる。全兵員全力を出すように。以上だ」
主君にこう言われた以上ランス隊の武士達もやる気を出すしかない。それに彼らも勇猛な武士。いくら訓練でも、いくら無能な武将に率いられようと、負け戦はしたくない。

―島津隊
「イエヒサ、どう出てくると思う?」
「う〜ん、見た目どおりの馬鹿なら真正面から来ると思う。それなら中央を厚くして弓で援護すれば問題なく封殺できるよ。ただ、本当に自称通り天才、とまでは行かなくても用兵術をかじったことがあるなら、数に任せて包囲戦を展開してくるかもしれない。そうなれば打たれ弱い僕の隊は戦力になれなくなるかも」
イエヒサの言葉を聞きヨシヒサは小さく頷く。
そして煙草を一服。細く煙を噴き出す。
「……願わくば後者であって欲しいものだな」
「え?」
「なんでもない。さて、構えるか」
「う、うん」

―ランス隊
「お前ら、よく聞け。敵は少数、正面から突き破って突破する。突撃あるのみだ。がはははは」
開口一番、ランスの口から将兵が恐れていた言葉が飛び出した。
同時に失望した者からため息もこぼれる。いくら数が多くとも、守りに入った相手を崩すには3倍近い兵力が必要になる。我武者羅に正面から突撃しても守りを崩せる可能性は高くない。なのにこの男ときたら。
「いいか? 突破口は俺様が開いてやる。お前らは突撃してガキの方を崩せ。いいな? 指示に従えよ?」
何か策でもあるのかランスは自信満々。あるいは策も何もないのにこうなのか。
こんな模擬戦に付き合わされて負傷でもしたらそれこそ笑えない。手は抜けないとわかっている以上、兵達はとりあえず、ランスの指示に従うことにした。どうにもならないときは将を見捨てて引く気の者も居たのだが。

―外野席
「あの、シィルさん。ランスさんはその、用兵術を勉強したことはありますか?」
伝令から伝わるランスの自信満々な態度。その自信はどこから来るのか、黒姫は不思議に思った。
「……たぶん、無いです」
「……あの自信はどこから来るのでしょう?」
「ら、ランス様ですから」
答えになっていなかった。
「そ、そうですか……」
黒姫は汗ジトになりながらランスに目を向けた。
ふんぞり返って馬鹿笑いをしている。
非常に不安だった。

少しはなれたところで京子とカズヒサが話していた。
女性をくどくことに百戦錬磨の彼らは女性の好みを瞬時に見抜く能力があった。
京子の好みをワイルド系、ランスや自分のようなのがタイプと見抜いた彼は京子を落としにかかっていた。後は話術と天性のフェロモンで引っ掛けるだけ。
だが。
「もう、カズヒサ様。こんな庶民をからかわないでください。ほら、そんなことより模擬戦が始まりますよ?」
京子に『そんなこと』扱いされ、あっさりスルーされて見事に石化した。
カズヒサの戦歴に初めて黒星がついた瞬間だった。
その隣に居たトシヒサも呆然としている。自分達のフェロモンになびかなかった女性など今まで居なかったのだから。
そして、その視線は自然とランスの元へ。
「……まさか、ね」
その呟きは強敵の出現を予感していたのかもしれなかった。

ほら貝が鳴り響く。

―ランス隊
「よし、突撃―――!!」
ランスは自ら鬨の声をあげ戦場を駆け抜ける。
将兵達も慌ててその姿を追う。
まさか本当に先陣を切るとは思わなかった。
突破口を開く。今になってその言葉が現実味を帯びてきた。
何か。やってくれるのかも知れない。そんな気配が将兵達を惹きつけた。
本来なら無謀な突撃。だが、ランスの姿にはそれに追従させる何かがあったのだ。

それに驚いたのはヨシヒサ、イエヒサ隊だ。

「……うわ、本当に正面突破する気だ……バカだよアイツ」
「かもしれん。だが……」
一抹の不安を感じたヨシヒサ。
上に立つものが不安を口にするべきではないと思い直し言葉を飲み込む。
(なんだ、あの兵士の士気は?)
先ほどとはえらい違いだった。全員が全員バカのように突っ込んでくる。
「総員、防御態勢。イエヒサ、援護を頼む」
「まっかせといてー」
「受け止めてやろう。……来い!!」
ヨシヒサ隊は槍を並べ槍衾を構築する。隙のないそれは敵の突撃を受け止める鉄壁の壁だ。
いくら勇猛な武士でも自らを貫く槍の壁を前にして怯まぬはずがない。

二つの部隊の距離が縮まる。
先頭でつっこんできたランスは模擬大剣を振り上げた。
それに濃密な剣気がまとわり付く。
「がははは! いくぞ!!」
「まさか!? 死人を出す気か!? 引け!!」
必殺の一撃の気配を感じたヨシヒサをすぐさま部隊を後退させた。
「ラーーンスアターーーーック!! ってのは嘘だ」
ランスは急停止。
敵も味方も一瞬硬直した。だが、ソレに気付いたのはランス隊の将兵だった。
『突破口を開く』その言葉が目の前で真実になっていた。
後退したヨシヒサ隊は防御態勢を解き、槍衾はまばら。
「突撃だ!!!」
ランスの一喝。
「フェイントだと!? いかん! 立て直せ!!」
槍衾が完成するより一瞬早く、ランスは先頭に立ってヨシヒサ隊の中に突入した。
続いてランス隊の将兵。乱戦になってしまえば足軽は本領を発揮できない。
イエヒサの援護も味方を巻き込む可能性がある今はうかつに出せない。
「がはがははは! いいぞ! 蹂躙しろ!!」
上がり続けるランス隊の士気。なんともいえない高揚感が彼らを支配した。

「見つけたぞ。勝負だ」
「……最初からこのつもりだったのか?」
「模擬戦で死人を出すわけにもいかんだろう。黒姫ちゃんが悲しむ」
「少し、見くびっていたようだな」
「さてな」
ランスはそのまま身構える。ヨシヒサもくわえていた煙草を投げ捨て刀を構えた。
「だが、少数の相手だったからうまくいった作戦だろう。自分の力を過信するな」
「ふん、俺様は無敵だ」
そこから先に言葉は要らなかった。
模擬戦としての勝敗は決したというのに、周囲の将兵はすでに戦闘を止めているというのに。二人の男は剣を交えた。
激しく散る火花。模擬刀とはいえ全力で振りぬけば骨も砕く。へたを打てば重傷だ。
だというのに、誰も止めようとしなかった。否、止められる空気ではなかった。
二人の実力はほぼ互角。戦場の誰もが息を呑み見守るしかすべはない。

―外野席
「あわわわ、ランス様……」
「なんて事を……。シィルさん。どちらかが怪我をする前に、止めに行きましょう」
「は、はい!」
外野席にいた者も二人の決闘の場に急ぐ。

そして、まだ固まったままのカズヒサだけが残された。
かなり重傷らしい。

―模擬戦場
「おりゃぁ!!」
「はぁ!!」
両者一歩も譲らず剣舞は続く。ギリギリの攻防だった。
「おやめなさい、ヨシヒサ! ランスさんも剣を納めてください!」
黒姫が介入するも止まらない。
こいつには負けられない。
そんな衝動が二人を突き動かしていた。お互い疲れてへとへとなのに。
「二人とも――」
黒姫、深呼吸。
「いい加減にしなさい!!!!」
黒姫の一喝でようやく二人の動きが止まった。
「勝敗は決しました。部隊の大将がそんな様子でどうするのです? 二人とも、もう少し立場と状況を鑑みなさい!!」
「……だそうだ」
「……黒姫の言うとおりだな」
ヨシヒサが握手を求め手を差し出す。ランスは一瞬嫌そうな顔をしたが仕方無しといったふうに手を差し出す。

そこからの二人の行動は早かった。
掴んだ手を引き寄せる。
意図せず、お互いにバランスを崩した二人はもつれ合うようにしながらも最後の一撃を放った。
ヨシヒサの放った膝はランスの鳩尾を直撃、呼吸を止めた。
ランスの放った肘はヨシヒサのこめかみを直撃、脳を揺らした。
「このっ……外道」
「てめぇ、こそ……」

ばったり。

両者、見事にKO。
ピクリとも動かなくなった。


あとがき

そろそろ、島津から出ないといけない気がしますが……次回も国内編ですw

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