東方異人伝 第6回 VS毛利・緒戦

―毛利領 戦艦長門
向かい合う両軍。
朝靄の中、空気が張り詰める戦場。
開戦前の緊張感が漂う中。
「ふわぁ……」
ランスの大あくびが響いた。
「ランス様、朝は早いから早く寝ようとあれだけ言ったのに……」
「がはははは、俺様はヤたい時にやるのだ。朝が早かろうと関係ない!」
「でも、他の武将さん達に迷惑が―ひんっ!?」
シィルの頭にランスの拳骨が飛んだ。
「うるさい。男など待たせておけばいいのだ。だが、まぁ、そろそろ動いてやるか」
「あちらでランス様の部隊の人たちがお待ちです」
「ん、わかった」

―島津軍 陣地
「ランス、遅いぞ」
武将用のエリアと兵士の控え場所の間、ヨシヒサが仁王立ちになっていた。
「しるか」
「……先に言っておくがお前に死なれると黒姫の望みが断たれる。俺やカズヒサでもその剣は使いこなせない。不本意ながらお前を死なせるわけにはいかんのだ。無用な突撃はするな」
「気にするな。俺様は天才だ。泥舟に乗ったつもりでいろ。がははは!」
自信ありげに笑いながら去っていくランス。
「……大船だろうが」
ヨシヒサの突っ込みは聞こえていないらしい。
非常に不安だった。
「ヨシヒサ兄ちゃん、アレ、ホントの大丈夫なのかな?」
イエヒサがひょこりと顔を出す。どうもやり取りを見ていたらしい。
「分からん。だが、ただのバカと言い切ることも出来ん何かがあるような気がする。……あってもなくても俺達がやることは一つだがな」
「大丈夫、僕がちゃんと作戦を考えるから。不本意だけど、アイツの部隊を守るように布陣しないとね」
「ああ、任せる」
「任せといて!」

―ランス隊 
「大将、我らはすでに準備万端です。出撃の命を」
模擬戦を経て、ランス隊の志願者は意外にも増えた。
当主ヨシヒサと互角に戦う強さに惹かれたのかあるいは破天荒なその行動が何かやらかしてくれるかもしれないという期待のせいか。
集った将兵総勢1200人。ヨシヒサ達4兄弟に次ぐ規模の部隊になった。
そして、意外にも訓練中、ランスが何度か顔を出したおかげで部隊の結束もそれなりに出来ていた。
「よし、いいだろう。お前らは俺様より弱いからな。黙って後ろについて来い!」
「「「「応!」」」」
「先頭に出て突っ込むぞ。遅れをとるな!」
「「「「応!!」」」」
士気は高いようだ。

そして、戦場にほら貝の音が鳴り響く。

「行くぞ、突撃ぃ!!!」
ランスは部隊の先頭に立ち毛利軍に切り込んだ。

「うわ、いきなりだよ……。伝令、トシヒサにーちゃんに攻撃開始、と。まずは鉄砲の出番だね。アイツが接敵する前に」
「はっ」
伝令が去り本陣にはイエヒサとカズヒサが残る。
ヨシヒサはランス隊のすぐ後ろに、トシヒサ隊は戦場を見下ろす小高い丘の上に陣取っていた。
「やっぱり突っ込みやがったな」
「カズヒサにーちゃんも突っ込みたいって顔をしてるよ?」
「まぁな。だが、俺の出番はまだだろ?」
「毛利も三姉妹や元就は後ろに控えたまま。出てくる直前。一気に畳み掛けるんだから」
「よっしゃ、いつでも出れるようにしとくぜ」
カズヒサが隊に戻り本陣に残るのはイエヒサ隊と少数の武将になる。
「さてと、どうしよっかな〜」
イエヒサは地面に戦場の見取り図とそれぞれの部隊に見立てたコマをおく。
ソレを動かすたびに、イエヒサの部下は対応する部隊に伝令に行く。
言葉にせず、手の動きとコマの動きで符丁を示し、味方を動かす。
基本的に戦場の動向はイエヒサの手の上だった。
「……こいつがそうなってくれるとは正直思えないけど……」
イエヒサはランス隊を示すコマを指で弾いた。
「え、イエヒサ様。今のはどういう意味なのでしょうか?」
「ん? 気にしない気にしない」

―丘の上 トシヒサ隊
ずらりと並ぶ千の黒い銃身。
JAPANの戦を根本から変えるかも知れない可能性を秘めた最新兵器。
瓢箪を持たない種子島家とは密約を交わし、秘密裏に大量の鉄砲を島津へ流させた。
「この武器は戦を変える。この私がその先駆けとなろう」
トシヒサは専用にカスタマイズした鉄砲を手に、突撃するランス隊を見下ろした。
同じく突撃してきた毛利軍の先鋒部隊と接敵するまでに幾許の時間も無いだろう。
「あの男はこの武器の原形を知っていた……底が知れないな」
どこまで本当か分からないが、原型となったチューリップという兵器の開発者も彼の女らしい。ランスはあまり信用できないがその女性のことを語るランスの隣にいたシィルの複雑そうな表情は気になった。
「トシヒサ様。イエヒサ様から攻撃要請が来ております」
「わかった。頃合だな。目標、毛利先鋒部隊。射撃用意」
当てる必要は無い。出鼻を挫けばランスが何とかするだろう。
それに、まだこの鉄砲の真の力を見せるときではない。
「島津が三男トシヒサ。蹂躙しよう」
千の銃口が咆哮を上げた。

―ランス隊
「ぎゃー!!?」
今まさにぶつかり合うはずだった敵部隊が大混乱に陥った。
一瞬の間に敵兵の半分ほどが動かなくなった。
「これは……この前のあれか。……当ったらやべぇな」
ランスは部下に切り込み指示を出し、自分は敵兵の死体を観察する。
軽装を好むJAPANの兵士では弾一発で致命傷だ。
「ランス様……人が……たくさん……」
「そうだな。戦だから仕方ないだろう。殺さなきゃ殺される。シィル、離れるな。突っ込むぞ!」
「え、あ、はい!」
死体などこれまで多く見てきた。もちろん、身を守るために自分が手を掛けたものも少なからずある。だが、規模が違いすぎて眩暈がした。
それでも、受け入れなくては次の瞬間自分が死ぬかもしれない。
怖くて仕方がなかった。それを和らげるため、シィルは必死にランスの後を追う。

―毛利軍 本陣
「ほう、おもしろいおもちゃを使っているらしいな」
「強力な飛び道具ねー。おもしれぇじゃねーか」
「ちぬは〜スマートに毒殺できゃはー☆ ってのがいいな〜」
「毒殺マニアは黙っていろ。それより詳しく聞かせろ」
「へい」
戦況は島津軍有利。突出した部隊を援護する陣形で毛利軍を圧倒している。
毛利三姉妹を出撃の伺いを立てるため父元就の元へ。
「元就、頃合だ。我々も出るぞ」
「むぅ……今日はぁ……戻るぅぞ!」
「何故だ、元就?」
「は、腹が……へぇったぁ!!」
「おいおい、困った親父だぜ。親父が言うなら仕方が無い。兵を纏めてくるぜ」
「ちぬも〜」
次女と三女が場を離れ長女と元就が残る。
「てるは……い、いかんのかぁ?」
「元就。腹が減っただけではあるまい? 我の目はごまかせぬ」
「……わしは、まぁだまだ死なんぞ」
「知っている。まだまだ死なせるつもりも無い。だから、娘に気を使うな。元就と共にいてこその我らだ」
元就は一瞬内側の苦痛に顔をゆがめ、それを押し隠しつつてるの頭を撫でた。
「て、てるは、いい娘じゃ……。よぅし、帰るぞぉう」
「全軍撤退準備。速やかに引くぞ!」

毛利家との戦、緒戦は小規模な戦闘で幕となった。
結果は島津の圧勝。ランス隊の士気はますます上がり、島津内部での株も少し上がったようだ。

「がははは、流石俺様。シィル、怪我人を手当てしてやれ。ほとんど被害は無いはずだがな。それと、俺様は敗残兵狩りに行ってくるからな。しっかりやれよ」
「え、あ、はい」
敗残兵狩りとか何とか言っていたが、シィルは気づいていた。
毛利の将が女性だったことに。考えるまでもなくそれが目的と知れてしまう。
内心複雑だが治療待ちの兵士が来るとそれどころではなくなった。

「……ランクC」
「は?」
「俺様はいらん。縛って牢に放り込んどけ。くそ、遠目には上玉に見えたんだがな」
捕獲された毛利の将、ランスの眼鏡にはかなわなかった様だ。
ランスはあっさり興味を失いきびすを返す。
「むう、なんか消化不良だ。……シィル!!」
その後、屋敷に戻ったランスは治療でへとへとになったシィルに嬉しい様な悲しいような悲鳴をあげさせたとか。まあ、いつものパターンで。

あとがき

ようやく毛利との前哨戦です。続いて本戦、決戦と流れていきます。たぶん。

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