第9回 主役不在の幕間 ―丹波 カンカンと金属を打つ音が響く。 「ふぅ……鍛冶場ゆえ仕方が無いとはいえ暑いな」 「なぁに、今日はまだ風があるだけマシだ。さて、これが例の特注品だ。俺の最高傑作にお前さんの言うとおりのカスタマイズが施してある」 ここは丹波にある種子島家の鉄砲鍛冶場。 いるのは島津三男トシヒサと現種子島家当主にして鉄砲火事場の元締め種子島重彦である。 「思ったより重いな」 「当たりまえだ。射程と威力を引き上げるには相応の火縄を使うことになるからな。それに耐えられるだけの筒の強度がいる。どうだ、試射してみるか?」 トシヒサの手にあるのは重彦会心の作である鉄砲だ。とある問題を解決するためにトシヒサが注文した品である。通常の鉄砲より長く一回り太く、重い。 「もちろん試させてもらう。ところで、彼女はいるかい?」 「ん? ああ、柚美か? ん〜、ちょうど試射場に居ると思うが」 「分かった」 「ああ、そうだ。ソレの名前が決めてあるんだ」 「名前、か」 「『貫星』。柚美の箒星には劣るが俺なりの最高傑作だ。大事にしてやってくれや」 「(名前が美しくない……)ああ、もちろんだとも」 瓢箪を持たない種子島家とは早くから密約を交わしているため開発援助の金も潤沢に回してある。日々鉄砲が量産されそのほぼ全てが島津家へと流れている。 JAPANの戦闘を変えるであろうこの武器は現状、島津が独占状態にあった。 ―姫路城 「か、風丸様! 正気でございますか!?」 「僕は正気だ。使者の首を送り返し島津に宣戦する」 姫路城謁見の間。先の毛利との戦で国主を亡くし幼くして国主となった明石風丸は一刀の元に切り捨てた島津の使者を見下ろし宣言した。 今、明石家に仕えるのはすでに一線を退いた老獪ばかり。幼い風丸を助けなければと言う思いだけではどうにもならないことを理解している。 だからこそこの風丸の凶行は理解できなかった。 「毛利の侵攻も裏では島津が糸を引いていたという。現に毛利も島津に編入されたじゃないか。島津が、JAPAN統一なんて言い出さなければ父上も兄上も死なずにすんだんだ!」 「だ、誰がそのような事を? 風丸様、それは明らかに誤解。島津家の国主は賢君と言われております。明石家を残すためにも島津家とは早急に和睦を結び―」 「うるさい! もう決めたことなんだ。朝比奈、戦の準備を。僕も準備をする」 古くから明石家に仕えていた重臣、朝比奈百万。ここ数日の風丸の変化に戸惑いつつも国主の命令には逆らうことは許されない。 「……御意」 風丸が退室し残された老臣達は使者の死体を見つめ言葉をなくしていた。 重い空気。 しばらくして、ため息と共に朝比奈が口を開いた。 「諸君、島津との戦は避けられなくなった。風丸様がどういった考えでこのような事をなさったのか、また、誰があのような事を吹き込んだのか皆目わからんが、もう一度戦装束に身を包まねばならん」 「こうなった以上、命を賭して明石家を守り抜かねばならんな」 「うむ。戦力は乏しいが……。風丸様にぬへを出して頂こう。時間稼ぎにはなる。それと、安部の。一つ頼みがある。後でワシの部屋へ」 「わかった」 数日後、島津家と明石家の戦が始まった。 開戦初期、島津は取り込んだ毛利軍との連携がとれず、さらに明石が投入した生物兵器ぬへにより甚大な被害をこうむることになる。 その後、2度の会戦で敗北を喫した島津はついに対抗策を投入する。 ―戦場 「出たぞ! ぬへだぁー!! ひっ……ギャー」 ぬへは無表情に戦場を駆ける。返り血も気にせず、受けた刀傷も、身体に刺さった矢も気にせずに。一心不乱に標的と定めた敵をくびり殺していく。 「死ねぇ!!」 槍で刺されても止まらず、無理やり槍をへし折りその武士に飛び掛る。 ボキリ。 一瞬で首をへし折る。それだけの怪力をもち、痛みを感じず動き続けるか身体。 その様は、島津の雄将達の心をくじく。 「……まさに嵐だ。だが、今日で最期だ」 起伏の大きな今回の戦場。島津は攻めにくいこの地をあえて攻めた。 理由は一つ。ぬへへの対抗策を実行に移すため。 「ぬへは行動不能になれば自爆して果てる。だが、その指示を出すのは頭だろう? ……一撃だ。一撃で仕留める」 島津が三男トシヒサ。種子島家から手に入れたばかりの鉄砲を構える。 飛距離および攻撃力を飛躍的に引き上げ、トシヒサ専用にカスタマイズした種子島重彦会心の作『貫星』。 取り付けられたスコープの中心には次の獲物を探るぬへ。 「貫き穿て―『ミーティア』」 重彦のつけた名前はあっさり無視された。 轟音と共に打ち出された弾丸は狙い通りにぬへの頭部へ吸い込まれた。 頭蓋を砕き、中身をぐちゃぐちゃにかき混ぜる。 そして― ボン。と、爆ぜた。内容物はただの肉片となり貫通した頭蓋の反対側から零れ落ちる。 一瞬で命令系統を司る頭部を吹き飛ばされぬへの身体はその場に崩れ落ちた。 もう、2度と動かない。 「……思った以上のデキだな。兄さんに伝令を。任務完了、とね」 ―明石 城から離れた森 「はぁ……はぁ……」 「風丸様、この辺りに敵はもうおりませぬ。一息つきましょう」 「うん、分かった。ありがとう煉獄。ここまで連れ出してくれて」 ぬへの対抗策をとられ明石家は一瞬で敗れた。 姫路城で迎え撃ったが島津家の打撃力は老兵ばかりでは支えきれず、悉く討ち死にするか捕虜となった。 天守閣で自害を考えた風丸の前に現れたのは最近部下に志願した煉獄という大男。旧毛利領の武将の一人で逃避行のさなか毛利と島津の裏を見て、それを伝えに来たと言って配下に加わった。一人でも優秀な者が欲しい状況の明石家は身元の調査もそこそこに任官を許していた。 任官して日も浅いこの男だが朝比奈の命を受け、自害しようとした風丸を叱りつけると共に城から脱出を図った。 『貴方様が生きている限り明石は滅びません。散っていった臣下たちの無念を晴らすためにも風丸様は生きて生き抜かねばなりません!』 「僕が生きていれば明石は再興できる……生き延びないと」 「そうです。風丸様の身体は貴方だけのものではないのです」 「分かっている。さて、一息ついた。そろそろ出発しよう」 「では、その前に水を」 「ああ、助かる」 煉獄が差し出す小さな瓢箪。ソレはヒヨコの形をしていて厳重な封がされていた。 極限状況で余裕の無い風丸はソレを受け取り、何の疑いもなく栓を抜いた。 そして、 森の中、異変を察した森の小動物たちは我先にとその場を離れた。 「貧弱な身体で申し訳ありません、御館様……」 膝を付く煉獄。 風丸の瞳には黒い炎が。 「……手ごまが足りんな。残りの3人は?」 「式部は比較的近くに。戯骸の居場所も判っております。しかし、魔導は……いまだ封印が強いのか近くに御館様の気配を妨げるものがあるのかつかめておりません」 「そうか。……まあ、よい。我が力を取り戻せば奴も目覚めよう。まずは、手近な手ごまを戻し瓢箪を回収するとしよう」 「仰せのままに」 JAPANに黒い風が吹く。 ―島津 モロッコ 城の一室で黒姫は青ざめていた。 先刻、なんともいえない衝撃が身体を走りぬけた。 立っていられず、激しい動悸が。 「……まさ、か……父が、ザビエルが復活した?」 半分は魔人の血を引く身体が共鳴するかのように。 「誰か」 「どうなされました? 顔色が悪うございます」 「大丈夫です。それより今からヨシヒサたちの元へいきます。急ぎ準備を」 「はい。準備が整うまでの間はお休みください。その様なお顔では国主様方が心配されます」 「わかりました。けど、急いでください」 一人になった黒姫は遠くの空を見上げる。 「こうなってしまっては時間との勝負。私達が先か、父が先か……」 ―??? 「島津、毛利、明石。種子島家とは同盟。これの意味するところは?」 「魔人を封印せしひよこ瓢箪を持つ大名は倒され、持たぬ大名とは同盟を。と、言うことでございましょうか?」 「うむ。瓢箪の行方も知れん。……私の代で封印が破られることになろうとはな」 暗い部屋の中ろうそくに照らされる男女。 男は立派な袈裟を着ている。 「島津の四兄弟誰かが、魔人に取り付かれている可能性がある。探りを入れ、真偽が明らかになるまでこれ以上軍を進められるわけにはいかん。妨害工作を。近隣の諸侯にも通達し対島津同盟の打診を」 「妨害工作はどのように?」 「民草に一揆を。もし、島津の君主が賢君のままなら無茶な手段は起こさぬだろう。だが、魔人が中枢に食い込んでいるなら……」 |
あとがき ランス君休養中につきあちこちシーンが飛びました。 主役がいないとやっぱり書きにくいなぁ…… |