第29回 神無の刻 ―客間 そっと襖を開けて中を覗き込むと何の変わりも無く洸ちゃんが眠っていました。 「てっきりこれ幸いと止めを刺すかと思っていましたが」 「今は洸だから躊躇したんじゃない? で、せめてもの仕返しがこの大人気ない行為」 寝てる少女の額に『バカ』と。 ……バカはどっちでしょうか? 「確実に双子ね」 「ですよねー」 流石に油性ペンじゃなかったのは欠片でも良心が残っていたのでしょうか? 濡れタオルで軽くこすると消えました。 ついでに寝巻きを脱がせて寝汗を拭き新しい寝巻きに着替えさせます。 「……それをやってるのは私だけ」 だって幽霊ですから、私。 「もちろんわかってるけど……なんか納得いかないわ」 「気のせいですよ」 たぶん。 さておき、さっきの話を整理しましょう。 「師匠の調子が良くないみたい。と言うより、徐々に力が落ちてきている?」 多くの妖怪や周辺の人々の信仰を一身に受ける土地神が衰弱するというのも正直、微妙なところなのですが。 「力を持つ吸血鬼との接触、私達には秘密の条件」 そういえば一度は音夢ちゃんの血を吸ったのにそれ以降は吸えないと言い出したり。 「けど、アレ。すっごい気持ちよかったのよ? なんというか、子宮を直接愛撫されてるみたいな?」 それって、主に私が音夢ちゃんにされていることですが……? あ、目をそらした。 「そ、そんなことより。あのリリーっていう吸血鬼何者なのかな?」 少々強引ですがまあ、いいでしょう。 話題の切り替えに応じます。 「リリューシュ・アル・ネイベルトでしたっけ? どっかの貴族にいそうな名前ですね」 「こっちの世界では有名な名前だぞ」 「起きて大丈夫なのですか?」 「ああ、もう大丈夫だろう。過剰な力は呪いとして戻したし逆流のダメージは白に治療されたようだからな」 愛おしそうに体に触れる紅蓮さんはどこか幸せそうで。 「で、リリューシュ・アル・ネイベルトだがな。その名は貴族じゃない。アレは王だ。それも飛びっきりの魔王といわれている。このただならぬ気配……まさか本物がここにいるのか?」 「魔王、ですか?」 「そんな雰囲気じゃなかった気がするけど」 「今はそうかもしれないが過去はすさまじいぞ? 代表的なものでは……そうだな、中世ヨーロッパで流行した黒死病というのを知っているか?」 「ネズミを媒介に広がったペストっていうやつでしょ?」 「表向きは、な。実際はあいつが気まぐれで広げた吸血鬼の大繁殖だ」 「……は?」 「それまでは吸血鬼が吸血行為で増えるなんてことは無かったらしい。そもそも吸血鬼とすら呼ばれていなかった。だが、どこかの人間が吸血鬼に対する恐怖の表れとして想像したんだろうな……。あの魔王はそれを受け入れて自分以外の同種を気づかれないうちに変容させたらしい。あとは感染と劣化が繰り返され面白いように吸血鬼化が進み、対象である人間が全滅した場所から自滅していった。そして、魔王は飽きたと言う理由で吸血鬼に弱点を作り、それを人間にリークした。面白いように増えた吸血鬼は弱点たる日光で気づかぬうちに焼き払われかろうじて逃れたものも教会が対策機関を設け滅ぼしていった。……全てはやつの掌の上だったのだがな」 なんだか実感が湧かないトンデモ真相でした。 紅蓮さんの表情はいたってまじめ。私達を担いでいるようにも見えません。 「すごい人なんですね」 「……正直な話、我とでも格が違う。白でも同じだ。存在している年月が違う」 「いったいいつから存在してるの?」 「わからん。だが、文明が出来始めた頃にはもう存在していたとか」 「古すぎません?」 「事実かどうかは知らんぞ。だが、絶対に敵対したくない相手であることは確かだな」 傍若無人な紅蓮さんにここまで言わせるのですからとんでもない人なのでしょう。 見た目にだまされてはいけませんね。 「とりあえず、そんなすごい人がこの町に住み着くということですね」 「そうなるな。……白め、何を考えている?」 「私たちに秘密の条件ってのも気になるんですが」 「お前達、二人にか?」 「ええ。二人いるとかどうのって呟いていた気がするわ」 ふむ、と呟いて紅蓮さんは黙り込んでしまいました。 「紅蓮さん?」 「……疲れた。寝る。洸のことは任せる」 へ? え? 止める間もなくコテンと。ホントに引っ込んでしまったようです。 神様や吸血鬼の考えていることなんて想像できませんが紅蓮さんの思考も読めたもんじゃないですね……。 あきれて音夢ちゃんと顔を見合わせるしかありませんでした。 その後あれこれと二人で想像してみても埒があかず。 困り果てていたところに洸ちゃんが起きました。 「コウがね、『お前達二人じゃない。音夢と座敷わらしの二人だ』だって。二人の共通点ってなんだろ?」 二人の共通点。考えるまでも無くアレです。時間の流れを奪う術。 すぐに思い当たったのか音夢ちゃんが息を飲んだのがわかります。 その共通点が何を意味するのか。 嫌な予感が脳裏をよぎりました。 確かめるべく千尋さんを探しに行こうとします。 「邪魔するよ。白を見なかったかい?」 と思ってたら向こうから来ました。 「ん? なんだい深刻そうな顔して?」 ちょっと内心迷っている音夢ちゃん。一呼吸置いて話すことに決めたようです。 「……私達に掛かっている術、アレって……使用者に多大な負担をかけたりしない?」 「どういう、意味?」 「そのまんまの意味よ。一人ならいままで問題なかった。けど、二人なら? ……気づいてないわけ無いでしょ? 最近の師匠の弱り具合」 「……気づいてないわけ無いだろ。お前より付き合いも長いんだ。……可能性の一つには考えていたけど……これは、直接話をしないとといけないわね」 「え、まだ決まったわけじゃ―」 千尋さんの手が音夢ちゃんの台詞を遮ります。 その目はどこか悲しげで。 「言ったでしょ。付き合いは長いって。安心して。もし、術を解くことになっても私が先でいいから」 どういう意味でしょう? 問い返す前に千尋さんは応接間に。誰も近づけないように言われていますが今の千尋さんを止められるような雰囲気ではありません。 私と音夢ちゃん、洸ちゃんも千尋さんの後に続きます。 皆無言で歩きました。 応接間の前に立ってから一瞬の躊躇。 そして、千尋さんは扉を蹴り開けました。 ……普通に開けても良かったような気が。 「白」 「まったく、もう少し静かに入ってこれないのかな」 「今は気分的に無理ね。そんなことより端的に聞くわね。一人なら問題ないのね?」 「そう思っていたんだが……微妙なところだ」 「そう。じゃあ、私からね。覚悟はしてきたからさっさとやって」 なんとなく話が見えてきました。 白さんの衰弱の原因である時の変化を止めてしまう術。それを解いた時どうなるのか。 それが問題なわけです。もし、最悪のケースだと……術を解かれたらその瞬間死んでしまうかもしれません。 私のイメージを受け取って音夢ちゃんが息を呑みました。ようやく気づいたようです。 「まさか、術が消えたら今まで止めていた変化が一気に襲ってくるかも知れないって事!?」 「なんだ、気づいてなかったのか。だから私が先だ。数百年の変化が戻ってきたら……苦しむ間もなさそうだから。白、早くして。覚悟が鈍る」 「そうよね、早くして欲しいわね? 今までに味わってきた死の追体験が待ってるかもしれないから。窒息死、焼死、斬死、失血死。ふふふ、結構死んでるみたいね貴女」 ニコニコしながらリリーさん。 「うらやましいわ。私は死と無縁だから。死ぬような目にあっても死ねない。ホントにうらやましいわ」 「黙れ!」 「怯えているのね。怖いのね? 今まで死から離れていたから。無縁でいられたから。でも、そんなに怯えなくてもいいんじゃない?」 「うるさい、うるさい!」 「もう終わってるのに」 「うるさ……い? え?」 え〜? いつの間に? 「ね、白。言ったとおりでしょ? 世界は時に寛容だって」 「音夢のも解除してあるから」 千尋さんもあまりの展開に固まっています。 「さて、じゃあ、問題なかったことだし……予定通りちょっと眠ろうかな」 「眠っている間はこの町にいてあげる。管理も任されるわ」 「よろしく、リリー。千尋、音夢、詩乃。君達も元気で。じゃあ、2〜30年後に」 「え!?」 「ちょ、白!?」 スーッと姿を消す白さん。 なにやら爆弾発言を残して消えてしまいました。 2〜30年、ですか? 「説明、してほしい?」 「しろ! 詳しく私が納得いくように!」 千尋さんが鬼の形相でリリーさんに詰め寄ります。 「簡単な話よ。現界しつつ力を蓄えなおすか、一時的に休眠状態になって力を取り戻すか。どちらが効率いいか考えるまでも無いわね?」 それはもちろん休眠したほうがいいでしょう。 「今までどおりで力を戻すとなると100年や200年かかる。それほど消耗が激しかったのね。彼がいなくなって戸惑うかもしれないけど安心していいわ。この町は私が庇護してあげるから」 「信用していいのか?」 「ええ。彼は私の居場所を提供し、私は不在時の町の維持をする。方針は現状維持。それが契約。私にとって破格の条件ね。……さて、行きましょうか」 「どこへ?」 「廃校の体育館。主だった町の住人を集めてね。もちろんこちら側の。事情の説明よ。皆不安になってるはずでしょ? そこにあった神の気配が消えたんだから」 そうなのです。なんというか、守られている感があったのです。 町の中と外で違いを感じるくらい。まだ死んで間もない私ですら感じるソレは、古くから町に住む妖怪の一族にとってかなり大きなものなのでしょう。 「……わかった。30分で集める」 「ありがと。任せるわね」 部屋を出て行く千尋さん。私達はなんとなく出て行くタイミングを逃しました。 「30分か。思ったより時間があるわね?」 リリーさんの視線は音夢ちゃんの首に。 「え、吸わないんじゃなかったの!?」 「あれは白に負担をかけるからって言う意味よ? 術の効果が切れた今は……どこに問題があるの?」 「主に私に」 「すっぱりあきらめて」 止められません、私にも音夢ちゃんにも。 この先、本当に大丈夫なのでしょうか? 神のみぞ知る? 神様はお休み中なので結局のところわかりませんね。 けれど、どんな状況になっても私は音夢ちゃんの側に。 誓いであり存在理由。 「大丈夫、噛み傷は目立たないところにつけるわ。だから脱ぎなさい」 「いや、いや!」 「ついでに……天国見せてあげるわ。……見た事も行った事も無いけど」 ちなみに地獄は見てきましたね、実物。 「お、お願いだから……」 その時の音夢ちゃんの表情。 怖さ半分期待半分といったところでしょうか? 「こういうときはなんていうんだっけ? いただきます?」 「いやーーーー!?」 ここから先は……残念ながら私達だけの秘密です。 |
あとがき 復帰第一弾。 初期のイメージと違う方向なのはご愛嬌。まあ、ASOBUの中でだからバレないよね! |