ガンパレードマーチ 
第二話
                 
小隊日記 4月20日 守備戦区=天草
今日みたいな日に俺が当たるなんてついてないな、まったく。
できれば書きたくなんかないが書かないと懲罰委員会行きらしい。
仕方ないから書くとしよう。
……そうはいっても書くことは1行しかない。
今日の戦闘で小隊初の戦死者が出た。……それだけだ。

「敵増援出現! 若宮機包囲されました!」
「ちっ……一,二番機は若宮機の救出に向かってください。三番機はミサイルを再装填してからミサイル攻撃準備を」
「了解」
善行はため息とともにマイクを置いた。
「つい最近も同じような事がありましたね」
瀬戸口が善行を振り返る。
「いやな予感がしますからね。先見をして行動しなくてはなりません。……私の任務はこの小隊全員を自然休戦期まで生き延びさせる事、そう思っていますがね」
「そうだったんですか? そうは見えませんでした」
「……言ってくれますね……今は戦闘中です集中しなさい」
善行のこめかみに青筋が浮かんでいる。
「若宮機、ゴルゴーン撃破」
瀬戸口は危機感知能力が高い。さっさと仕事に戻った。

「うおおおおおおおおっっ!」
若宮は瓦礫の影から飛び出し巨大な砲身をミノタウロスの背中に向けた。
彼の機体は可憐通常型。40o高射機関砲を二門さらにヘビーマシンガンを持っている。
高射砲が火を噴きミノタウロスの頭部が吹き飛んだ。
「若宮機、ミノタウロスを撃破」
直後ヘッドセットに映った映像をたよりに横に跳ぶ。
直前までいた所にミノタウロスの生体ミサイルが襲った。
即座に体勢を立て直し生体ミサイルの来た方向へ2連射。
一撃目は回避され二撃目はヒット。ミノタウロスが崩れ落ちる。
『こちら滝川! 助けにきたぜ!』
「すまない」
わりと近くにいた二番機がいち早く到着した。
幻獣にとっては不意打ちとなりGアサルトの弾丸は次々と幻獣を屠っていく。
「滝川機北風ゾンビ×2、ミノタウロス×1撃破。どうした調子いいじゃないか」
「へっへ〜わかるか? 今日の俺はこんなもんでは終わらないぜ!」
とてもハイになっている滝川はありったけの弾丸をばら撒き幻獣を減らしていく。
「滝川機ゴルゴーン×2、ミノタウロス×2撃破」
次々と撃破報告が入る。今日に限れば三番機を上回る勢いだ。
「一体何があったんでしょうね?」
あまりに普段とかけ離れている滝川の様子に瀬戸口がぼやきをもらす。
「フフフ……戦争中の刹那的な恋のためとだけ言っておきましょうか」
「へ〜、戦闘が終わったら教えてくださいよ指令?」
「かまいませんが先に本人達をからかってからですよ」
善行はメガネを押し上げニヤリと笑う。
恐るべし、奥様戦隊……。
「ダメだ滝川! 近づきすぎだ!」
突然速水の叫びが戦場に響く。
戦術画面を見ると幻獣の狙いが若宮から滝川に移っていた。
「まずいですね……若宮機は?」
「もうすぐ包囲を抜けます」
「二番機へ。すぐに反転しその場を離脱してください」
遅れれば後方にいるスキュラの的になる。軽装甲の二番機は危険なのだ。
「二番機、了解」
滝川は慎重に士魂号を動かし、幻獣の火線をかいくぐる。
ただ、普段前線に出てこない滝川は秒刻みで精神をすり減らしていった。
深呼吸をして、自分を落ち着けるが間に合わない。
「帰るんだ……絶対……絶対……絶対」
後方への移動は幻獣の攻撃に邪魔されて思うように進まない。
それがさらに滝川を圧迫していく。
「滝川! もう少し頑張って!」
離れた所で三番機はミノタウロスに囲まれていた。その三体は滝川の救出を阻止しようとするかのように三番機の前に立ちふさがる。
「!! 滝川避けて!!」
「えっ?」
ギリギリのところでスキュラの射程に入っていた。
思わず後ろを振り返ってしまう。立ち止まった士魂号をスキュラが外すわけがなかった。
膨大な熱量を誇る熱線が二番機の足を撃ち抜いた。
バランスを崩した二番機は無様に転倒、うつぶせになってしまい無防備な背中をさらす。
「う……うう……いやだ……来るな! 来ないでくれ!」
恐怖に駆られた滝川は操縦を放棄し無様に泣き叫んだ。
初めて多くの幻獣に狙われるという恐怖感が滝川を縛り付けた。
今まで安全だと思っていたコクピット内がとても頼りなく思えてくる。
ここにいても危ないそう悟った滝川は、幻獣のど真ん中にもかかわらずコクピットから這い出した。
何も考えられない。いくら滝川でもどちらの方が安全かその判断くらいはつくだろう。
今はここから離れたい。その一心で体は動いていた。

「あのばか者が! 死ぬ気か!? ……厚志強行突破せよ。なりふりなどかまっていられるものか。ミサイルでミノタウロスどもを掃討し滝川を回収する。少々のダメージは無視せよ」
「ああ、わかってる」
厚志はミサイルでミノタウロスを撃破し戦場を駆ける。
その間にもウォードレスの滝川を幻獣たちが追従する。まるで、狩を楽しんでいるようにも見える。
放つミサイルも当てようとしているようには見えない。近くに当てて進路を変えさせる。
滝川は気づいていなかった。自分が幻獣の側に誘導されているということに。

戦場の後方にある整備車両の影にうずくまる者がいた。青いバンダナを巻いている。森だった。
呼吸は荒く肩が上下する。顔色もよくない。
「どうしたの? ちょっと変よ?」
「だい……じょうぶ……です。わた……しより滝川さん……は?」
汗が滴り落ちて地面に消えた。
「今速水君が救出に向かっているわ……」
「彼……帰ってきますよね? ……帰ってこなかったら……うちは……」
顔を涙でぐちゃぐちゃにして、森は原にしがみついた。
「大丈夫。きっと帰ってくるわ。待ってる人がいるもの……」
原は腕の中で泣きじゃくる森の背中をなで続けた。
(速水君……士魂号壊してもいいから、滝川を連れ戻して……じゃないとこの子は……)
原は心の中で呟き、祈るしかなかった。

「むっ……いかん! 滝川は誘導されておる!! 行く先にミノタウロスが待ち構えている!」
「舞、バズーカでそいつを倒す。ロックして」
「すぐにビルの上へ。ここからでは射線が取れぬ」
ビルの乱立する市街戦では、ビルは盾にもなりまた障害にもなる。このときは障害でしかなかった。
複座型がビルの上へ飛び上がる一瞬後バズーカを構えた。
「前方距離300、障害なし! 撃て!」
「当たれ!!」
速水はトリガーを引いた。

滝川は愕然とした。後ろばかり気にしていて、気がついてみれば目の前にも幻獣がいる。
「ひっ……来るなよぉ……あっちいけよぉ」
腰が抜けて這う事しかできず、それでも滝川は逃げようとした。
待ち構えていたミノタウロスは喜々としてこぶしを振り上げる。
滝川は呆然とそれを見ていた。嫌にゆっくりと時間が進む。
だがそれは一瞬の事。何の前触れもなく現れためくるめく炎と爆音。
滝川の視界は真っ白に塗りつぶされた。

「……やったか?」
「……命中したのは確実……だけど……」
何か不安だった。
「舞、跳ぶよ!」
速水はその不安が的中した事を知る。戦術画面に光るミノタウロスのアイコン。
煙が晴れる。バズーカを喰らったミノタウロスは半身を失っていた。
だが……地面に座り込んだ人間1人を殺すには問題なかった。
無造作に残った腕を振る。それで終わりだった。
弾き飛ばされた滝川は重力に逆らって地面と平行に飛び、数メートル離れたビルに叩きつけられた。
手足は千切れ飛びばらばらになった。首もありえない方向に曲がっている。
「……滝川十翼長……戦死……」
滝川を殺したミノタウロスはそのままふらつき倒れた。
「そん……な……滝川……」
小隊の誰もが息をのんだ。
「善行、悪いが殿を頼む。生きて戻って来い」
「……皆さん、撤退します。……総員反転」
撤退命令が降りた時戦死者の死体は回収されない。撤退し、生き残る事が最優先とされるためだ。
「滝川……すぐ、迎えに来るから……」
「何をたわけた事を。当たり前であろう。……だが今は」
「わかってるよ……舞」

士魂号と整備員を乗せたトラックは戦場に背を向けた。
誰も一言も発しない。若宮は手が白くなるほど手を握り締めていた。
滝川は自分を助けにきて死んだ。そして自分は脱出できてしまった。
とてつもない罪悪感が彼を襲った。
「……あら? ……森、森はどこ!?」
通信機から原の切羽詰った声が流れ出した。
「どうしました?」
「森十翼長が乗っていません……」
トラックの荷台が一気に騒がしくなる。
「瀬戸口君、回線を開いてください」
「了解」
まもなく戦場に1人残った森につながる。
「森さん、聞こえていますか?」
「……はい」
「今は滝川の横ですか?」
「……はい」
「……貴女が昨日から滝川と付き合い始めたのは知っています」
ざわめいていたトラック内が一気に静かになった。
「……ですが、何を考えているのです? 残酷な事を言うようですが滝川はすでに死んだ。二度と貴女とはなすこともできません」
「わかってる……うちだってそんなことわかってる……でも……一人になんてして置けない……」
そう言って森は通信機を投げ捨てた。
「森さん! ……くっ、一日で二人も失うというのか!!」
善行は指揮車の壁を殴りつける。怒りをどこへぶつければいいのかわからなかった。

戦場の真ん中で少し体温を失い始めた滝川の体を森は抱きしめている。
「……昨日は、うれしかった……デートの約束もしたのに……」
森は滝川の唇をぬぐい口づけを交わした。
「……私の最初で最後のキス……」
顔を上げると涙が頬を伝う。
そのまま空を見上げるとスキュラと視線が合う。
「……あなたが私を消してくれるの?」
森はその時スキュラからの敵意を感じなかった。人に敵意と殺意を持つはずの幻獣が、である。
感情があるかどうかなどわからない。
だがそれをあえて人の言葉にするなら、スキュラは二人に哀れみの視線を向けていた。
―少なくとも森はそう思った。
そして、高出力のレーザーが放たれる。
轟音のあとそこに二人の痕跡はなかった。


あとがき

いきなりその2にして滝川&森精華死亡。
ループ決定。←わかります?
でも話は続きます。

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