魔王列記アフターストーリー・二人の世界

第1回 冒険者ランス登場

HR暦20年、一時は大陸全土で10万を切った人口も今は大きく回復していた。
人類は魔王ホーネットの支援のもと、過去の繁栄を取り戻しつつある。人類は最初こそホーネットの目標、人と魔の共存を信用できなかった。
20年経った今はそれの方が少数派となり人魔の共存は次第に形になっていた。
争いがまったくなくなった訳ではない。しかし、PL暦の頃に比べるとないに等しい状況になっている。今の大陸はそんな世界。

―復興したアイスの街 キースギルド
魔王ランスが人間であった頃所属していたと有名なギルドである。今はキースの孫アクセルという青年が運営していた。
キースギルドには数十人の冒険者が登録しているがその中に一人戦績でも信頼性でも他の冒険者と数ランク上を行く者がいる。名をランス。色々と曰く付きの男である。
彼は捨て子で名前だけ付けられた状態で放置されていた。しばらくは孤児院で育てられていたが15歳になった時点で脱走し自活を始める。すぐにキースギルドに登録し5年経った今クエスト成功率は常に九割をキープする実力を持つようになった。そんなランスだが一時期は町の人々から距離を取られていた。理由は似すぎているから。魔王ランスに。顔、性格、好み、ありとあらゆるところが酷似していた。魔王の再来とまで言われていたがそんな話は一時期で消えている。
彼の登場にいたってもう一人重要な人物がいる。
名をシィル・プライン。彼女は良家のお嬢様だった。過去形である。彼女は過去盗賊にさらわれその時助けに雇われたランスに一目ぼれした。ランスもまんざらではなく二年の交際を経て結婚、シィルは親から勘当された。それでも彼女はランスをいつでもサポートできるようにと魔法を身に付け今やランスになくてはならないパートナーとなっていた。ただ、ランスの浮気癖にだけは泣かされていたが……。

その二人の家にギルドからの使いが来たのは2時間ほど前。アクセルはギルドの前を行ったり来たりしながらうなっていた。使いはすぐに帰ってきたにもかかわらずランス達は2時間経っても顔を見せない。急ぎの、しかもランスを指名しての依頼があったのだが当のランスが来ない。アクセルはもう一時間ぐらいこうしていた。
「遅い……遅すぎる! あのバカランスめが! 一体いつまで待たせるんだ!」
言ったとたん背後から蹴り倒された。後ろにはランスとシィルが。
「誰がバカだと?」
さらにぐりぐりと踏みつける。
「やあ、シィル。こんにちは」
アクセルは踏みつけられながらでもランスを無視した。
「はい、こんにちは」
ペコリと頭を下げるシィルをランスは自分の後ろに追いやった。
「俺様より俺の女に先の声をかけるとは何事だ? アクセルお前いつからそんなに偉くなった?」
「ふん、お前より長生きしているから生まれた時からだ」
「一年しか変らないだろうが」
ランスとアクセル、幼馴染というやつで昔アイス一の悪がきコンビと呼ばれていた。
「ふん、年の差はどうあがいても覆らないからな。もう少しは敬えってんだ。……まあ、いい。時間がないからな。俺の部屋へ来てくれ」
いつもはもう少し続くやり取りを手っ取り早く切り上げアクセルはギルドの中に消える。
ランスは少し消化不良の様子。しばしうなった後アクセルの後をおった。

―アクセルの執務室
「俺様を名指しした依頼があると聞いてきたがどんなやつだ?」
机をはさんで立っているランスにアクセルは一通の書類を差し出した。さっそくシィルと2人で覗き込む。
『サウスで開催される都市長会議での護衛をしてもらいたい。できる事ならランス君に依頼を受けて欲しい。彼が出払っているのなら、それなりに腕の立つ者であれば誰でもかまわない。報酬は前金で1万、成功報酬にさらに1万出す』
文面の最後にはアイスの都市長スレイヤーのサインがあった。
「スレイヤー……どこかで聞いた事があるな」
「この街の都市長さんですよ、ランス様。前にお食事に誘われたじゃないですか」
「……あのじじいか。飯はうまかったがじじいの事などいちいち覚えていられるか」
「まあ、その文面の通りスレイヤー卿からの依頼だ。反魔王派に狙われているらしいからお前ぐらいの強さを持っていないと護衛も不安なんだろう」
「反魔王派ですか……」
反魔王派。要するに人類と魔物の共存を受け入れない者達のことだ。各地で魔物のコロニーを襲撃したり街中に溶け込んでいる魔物の家を破壊したり、果てはそれらと仲良くしている人間も『人類の敵』として皆殺しにしたりとテロ活動をしている過激なグループである。彼らは障害となるものも同様に敵とみなす。シィルは不安そうにランスを見上げた。
ランスは無言のままシィルの頭をガシガシと撫でる。『心配するな』の意だ。
「今回の会議を襲撃するとのうわさもあってな。もちろん目標は人間の方だけだろうが」
「どういう意味だ?」
「お前何も知らんのか? 世界情勢くらい頭に入れとけ。俺と一つしか歳が違わないんだろう?」
ランスは一瞬不機嫌そうに顔をしかめたが仕事の情報を得るのが先決と考えて続きを促した。
「で、何が来るんだ?」
「美人とうわさの魔王と側近の魔人が来るそうだ」
ランスの目がきらりと光った。それに気づいたシィルは小さくため息をつく。ランスの目的に気づいた訳だが彼女にそれを止める気はない。半分はあきらめで、残り半分はランスを信頼している。
「なるほど、俺様向けの依頼だな。あのじじいなかなか分かっていやがる。この依頼、もちろん受けるぞ」
「だろうな。なら早速スレイヤー卿の屋敷に向え。これが通行許可証だ」
それを受け取ると二人はギルドをあとにしてスレイヤーの屋敷に向った。その道すがらシィルはランスの手をぎゅっと握り締めた。
「ランス様……お願いですから私を見捨てないで下さいね」
ランスは肩をすくめるとシィルを抱き寄せ唇を重ねる。そして小さく呟く。
「そんなことするはずがないだろう? ここは二人の世界。俺が何のために―」
公衆の面前であったためシィルはランスの言葉よりも周囲の目が気になり真っ赤になった。一方でランスはまったく気にしていない。そのままスレイヤーの屋敷につく。
「シィルいつまで赤くなっている? もうついたぞ。来い」
「は、はい!」
屋敷の門で許可証を見せ二人は屋敷の内部に通された。

―スレイヤー邸 客間
「久しぶりだなランス君にシィルちゃん。元気そうでなによりだ」
スレイヤーはかっぷくのよさそうな老紳士。時たま見せる鋭い眼光に、ランスですら一目置く数少ない存在だ。歳は80近いが背筋はピンと伸び歳を感じさせない。若かりし頃はリーザス緑の軍にいた正規兵だったという。
「じじいもあいかわらず元気そうだな」
「当たり前だ。私は100まで生きるつもりだからな。さて、本題に入ろう。出発は明日、今夜から来週頭にある会議を経てここへ戻ってくるまでの護衛を頼む。滞在費等はすべてこちらが持つ。報酬とは別に、だ」
「払いがいいのもあいかわらずか。出発は何時だ?」
「午前中には出るつもりだ。部屋を用意しよう。今日はそこで休んでくれ」
スレイヤーが合図を送るとメイドがランス達を案内していった。

―客室
深夜、ランスはふいに目を覚ました。疲れ果てて眠っているシィルを起こさぬように気遣いベッドから抜け出すと先ほど脱ぎ散らした服を身につけていく。最後に剣を身に付けそっと部屋から抜け出す。その足で中庭に出た。
「出て来い。それで気配を隠しているつもりか?」
ランスの声に場の空気が緊張する。そして、数人の黒装束が姿をあらわした。両手に手にそれぞれダガーをもった戦闘集団。それらからは刺すような殺意が伝わってくる。
「お前らが反魔王派か?」
「その通り。だが、反魔王派とは呼ばないで貰おう。我々は魔王の魔の手から人類を解放するために活動している。解放派とでも呼んでもらおうか」
「ふん、なんとでも言えるわな。あいつも報われない……。……今夜は帰れ。シィルとやった後でだるい。また今度相手してやる」
「そう言われて帰れると思うか?」
「無理だろうな。しょうがない……好きなだけ相手をしてやろう」
ランスはめんどくさそうに剣を構えた。
「久しぶりの体だ。手加減できんぞ」
8人いた黒装束が同時に襲い掛かってくる。月に照らされたランスの横顔には楽しくて仕方がないというような細い笑みが張り付いていた。

―翌朝 スレイヤーの寝室
「旦那様! 大変です!」
「どうしたんだね、そんなにあわてて?」
「中庭に……ヘンな物が」
首を傾げつつ窓から中庭をのぞく。なるほどヘンな物があった。
「やはり昨日から依頼しておいてよかったな」
中庭にある数々のオブジェ。それに暗殺者達が縛り付けられていた。ランスも疲れたのか中庭の真ん中で大の字になって寝ている。
「彼を起こして食堂にお連れしてくれ」
「はい」
メイドが出て行き一人になったスレイヤーはもう一度中庭のランスを見下ろす。
「似ている。……本当に似ている」
その呟きは誰の耳に入ることなく消えた。

―街道
「まったく、君に頼んでおいて正解だったな。予想以上に早くやつらが来てもちゃんと対応してくれた」
「まあ、前金を貰った以上、あんたに死なれるのは目覚めが悪い」
「なるほど。では昨夜の働きを加味して成功報酬は2万出そう」
「合計3万か。さすがメカウシ車を使うような金持ちだな」
『メカウシ車』今ランス達3人が乗っている乗り物の事である。普通のウシ車とどこが違うかといえば名前の通りメカウシが引いている。最近発売されたばかりの最新機種で生き物のウシの、2倍のスピードが出せる上疲労もしないため休憩も必要ない。ただしメンテナンス等維持費がとんでもなくかかるため一般人には手が出ない代物だ。
「ランス様、私メカウシ車なんて初めて乗りました。速いんですね〜」
「……お前家にあるんじゃなかったか?」
「家はお爺様がメカ嫌いでしたから」
「そうか。そういう設定だったな」
ランスの言葉にシィルは首をかしげて聞き返す。
「設定って何ですか?」
「こっちの話だ。お前が気にする事じゃ―」
突然爆発音がしてウシ車がぐらぐら揺れた。ランスはすぐさまスレイヤーとシィルを小脇に抱えて飛び出す。空中で態勢を変え着地。直後車はメカウシの爆発に巻き込まれ大破した。
「ったく、無茶しやがる……」
2頭引きのメカウシ車は木っ端微塵で御者は爆発をもろに受け無残な死に様をさらしていた。
「シィル、じじいを連れて岩陰にいろ。俺は狙撃してきたバカどもを黙らせる」
「は、はい!」
ランスは2人が岩陰に隠れたのを確認すると街道脇にある小さな岩山に足を向けた。周囲に狙撃できるポイントといえばそこしかない。近づいていくと案の定いくつもの銃身がランスを狙う。
「ちっ……予想以上に数が多いな。軽く20はいやがる」
どうも狙撃が失敗する事を見込んでの数らしい。
「ランスさん、今彼方とシィルさんを50の銃口が狙っています。投降して貰えませんか?」
岩に反響する声はその発生源を特定できない。だが、今回の襲撃の目的は見えてきた。
反魔王派はランスと接触を取ろうとしている。
「シィルとスレイヤーの安全を保障しろ。ならば投降してやる」
即座に一番安全であろう行動を取る。あちらから接触してきたためここで断らない限りこの場で殺される可能性は低い。
「わかりました。すぐにお連れしましょう」
間もなくシィルとスレイヤーが黒服に囲まれて連れてこられた。
「シィル怪我はないか?」
「はい。ランス様これは一体……?」
「どうもこいつらの目的はスレイヤーの命ではなく俺様と接触する事にあったらしい。……おそらく昨日の奴らとは別の部隊といったところか」
そんな話をしている所へ一人の男が降りてきた。グレーのスーツを着たひょろっとした男。
だがその眼は深い光をたたえている。
「さすがはクエスト成功率9割をキープしているだけありますね。かなり頭の回転が速いらしい」
グレーのスーツを着た男はさっきの声の主のようだ。
「とはいえこんな所で話し込むわけにもいきませんから、本部まで来ていただきます。あちらにウシ車を待たせてありますのでどうぞこちらへ」
ここで脱出するのは不可能と判断したランスはシィルの手を取り男に続いた。
岩山の影にはウシ車が二台。両方とも窓もなく監獄のようなイメージがする。
「スレイヤー卿はあちらの車へ。ランスさんとシィルさんは私とこちらへどうぞ」
ランスは不機嫌そうに鼻を鳴らすと言われるままに動く。その後を不安そうなシィルが追う。スレイヤーももう1つのウシ車に自ら乗り込んでいった。

HR暦20年、世界中を巻き込む事件はこうして始まった。またしても世界は一人の青年を中心に回り始める……。



あとがく

結局書いてしまいました。出来は……思ってたよりしょぼい感じです。
でも、書き出したからにはとりあえず終わりまで書く予定です。
書き上がりがいつになるかは……聞かないでください。


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