第10回 再会と暗転

―魔人の森 中部 カスケード・バウ近辺
「うらぁっ!」
『ピギャー!!』
気合一閃、いもむしDXを両断する。
断末魔の悲鳴と共に飛び散る体液をよけて、ランスは片膝をついた。
かなり息が荒い。
「ぜーぜー……流石に1人は厳しいか……」
魔物の徘徊する暗い森の真っ只中、たった一人で歩く人間を見て、理性を保てるモンスターは数少ない。魔王の命令でも本能的な衝動には効かないらしい。結果、ランスの予想を上回る回数の戦闘が起きた。
戦闘に次ぐ戦闘で、流石のランスもふらふらだ。
「ぱくっ。……苦い」
カミーラの城から持ってきた世色癌も今ので最後。
これでシィルがいない今、次に怪我をすれば治療する手段が無くなった。
「さて、後何匹だ? 1,2,3……ああもうめんどくさい。まとめて相手してやらぁ!!」
包囲の輪を縮める魔物の群れ。数は約100体。普通の人間なら尻尾まいて逃げ出すであろう数。だが、ランスはそれに相対する。全身にみなぎる蒼い闘気。
「死ねぇ! 鬼畜アタック!!」
蒼い光が森を照らす。半球状に広がった力は木々をなぎ倒し、包囲していた魔物の群れを飲み込み消滅させる。光が消えて、森に静寂が戻った時、そこにいるのは大の字になって大いびきをかくランスだけだった。肉体も、精神も限界に達したランスは魔人の森の中であるにもかかわらず睡魔に身をゆだねたのだった。

―同刻 魔王城
「……? メガラスはいますか?」
「ここに」
お茶の時間、魔王ホーネットは急にテラスへ出るとメガラスを呼び出した。
「カスケード・バウ周辺で大きな戦闘があったようです。見てきてください」
「はっ」
「ホーネット、魔物同士のいざこざじゃないのか?」
「そう思ったのですが……そういう戦闘ではない気配がしたので。ごめんなさいねサテラ、あなたの話をさえぎってしまって」
「そんなこと気にしなくていいのに。あ、それでね、この前―」
(さっきの気配……ランス様の物に似ていたような……けどこんなところまで、いくらランス様でもお1人では……)
サテラの話は右から左へ。ホーネットはメガラスの報告を今か今かと待ち続けた。

―同国 ケッセルリンクの城周辺
「ランス様の力……」
「この前喰らいそうになった技だな。思ったより近いぞ」
「シィルさん、急げる?」
「大丈夫です!」
ランスが歩いた道にはいたるところに魔物の死骸が転がっている。その数が増えるに連れてシィルの不安も大きくなっていく。
いくらランスが強く、才能限界を持たないとしても疲労はどうしようもなく溜まっていく。自分が側にいればそれも軽減できるのに。
(私って必要な時にお側にいない……)
「ランス様……もう少し待っていてください!」
「うっし、行くか」
シィルとガルティア達は休憩を止めると死骸を目印にランスを追った。

大いびきをかき、魔人の森のど真ん中で爆睡するランスを見下ろすメガラス。
周辺に散らばる死骸の数は半端ではない。
それをたった一人の人間が。
魔人でもそう簡単になせることではない。
今の状態も並の神経では出来まい。化け物じみている。
「……本当に人間か?」
思わず出たのは疑問だった。
「どっからどう見ても人間だろ?」
「っ!?」
メガラスはランスが起きているとは思っておらず、とっさに距離を取る。
一方、ランスは警戒するメガラスを尻目にあくびの後『ん〜』と伸びをする。
「そんなに驚くこともあるまい? しかし、ちょうどよかった。歩いて魔王城に向かうのは骨が折れるからな。運べ」
「……人間のいうことを素直に聞くと思うのか?」
「まあ、そうだわな。ここへ来たのはホーネットの命令か?」
「派手に動いていたからな」
「俺的にはサイゼルかハウゼルあたりが来て、そのまま魔王城へというのが理想だったんだが……」
メガラスはしばらく考えた。
この過去の記憶を持たないはずの男が魔王城に来ると言うことは何かしらの厄介ごとを持ち込む気だろう。正直なところ巻き込まれたくはない。
その上、元魔王とはいえ今は人間。その言いなりになるのはプライドが許さない。
とはいえ、連れて行かず、自力で魔王城にランスがたどり着いた場合、自分はホーネットから叱責されるだろう。それも気分が悪い。
悩んだ末に一つの結論を出す。
「戦え」
自分より強いなら命令に従ってもいいだろう。
「これだから魔人ってヤツは……まあ、そういうふうに出来ているんだがな。いいだろう。と言いたいところだが、カオスが無いからな。勝負にならんぞ?」
「……では、耐えて生き残って見せろ。行くぞ」
メガラスは集中。気を練っていく。
「そう来たか。生き残ったらちゃんと約束は守ってもらうぞ?」
「……ハイ・スピード」
爆発のような閃光と共にメガラスの姿がかすむ。それくらいのスピードによる一撃。
普通の人間なら何が起きたか分からないうちに息の根を止められるだろう。
が、ランスは余裕の笑み。
メガラスはその事実に気づき、愕然とした。
技の発動と同時に、ランスは攻撃の射線からずれた。技の特性上発動後の照準修正は出来ない。
不発。
攻撃のタイミングはすでに記憶していたのだろう。そこを正確に読まれては当たらない。
ランスのいた地点まであとわずか。すぐ側ににやけたランスがいる。手を伸ばしても引っ掛けようにも微妙に届かない距離。
すれ違う時、違和感に気づく。ランスが何かを振り上げている。
そして、何か叫ぶと共に振り下ろす。
メガラスには聞こえなかったが、ランスはこう叫んでいた。
「ランスアタック!!」
次の瞬間、メガラスの目に映ったのはむき出しになった地面だった。

轟音と共にメガラスは地面を滑っていく。
一定方向へ進む力のベクトルに無理やり、しかも完璧なタイミングで下方向への打撃。
直接のダメージは無いが、メガラスは一瞬でバランスを崩した。スピードを殺す余裕はなく、いびつに歪んだ木々をなぎ倒し、岩を砕き、地面を削りメガラスはそのまま数百mを滑っていく。

「きゃっ!?」
「あぶねぇ!」
何かがすぐ横を高速で通り過ぎ、それに伴う破壊がシィルとマルチナに襲い掛かる。
とっさにガルティアが二人の前に立つことでかすり傷程度で済んだ。
「ふう……今のは?」
「魔法……じゃなかったと思いますが……」
「隕石、かしら?」
3人は首を傾げつつ、飛んできた何かに近づいていく。
と、何かが地面から紫色の何かの下半身が出ていてもがいていた。
じたばた。
……どうも抜けないらしい。なんともまぬけで情けない格好だ。
「……メガラス、だな。……なあ、マルチナ。見てみぬふりしてやった方がいいと思うか?」
「う〜ん、少なくても私は記憶の奥底に封印しとくわ」
「確かサテラさんと一緒に来た魔人ですよね……」
三者三様の反応。
じたばた。メガラス、まだもがく。
シィルは困ったようにマルチナを見た。
「……ガルティア、見なかったことにしていきましょ」
「え、助けないでいいんですか?」
「黙って去れば本人が傷つかないと思うけど」
あんなふうになった自分を見られてうれしくは無い。
『しかし、何でこんなことになっておるんじゃ?』
周辺の惨状を見てカオスがつぶやく。
「誰かと喧嘩でもしたんじゃねーか? んで、負けたと」
ガルティアのいう『誰か』。その場にいた全員が同じ人物を思い浮かべた。
常識はずれに強くて、破天荒で、エロくて、そこに存在するだけで、あっという間に場のペースを奪ってしまうそんな男。
シィルは何もいわずメガラスが飛んできた方向へ走り出す。
「あ、ちょっと待てって!」
慌ててガルティアとマルチナもシィルの後を追った。
もがくメガラスはしばらく抜け出られそうに無い……。

「しかしまあ、ここまで派手に吹っ飛ぶとは思わなかったな……」
隕石が地面を滑ったような破壊がランスの前方に広がる。
と、ガランとランスの鎧が地面に落ちた。無残に破壊されている。
「やっぱ素直に避けるべきだったか……。衝撃波もバカに……できん……」
ランスはわき腹を押さえていた。
顔は苦痛に耐えている。
ランスアタックの爆風である程度は相殺できたが、ハイ・スピードに巻き起こされる真空波の一部が鎧ごとランスのわき腹をえぐった。傷は深く放置すれば致命傷。
「っ……出血が多いな……」
傷を押さえる手は真っ赤に染まり体温が一気に下がっていく。
傷から下、下半身の感覚もなくなっていき、ランスは仰向けに倒れた。
「ちく……しょう…………シィル……」
「ランス様!!」
「…………シィル……か……味な演出だな……プラン……ナー……」
誰かに抱きつかれているようなのを感じながら、ランスの意識が闇に飲まれた。
「ランス様! ランス様!! 死なないでください!! ヒーリング!!」
隣に駆けつけたシィルの手からあふれた光が瀕死のランスを包む。
しかし、出血は緩むものの止まる気配を見せない。
『なんともまた会うことになるとはね……』
低い駆動音と共に頭上が影に覆われる。シィルが空を見上げると城が浮遊していた。
「アースガルド……パイアールか」
追いついたガルティアも空を見上げる。
「シィルさん、大丈夫。王様は必ず助かるわ」
「でも……でも……!」
『何があったか分からないけど……パイアールブランドを、僕の技術を甘く見ないで貰いたいね。オーディン、トラクタービーム用意目標、元魔王とその周辺』
『レーダー内ニイル魔人メガラスハドウシマショウ?』
『一応回収してやろう。あいつは第3デッキへ。同時に第1手術室の準備を』
『了解』
淡い光がアースガルドから降りてきてランスとシィル、ガルティアとマルチナを包む。
「あ、あの! こ、これは!?」
「ああ、大丈夫。昇降機みたいなものさ」
「王様もあの魔人に任せておけば大丈夫よ」
魔人パイアール。彼は魔王がホーネットになって以来最も変わった魔人といえる。
きっかけは人類との交流により姉、ルートの病が治ったこと。
ルートの病・カスケードは人類ではすでに根絶されていた。治療後、パイアールは完治した姉に諭され、同時に興味を持った医療に力を注ぐ決意をする。そして、約10年でパイアール製の医療機器は大陸中に広がった。今やアースガルドはその中枢。大陸中を定期巡回するパイアールの巨大病院ともいえる。
「まあ、あいつに任せておけば間違いないだろう」
「性格もだいぶよくなったし」
「だな」
シィルはそれでも不安そうにランスの手を握り締める。
4人は巨大な空中城に吸い込まれていった。

―フェリスの異空間
本来なら真っ白でただ広いだけの空間。
今は主の命でいくつかの部屋が作られている。
リビングと各自個室。ランスに捕獲された魔人たちの部屋だ。

「……ホントに、あいつは何がしたいのかしら?」
「そんな難しいこと聞くな。誰も答えられないって」
「たぶん、すぐ隣にいるあの女性でも無理だろう。底が深すぎて、臥所を共にした時も心に触れられなかった」
「臥所って……まじめな顔して言わないでよ」
志津香は額を押さえる。トレードマークの帽子は自室だ。
「まあ、その辺はいいとして……俺たちココから出れるのか?」
レイは使徒となって側にいるメアリーの入れた紅茶を飲みつつポツリともらす。
「ああ、もう!! いい加減に出して欲しいわ。外の空気が吸いたい」
「ココではまともな訓練も出来ない。何しろ狭すぎる」
閉じ込められている彼ら、かなりストレスが溜まってきているようだ。
「はぁ……、ところで協力するの、あいつに?」
「するつもりだ。事が早く終わればそれだけ早くあいつから離れられる。……近くにいるとまた別のことに巻き込まれかねんからな」
「私はそれでもかまわない。二度も助けていただいた身だ。どう扱われようと忠義はつくす」
「私は……どうなのかしら? 側に居たくてもシィルちゃんがいるから。……ふう、早く出して欲しいわ」
「違いねぇ。カビでも生えそうだ」
「きっともうすぐ出られるわよ」
突然、空間が裂け黒い影が降り立つ。この亜空間の創造主フェリスだ。
「ランスが魔王城に運ばれたから。きっとあなた達にも事情を話すんじゃない?」
「事情、ね。大まかにしか聞いてないけど……」
「俺は聞いてないぞ? いつ聞いた?」
「言わせないでくれる?」
「……ああ、すまん」
「ともかく、これから戦闘になるのだろう? 最近体がなまっている。もう少し広くならないか、ここ?」
「それもそうね。壁を取り払うから訓練はその外で。ただし、ココが見える場所でしてよ? 探しに行くのが面倒だから」
フェリスが腕を振るとリビングの壁が消えた。壁の外は延々と広がる白い空間。端も見えない。
「私でも全て把握できるわけじゃないから迷わないでね」
「レイ、相手をしてもらえるか?」
「おう、望むところだ」
レイも月乃もフェリスの話を聞いていない。
「大丈夫よフェリスさん。私が見てるから」
「助かるわ。……そうそ、伝え忘れたことがあったわ」
「何を?」
「あいつ、今大怪我してアースガルドの集中治療室よ。まあ、死ぬわけないけど」
フェリスはそれだけ言い残して姿を消した。
残された志津香はきゅっと拳を握り締める。その拳はわずかに震えていた。
「あ……な、何を不安になってるの……あのバカが簡単に死ぬわけ無いじゃない……
アレを、魔王ランスの死ぬ瞬間を見て以来、『死』に敏感になっている自分。
嫌でも不安になる。
遠くの方で雷撃の音や刃が空気を裂く音がしてくる。物思いにふけるのがバカバカしくなってきた。
二人には悪いがストレス発散に使わせてもらおう。
志津香は歌うように言葉を紡ぐ。圧縮詠唱による魔法の形状変化。
「白色破壊光線・改!!」
一度の詠唱で二発を同時発射。二本の破壊光線はそれぞれレイと月乃めがけて飛ぶ。
「さてと、私も混ぜてもらうわよ!」
とりあえず考えるのは後回しで。永遠を生きることになるのだ。過去に後悔を残したくない。今にベストをつくす。

あとがき

メガラ不憫。……書いたのはASOBUですが。
頑張って活躍の場を用意しなければ……。

追記:最後のシーンを付けたし。……とってつけたような感じがしないでもない。
まあ、いいか。とりあえず出番の少ない捕らわれ組みに愛の手を。


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