第11回 元魔王の帰還

―重い。
体が重くて言うことを聞かない。
以前もこんな状況になったことがあったっけ……確か、あれは健太郎に殺されたときだ。
あの時は笑ってられる余裕があったが今は無い。
……そうか、結局死んだか。
せっかく苦労して二人の世界を作らせたのに。1人先走ってこんなところで……。
1人残されたシィルはどうするのだろう?
悪魔が介入し始めた世界はおそらく再び戦乱の世になりシィルはそれに巻き込まれる。
何もかもが台無しだ。
魔王になったこともくじらを追放させたのも、シィルと共に転生したのも……。

……?

まだ身体が重い。
前に死んだ時はあっさりと意識も感覚もなくなったはずだったが?

そうか、……俺様は悪運がかなり強いと見える。
当然このまま寝てはいられない。まだ、元は取っていない。

早く……シィルに元気な顔でも見せてやるか。
……少々照れくさいがな。

長い間、魔王として存在し、馴染んだこちら側の空気。
見知ったる天蓋付のベッド。数えられないほどの夜を女達と過ごした馴染の物。
そして、自分を取り囲み覗き込む見知ったる顔ぶれ。
どれも心配そうに、あるいは泣きそうな表情で覗き込んでいる。
当然シィルも。

「……よう」
ちょっと、まだ引きつった笑顔で。

次の瞬間ランスは大勢の女達に飛びかかられ(その場にいた全員が半ば反射行動で抱きつこうとした)、再び昏睡状態に陥った。

―魔王城 魔王の寝室
「……はっ、私としたことが……」
「ホーネット〜、重い」
「姉さん、早くどかないと魔王さ……じゃない、ランスさんが窒息します!」
「は、早くどかないと王様が!」
「ランス様! 皆さんどいてください!」
みなさん大パニック。
「む、人間の癖に生意気だぞ! ランスの奴隷に過ぎないくせに!」
「今はランス様の妻です!!!」
「!!」
サテラ、シィルに気迫負け。何か言いたそうだが二の句が次げなかった。
「サテラ、もう少し考えてから言葉にしなさい」
「う……わかった」
アースガルドがランスたちを回収してすでに三日、過去の知り合いがいたこともありシィルは魔人といるということに少しずつ慣れてきていた。だが、サテラはいつまでも突っかかってくる。
「ああ、何年ぶりかしらこの感触……」
ぎゅ〜。
「シルキィ!!」
抜け駆け厳禁。ホーネットはシルキィを引っぺがし投げ捨てた。手加減なし。
結構大きな破壊音がしたが誰も気に止めなかった。
「……こほん。皆さん、もう少し落ち着いて行動するように」
「ホーネットが真っ先に動いたくせに」
「何か言ったかしらサイゼル?」
「い〜え、何も」
「そう、ならいいわ。私達は部屋を出ましょう。……シィルさん、後はお任せします」
「あ、はい!」
魔王ホーネットが魔人たちを連れて部屋を出る。
これで広い魔王の寝室はベッドで眠るランスとシィルの二人だけとなった。
「ランス様……よかった……」
安心したら急に睡魔が襲ってきた。実際ランスにつきっきりでほとんど寝ていない。
眠れる精神状態ではなかった。だが今は、ランスの笑顔を見てしまったら急に眠気が。
シィルはランスの手を握り締めベッドに突っ伏すように眠ってしまった。

「ふあ……しかし、あいつらに殺されかけるとはな……」
ランスは身体を起こし身体を捻る。痛みは無い。
「たいした技術だ。さて、と……」
ベッドから出て、代わりにシィルを寝かせる。
『なんじゃ、もう起きたのか』
「押しつぶされて意識を失ったのは一瞬だ。アレの音で目は覚めていた」
『なるほどの』
アレとは壁にめり込んだシルキィの事。ぐったりしているがまあ、死んではいないだろう。
ランスはベッドにかけられていたカオスを腰に吊るす。
「どれくらいたった?」
『三日じゃな』
「ちっ、時間が無いな」
『1人で無茶をしたお前が悪い』
「……」
『シィルちゃんがどんな気持ちだったか分かっておるじゃろう?』
「黙れ、バカオス。言われずとも分かっている」
ランスは寝息を立てるシィルに唇を重ねると部屋を出た。
『どこへ行くつもりじゃ?』
「腹減った。三日間なにも食ってないわけだしな」
カオスにも聞こえる大きさでランスの腹の虫が鳴く。
『……腹が減っては戦もできんか』
「そうだ。ん? あれは……少し寄り道だ」
ランスは中庭へ足を向ける。
『誰を見かけたか想像付いたぞい』
「かなりすごい庭になってるな……同じ場所とは思えん」
現在の魔王城中庭、そこは魔王領とは思えぬ場所だ。色とりどりの花や植物がある。
空中にはマリア製の人工太陽も浮遊している。とはいえ今は彼女が作業中のため光は弱い。
その彼女は鼻歌を歌いながら花に水をまいていた。
「エレナ」
ランスは後ろから声をかける。
彼女の手から如雨露が落ちた。
「……夢、ですよね? 目が覚めたら……またいなくなってしまわれるのでしょう?」
わずかに震える声。時を刻むことを止めた身体は以前のまま。
「なんだ、俺様のことを見に来てはいなかったのか?」
「だって……会ったら……正気でいられる自信が無かったから……」
「正気でいる必要などない。そうなったら俺様がすぐに正気に戻してやろう」
背を向け立ち尽くすエレナをランスはその腕を取り引き寄せる。
「っ……!」
一瞬全身が硬直するが、懐かしい温かさに包まれるとそれもすぐに消えた。
その代わりに心臓が早鐘のように打ち続ける。魔王の使徒として吸血鬼となった身体はちょっとやそっとではこんな状態にならない。今はまったく統制が利かない。
「元気そうで何よりだ。シャリエラもレベッカも俺様の家で元気にしている。お前やすずめのことは気にしていた」
「王さま……」
そこでようやく、エレナがランスの顔を見る。
ちょうどヘルマンの実家から白馬で連れ出された頃のように若い、大好きな人の顔。
エレナはうれしくなって力いっぱいランスを抱きしめた。
「!! エ、エレナ! ギブ、ギブアップ!」
ランス受難。完全には塞がりきっていない傷口がぱっくり開いた。だばだばと出血。
「あ、え!? 王様が血だらけ! あう……」
エレナは失神、そのまま崩れ落ちる。
「つつつ……おい、エレナ。……気絶してやがるか。まあ、元気なことには変わりないか」
ランスはぐったりするエレナを木陰に移動させ再び食堂を目指した。
歩いた後には点々と血の後が残る。
『お主平気なのか?』
「見た目ほど痛くは無い」

―魔王城 サクラ&パスタ本店
時間はちょうど昼時、食堂は割りとにぎわっていた。
だが、ランスが姿を見せたとたん静まり返る。
「なんで血だらけの人間がここにいるんだ?」
ランスの事を聞いていない者もまだいたらしい。
一体のワイトナイトがランスの前に立ちふさがる。
「食料になりたいのか? ん?」
「消えろ」
ランスは明らかに不機嫌そう。
今にも爆発しそうな張詰めた空気。
「こ、この馬鹿! これだから最近の若いヤツは!」
突然もう一体ワイトナイトが出てきて最初のワイトナイトを殴り倒した。
そして、自分はランスの前に片膝をつく。
「ご無礼をお許しを。まだろくに生きていない若輩者ですゆえ」
「……まだ生きていたか。アンデットだし当然といえば当然なのか?」
ほとんど同じ姿をしたモンスターとはいえ力の強弱や個性を持つものも少なくない。目の前に膝を着くのは力を持つ者の一体。
ランスが魔王であった頃から生きていて、当時使徒になりたてのエレナ達4人の護衛を命じた者。そのとき、目印に与えた力を付与する呪印が今も甲冑に残る。
「ちゃんと教育しとけ」
「はっ!」
今は1人の人間なのに、モンスターが膝をつく。殴られたそいつにはそんな状況が理解できなかった。だから剣に手をかける。
「そこ! 出てけ」
直後、食堂内では魔王も逆らわない人物が現れた。
「剣を抜いたらばらしてスープのだしにするわよ?」
実際やられたやつもいる。普通サイズの包丁で暴れたデカントが刺身にされた。
以来、食堂で彼女に逆らう愚か者はいない。
「よう、マルチナ。何か食わせてくれ」
「はいはい。って、血だらけじゃない!」
「ん、まあ、たいしたことない。それより腹が減った」
「大丈夫って言うならいいけど……三日間寝てたみたいだし……ちょっと待ってて」
マルチナが厨房へ引っ込みそれを機にランスに攻撃しそうになったワイトナイトは食堂から逃げていった。

「それにしてもよく食べるのね」
「ふぃっかぶんだ」
「飲み込んでからしゃべって」
「……ごくん。うまい。三日分だ、もっと持って来い」
「ガルティアみたい。メニュー片っ端から出していくわよ?」
「おお、それで頼む」
「残したら罰ゲームね」
「なにやらせる気だ?」
「当然皿洗いよ」
「食いきるさ」
ランスは本来ガルティアが座る特等席に陣取りだされる料理を片っ端から食べていく。
ガルティアもびっくりな食べっぷりにいつの間にやらギャラリーも出来る。
「はい、これでメインは最後。しかし、ホントに食べちゃう?」
「俺様も驚いている。意外と食えるものだな」
「常人離れしてるわね、やることなすこと全部」
「褒めてるのか?」
「当然。けど、人の気持ちには鈍感。もう少し、奥さんの事大事になさいな」
「ごちそーさん」
「あ、ご飯粒が残ってる。皿洗いね」
「それくらい見逃せ。今はホーネットに会わにゃならん」
「だ〜め。ちゃんと来てよ?」
「その後でいいならな。ごっそさん」
こうしてランスは食べるだけ食べて食堂を後にした。
「……マルチナ様、あの人はいったい?」
「あ、そうか知らないのも無理ないわね。あれは元魔王。先代の魔王、リセットの父親よ。今は転生して人間だけど、強さは魔人並みか……もしかしたらそれをはるかに凌ぐかもね」
「それであのワイトナイトが……」
「ホーネット様のお客だってちゃんと分かってたのね。さ、王様が食べちゃった分一気に作るわよ」
「はい!」

―ホーネットの部屋
ホーネットが生まれたときから使っている部屋の方である。
魔王となってからはランスのいる部屋で寝起きしていたがランスが運び込まれてからはこちらで寝起きしている。いつものお茶会も必然的にこちらでの開催となる。
「けど、なぜ今になってこちらへ来られたのでしょう?」
「それはわかりません。でも、一つ言えることは私でも居所が掴めない3人はまだ生きているということ。ガルティアとシィルさんの話をあわせるとランス様が使役しているフェリスという悪魔が隠しているのでしょう。ランス様が志津香さんや月乃さんを殺すわけ無いですし」
「サテラもそう思う。……レイは知らないけど」
「私は無事だと思うな。レイの恋人も一緒に消えたじゃない? 元魔王の性格からして一緒に閉じ込めてるかもよ」
今日のメンバーはホーネットにサテラ、サイゼル&ハウゼル、アールコート。
「でも、王様は男性には容赦しないですし……」
「アールコートの言ったとおり男は嫌いだ。が、使えるやつは生かす。相手の戦力が把握できていないから、こちらの手駒は多い方がいい」
「ふ〜ん、なるほ……って、なんでいんの? そこはハウゼルの席よ?」
いつの間にかランスがハウゼルと入れ替わっていた。
ハウゼルはというとボールギャグを噛まされ、両手足に手錠を掛けられ、さらに亀甲縛りまでされてベッドの上に。
「あ、えっと、ランス様、身体はもうよろしいのですか?」
激しく動揺しつつホーネットは平静を保とうとする。
いつの間に入れ替わったのか本気で分からなかった。座席は自分の正面にもかかわらず、ランスはホーネットにも誰にも気づかれずハウゼルを縛り上げた。
人間業ではない。それ以前にいつ部屋に入ってきたのか?
「ちょっと傷口が開いたが問題ない。ちなみに俺様がここへ来た手段が志津香やレイのことに対する解答だ」
よくみるとランスは血まみれ。今も血が滲み出している。だが、ベッドの側から椅子への間にしか血の後は無い。
「フェリスの異空間はどこにでも入り口を開ける。ハウゼルをそこへ引き込み縛って、俺様はあそこからここへ、だ。せめてこちらへ来てからくらいは気づけ」
「も、申し訳ありません……」
「まあ、それはさておき、後で玉座に全員集めてくれ。話がある」
「魔人を、ですか?」
「ああ。リセットや無敵にも会っておきたいからな。当然あいつらもだ」
「え、聞いておられないのですか?」
「誰からだ? 何を?」
「プランナーからリセット様と無敵様の行方について、ですが」
ホーネットから話を聴いた後ランスは大声を上げた。

「プランナー!」
「あ〜、そろそろ呼び出すだろうと思ってた……」
ランスはプランナーの襟を引っつかみ詰め寄る。
「なぜ、教えなかった?」
「教えてもどうしょうも無いから。こっちからは介入できない。向こうでうまくやってるようだからきっと戻ってくるよ」

今は一人の人間なのに、創造神に喧嘩ごしで迫る傍若無人さ。
戻ってきたんだと実感する。自分の力を必要としてくれた人。人でないものになってもついていきたいと願った人。
さっきまで、緊張して、声も出なかったが今は大丈夫。
「王様……お帰りなさい」
「お、おう」
アールコートの幸せそうな笑みと声に毒気を抜かれランスはプランナーを放す。
すぐさまプランナーは姿を消した。
『そうそ、今度、悪魔王と会うことになってるんだった。もしかしたら一気に進展するかもよ?』
「何!?」
『じゃあ、また今度』
「あ、おい待て! ……どういうことだ?」
「さ、さあ?」
プランナーの、あの創造神の考えることは想像も付かない。
「……ま、いっか。よし、じゃあ、気分転換だ。脱げ」
「あの……ランス様、明らかに大丈夫ではなさそうな傷はよいのですか?」
「お前達が治してくれればいい。ハウゼルもあのまま放置じゃ辛いだろう」
「ふふ、久しぶりね」
サイゼルは乗り気。さっさと服を脱ぎ落とす。
「ランス、最初は……その……サテラとして欲しい……」
「駄目です。王様……最初は私にしてください」
珍しくアールコートも強気に出て恥らいながらも細身の裸体をさらす。
「そう焦るな。……どうした? ホーネットも脱げ。ヤルぞ」
「し、しかし……まだ日も高く―はふっ!?」
うるさい奴は唇で黙らせる。激しく舌を絡めるとホーネットはすぐに堕ちた。
「文句は無いな、ホーネット?」
「……はい……」
ランス達がベッドに近づいてくるとベッドの上で焦らしにじらされたハウゼルが歓喜に目を潤ませた。
「順番はじゃんけんな。そうすれば喧嘩にならんだろう?」
「よ〜し、サテラは絶対勝つ!」
「負けません!」
サテラとアールコートがじゃんけんを始める。だが決着がなかなかつかない。
「あいつらは後だな。最初はお前だ」
ランスはハウゼルの縄を外すとその肌に指を滑らせる。
「「ああ〜〜〜! ずるい!」」
後ろでじゃんけんしてた二人が何か叫ぶがランスは聞かないフリ。
「さしあたっての時間はある。1人2順するぐらいの時間はな」

あとがき

ホーネットファンの方、大変長らくお待たせしました。
ようやく、彼女がでてきました。
ここからは話の展開が一気に進むかもしれません。


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