第12回 均衡の破綻

―ホーネットの部屋
ランスがガーガーいびきをかきながら眠っている。
そのランスに抱きつくように、少しでも触れられる様に数人の美女と美少女が眠っている。
「……カオスさん、こういう時どういう表情をすればいいのでしょうか?」
『とりあえず、蹴り起こすくらいはいいと思うがの』
「蹴り起こすだなんて……」
シィルは困り顔。きっとこうなるだろうとは思っていたが、目を覚ました時に声くらいかけて欲しかった。
「ランス様、起きてください」
シィルはランスを揺り起こす。そして、何人もの性臭が混ざった空気を入れ替えるべく窓を開ける。ちょっと冷たい空気がベッドの集団をなで上げた。
「う〜ん、寒い……ホーネット、窓は開けないで〜」
サテラはきゅっと縮こまりランスにしがみついた。
シィルは少し引きつった笑顔でサテラを引き剥がした。
「な……! 何をする!」
「それはこちらのセリフです! ランス様! ホーネットさん! 皆さん起きてください!!」
「ふあ〜、シィルか……。……シィル!?」
ランス、飛び起きる。そして、寝ぼけた頭で今の状況を把握する。
5秒ほどランスの動きが止まった。
「……ああ〜、なんだ……その……すまん」
ランス謝る。
「謝らなくてもいいです。でも、起きたのなら声くらい掛けてください……起きたら、ランス様がいなくて……心配で心配で……」
シィルが目を潤ませると、ホーネットや他の女達はそそくさとベッドから離れた。
ランスはシィルを抱き寄せ、ホーネットたちに部屋を出るように目配せする。
(やっぱり、ランス様にとってはシィルさんが一番……理解はしていてもこう見せ付けられてしまうと……)
魔王の記憶を引き継いで、ランスの想いにも触れたことがある。そこにはシィルしかいないのだ。自分達は一線を引いたところにいる。分かっていても、魔王であっても1人の女である。シィルのことがうらやましくて、そして、少し妬ましい。
ホーネットは魔王の寝室に転移した。ちょっとでも早くあの部屋から出たかった。
「……ランス様……」
今は誰もいない魔王の寝室。ホーネットのつぶやきは誰にきかれることも無く消えた。

―サテラの部屋
「シーザー、ただいま」
「オカエリナサイマセ、サテラサマ」
「お風呂入ってくる……」
自室に戻ったサテラはのろのろと浴室に向かう。服はその途中で脱ぎ落とす。
と、足を止めた。
「……シーザー、サテラは変なのかな?」
「サテラサマ?」
「ランスの側にいたい。でも一番がいいのに……ランスの一番はあの女。あんな貧弱な人間の女。あんなヤツ殺してしまってでもランスの一番になりたい。……でもそれをやってしまったらサテラはきっとランスに殺される……でもきっと、その瞬間だけはランスは、サテラだけを見てくれる……それでもいいかなって思ってしまう時があるんだ……」
「……」
「ごめん、変なこと言って。頭冷やしてくる」
何もいえなかったシーザーを置いてサテラは浴室へ。シャワーの温度を一気に下げて全身に浴びる。自分の中にある黒い考えが流されていくような気がした。
「何で……なんであんなことを思ったんだろう……」
自問自答。だが、理由は分かっている。ランスがシィルを抱きしめたその姿を見たからだ。
嫉妬。妬み。自分はああしてもらえない。
一度は目の前で死なれて、再び会えたのに、一定の距離からは近づけない。
その原因があのピンクの女。邪魔な存在。しかし、除去することは出来ない。
「ランス……サテラのこの気持ちはどうすればいいの?」
水の流れがサテラの呟きをかき消した。

―アールコートの部屋
「はふ……」
昨夜の行為を思い出し、アールコートはベッドに身を投げ出す。
好きで好きで仕方ない人。でも、ある一線は越えられない。
シィルさんという人がいるから。ランス様の一番で、中心にいる人。
うらやましいけど、成り代わろうとは不思議と思わない。
私は……そばにいることが出来ればそれでいい。
たまにでいい。ぎゅっと抱きしめて、かりそめでも愛してもらえれば。
ランスのことを考えるだけで体が昂ぶる。
夜にあれだけしたのにまた身体が疼く。
「ん……っ……」
無意識に胸を愛撫し体に指を這わせる。
これはランスの指。
キスをして、舌を絡める。
それはランスの舌。
足を押し広げ押し当てられる熱い塊。
それはランスの……。
がばっと、アールコートは飛び起きた。真っ赤になっていて息も荒い。
「っ〜〜〜〜〜」
再びベッドに突っ伏すとボスボスと枕を殴りつける。
久しぶりに抱かれたことで、気持ちが暴走気味だ。
「落ち着け、落ち着いて、私……」
深呼吸を繰り返す。
「王様……私……胸が苦しい……」
想いは時間と共に募る一方。はたしていつまでも平静でいられるか?
アールコートはぎゅっと枕を抱きしめた。

―サイゼル&ハウゼルの部屋
「あ〜、気持ちよかった。やっぱりあいつとはこういう関係でいたいわ」
「どういう関係?」
「たまにえっちする関係。だって私の本命は決まってるでしょ?」
「あん、姉さん……夜にあれだけしたのに……」
「あら、たくさんいたから欲求不満なのよ……」
部屋に戻るなり妹を押し倒すサイゼル。
抵抗らしい抵抗もせずにハウゼルはされるがままに。
「けどね、姉さん。今までの均衡が崩れてしまった。……ランス様を取り巻くみんなの関係はどうなるのかしら?」
「一番の登場だもんね……。ホーネットやサテラあたりは複雑そう。……あのピンクちゃんに手を掛けたりしなければいいけど……」
「ホーネット様は大丈夫として、心配なのはサテラ……。サテラは脆いから……」
「あれは一度壊れかけたからね……あの人に対する依存度が大きすぎるのよ」
「心配ね……」
「そうね……」
皆平等な位置がよかった。そう思わずにはいられない。誰もが狙っていて、それでいて、誰も捕らえられないそんな状況。その均衡が崩れた。

―魔王城 玉座の間
「お久しぶりですね、カイト」
「うむ。ケッセルリンクか」
「こうして集結するのは久しぶりだ。理由は想像がついているがね」
「俺にはよくわからん。なぜだ?」
「簡単だよ。あいつが帰ってきたのさ」
ケッセルリンクとカイトの会話にパイアールが口を挟む。
「あいつだと?」
「元魔王にして魔王リセットの父親。今の世界の中心存在。ここまで言えばわかるだろ?」
「まさか……」
カイトはケッセルリンクを見る。
「そのまさか。異端の魔王、ランス。その転生体がここへ来ています」
「……また一波乱ありそうだな」
「ええ。一波乱で済むかはわかりませんが」
そこで二人は口を閉ざす。玉座に魔王ホーネットが転移してきた。
「全員そろっていますね?」
ホーネットは室内を見回し確認。
実際は集合命令のため魔人に拒否権はない。しぶしぶながらカミーラもそこに来ている。
「今日集まってもらったのはある方の話を聴いてもらうため。世界の一大事です」
「まあ、そういうわけだ」
声の主は当然ランス。フェリスの異空間を渡りホーネットの前に姿を現す。
「ええええ〜〜〜〜っ!!??」
とたんに悲鳴が。
「おう、久しぶりだな、マリア」
「え、う、うん。久しぶり」
マリアが魔王城についたのはつい先ほど。それまではリーザス地方にいて都市再建事業をやっていた。つまり、ランスが魔王城に来ているということをまったく知らなかった。
全魔人中唯一である。
「あ、あれ? シィルちゃんも? う〜ん、何がどうなってるの?」
「マリアさん、落ち着いて」
ホーネットに諭されマリアはなんとか戻ってきた。
「フェリス、全員出せ。分けて話すのは面倒だ」
「今?」
「すぐにだ」
「しらないわよ」
フェリスはごめんなさいと心の中で謝りつつ、異空間内に閉じ込めてあった全員を吐き出させた。
目の前にあった食事が消えて目をぱちくりさせるレイとメアリー。
ソファーで丸まって居眠りしていた月乃。
そして、風呂上りであろう志津香。彼女は下着姿でした。
固まる志津香。
「さて、わざわざ俺様がここに来た理由だが―」
平然と話し出すランス。
「白色破壊光線!!」
志津香はほとんど詠唱無しで大魔法をぶっ放した。
魔法自体はホーネットが一瞬でレジストしたため被害は無い。
ランスは肩で息をする志津香にマントを投げてよこした。
「なんて格好だ。それでも着てろ。時間が無くてな」
「え、うん。ありがと」
「ああ〜、話を戻すぞ。今の大陸が俺とシィルを中心に動いているということは知っているはずだ。記憶も封じてこちらに関わることなく生きていくはずだった。だが、どこぞのバカ共がそれを邪魔しやがる。悪魔が地上に介入して戦乱の兆しが生まれている。今さら、混沌とした時代に逆戻りさせられてたまるか。バカ共をぶっ潰す。そういうわけだ、力を貸せ」
当然とばかりに頷くホーネット。
しかし、異を唱える者が。
「しかし、彼方は人間。いきなり命令されて『はいそうですか』と命令を聞くのは癪に障りますね。魔王の命令ならいざ知らず、彼方の命令である以上承服しかねます」
「やっぱりそうだろうな」
「では改めて私が……」
「ケッセルリンクの言うことはもっともだが、ここでホーネットが命令してしまえば面白くない。言い分は聞いてやるぞ?」
「そう来なくては。私は弱い存在の命令を聞くつもりはありません。少なくても互角かそれ以上で無いと」
「はっきり言え。俺様と戦いたい奴は何人いるんだ?」
女性魔人が動くはずも無く、動いたのはケッセルリンク、カイトのみ。レイとメガラス、ガルティアは一度負けたため従うつもりのようだ。
「ランス様! また魔人と戦うおつもりですか? 止めてください!」
「そうもいかん。シィル、安心しろ。俺様が負けるはずも無い。ホーネット、お前も口出し厳禁だぞ」
「しかし……」
「ホーネットだけじゃないほかの誰も手も口も出すな。じゃあ、続きはこいつらをのした後だな。外へ出るぞ」
やる気満々の三人は玉座の間を出て行く。残りの者はただそれについていくしかなかった。

―廊下
「ホーネット……ランスを止めないのか?」
「止めるのは簡単。でも、ランス様はそれを望んでいないわ……」
「そうだな。それに止めたらランスは怒る。なんだかんだ言ってもあいつも戦うことが好きなんだ」
「それでも……私は止めに入りたいです……」
「シィルさん……」
「止めたければ止めに入ればいい。巻き込まれてお前が死んだらランスを独り占めするやつがいなくなる」
「サテラ!」
サテラはつい口を滑らせたのだが、ホーネットは思わず手を上げた。
乾いた音が魔王城の廊下に響く。
「あ……」
「つ……ホーネットだって……ホーネットだって嫉妬してるくせに!」
サテラは捨てゼリフを残し、後ろも見ずに走り去った。ホーネットはサテラを叩いてしまった手を強く握り締めうつむいている。なんとも気まずい雰囲気が漂った。
「くくく……」
そんな気まずい雰囲気の中、笑い声が。
声の主はカミーラ。
「……何がおかしいのです?」
ホーネットの目が鋭くなり殺気を帯びる。心臓を鷲掴みにされたような、そんな気がしてすぐ側にいたシィルは壁際まで身を引いた。
人間にはそんな影響を与える視線にさらされてもカミーラは顔色一つ変えない。
「今のやり取りだ。最大の敵は殺気にさらされ脅えるただの人間……。それに振り回されるのはたった一人の人間に固執する魔王と魔人。面白い構図だと思わないか?」
「いえ、まったく。……カミーラ、貴女もその魔人の1人ではないのですか?」
「そう……かもしれない。だが、あの男に興味を持っている。ただそれだけ。愛だ、恋だの、人間的な感情は持ち合わせていない。それにヤツは人間。側に置くことを望むだけ無駄だ」
「それは……」
「脆弱な生き物にかける情は自らを追い込むだけだ。魔王としてのヤツが死んだ時、2度と叶わぬ夢と分かったはず」
「……ちょっと、思い出させないでくれる?」
今まで静観していた志津香がカミーラを睨みつける。
魔王ランスの死。その瞬間を見てしまい、今は記憶のそこに沈めてある。
だが、今のように小さなきっかけで目の前にちらつく。血を流し、消え行くランスの姿。
「不愉快だからそのへんにしておいてくれない?」
「……黙れ」
「嫌よ」
「志津香!?」
「マリアも黙ってて。そもそも何? さっきのは笑うようなところじゃないでしょ? 他人の神経を逆撫でするようなことしないで頂戴」
志津香は相手がプランナーであれ、カミーラであれいつもの勢い。
隣のマリアは心配そうに見守る。
「……そうだな。詫びよう」
「な!?」
あのカミーラが非を認めた。その事実に、魔人たちは驚愕する。
その隙にカミーラは言葉をつむぐ。
「だが、もう一言だけ言わせて貰う。お前達も考えたことがあるだろう? 人と、魔人であるからあせってしまう。時間がないからお互いをけん制しあう事になる、と」
その場にいたシィル以外の全員にカミーラの言いたいことが伝わった。
「ヤツを時の楔から解放し、そして、さらに自分の側に置いておく術もあるはずだ」
場の空気は緊張に凍りつく。そんな空気に耐えられないシィルは廊下の隅に縮こまることしか出来ない。
「今回の事が終われば……私はヤツを使徒にする」
この場にいないサテラも含めて、ランスを慕う女性魔人は皆一度はそのことを考えた。
果てしなき時。二人の時間。
血の絆。切れぬ繋がり。
それは、とてつもなく甘美なる誘惑。
「強く、美しいモノは私の使徒となるに相応しい。ヤツは両方を兼ね備える。そういう意味で非常に興味を持つ」
カミーラの宣言は女達の思考を停滞させる。
廊下は不気味なまでに静寂に包まれた。
そんな中、最初に停滞を抜けたのは月乃だった。彼女にとってランスは従うべき相手であり従わせるものではない。誘惑を振り切るのは早かった。
「……愚かな。あの方がそれを受け入れると思うか?」
「チャンスはいくらでも作れる。身体を開けばな。アレはそういう男だ」
「……本気で言っているのなら、私は全力で阻止させてもらう」
「新参者が大きな口を……1人で抵抗できるつもりか?」
「あら、2対1ならまともな勝負になると思うけど?」
志津香も誘惑を振り切る。いつでも戦闘に突入できるよう身構える。
「王様はあのままがいいの。……使徒にしてずっと一緒にいるのもいいかもしれないけど、それはきっと私の望む時間じゃない」
アールコートもカミーラの甘言に打ち勝った。
「これで3対1ね」
「月乃さん、志津香さん、アールコートさん。貴女達が出る必要はありません」
鶴の一声とでもいうべきか、全員の注意が魔王ホーネットに向く。
「カミーラ、貴女がランス様を使徒化しようとしたなら……。貴女を消去し初期化します」
そう言い切るホーネットからは静かな怒気が漏れ出している。
場の空気は緊張を通り越して爆発寸前。いつ戦闘に転がり込んでもおかしくない。
「マルチナ、腹減った〜」
なんとも情けないガルティアの声。
張り詰めた爆発寸前の緊張が一瞬でしぼんだ。
「はいはい、王様の喧嘩が終わったら作ってあげるから」
「もう終わってるといいな」
「ホーネット様、こんなところで立ち話なんてしていないで外に見に行きませんか?」
「そ、そうですね。……ランス様も待っているかもしれませんし……」
ガルティアとマルチナにみなの注意が向いている間にカミーラはスッと姿を消す。
それにより完全に闘争の空気ではなくなった。
「シィルさん、申し訳ありませんでした……」
廊下の隅で縮こまるシィルにホーネットは手を差し伸べる。
もう普段のホーネットだがシィルは無意識のうちに距離を取った。
ホーネットはそれに気づき差し伸べた手を引っ込める。今は近づくべきではないと悟ったから。
「さ、皆さん、行きましょう。ほら、シィルさんも立って」
マルチナがシィルに手を貸し何とか立たせる。何とか立ちは出来たものの足は震え顔色は悪い。
マルチナはシィルの手を取ると先頭に立って歩き始めた。

―食堂
「ありがと、ガルティア」
「あんなもんでよかったか?」
あれから城の外へシィルを連れて行ったあと、ガルティアとマルチナはすぐに引き返して食堂に向かった。
「十分よ。……あのままだと大惨事になりそうだったから」
「魔王とカミーラの戦闘じゃ、アイツとカイトの喧嘩どころの騒ぎじゃないからな。しかし、演技のはずだったが腹減ったぞ」
「はいはい、なにがいい?」
「ラーメン大盛りでチャーシューたくさん」
「ん、ちょっと待ってね」
先ほどのガルティアとマルチナの行動、あれはホーネットとカミーラの戦闘を回避するための即興の芝居。シィルの状態を見かねたマルチナがガルティアに協力を頼んだ。
「はい、おまちど」
「ひたひゃきまふ!」
言いながらすさまじい勢いでラーメンをすするガルティア。マルチナはそれをじっと見つめる。
「ごっそさん。……俺の顔になにかついてるか?」
「なにも。ただ、私は恵まれてるなって」
「……永遠の時間、か。マルチナは辛くないのか?」
「全然。……私はガルティアに独占されているから」
「誰にでも料理を作ってやってるじゃないか?」
真顔のガルティアにマルチナはくすりと笑う。
「そういう意味じゃないわよ、もう……」
おそらくガルティアに理解させるにはもっと時間がかかる。
だが、時間は無限にある。
永遠。甘美な誘惑だったのだろう。
しかし、お互いの関係次第でそれは永遠の苦痛ともなりえる。
「……私達はずっと仲良くいましょうね?」
「当然だ。マルチナの料理はうまいからな。もう離れたくても離れられない。なんというか食虫植物にかかった虫の気分か」
一言余分。
マルチナは笑顔のままフライパンでガルティアの頭をガシガシ殴った。

―魔王城 正門前
「どっちからでもいいぞ。気の済むまで付き合ってやる」
「俺からいこう」
「ケッセルリンクはそれでいいのか?」
「ええ、かまいません」
「なら早速始めるか」
相対するランスとカイトを取り囲むように女性魔人や興味を抱き見に来た城勤めのモンスター達が円陣を組む。

「勝負だ」
「おう、きやがれ!」
激しい戦闘が始まった。

―魔王城内
強力な力と力のぶつかり合いは物理的な衝撃波となって城にぶつかり揺らす。
城が軋みパラパラと埃や石の欠片が。
廊下にモップ掛けをしていた人物の動きが止まった。
今しがた綺麗にしたばかりの廊下が白く埃をかぶる。
再び城が揺れさらに石材の欠片も振り落ちてきた。
「お城を汚す人は何人たりとも許しません……」
抑揚の無い声でつぶやき右手に水入りバケツを二つ、そして左手にモップ2本を装備。
いざ出陣。向かうは衝撃波の発生地、魔王城正門。
「あれ? すずめ様、どこへ?」
同じく廊下を掃除していたメイドさんがその人物、加藤すずめを振り返る。
魔王ランスの使徒たる彼女は現在メイド長の位置にある。魔王を母体に持つ吸血鬼のためその力は並みのモンスターでは足元にも及ばない。潜在能力だけを取れば魔人の使徒のそれすら上回る。それゆえか魔王城一怒らせれば怖い人物とうわさされている。城を汚すものへは容赦しない。
「汚した人に掃除するように言ってきます」

―正門前
「くっ、本当に人間の力か……」
「どうした、カイト? 腕が落ちたんじゃないか?」
勝負は最初こそカイトが押していたもののいつの間にやら劣勢に。ランスは過去の記憶を元にカイトの動きにある癖を見切り的確にそこを突いていく。カイト本人は癖があるという自覚が無いため次第に防戦一方になる。
打って出ようにもランスに隙がない。
強い。認めるしかない。
「はあっ!」
「甘い!」
カイト渾身の一撃は完全に空振りした。隙だらけだ。ランスはカオスを後ろに引き、突きの構え。
ガードは間に合わない。
突きは的確にカイトの首の皮一枚を切り裂き止った。
「ま、まいった……」
「ふん、もう少し自分の動きを研究しろ。過去と何も変わっていない」
「そうか。……俺はお前に従おう。何も文句はない」
「よし、それじゃあ、ケッセルリンクの番だ」
「駄目です」
「ん?」
声の主はギャラリーを押しのけて現れた。
ランスもケッセルリンクもそちらを振り向く。
「先にお掃除していただきます」
「おう、すずめか」
「王様……?」
予想してなかったのかバケツとモップを取り落とす。
「そんな……また、会えるなんて……」
すずめは涙を浮かべてランスに抱きつく。
「……闘争の雰囲気ではありませんね」
「そうだな。また後で、だ」
しばらくはランスの胸で泣いていたすずめだが周囲にたくさんのギャラリーがいた事を思い出し顔を離した。
さっと、涙をぬぐいランスから離れる。
「王様……」
「なんだ?」
「お掃除、してくださいね?」
「は?」
「カイトさんもです」
すずめは二人にバケツとモップを押し付ける。
「お二人の戦闘でお城が軋み、せっかくお掃除したばかりの廊下が真っ白になってしまいました。ですから、手伝ってくださいね?」
ランスとカイトは戸惑うばかり。
ただ、なんとなく逆らいがたい雰囲気がそこにはある。
というか、その目に逆らえない。
「何ならここにいる皆さんも手伝っていただけます? そうすれば早く終わります」
すずめの方を見たものはほとんど、それが正しいと思い込む。そうならないのは同じ能力を持つケッセルリンクと魔王たるホーネットくらいのものだ。
こうして、ランスもシィルも、魔人もモンスターも誰もが掃除に借り出された。
わずかな違和感と戸惑いを抱きながら。
「……なんて強力な魔眼なのかしら……」
「魔人ですら支配してしまうとは……恐ろしい。いくら私でもこれだけの数の対称に効果は及ぼせない」
「無事なのは私たちくらいですね。ランス様も簡単に……」
すずめをはじめとするランスが吸血鬼化した4人は魔人の使徒がそうであるように、何かしらの特化した力を持った。それに気が付いているものといないものがいるがすずめは気づいていない方。
その強力な魔眼にはほとんど誰も逆らえないということを本人は知らない。
知らないからこそ強力な力たりえるのかも知れないが……。

こうして、魔王城は突然の大掃除でかなり綺麗になった。
だが一方で時間は刻一刻と進んでいく。

あとがく2

ちょっと改定。というか加筆。
お知り合いのSS書きさんにアドバイスいただいて2つほどシーンを追加。
……しかし、チャットで話したものとはかけ離れている予感……。
ダメダメですな。


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