第14回 魔王と魔人の憂鬱

―魔王城 ホーネットの執務室
ちょっと息抜きにランスの写真を眺めていたホーネットはノックの音で我に返る。
「どうぞ」
「失礼します。ホーネット様、少し聞いていただきたいことが」
入ってきたのはメイド長すずめ。その表情はどことなく落ちつきがない。
「何かトラブルでも?」
「いえ、実際に決まったわけじゃないんです。……でも、確実にそうなった気がして……」
「落ち着いて。分かりやすいように話してください」
「は、はい。……魔王の使徒になった私たち4人はある程度の共鳴というのか共感というものをお互いに感じます。どこにいても互いの位置と存在はつかめるのです。……けど―」
言うのも辛そうにすずめは自分の肩を抱く。
信じたくない。だが、感覚は事実を告げてくる。
「シャリエラとレベッカが消えました……」
言葉にするのも辛い。認めたくない。
「いつなのです?」
「つい先ほど。……夜に、私たちの時間に」
普通の人間が束になってかかろうと、おそらく押さえつけることも出来ないはずだ。そうなると一つの可能性が浮かんでくる。
「……分かりました。至急ランス様に連絡を取ります。……敵の手は想像以上に長いようです」
ホーネットはすぐさまランスの位置を探しすぐ側に転移した。

―カラーの森 ケッセルリンクの館
最近、魔人の森にある自分の城に戻ることはほとんどない。実際あそこは放置である。必要なものはすべて移動させてあるし、使徒も当然ここにいる。
今は夜。人である彼らの時間ではない。一晩部屋を提供することにした。
まあ、当然一番離れた部屋だが。

「朝までには準備をします。今夜はこの部屋を使ってください」
「わかった。もう少しマシなものを用意しておけよ」
「分かっています。……魔人でいるとどうも時の流れに疎くなってしまうもので」
「永遠の命、か。気が遠くなりそうだな」
「過去も未来もない。今を存在するしかないのです。あまりよいものではないと最近思うときがありますよ」

命は終わりがあるからこそ輝く。人間は短い命を持つが故美しくある。
彼らは最たる例といえよう。
なら、魔人は?
我々はどうなのだろうか?
振り返る過去は忘却の彼方、仮定する未来も存在しない。
……考える時間はそれこそ永遠に存在するわけだが。

「―ク様、ケッセルリンク様」
客室を辞したケッセルリンクは廊下で考え込んでいた。
声を掛けられてもなかなか気づかないほどに。
「……ん、すまない、考え事をしていた。どうしたのだね、リア」
元リーザス女王、リア・パラパラ・リーザス。今はただのリア。ケッセルリンクの9人目の使徒。
「お客様が来られたとのことなのでお夜食を用意しました。こんな時間ですがお持ちしてよいでしょうか?」
「そうだね、お持ちしなさい。後でスタンプカードを持っておいで、一つ押してあげよう」
「あ、ありがとうございます!」
リアは勢いよく頭を下げ、足取りも軽く客室へ向かった。
彼女が使徒となってもうだいぶ経つがまだまだ、他の娘達と比べると初々しい。
もう少しお淑やかに行動して欲しいが封印した記憶を見る限りもうしばらくは難しそうだ。

―客室
リアは扉をノックする。中にいるのが誰かは知らない。彼女は『大事な客が来た』としか聞いていないのだ。
「ん、入っていいぞ」
「え、ランス様! 今は困ります!」
その声が耳に届いた時、リアは夜食の乗った銀のトレーを廊下に落とした。

カラーン。
甲高い音が広い館に響き渡る。
それに気づくやいなや、ケッセルリンクは恐ろしいスピードで元来た廊下を引き返した。
「リア、何があったのです?」
ケッセルリンクが見たのは扉の反対側の廊下で肩を抱き縮こまるリア。
彼女は真っ青な顔でフルフルと首を横に振るばかり。
「何だ、今の音は?」
出て来たランスは先ほどと変わらぬ格好。シィルはすでに脱がされたのだろうシーツを纏いベッドの上にいる。
「……あなたにメイドが襲われたのかと思いました」
「あのな、以前に手は出さんと約束してやっただろうが」
「申し訳ありません、早とちりだったようです。リア、一体どうしたのだね?」
「も、申し訳ありません……ちょっと立ちくらみが……。ケッセルリンク様、今日は休ませていただきます」
リアはすばやく立ち上がると自室へ戻っていく。
使徒となった彼女が立ちくらみというのもおかしな話だ。
「リア?」
「待て、追うな」
リアの後を追いかけようとしたケッセルリンクをランスが止めた。
「どういうことです?」
ランスの表情は真剣。
「シィル、ちょっと待ってろ。こいつと話がある」
「リアのことで?」
「そうだ」
ランスが客室の扉を閉め、廊下にと切り離す。
「どういうことです?」
「それはこっちが聞きたい。リアの記憶はどうなっている?」
「……操作は効いているはずです」
「そうは思えない。俺の声を聞いてショックで記憶が戻ったか、あるいは以前から戻っているのか、分からないが、一瞬見えたあの目は俺が知るリアだった」
「……」
「本人から直接聞け。俺が口出しすることじゃないからな。だが、リアの願いも無しに記憶をいじるなよ?」
ランスは話はそれだけだと言い切り、ランスは部屋に戻る。
残されたケッセルリンクは考え込みつつ、足はリアの部屋に向かった。

―客室
「さて、邪魔者がいなくなったところで続きだ」
「あ、あの、後ろに……」
「当然、あいつも混ぜる」
「ランス様、申し訳ありませんがそんなことをしている場合では―きゃっ」
すずめの話を聞いてすぐさま転移してきたホーネットだがすぐさまランスに押し倒されて唇を奪われた。ホーネットを快楽が蝕んでいく。元々ランスに半ば溺れている彼女はほとんど耐性を持たない。それでも今日はもう少し抵抗する。
「おやめください! 本当に大事なことなのです!」
「駄目だ」
ランスにべもない。後で聞かなかったことを後悔するのは主にランスなのだが、ヤル気満々のランスを止める術をその場にいる女性二人は持ち合わせていない。
……というかあるのか?

ホーネットの首筋にキスの雨。くすぐったいが気持ちいい。ホーネットの身体にも灯がともりもう止まれないことを自覚する。
「シィル、お前もホーネットを可愛がってやれ」
「はい。……失礼します……」
「そんな、シィルさん……んっ!?」
シィルももう自制が効かないのか、ランスの言うとおりに、女性にしか出来ない繊細さでホーネットを高ぶらせていく。押し寄せてくる快楽に伝えなければならないことはホーネットの中から押し流され消えてしまった。

―リアの部屋前
ケッセルリンクは顎に拳を当てて考え込みながら部屋の前を行ったり来たりしていた。
正直な話、どう接すればよいのか分からない。記憶の封印が出来ていないのなら森で犯された記憶も、目の前でマリスを壊された記憶も持ちつつ、使徒として自分に気づかせないでいたことになる。そんなことが出来るほどの人格とも思えなかった。むしろ、壊れやすいタイプ。ケッセルリンクはそう考えていた。
「立ちくらみであって欲しい……いや……」
またいったり来たり。他のメイドが心配そうにその様子を見ているがケッセルリンクは気づきもしない。
「悩んでいても仕方がない。……直接聞くべきだ。真実を知らねばならない」
足を止め、扉の前にたつ。
だがノブに手が伸びない。
「まてよ、しかし……」
往復を再開。8人のメイドたちは小さくため息をついた。ケッセルリンクが思慮深いからこそ泥沼にはまっていく。そんなところも含めて彼女達の大事な主なわけだが。
さらに数分悩んだ末、ケッセルリンクは扉の前に再び立った。
ノブに手を伸ばす。しかし、お約束にも扉は内側から勝手に開き、ケッセルリンクは高い鼻をドアに強打された。
「あ……ケッセルリンク様!!」
リアは涙に濡れた顔を洗いに部屋を出ようとしたところだった。まさかケッセルリンクが扉の前にいるなどとは思いもしない。それ以前にその余裕がない。
「リア、少し話がしたい」
「……はい」
「お前達もそんなところで隠れていないで出てきなさい。お前達も一緒に」
気づかれていたと知った残りの8人も一緒にリアの部屋へ。
リアとケッセルリンクはベッドに腰掛け、後は適当に座る。
「いつから記憶が戻っていたのだ?」
「……っ……当然お気づきでしたか……」
「いや、気づいたのは彼だ。……私は気づいていなかった」
「……そう、ですか。……記憶はもう何年も前、改造されたマリスが目の前で殺された時からずっと戻っていました」
「その後に記憶操作をしたはずだったが……」
「ショックが大きすぎたせいかも知れません。ただ、何もかもを失ったと知った時、今のこの環境を受け入れることに決めたのです。ようやくお仕事にも慣れてきたのに、ようやく忘れられたと思ったのに……」

声を聞いた時、うれしくて、同時に隣にいる存在に気づいてしまい、自分がどうしたいのかもわからなくなった。今はケッセルリンク様に仕えることへの疑問は無い。リア女王の国は滅び、今は使徒の1人。何もかも失ったからこそ受け入れた境遇。
なのに……残酷な運命は再びダーリンを目の前に……。
しかも、あの女を連れて……。

「……リア、彼は明日の朝には出かける。そして、事が片付けば二度とこちらに関わることも無いだろう。……お前の望むようにしなさい」
「私の……望むように……?」
「彼の元へ行くのも止めはしない。私の側にいてくれることも、私にお前を苛む記憶を奪われるのも選択肢の一つだ」
「私は―」
ケッセルリンクはリアの唇に指を添え言葉を制す。
「今結論を出す必要は無い。あせる必要はどこにも無いのだよ、リア」
ケッセルリンクは立ち上がると他のメイドにも部屋を出るように促す。
「朝に答えを聞こう。誰もお前を束縛しない。自分を決めるのは自分。覚えておきなさい」
ケッセルリンクとメイドたちが出て行きリアは1人自室に残された。

―廊下
「申し訳ありません、ケッセルリンク様」
廊下に出たところでメイドの1人ファーレンが唐突に頭を下げた。
「どうしたというのだね?」
「彼女が……リアの記憶が封じられてないということは気づいておりました」
違和感があった。使徒になった初期と、あの事件を挟んだその後と。
間近で接してようやく気づくかどうかのものだが。
「他の者もか?」
他の7人はいいえと首を振る。
「そうか。……他にもリアのように記憶が戻っているものがいるとかいわないだろうな?」
「戻ったとしても、表には出しません。リアのように。……ケッセルリンク様のお側にいることが私たちの存在意義ですから」

リアはどの道を選択するのか?
当然それは私にはわからない。……最も間近にいたつもりだったが、ファーレンが感じた違和感を感じることは無かった。……主人失格だ。
リアには側にいて欲しいと思う。使徒のリアなら自らの意思でそうするだろう。
だが、彼女がリア・パラパラ・リーザスなら……

ケッセルリンクは足を止めた。
ふと以前にサテラから聞いたことのある話を思い出す。
ランスが魔王になる以前の話。ランスに愛される1人の奴隷と嫉妬に狂う女王リア。
とてつもなく嫌な予感がした。
その場で振り返り今来た廊下を戻る。
「どうなされたのです、ケッセルリンク様?」
「お前達は自室に戻りなさい。……少し気になることがあるから確かめに行く」
思い過ごしであればいい。
ケッセルリンクはその可能性を切に願った。

―客室
スッと扉が開く。ランスとシィルはお互いに夢中で気づいていない。
音も気配も無く、侵入者は手にナイフを握りベッドに近づく。
そして、握った凶刃を振り上げた。

―廊下
リアの自室にその姿は無かった。予想できる移動先はあそこしかない。
ケッセルリンクは蹴り開けるかのような勢いで客室のドアを開けた。
「リア………………」
ランスの視線が痛い。
「……どういうことです?」
何故かホーネットもそこにいた。
「シィルを殺そうとしたからおしおき中だ」
「……喜んでいるように見えるのですが……?」
とりあえずホーネットには気づかぬフリ。
「というか、見てないで出て行け」
バタン。ケッセルリンクは扉を閉めた。
そして首を傾げる。見た限りおしおきの対象はシィル(とホーネット)であったように見えた。リアとランスがそれ(ぞれ)を虐めていたように見えた。
「何がどうなっている?」
『リアがシィルちゃんを殺そうと部屋に来たんじゃよ。だが、ランスに阻止された。
ホーネットちゃんは何か用があってきたようじゃがタイミングがのぅ』
声の主は廊下に投げ出されたカオス。覗き防止のようだ。
『最初はシィルちゃんとランスが攻めだったがシィルちゃんが難色を示したせいでああなたようじゃな』
「……理解に苦しむ」
『理解しなくていいと思うぞ?』
「……」
『まあ、あとはランスがうまくまとめるじゃろう。なんだかんだ言ってもあいつも根は優しいやつじゃからな』
「女性限定でしょうがね」
なるようにしかならない。
そう感じたケッセルリンクは自室へ引き返すのだった。
リアが何を言ってきても受け入れるつもりで。

―翌朝 ケッセルリンクの館前
「今度は頑丈に作り直させました。パラパラ砦跡を通過したあたりでおろしますがそれでよろしいですか?」
「妥当な線だな。それじゃあ、頼む」
ランスとシィルがゴンドラに乗り込んだ時、館からリアが現れた。
「ん、リアか。ホーネットはどうだ? 目を覚ましたか?」
「ううん、まだみたい。アレだけ激しくしちゃったから」
「そうか」
そういえばあいつはなぜ来たのかと考え込むランスをよそにケッセルリンクはリアと向かい合う。
「リア、今答えをきいていいか?」
「聞かれるまでもありません。ダーリ……じゃない、ランスの隣にいるのは、悔しいけどアイツ。昨夜それを実感しました。……リアのいるべき場所はここです」
ケッセルリンクは黙ってリアを抱き寄せた。他のメイド達がうらやましそうに視線を送る。
ランスは黙ってゴンドラを持つラバーに合図を送った。
ゴンドラがゆっくりと浮き上がる。すぐに木々の陰で見えなくなった。

あとがき
待たせた挙句これかい! ってつっこみは無しの方向で。
悪魔の設定云々に関してはこのまま突き進みます。あしからず


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