第15回 出撃準備

―ケッセルリンクの館 客室
朝日が差し込み、それで目を覚ましたホーネットは気だるげに体を起こした。
「……? ここは?」
どうも記憶が混乱している。
ランスの気配をたよりに会いに来ていきなりキスされて……いつの間にかもう1人増えて縛られて、ろうそく垂らされて……その他色々されて……気づけば朝。
「ここは……どこ?」
部屋を見回せどわからない。わかったことといえばランスとシィルの姿がないことくらい。
「お目覚めになられましたか、魔王様」
部屋の扉から顔を覗かせたのはケッセルリンクの使徒の1人。たしか、ファーレンといったはず。
「お召し物は洗濯していますので今はこれをどうぞ」
ベッドに置かれたのはホーネットの好みにあうドレス。
「お手伝いしましょうか?」
ホーネットはそこでようやく自分が何も身につけていないことに思い当たった。
「……いえ、結構です。それよりここは?」
「ケッセルリンク様の屋敷です」
というよりそれしか考えられない。
「朝食はどうなされますか?」
「え、じゃあ、いただきます。……ところでランス様は?」
「先ほど出発されました。今頃はゼスの上空でしょうか」
「しまった! 早く伝えないと!」
ホーネットは空からランスを追いかけようと窓枠に足を掛けた。そのままの格好で一瞬固まって、足を下ろした。
よく考えるまでもなく、何も着ていない今の状況では外に出られない。
すぐさま服を着込み、鏡を覗き込み、身なりを整える。
「服は後で取りに戻ります」
そのまま目にも留まらぬ速さで窓から飛び出していった。
「……面白いお方だこと」
呆然とその様子を見ていたファーレンの正直な感想だった。

―ゼス上空
一言で上空といってもゼスはそこそこ広い。
本当なら転移魔法を使えば早いのだがランスたちが常に移動しているため正確な位置が特定できない。もし、誰かのいる場所に重なって転移したりすれば大変なことになる。
そうなると自分で飛んで追いかけるしかないわけだがちょっと進んでは方向を確かめまた進む、と繰り返しているため思うように進めない。
「ふう、こんなことならメガラスにでも頼むべきでした……」
後悔先に立たず。今さら考えても遅い。
ホーネットは方向を確認しなおすとさらスピードを上げた。

―ゼス上空
「く〜か〜」
「すーすー」
空には雲ひとつ無く快晴。地上なら汗ばむくらいだが、高度の高いところにいるため体感温度はちょうどよい。二人は狭いゴンドラの中で気持ち良さそうに眠っていた。
と、ゴンドラが大きく揺れる。
そのショックでランスが飛び起きた。
「な、なんだ!?」
「ようやく追いつきました」
ゆれた原因はホーネットがラバーの前にたちふさがったため、ラバーは急停止、慣性が働いた。
「申し訳ありません。緊急でお伝えすることが」
「……ん、ああ、夜もそんなこといっていたな。悪かったな、聞かなくて」
「いえ、まあ、その、結局私も楽しんでしまって……じゃなくて本題に入ります。シャリエラさんとレベッカさんの気配が消えました。おそらくは相手の悪魔の手に落ちたと思われます」
眠そうにあくびをしていたランスの目が鋭くなる。一瞬で目が覚めた。
「……予想以上に相手の手が長いな。最悪作戦も洩れている可能性があるな……」
「はい。今まで以上に警戒を」
「そうだな。……そちらも準備を怠るなよ。結構狂信的なヤツも多い。ただの雑兵2万とは違うはずだ」
「わかっています。では、ランス様もお気をつけて」
ホーネットは一礼のあと姿を消した。
「……大きな戦闘になるんですね」
「ん、起きていたのか」
「はい。……またたくさんの命が消えることに……」
「反魔王派を放置すればさらに戦火は広がるだろう。……犠牲に大小なんて無いかもしれないが、最小限になるように努力するしかないだろう」
「はい。……ランス様、無茶は、しないで下さいね」
シィルはランスにしがみつく。その体は不安のせいか小さく震えていた。
ランスは黙ってシィルの頭を撫でた。

―カスタム 反魔王派臨時拠点
その一室に伝令の兵が現れる。
「レノン様、例の二人が戻ってきました」
「わかりました。私が出迎えましょう」
レノンは仮設の拠点を出てカスタムの市門へ。
出迎えるべき二人を見てとりあえず疑問を口にした。
「……あのー、ランスさん、いったい何に乗っているのですか?」
「見てわからんか? うしだ」
「ランス様、また間違ってます……」
ランスとシィルが乗っているのはうしバンバラ。
「さ、さすが、ランスさん。うしバンバラですら乗りこなすとは……」
さすがのレノンも少々困惑気味。
ランスとシィルが降りるとうしバンバラはみゃーみゃー泣きながら走り去った。
「まあ、臨時の足だ。二度目だったからアイツも慣れたみたいだが」
「に、二度目ですか……。ともかく、本部へどうぞ」
ランスとシィルはレノンに連れられカスタムの中へ入る。
目に付くのは武装した兵士。ごろつき風の者も少なくない。
「兵力の確保は順調か?」
「はい。予想を上回り現在は4万の兵が集結しています。中には元親魔王派の兵士もいますよ」
ランスは目に付く兵士を睨みつけながら歩く。
「……数ばかり集めても質が低すぎやしないか?」
「かまわないでしょう? 集めた兵士は足止め。貴方と魔人を1対1にするためのいわば肉の壁です。とはいえ、昔ゼスにいたという奴隷兵士部隊よりは質も高いはずです」
「……だといいがな」
「まあ、それ以外にも切り札を用意してあります。材料を集めるのに苦労しましたが威力は折紙付です……まあ、試したわけじゃないですけど」
そんな話をしている間に3人は臨時拠点となっている宿屋に着いた。
「お二人の部屋は2階の一番端です。まずは旅の疲れを癒してください。明日の昼に作戦会議を行いますのでそれまではごゆっくりどうぞ」
「明日の昼だな。わかった」

―宿 ランスの部屋
「さて、どうしたもんか……」
「ランス様、外は兵士でいっぱいです……。本当に4万人集まるのかもしれません」
「問題は数じゃない。質だ。雑魚が4万なら魔人を投入しなくとも本来の制圧部隊だけで片がつく。だが、昔の軍隊レベルまで強化されているなら中々手ごわいかも知れんな。いや……アールコートの用兵に前には無意味か」
う〜ん、としばらく考え込んだランス、すぐに飽きてきた。
「がー! 考えてもしょうがない、ヤるぞ」
「な、なんでそこへ直結するんですか!?」
「がははは、俺様が英雄だからだ!」
こうなったら止める手段は存在せず、まあ、いつものパターンで。

二人が目を覚ましたのは翌朝。ノロノロと動き出したランスはシィルを起こし朝食を取りに宿の食堂に下りる。
そこは兵士でごった返していた。狭い空間に長蛇の列。
どうも、朝食を待っているらしい。
ランスはそれらをまったく無視してカウンターへ。
「あん? お前、順番くらい守りやがれ! こっちは1時間並んでんだぞ!」
「……黙れ。俺様が腹減ったといえば黙って飯を持ってこい」
まだ朝も早く、ランスはそれなりに不機嫌だった。
そんなランスに食って掛かる哀れな兵士。
「ふざけんな!」
ランスの襟首を掴み凄む。ランスはめんどくさそうに男の手を掴み、そのまま力で捻りあげる。
「俺様はすこぶる機嫌が悪い。次は殺す。一応、お前のようなヤツでも俺様の壁の1人だからな。とりあえずは殺さずにおいてやる」
「ぐっ……ちくしょ……やっちまえ!」
どうも仲間がいたらしく周囲にいた兵士が数人抜刀する。
「ラ、ランス様〜」
おろおろするシィルを尻目にランスはコキコキと首を鳴らす。殺る気満々だ。きっと、目覚めの運動気分なのだろう。
ランスが腕を掴んでいた男を蹴り飛ばした。
それが合図になった。

―5分後
「ふん、眠気覚ましにもならん」
狭い食堂の床はランスに挑んだ兵士と、ついでに巻き込まれた兵士で足の踏み場もなくなった。ランスは遠慮なく気絶する兵士の上に立っている。
「手加減してやったんだ、ありがたく思え」
全員が意識を失い骨折等、十分戦闘不能になるだけの怪我をしているが死んだものは1人もいない。第一ランスは素手だ。カオスは部屋にある。
「うわ……これは眠気覚ましの運動ですか?」
食堂にやってきたのはレノン。思わずあきれ返った。
「そうもならんくらいこいつらは弱いぞ。ホントに大丈夫か?」
「違いますよ、兵士が弱いのではなく、ランスさんが強すぎるんです。あと、食事はお部屋に運ばせます。部屋でお待ちください」
「なんだ、そうならそうと昨日言え」
「今思いついたんです。これ以上けが人に増えてもらいたくないので」
「怪我して治療中のヤツは逆に喜ぶかも知れんぞ?」
「なぜです?」
「死なずにすんだ、とな」
「……」
それだけ言い残してランスとシィルは部屋に戻っていく。
レノンはそれを冷たい目つきで見送った。
「さてと、この役立たず共を片付けなければいけませんね」
『ふふふ、まだ生きている。使い道はあるだろう?』
「ありません。もうまもなく決戦でしょう。こいつらの治療に無駄な時間は裂けません」
「うっ……うう……」
レノンの足元で1人が目を覚まし起き上がろうとする。
レノンはそいつの背中にパイ・ロードを突き立てた。
「レギオン、こいつらをモンスターのコロニーにでも捨ててきてくれ」
『面白いやつだ。それでこそ、力を貸すに相応しい』
一瞬後、食堂からレノン以外の人間が消えた。

―作戦会議室
「と、これが今回の作戦です」
昼過ぎ、幹部連中とランス、シィルが集まりレノンの話を聞いていた。
「つまり、我々親衛隊も、その男が魔人を倒すための囮になれ、と?」
幹部の1人が顔をしかめた。
「その通り。それとも彼方が魔人を倒せるとでも?」
「……できるわけがない」
「なら嫌な顔をせず作戦に従ってください。まあ、ここにいるメンバーの部隊は基本的にカスタムの防衛兵力です。外から集めた連中を攻撃部隊に回します。万が一の時、彼方達を失ってはもったいないですので」
「万が一の時には何かあるのか?」
「あります。もし、ランスさんが負けてしまった時は秘密兵器を発動させます。……『ピカ』という魔法をご存知ですか?」
ランスは知っていたがとりあえず首を横に振る。
「ゼスに伝わる強力な破壊魔法です。たった1発で都市を壊滅させる威力を持ちます」
「それを放つのか? けどよ、死ぬのは味方の兵と魔物だけ。率いてきた魔人にはきかんだろう」
「もう一つ、聖刀日光はご存知ですか?」
「確かカオスと対になった魔人を切れる刀だな。魔王に破壊されたとかで今はもうないんじゃないのか?」
「刀としては最早存在しません。修復を試みましたが不可能でした。ですが、さらに砕くことは出来ました」
「もったいぶらずはっきり言え」
「砕いた日光の破片をピカの材料に組み込んだのですよ。効果の有無は分かりませんが、もしかするかもしれませんよ?」
「……なるほどな。だが、俺様は死なん。だから不必要だ」
「……まあ、その通りで。ランスさんが生きている方が確実です。ピカには確実性がないですから。と、そろそろ、お開きにしましょう。各員いつでも戦闘体勢になれるように準備をお願いします」
ぞろぞろと出て行く幹部達についてランスとシィルも会議室を出る。自室へ戻るとランスはフェリスを呼び出した。
「フェリス、ホーネットに伝令。動け、と」
ランスはフェリスに命令を伝える。フェリスは影に吸い込まれるように消えた。
これで数分後にはホーネットが軍を動かすはずだ。
「あちらからカスタムまで徒歩行軍で3、4日といったところか。……あ、アースガルドで来たらもっと早いか」
「アースガルドできた場合のことを考えてすぐに準備をしなければいけませんね」
「準備ったって世色癌を2、3個で十分だろ」
「いけません! ランス様が作戦の要なんですから、万が一の事があってはいけないんです!」
『たまにはシィルちゃんの言うことを聞いたらどうだ?』
「……分かった。シィル、全部任せた。終わったら起こしてくれ」
「はい、分かりました」
ランスはベッドに飛び込みシィルは買出しへ。

数分後、カスタム中に鳴り響くけたたましいサイレンの音でランスは飛び起きた。
窓の外では空を見上げて右往左往する兵士達が見える。
「……なるほど、アースガルドに兵士を詰めてフェリスに運ばせたか。……確かに、いつ来いとは言ってないが……ホーネットもせっかちだな」
ぶつくさ言いながらもランスはプレートメイルを着込み戦闘準備。軽くカオスを振り回し準備運動。
そんな時ノックの音が。ランスが応える間も無く扉が開けられた。
「ランスさん、すぐに戦闘準備を……って、もう出来てます?」
「あれだけ兵士が騒げばバカでも気づく」
「なら話は早いです。敵の空中城からモンスターがわらわら出てきています。西門に兵士を集結させていますのでそこまでお願いします」
「おう」
『カスタムを占領しているテロリストに告ぎます』
そのとき、外にアールコートの声が響き渡った。
『降伏してください。今ならまだ間に合います。これが最終勧告になります』
「無駄だというのに。もうすぐ死すべき運命にあるともしらずに何をのん気な……。まあ、ランスさん。相手が美人だからといって躊躇しないで下さいね」
「躊躇してスキ見せたら殺されかねんからな。それくらいわかっているつもりだが?」
「申しわけありません、説教じみたことを言ってしまって」
「かまわん。お前もさっさと行けばどうだ? 準備が忙しいだろ、色々と」
「ええ、では失礼します」
レノンはすぐさま走り去り、ランスは目を細めた。
「……ったく、さすがにあせってるのか? 気配が隠しきれていなかったな……魔人を全員参加させた意味が無いじゃないか」
なにやらぶつくさ言っているランスの元へ走りよるものが。
両手に荷物を抱えているため誰かはわからない。ついでにランスとの距離も見えていないらしくスピードを落とす様子も無い。
「ん?」
顔を上げたランスが見たものは一抱えもある買い物袋だった。
どかん。衝突。
「……シィル、買いすぎ」
ぶつかった後ピンクのもこもこが目の前に。
「あ、ランス様……ごめんなさい……」
「これだけもって戦場にはいけんだろうが。……それより、敵がわかったぞ。というより、疑念が確信に変わっただけだがな」
「じゃあ……」
「悪魔憑きはやはりレノンだ。伝令のために悪魔の空間転移を流用していたのだろう、力の残滓と気配が残っていた。レノンしかいないのに二人分。しかも人外の、な」
「レノンさんが……」
「まあ、いい。とりあえず出撃だ。シィル、そばを離れるな。何があっても先に死ぬな」
「はい、ランス様!」
「行くぞ!」
門の外では小規模な戦闘がすでに始まっている。
二人は部屋を飛び出すと西門へ急ぐのだった。
あとがき

ようやく悪魔憑きの正体が……。
って、気づいていない人がいたらそれはそれで驚きますが。


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