第16回 戦場疾駆 怒号、血飛沫、悲鳴、嗚咽、怨嗟の声。 剣が肉を断ち、魔法が脂を焦がす。 死が溢れ返る戦場。 門から1歩出れば後戻りは出来ない。 ―カスタム 西門 「ランスさん、かなり大問題が発生しました」 「大問題?」 「……確認できる範囲で全ての魔人が戦場にいます。……こちらで1対1の状況を作れるように軍を動かします。ランスさんは隙を見て攻撃を開始してください」 「面倒なことになったな。まあ、それほどまでに反魔王派のカスタム占領が大事に見られたということか」 「はい、そのようですね。ともかく各個撃破でお願いします」 「いくら俺様が無敵でも1対多の状況は疲れる。頼むぞ」 「その点はお任せを。優秀なものがいますから」 ランスは外を見る。魔王軍は圧倒的だった。数は千騎ほどにもかかわらず数十倍の反魔王派軍を蹴散らしている。 ただ、見たかんじ魔人は目立っていない。そういうふうに命じたから当然なのだが、バレるのがあまりに早い。 「……ここまで手が長いとはな……」 「なにか?」 「いや。それより待ってるのが飽きてきた。出るぞ」 「え、もう少しお待ちを」 「うるさい」 ばれているのならさっさと魔人と合流し対レノン戦に移動したい。 魔王軍対反魔王派軍の戦いは本来悪魔の所在を特定するためのものだ。レノンが悪魔憑きとわかった今戦闘に意味は無くなった。 ざっと戦場を見渡しシィルにも気を配りながらランスは戦場を突き進む。 「む」 巨体のためかなり目立つデカントの肩にサイゼルが立ちスノーレーザーを乱射しているのが見えた。ちょこちょことデカントの影にでたり入ったりしているあたりどうも目立たないように行動しているらしい。 実際はわりとバレバレである。 「……シィル、とりあえずアレから行くぞ、付いて来い!」 「は、はい!」 ランスの気迫に進行方向にいたものは敵味方関わらず路を譲る。譲らなかったものは敵味方関係なく叩き斬られて死体を晒す。 「あ、いたいたカオスの使い手。で、どーするの? とりあえず戦ってみる?」 「まあ、それが妥当か」 魔人とランスが出会った時点で反魔王派の兵士は距離を取った。魔物兵も二人の邪魔をしないため距離を取る。それを確認してサイゼルは再び口を開いた。 「そういえば、あんたと戦うのって何年ぶり? リーザス王だった頃に何度かあったわよね」 「そうだな。あれからどれだけ変わったか見せてみろ」 「ふふふ、成長したのはベッドテクだけじゃないわよ」 「そっちは後で確かめさせてもらおうか」 「ランス様……」 ジト目のシィルにランスは咳払いを一つ。 「……まあ、冗談はこれくらいにしておくか」 「そうね。手加減しないから!」 言うなり手にした魔砲『クールゴーデス』を発射する。スノーレーザーの数倍の威力を持つ攻撃だがランスはカオスの一振りで打ち消してしまう。 「げっ、そんなのあり!?」 「あのな、サイゼル。……弱い」 「……あんたが化け物じみてるのよ!」 サイゼルはやけになって魔砲を連射する。 だが、着弾地点にランスの姿はなく― 「まあ、なんにしろお前も志津香や月乃と一緒に待機してろ」 その声はすぐ側で聞こえた。ランスはサイゼルが足場にしていたデカントの腕を駆け上がり目と鼻の先へ。逃げる暇もなくランスの蹴りを受けサイゼルはデカントから落下。 「何すんの……よ……?」 見上げてみれば大きく振りかぶったランスが落ちてくる。 「ランスアタック!!」 「いや〜〜〜〜!」 どご〜〜〜〜ん。命中直前にサイゼルはフェリスの異空間に引きずりこまれそこにはクレーターだけが残った。 「まず1人。次だ、行くぞシィル」 「ちょっと休んだ方が……必要ないのですね」 ランスはシィルを一睨みで黙らせると次の獲物を探し始めた。 だが― 「姉さん!」 次の獲物は自分からやってきた。繋がっている姉との感覚が途切れたため様子を見に来たハウゼルだ。 「よう」 「あ、えっと、その……いきます!」 少し戸惑ったがハウゼルはすぐさま戦闘体勢に。が、最初の戸惑いは致命的だった。 またもやデカントを踏み台にし、ランスは大きく跳躍。ハウゼルの襟首を掴み引き寄せた。 「次の攻撃をかわして他の魔人に伝令。悪魔憑きを見つけた。フェリスを迎えにやるから異空間で待機。全員そろって、戦闘にきりが付き次第悪魔憑きをフェリスの異空間に送り込む。本戦はそっちでやる」 ちなみに二人は自由落下中。ハウゼルはそのまま地上に叩きつけたれた。当然のことながら怪我はない。一方普通に着地したランスは一拍置いてカオスを構える。 目が早くいけと合図を送る。 ハウゼルはすぐさま身を翻し一気に上空へ。デカントから跳躍しても届かない距離に身を置いた。 「ち、空に逃げるとは卑怯だぞ」 ランスは少々わざとらしく呟く。さらに小声でフェリスに命令。 「以上だ。ホーネットの気配は目立つから最後。軍団指揮をしているアールコートはその前に。わかったな」 「わかってるわよ」 フェリスの気配が消えた頃、反魔王派の兵士が孤立しているランスを守るため距離を詰めてきた。 「ランス殿、次はどっちへ?」 「敵本営を叩く。ついて来い!」 ランスは先頭を切って戦場を駆けた。 ―フェリスの異空間 「月乃さん、おかわりもらえる?」 「はい、どうぞ」 こぽこぽとお茶が注がれる。志津香は軽く冷ましながらそれを飲んだ。 「しかしよ、ここで本戦ってどういう意味だ?」 「ここなら壊れるものもないってことでしょ。あいつなりに気を使ってんじゃない?」 「そうか。しかし、ここだって壊れるぜ?」 「壊れたように見えるだけで空間が損傷するわけじゃないってフェリスさんは言ってたわ。いつぞやレイさんが必殺技の練習をしていた時に」 「ああ、そうだったな。あの時は穴が開いたのかと驚いて―」 そのとき、彼らの囲むテーブルの上に何かが落ちてきた。 志津香は自分の湯のみと急須を守り、レイはメアリーをかばい、月乃はそれに対して攻撃を仕掛けようとして寸止めした。 「……ちょっとあんた、薄皮一枚切れてるわよ」 「あら、ごめんなさい。それくらい感じないかと」 「ふうん? それは私に喧嘩売ってるの?」 「いえ、誰も鈍いだなんていってません」 「そう、喧嘩売ってるのね? 新入りのくせに生意気じゃない?」 乱暴に送り込まれたサイゼルに刃を突きつける月乃。以前からサイゼルは何かと月乃に突っかかる。スタイルが自分より『少し』いいとか、ランスが魔王だった頃、夜伽に呼ばれた回数が1回だけ多かったとかそんな理由で、だ。 「二人ともその辺にしといたら?」 間に志津香が入ったことで月乃はサッと刃を引く。さらにちょびっと首の皮が切れた。 「あんたね!」 起き上がり身構えるサイゼル。 「サイゼルさん、頭を冷やして」 志津香は自分の湯飲みをサイゼルの上で傾けた。熱々のお茶である。冷えるわけが無い。 サイゼルの悲鳴が上がった。で、飛び跳ねて走り回るサイゼル。 「……お前、わざとか?」 レイはジト目で志津香を見る。 「つい勢いで……」 「どっちにしろ本戦前に無駄な体力を使うことになったな、サイゼルのやつ」 「ほっときゃ冷めるわ、きっと。私たちはランスの行動を見てましょ」 その頃にはサテラやケッセルリンクといった他の面々も異空間に現れた。 「むう、もう少し見ていたかったのですが……」 だが、ケッセルリンクは強引に連れ込まれたようで少し不満そうだ。 「何があったんだ?」 「元魔王とカミーラの戦闘ですよ。思わず身震いしてしまうような戦いです。フェリスさん、外の様子を見ることは出来ませんか?」 『小さい窓みたいなものなら敵に悟られず見れるけど』 「かまいません」 大破したテーブルの上に30cmほどの球体が浮かび上がった。その中に外の映像が投影される。その場にいた全員、転げまわっていたサイゼルも立ち直りそれを覗き込んだ。 ―戦場 低空を超スピードで飛行するカミーラ。槍のように伸びた爪を縦横無尽に振るいランスに攻撃を仕掛ける。ランスはそれら全てをカオスで受け流しその後真横に跳びカミーラをやり過ごす。 「ふう、さすがカミーラ。いい手応えだ」 「ふん、余裕たっぷりに回避しておいて何を言うか。スピードを上げる。避けきれるか?」 「こい」 スピード+全方位からの同時攻撃。それがカミーラの持ち出した次の一手。スピードも手数もかなり増えている。ランスは回避行動を取らずに正面からカミーラに突っ込んできた。 「何!?」 ランスの身体にいくつかの切り傷を作ったが動きを止めるには至っていない。 互いのスピードのため懐に入られるまでの時間は一瞬。 このままカオスを振るわれれば自分のスピードも上乗せされ、重い一撃を受けることになる。一見ピンチだがカミーラは楽しそうに薄い笑みを浮かべた。 ランスはそれに気づき攻撃から回避に行動を移す。態勢を低く、ヘッドスライディングでもするかのように地面を蹴る。刹那、ランスの頭があった位置に炎が生まれた。 「くっ、読んでいたか」 「……まさかあの体勢から回避するとはな」 周囲には何人ものギャラリーがいるが二人の行動をすべて追えているものはいないだろう。 それぐらいのスピードとレベル。 ケッセルリンクが身震いするほどと称したのはあながち間違いではなかった。 今では二人の間に炎の残骸が揺れている程度。それすらも消えれば戦闘の名残はほとんどない。 ―フェリスの異空間 「……なあ、ケッセルリンク。……どこまで見えた?」 「……一応すべて。……才能限界無限。恐ろしいですね。最早人の域ではない。……我々魔人よりも遥かに高い位置にいる」 「間違いなく人間で最強はあの男だな」 「サボりさえしなければ昔でもそうだったはずよ。たぶんね」 球体の中では再び二人がぶつかり合う。 力は互角に見えた。 ―戦場 「そろそろ、いいか……」 小さく呟いてランスは距離を取った。 カミーラは訝しげにそれを見送る。 「どうした? 逃げるつもりか?」 「いや、そろそろ本気を出そうと思っただけだ」 「なっ!?」 「あ、決してお前が弱いわけじゃないぞ? 身体に負担が大きいからあまり使いたくないだけだ。だが、このままでは互角だしな」 ランスは軽く手首を鳴らしカオスを両手で持ち後ろに引く。 「必殺技その二だ。いくぞ!」 ゼロでトップスピードに。加速の予備動作はなく、カミーラは完全にタイミングを読み違えた。回避しなくてはと思ってもすでにランスは目と鼻の距離。 左後ろに構えたカオスを踏み込みの加速にあわせて左下から右上へ振りぬく。 「ラーンススラーーーーッシュ!!」 これが敵同士の関係だったら。 カミーラはフェリスの異空間に沈みながら考えた。 だが、すぐに首を振る。考えるまでもなく真っ二つだ。 ランスアタックは叩き潰すような攻撃だがランススラッシュは斬るに重きを置いている。ランスのスピードも恐ろしいものがあった。剣を振るうスピードも。 おそらく大抵の防具は意味を成さないだろう。 「だ〜〜〜〜っ、疲れる……まだまだ未完成だな……」 戦場のど真ん中でランスはどっかりとあぐらをかいていた。 なれないことをしたせいか疲労の色が濃い。 そこへシィルが駆け寄ってくる。 「ランス様、はい、世色癌です」 「おう。……苦い。誰か甘い世色癌を開発してくれないかな」 「シルキィさんに頼んでみればどうでしょう?」 「あいつが作ったなら飲まん」 ―異空間 「……シルキィって、信用ないんだな」 「うるさいぞ、サテラ」 「サテラは本当のことしか言っていないぞ」 「なんだと! リトル、来い!」 「やるのか! シーザー!」 いつもの喧嘩がいつも通り始まろうとする。が、 「黙れ」 ここへ来たばかりであるカミーラの一声で二人とも黙り込んだ。 「本当に面白い男だ。あの規格外の能力は称賛に値する」 「カミーラ、貴女が他人を褒めるとは……珍しいですね」 「……少なくとも私は殺す気だった。だが、あいつは平然と生き残って見せた。人間の身にも関わらずあそこまで高みにいるのだ。……たまには褒め言葉の一つくらいくれてやってもいいだろう」 戦闘の興奮が冷め遣らぬのかカミーラはいつになく饒舌だ。 このレアイベントに居合わせた魔人たちは言葉をなくした。 「……カミーラ、熱でもあるのか?」 ついつい口を滑らせたサテラは直後巨大な火球に飲まれた。 ついでに近くにいたシルキィも巻き込む。サテラとシルキィは黒々と焦げた。 「計ってみるがいい。熱があるのは貴様らだろう?」 なんとあのカミーラが冗談まで口にする。ランスとの戦闘があまりに楽しくて実はかなりハイになっているらしい。 このあと何かよくないことが起きるのではないか? 異空間にいた全員がそんなことを考えた。 当然口に出すものはいないのだが。 |
あとがく まあ、いつもののりで書いてます。 書き始めたら早いのですが、時間がないわけで。 それこそ自分で作るものなのですがね〜。 |