第17回 魔王の力

―カスタム 反魔王派 本営
「報告します! アースガルドより降りた最後の部隊の中に魔王が!」
伝令のその一言で室内は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
いくらカオスがあるとはいえ、魔王は大陸で最強の存在である。
どれだけランスが強くても、魔人に勝つことが出来てもその何十倍もの力を持つ魔王にはきっとかなわない。
「そんな! 皆殺しにされるぞ! 逃げろ!!」
「嫌だーー! 死にたくない!!」
混乱する本営の中心にいながらレノンは冷めた目でその様子を見ていた。
「……これだけ唯一予想を上回ったな。最大戦力たる魔王をこのタイミングで持ってくるとは。それだけ私の背後を警戒しているということ。……期待に応えなければいけませんね」
「レノン様! 逃げ―!?」
パイ・ロードが一閃しその兵士を真っ二つにした。
「逃げる? ここまできて?」
混乱した室内が一気に静かになった。
レノンから発せられるとてつもない威圧感が兵士の身体を縛る。
「……まあ、逃げたければどうぞ。私のウォーミングアップに付き合って生き残れたらの話ですが」
レノンの影から黒い人型が浮き上がる。
「さて、レギオン。最期の戦闘だ」
「楽しみで仕方がないようだな。くくく……いくぞ」
黒い人型はあっという間に形を崩し、そのままレノンに吸い込まれていく。同時に起こる異形への変化。身につけていた鎧が皮膚と一体化しさらに黒く硬質化する。身体の黒と武器の紅。さらに威圧感が増した。
「なるほど。本当に力が満ちる。ヒトを捨ててまで得る力……では、ウォーミングアップといきましょうか」
「わーーーーっ!!」
恐怖に駆られた兵士が抜刀、袈裟切り振り下ろす。
レノンは避けない。
「そ、そんな……」
レノンの肩に当たった剣自身が砕けた。レノンは無傷。
「ん? 何かしましたか? ああ、今のは攻撃だったのか。ではこっちからも」
声も無くし後ずさろうとする兵士の頭を掴む。そのまま握りつぶした。
頭部を破壊されぴくぴくと痙攣する兵士の死体を、レノンは冷静に観察する。
手には骨と頭皮と粉々になった脳の破片。
「握力も防御力もただの人間相手にはもったいないほどだ。だが、これほどまでにか弱い人間を始末するというのもそう経験できることでもない。……もう少し楽しんでおこうか」
パイ・ロードが光を帯びる。

―戦場
「スノーレーザー!!」
放たれる光は最早壁のごとく。
高い誘導性能もあり収束すると凄まじい威力を持つ。
さすがのランスも受け流すのが精一杯だった。
わきを通り抜けた余波だけでも髪の先が凍りつく。
「あいっかわらずえぐい威力だな」
『いくらわしでも正面から受けたら折れるぞい』
「完全に制御できたら志津香を追い抜くか?」
「そ、そんなことはありません……」
「まあ、そんなに謙遜するな、アールコート。成長させるかどうかはお前が選べばいいんだからな」
「……はい」
アールコートの魔法力の恐ろしさを肌で感じたのか、魔物も反魔王派の兵士も近くにはいない。いるのはランス側にシィルとアールコート側にホーネットだけ。
「さて、アールコートお前はあっちで待機してろ。もうすぐ本戦だから無駄な力を使うなと他のやつらにも言っておけ」
「は、はい」
「ランス様、私はどうしましょう?」
「一緒にあっちへ行け」
「はい、分かりました」
「―と、言いたかったんだがな。さっきから戦いっぱなしでテンションが上がってきた」
何が言いたいのかわからずホーネットは首をひねる。
「フェリス、アールコートとシィルをそっちへ。巻き込まれたら洒落にならんからな」
「あの、ランス様? 一体何を?」
「勝負だホーネット。魔王の力を見せてみろ」
ランスの言葉に驚くシィル。
だが、とめに入るより先にフェリスの力で強制移動させられた。
「……無駄な力を使うなといったのはランス様では?」
冷静なホーネットの反論。結果は見えている上、冗談でもランスに剣を向けるなどしたくはない。だが、ランスの目は本気だった。
「魔王の力は知っている。だがな、それは自分が得ていたから知ったものであって実際戦ってみたものじゃない」
「……本当に試してみたいだけ、と?」
聞くまでもない。だが、問わずにはいられなかった。
「魔王に勝てるなら今回の悪魔にも簡単に勝てそうな気がしたからだ」
しばしの沈黙。その後、ホーネットの背景が揺らぐほどのオーラが放出された。
さらに周囲には5色の魔法球が浮かび、その手には愛剣ヴァイスが握られている。
「……この後の戦闘のことを考慮した上で、10分だけお相手します」
「ああ、それで十分だ(ま、それ以前に俺が持たないだろうがな……)」
自分も魔王だったランス、相手の力量は測るまでもない。今のランスであろうとも手も足も出ないだろう。
(だからこそ、どこまでいけるかやってみたい)
魔人なら対等以上に渡り合える。相手が魔王なら……。
ホーネットに殺気はない。
殺す気でこいといっても相手が相手。何を言っても無駄だろう。
全力でなく、殺気もないに立っているのも辛いプレッシャー。
思い返してみれば自分の場合、常に最低限に力を抑えていた。
……本気になったことはあっただろうか?
……色々思うことはあったがそろそろ集中することにした。

ガラスになったかのように固まる空気。
二人の織り成す空間にはいかなるものも侵入できない。
むしろ、膨らんでいく空間に呑まれないように逃げるのに必死だ。
その中心でランスは見たかんじ平然と、しかし、実際は膝を付きそうなプレッシャーにプライドだけで抵抗しながら立っている。
そうしていても時間だけが過ぎていく。せっかくの10分を楽しまねばならない。
にやりと獰猛な笑みを浮かべランスが動いた。

その動きに反応して5色の魔法球がオートでランスに狙いを定めて魔力を解放する。
発射された光線は白色破壊光線なみ。それが時間差で5連射。
「つぅっ!!?」
ランスはそれをギリギリまで引きつけて回避。真後ろに転移してきたホーネットの一撃をカオスで受け止めた。ぎしりと腕の筋肉が悲鳴を上げた。
だが、それでも全力でカオスを振りぬきホーネットから距離を取る。
(……5分も持たないな、これ……)
「今ので動きを止めるつもりだったのですが……」
「まあ、きわどかったがな」
「ではもう一度行きます」
再び魔法球に魔力が宿る。今度は収束せずランダムに全方位攻撃。1発の威力は先ほどのものより遥かに劣るがランスの行動を制限するには十分すぎる威力だ。
ランスはその攻撃の弾道を見切り、直撃弾のみカオスで弾く。そもそも動けば適当に被弾する。弾幕の基本は動かず見切ること。それはまっすぐに切り込んできたホーネットに対してもいえること。ホーネットと魔法球が直線状に並べばランスに魔法球からの攻撃は当たらない。ランスはホーネットが攻撃に移る瞬間を待っていた。
レーザーの射線とホーネットが重なった時、ランスも踏み込む。
「くらえ! ランスアタック!!」
ニヤリと笑みを浮かべるランス。
しかし、ホーネットも微笑んだ。そのまま転移。
「しまっ……!?」
ランスの後ろに転移したホーネットは技の途中で止まれないランスの背中をトン、と押した。ランスは技の勢いもあり一瞬でバランスを崩す。
それでも何とか踏ん張って顔を上げると―
「あ」
目の前には迫り来るレーザーが。いくらランスでも避けることはできなかった。
どう〜〜〜ん。
「ぐふっ……」
ランスはいい感じに焦げた。カオスを杖にして何とか立っているように見える。
「勝負ありですね。これぐらいにしておきましょう」
焦げたランスに近づくホーネット。
「勝手に終らせるな。まだ10分経ってないぜ?」
カオスが唸りをあげる。
完全に油断していたホーネットの首筋にカオスが寸止めされた。
「それに、相手に止めを刺さないのなら不用意に近づくな。死に掛けた相手は時に予想外の行動を取る。魔王たるお前が命を落とすことはないが周りの士気に影響を及ぼす。いくら俺様との模擬戦闘とはいえ油断しすぎだ」
「……申し訳ありません。その……つい……」
「ったく、説教してる間に時間切れか。とりあえず軍を下げて撤退するフリをしろ。その後フェリスを迎えにやる」
「あ、ランス様の治療は……?」
「世色癌飲んでシィルにヒーリングをかけさせればすぐに治る。さっさと行け」
「はい」
本当は自分が治療すると言いたかったのだがシィルの名前が出た時点でホーネットは身を引いた。そして、魔物将軍に撤退命令を出しながらもそのことを後悔していた。

―反魔王派 後方
「おお……魔物の軍が撤退していく……」
「魔王もやっちまったのか!?」
「いや、魔王は指揮官の魔人が倒れたから引いただけじゃないか?」
「また来るのか?」
「わからん。とにかく今日は勝ったらしいな」
「は、ははっはははっ魔王がなんだ、魔人がなんだ! やっぱり人間様の方が強いじゃないか!」
歓声が上がるり、ランスはそれを冷めた目でみている。
「はい、治療は終わりです。しばらくは安静にしてください。いくら本気じゃないといってもホーネットさんと戦うなんて無茶です」
「ああ、もう二度とやりたくないな。次は不意打ちもきかんだろうし。しっかし、あいつらは何もしてないのにな。なんか微妙にムカつくんだが」
「……ランス様はやっぱり変わられてますね」
「ん? そうか?」
「はい。昔のランス様なら気に食わないと思った時点で殴りに行っています。もしくは、その、斬り殺しに」
その言葉にランスは驚きの表情を作る。
「……気になるか?」
「まったく、といえば嘘になります。でも、ランス様はランス様ですし、側にいる私も本物のシィル・プラインです」
「そうだな。俺はお前がいればそれで―」
「ギャアアアア!!!」
突如上がった悲鳴にランスの言葉が途切れた。二人ともとっさに悲鳴の発生源を見る。
兵士が顔を掴まれていた。よほどの力がかかっているのか、顔の形が変形して兵士は泡を吹いている。直後、ぐしゃりと握りつぶされた。ランスの隣でシィルが息を呑む。
握りつぶしたのは異形と化したレノン。
「やあ、ランスさん。魔人退治ご苦労様でした」
「結構な出迎えだな。血と肉片と悲鳴をもってくるなんて」
「気に入っていただけましたか? なんだかんだ言って戦闘狂である貴方には相応しいかと」
「ははは、言ってくれる。さてと、茶番はそろそろ終わりにしようぜ?」
ランスはカオスを抜いてレノンに突きつける。
「すべて分かってるんだろう? そのために人間も止めたんだろう? なら心残りなんかないじゃないか」
「ああ、それもそうですね。後は貴方と主要な魔人を倒し、混乱した世界の中で戦乱の引き金を引くだけですね」
「諦めろ」
「ランスさんこそ諦めてくださいよ。私はレギオンの力を得た。いくら才能限界がなくても人間である貴方に勝ち目はない」
「まあ、このままならな。しかしだな、こちらに有利な状況と戦力があれば何とかなるぞ?」
「そうですか。ではフェリスの異空間で待ち構えている魔人ともども全力で来てくださいね。この力は手加減するのには向いていませんから」
「余裕だな。そこまで分かっていて乗ってくるか」
「ええ。ではお先に」
そう言いつつもレノンの身体は影に吸い込まれるように消えた。
「……手の上で踊っていたのはあの人だったのでしょうか? それとも……」
「決まっている。勝負に負けたほうが人形だ。……フェリス移動させろ」
「ちょっと待てよ! アイツは、レノン様は何者だったんだ!?」
話しかけてきたのは殺されなかった兵士。わけが分からないという表情。
「あれは人間でいることを諦めた、ただのバカだ。もう司令官だったレノンという人間じゃない」
「じゃ、じゃあ、俺たちはどうすれば……?」
「勝手にしろ」
ランスは相手にするのもめんどくさくなりフェリスにさっさと合図を送った。
わずかな時間の後、ランスとシィルがその場から消える。
「こうなったら……俺たちだけでも魔物に抵抗するぞ! こちら側にあるコロニーを襲撃して魔物どもを西の端に追い返そう!」
司令官を失い烏合の衆となった兵士に鶴の一声。その『誰か』が出した命令は瞬く間にすべての反魔王派に伝わっていく。
『さて、最後の仕込みは万全……』
レノンだったモノは邪悪な笑みを浮かべつつ姿を消した。
向かう先はフェリスの司る異空間。
そう、今まではただ隠れていただけ。
最後の仕込み、それはつまりは魅了効果を持った声での命令。

異空間でランスとの決闘が始まると同時に、世界では反魔王派による魔物との大戦争が引き起こされることとなる。
曰く、魔物は敵だ。共存している、あるいは共存を望む人間も敵だ。皆殺しにしろ。
そうして、小さな集落から大きな町までいたるところで戦闘が起きる。
ランスたちが知らぬところで戦争は世界規模に発展していく。

あとがき

ゼミレポートに目処がついたので急いで執筆。
書き終わり次第テスト勉強へシフト!
夏は書くぞ!!
と、意気込みはしている。でも、予定は未定なんですよ、これが。

小説の部屋へ     次へ