第19回 レギオン

―アースガルド 患者棟
「……」
目の前に手をかざし何回か握りそして開きを繰り返す。
「まったく、あっさり負けちまったな……」
身体を起こそうとすると胸のあたりが激しく痛んだ。
『ほう、もう起きたか。さすが人間離れしているだけはあるな』
「黙れ、馬鹿オス。起きて一番に聞く声は抱いた女と決めている」
『それは残念だったな。ならばシィルちゃんはわしが美味しく―冗談じゃ』
ランスはカオスを窓の外に投げ捨てようとした。一応投げる直前で止めた。
だが、その姿勢のまま動こうとしない。否、痛くて動きたくても動けない。
「ホントにどういう身体の構造をしてるんだい? 今度解剖させてくれないか?」
「断る」
病室の入り口に現れたのは白衣を着たパイアール。この数年で割りと板についてきた。
「ま、それはいいんだけど。安静にしていることをお奨めするよ。肋骨が6本折れて一本は横隔膜を傷つけてるから暴れると呼吸困難も起こすことになる」
「……治るまでの時間は?」
「本来ならここの機材を最大限に回して1ヶ月は入院だけど君の場合半分で大丈夫かな」
「俺がここに運ばれてどれだけ経った?」
「まだ1日と経ってない。だからこうやって驚いているんだ。目を覚ますはずもない怪我人が暴れてるから」
「……戦況は?」
「分からない。こっちは世界中を飛び回って戦で怪我したものを治療して回ってるんだから」
今回のパイアールの役割はこれだ。世界中で起きる反魔王派との戦闘で怪我した者を一人でも多く治療する。神との戦い以降、改造されたアースガルドはドールの生産プラントを解体して内部にいくつのも薬品精製プラントを持った。ありとあらゆる怪我や病気に対応できるだけの施設も実装されている。病室もたくさんあるが現在はほぼ満員で廊下にも患者が溢れている状況だった。
「……半日で戦えるようにしろ」
「無理だね。君がいくら人間離れしていても。おとなしく彼女に看病されていろ」
「これ以上寝ていられない」
ランスはパイアールの制止も聞かず鎧を着けようとする。
パイアールは大きくため息をついた。
「……1日だ。まだ実験段階の施設を使えばそれくらいの損傷なら1日だ」
「じゃあ、それを使うぞ」
「……後遺症が出ても知らないからね」
「かまわん」
「まったく、頑固だね。オーディン、シィルさんを研究室へ転送」
何を言っても無駄と悟ったパイアールは腕に取り付けた端末にシィルを転送するように告げる。
『現在怪我人ノ治療中デス』
「代わりを送ってくれ。それから僕らも研究室へ」
『了解シマシタ』
床が光ったかと思えば次の瞬間薄暗い研究室にいた。
「ラ、ランス様!? 動けるんですか!?」
シィルはランスに気づくなり抱きついた。かなり痛かったがランスは無理やり平気な顔をする。カオスはそれに気づき哀れに思った。
「……問題ない」
痛みをこらえて何とかそれだけ口にする。
「ふう……嘘ばっかり。さて、この中に入ってくれ。あ、服は脱いで。パンツはそのままでかまわないけど」
「あの、パイアールさん。何をするのですか?」
「治療。早く治せって煩いから研究途中の物を使ってみる」
「ランス様……」
あからさまに不安そうにするシィル。
「大丈夫だ。こいつを信用する」
「さ、早くしてくれ。僕はこの後にもやらなくちゃならないことがたくさんあるんだ。ちなみに、この装置は肉体の再生能力を数十倍に引き上げる。ただし、今分かっているだけでも副作用がいくつかある。まず、小さい怪我と大きい怪我があった場合、小さい方を治療し過ぎてしまうという点。過剰に再生した細胞は癌化する可能性がある。二つ目、……原因は不明だがマウスでの実験後に……その個体の生殖能力が大幅に落ちた」
「かまわん」
「「えっ?」」
シィルとパイアールの声が重なる。ランスは服を脱ぎ、怪しげなポッドの中へ。
「……本気、かい?」
「さっさとしろ」
「……後戻りは出来ないからね?」
「しつこいぞ」
ランスの目は本気だった。パイアールはため息と共にスイッチを入れた。ふたが閉まり、中へドロリとした緑色の液体が流れ込む。

「その液体は酸素を勝手に補給させるから溺れないよ。最初は苦しいけど暴れないことだね」
大丈夫だといわれても水が口元に迫ればやはり暴れる。だが、ポッドは無常に水かさを増す。間もなく息を止めていられなくなり肺の中に液体が流れ込む。苦しいのは最初だけで肺が液体で満たされた後は不思議な感覚がするが苦しくはなかった。
「……大丈夫、ですよね?」
「このまま安静に浸かっていれば、ね。シィルさんは見張っていてくれないか?」
「はい」
「後で食事は届けさせる」
「ありがとうございます」
パイアールそのまま研究室から出て行く。残されたのはポッドの中のランスとシィル。
「ランス様……治ったらすぐに戦いに戻るのですか?」
ポッドの中でランスが頷く。肺は液体で満たされているため声にはならない。
「もう終っているかもしれませんよ?」
それはない。ランスの口がそう動いた。実際まだ続いている。魔王と悪魔の戦闘は激しさを増すばかりなのだ。
「……ランス様が行っても戦況は変わりません」
まだ本気を出す前のレノンに負けたのだから。
だが、ランスの目はやる気に満ちていた。
結局のところ、シィルではランスを止めることが出来ないのだ。

―異空間
「くぅ……体力は底なしですか」
レノンを大きく打ちはらいホーネットは距離を取った。
ランスを転送してほぼ1日戦い続けている。さすがのホーネットも疲労が溜まってきているにも関わらず、レノンは平然と剣をふるう。それ自体はホーネットに触れもしないのだがホーネットからの攻撃も決定打になりえない。まるで霞と戦っているような。
そんな疑惑が浮かぶ。
「おや、魔王の体力とはこの程度なのですか?」
散々斬撃を受けているにもかかわらずレノンは平然としている。そもそも傷はついたそばから消えていく。
「ではそろそろ本気を出すとしましょう。魔王も最早敵ではない!」
レノンの腹部辺りが唐突に砂の様に散った。それは空中に飛び、散り散りになる。
『とくと聞け! 我はレギオン。一つにして数多なる者。“軍団”レギオン!!』
レノンとレギオンの声が重なって響き渡る。
そして、悪魔の軍勢が降臨した。その数は見える範囲だけで数百体。レノンに憑依した本体と寸分違わぬ姿形を持つ。
「そんな……これは……」
呆然と立ち尽くすホーネット。魔人たちはすぐさま魔王を囲み布陣した。
「ホーネットさん、少し休んでいてください」
「志津香さん……」
「大丈夫ですよ。時間稼ぎくらいはします」
魔人達は迫り来る脅威に対して身構えた。
「おそらく本体以外の戦闘力はそうないはず。本体には我々では相手にならないでしょうからそれ以外の撃破を」
細かく砕けた体の一部を使ったなら戦闘力も細分化される。ケッセルリンクは経験からそう予測した。
「ならばまとめて灰にしてくれる」
カミーラの周りに炎が浮かび上がる。それは一瞬で膨大な大きさに膨れ上がりレギオン達を飲み込んだ。だが、手ごたえがない。
「……前言は撤回した方が良さそうですね。恐ろしいことに」
炎の余波が消える。レギオンは相変わらず平然とそこにいた。
『おろかなる者達め。刃向かわなければ楽に消してやろうと思っていたが……魔王もろとも楽には死なさんぞ!』
全員が同じセリフを話すためすごい音量だ。そして、同時に同じ姿が襲い掛かってくるのは圧巻としか言いようがない。
「……こりゃ、死ぬか?」
ガルティアがそれを見上げポツリともらした。
「な、何を言ってるんですか! マルチナさんが待ってるんじゃないですか!?」
アールコートに叱咤されガルティアはため息。
「死んだら食えないもんな〜」
どこかめんどくさそうに、だが、その目は真剣そのもので。その雰囲気に呑まれて誰もが気を引き締めた。
「個人では戦わないで下さい。常に味方を視界の端に。お互いをいつでもフォローできるように!」
ここでもアールコートの指揮能力が発揮される。
「いきます!」

ホーネットを中心に円陣を敷き、近接戦闘を得意とするレイやカイトが前衛を、魔法を得意とするものがそれを支援する。円陣の中心にいるホーネットは目を閉じ、回復に努めた。
戦い始めて気づいたこと、それは相手の戦闘力について。一体ずつは確かに強い。1対1で戦えば負ける。だが、魔人同士連携することで大幅に被ダメージを減らすことが出来た。
だが、数が違いすぎる。ダメージは減らせても相手にダメージを与えることもほとんど出来ない。いずれ力尽きる。
「……見つけた!」
自分は戦闘に参加せずずっと敵の動きを見ていたアールコート。その戦場把握能力で分身にまぎれて分からなくなったレギオン本体を見つけた。分身は個々の意思で動いているのではない。アールコートから見れば指揮された動きだった。なら指揮官は本体しか考えられない。指揮官を攻撃すれば統率は乱れる。そうなれば反撃の糸口も見つかるかもしれない。
「ホーネット様、ほんの少しだけ力を貸してください」
アールコートはホーネットの耳元でなにやら囁く。
「そんな! 危険です!」
「でも、チャンスなんです!」
「……分かりました」
ホーネットは渋々頼まれたことを実行に移した。アールコートを本体のすぐ後ろに転送したのである。もし、これで効果がなければアールコートは敵中に孤立する。
『ぬ!? いつのま―』
「いっけぇーーー! 氷精結界!!」
ブースターロッドをフル回転させ、最大限まで高めた魔力が解放される。
氷精結界。以前、アールコートが自分を封じていた魔法である。この術は対象を分厚い氷で外と隔離するのだ。特筆すべきはその効果範囲。巨大なダンジョンを1フロア冷凍することも出来た。
一瞬後、本体を含む数十体のレギオンは白い光に飲まれ見事に凍結する。巨大な氷塊は自由落下を始め、分身の動きが止まった。それを見逃す魔人たちではない。それぞれ個別に手近な敵に襲い掛かる。指揮官が戦闘不能になり出来たわずかな隙にレギオンたちが個別戦闘に移る前に出来る限り数を減らしたい。本体もいつ復活するか分からない。同じ手は二度と通用しないだろうから。

―パイアールの研究室
ポッドのタイマーがゼロになり中の液体が排出される。
液体がなくなり空気を吸い込むとランスはむせ返った。シィルは優しくその背中をさする。
そこへ治療終了の知らせを受けたパイアールが転移してきた。
「どうだい、気分は?」
「悪い。べたべたして気持ち悪い」
「シャワーはその奥に。タオルやらも用意させてある」
「シィル、お前も来い」
「え? あ、はい」
二人はそろってシャワールームへ。すぐに甘い声が聞こえてくるとパイアールは肩をすくめた。
「何も今すぐに試さなくてもいいと思うけどな……。まあ、いいデータが取れた」
実のところこの装置、完成している。副作用云々はパイアールの口から出まかせ。真っ赤な嘘である。ランスが目を覚ます前、シィルはパイアールに頼んだのだ。ランスが早く目を覚ましてもしばらくは、ここに留めておきたいと。ポッドに入る前にああいえば躊躇すると思ったのだが……。
「2分の1で死ぬくらい言ったほうがよかったかな」
「ふん、嘘だったのか」
「当たり前だ。いくら君が患者でも不完全な物を使うのは僕の主義に反す……る」
「さてと、身体が鈍ってないか相手をしてくれ」
いつの間にやら戻ってきたランスはポキポキと指を鳴らす。
「や、ちょっと、落ち着けって」
「お前は魔人で、俺様は人間。少々の暴行を加えたところで怪我もしない。サンドバッグには向いてると思わないか?」
「お、思わない!!」
「俺様がそう思ってるからいいのだ」
「わーーーーーっ!?」

数分後、パイアールは研究室の端っこに蓑虫のように吊るされていた。白衣も服も剥ぎ取られパンツ一丁の状態。さらに顔には『私は嘘吐きの悪い子です』の文字が。
「……よし、身体に異常は無いな。装置の性能は褒めてやる」
「こんな状態で褒められてもうれしくない……」
パイアールは落涙する。どことなく哀愁が漂っていた。
「オーディン、装備を一式もってこい。すぐにホーネット達のところへ戻る」
『了解シマシタ。カオス及ビ鎧ヲ転送シマス』
すぐに装備が送られてきてランスは順に身につけていく。
『ランスよ、戻って策はあるのか?』
「治療中にな、プランナーが意識に入り込んできた。もうすぐ助っ人が降りるんだと。本来ならあいつらの手を直接借りたくは無いんだが俺もこのざまだったからな」
『助っ人か……天使か?』
「分からん。とにかくすごい助っ人とは言っていたが」
ランスは最後の篭手を着け握りを確かめる。カオスを抜き軽く振ってまた鞘に戻す。
「シィル、行くぞ」
「でも……」
「……お前はここに残ってもいいぞ?」
「それは嫌です! ランス様のお側にいます!」
「なら、つべこべ言わず側にいろ。いいな?」
ランスはシィルに手を差し出す。一瞬の躊躇の後シィルはその手をとった。
そして、二人はフェリスによって異空間へ。
「……オーディン、早く下ろしてくれ」
『ア、忘レテイマシタ』
「そのAIは修理の必要がありそうだね?」
『物事ニハ優先順位ガアリマス』
「……まあ、確かに今はあっちが優先されてもおかしくないけど……」
ロープから解放されて床に下りたパイアールは三角座りでのの字を書いた。
「僕はマスターなんだぞ……もうちょっと扱いがよくてもいいじゃないか……」
応える者はいなかった。

あとがき

さ〜て、後はラストバトルだけですよ〜
その後はエンディングがあるだけですよ〜
ちゃんと終らせますからね?

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