二人の世界 外伝
ファーストコンタクト 前編


―アイス スレイヤーの屋敷
その一室でとある商談が行われていた。
室内にいるのはカスタム地方の豪商ローグと屋敷の主スレイヤー、彼の秘書と豪商の護衛である冒険者が1人。
「では、商談はこれでまとまったと言うことで」
「そうですな。別室にささやかながら食事を用意させてあります。そちらへ行ってこの話の成功を祈り一杯やりましょう」
「スレイヤー卿は気配りがうまいですな。ではではご馳走になりますか」
「どうぞ。メイドに案内させます。私は所用を済ませてから行きますので先に始めててください」
「うむ、そうさせてもらいます」
商談相手が部屋を出て、護衛と共に食堂に向かうとスレイヤーはため息と共にパイプに火をつけた。
「……あの方とはお知り合いですか?」
「……いや、向こうはしらんだろう。何しろ王のハーレムにいたからな」
「リーザス王の? ……そんな年齢には見えませんでしたが?」
「まだ若い君が知らないのも無理はないな……まあ、知らない方がいいこともある。あの方は隠しているようだからね」
「そうですか。ではこれ以上聞きません」
スレイヤーは頷き、書斎机の上にある写真立てを手にとる。
「しかし、こちら側にいるという噂は事実だったか。もう、当時比較的近くにいた人々とは会えぬものと思っていたが……運命とは数奇なものだ」
写真には何人かの兵士が写っていた。旧リーザス緑の軍の正規兵達。写真の裏にはログA撃破記念と書かれていた。
「さて、私も行くとするか」
「その前に一つ」
「何かね?」
「ローグ氏についてですがこの商談によって反魔王派に狙われる危険性が生じます。……何しろ我々との商談ですから」
「なるほど。それで?」
「連絡一本で腕利きの護衛を付けられるように手配済みです。帰りに襲撃されては元もこもありませんので」
「相変わらず君は優秀だ。秘書にしたかいがある」
「ありがとうございます」
「だが、この件については必要ない。護衛はあの方が1人いれば事足りる。1個師団でかかっても手も足も出まい」
「……そうでしたか。では例の二人にはキャンセルを―」
「待った。例の二人ならキャンセルしないでくれ」
「はい?」
「確かめたいことがある。彼らが何者なのか。ありえないとは思うが、本人なのか、あるいは他人の空似なのか」
「……分かりました。手配しておきます」
「よし、では行くとしよう」

今回たまたま受けた仕事はカスタム復興の中心となった商人ローグの護衛。商売敵にはどんな手でも用いるが、反面街への貢献や困窮した人々への施しも行い、人気は高い。親魔王派であり世界中の復興にも貢献している人物だ。……旅の間観察してみたけれど、本気で世界の復興に熱意を燃やすある意味レアな人といえる。
今回は同じく親魔王派として名高いスレイヤー卿との商談に同行、道中を護衛すること。
護衛と言いつつやらされることは秘書みたいなこと。
護衛として戦わないでいいのはいいことなんだけど。
……正直落ち着かない。嫌な予感がひしひしとする。
この仕事を請けたときからだ。
あ、おいしい。
どういうわけか私の分まで食事が準備されていた。出されて食べないわけにも行かないからいただくけど、いいのかしら?

「ところで、出発はいつになさる予定で?」
「宿は取って今夜はそこで一泊、明日の朝には戻る予定ですが?」
「そうですか。部屋を用意しましょう。よければ泊まっていかれては? ……最近色々と物騒ですし」
「……時折やつらの悪意と視線を感じますよ。……確かに安全かもしれませんな」
「あと、護衛を二人雇ってあります。帰りはその二人もお連れ下さい。念には念を押すべきですので」

最近、ホーネットさんのとる政策を敵視する反魔王派の動きが活発化している。戦闘で負けることはないけど昼も夜も警戒し続けるのはつらい。3人になればだいぶ楽できるかな?
そうこうしているうちに食事は終わり客室に案内された。一応ローグ氏の部屋と私の部屋を調べる。
窓には強固な結界魔法、鍵は認証の必要な二重の魔法鍵、壁にも硬化および耐火の魔法がかけられている。外からの防御は完璧。……反魔王派に命を狙われているスレイヤー卿の館。維持費はどれくらいかかっているのだろう? きっと恐ろしい額に違いない。
「魔想君、入ってもいいかね?」
「あ、はい。ここなら安全です。少なくても一晩で破られることはないと思います」
「ありがとう。君も休んでくれ」
「はい」

あてがわれた部屋に入りベッドにダイブ。
……疲れた。お忍びのため徒歩でカスタムからアイスまで。途中、盗賊と一戦、相変わらず本能に忠実なモンスターと一戦。昼も夜もろくに休んでいなかった。この身体になってから久しぶりに感じる疲労感だ。
帰りは楽ができるみたい。それでもその二人とやらにまかせきるわけにも行かない。とりあえず、今は身体を休めよう。
……あ……疲れた身体にこのふかふかなベッドはちょっと凶器……お風呂くらい入りたいけど……う〜ん、無理ね。

―翌朝 市門前
結局は朝にシャワーを浴びた。どうも自分で思っていたより疲れがたまっていたみたい。
で、待ち合わせの時間はとっくに過ぎているのだけど、追加の護衛とやらはまだ現れない。
……仕事をする気があるのかしら? すでに襲われた? 胸騒ぎがする。

「おお、すまん、すまん。ちょっとこいつが寝過ごした」
「え、違います! 起きなかったのはランス様です」

世界が凍りついた。
……背後から聞こえた会話。そして声。まさかこんな所で!?
恐る恐る振り返る。憎たらしくて、それでいて懐かしい顔がそこに。心の準備がまったく出来てなかったために心臓が高鳴る。
あ、あれ? 何でこんなに動揺しなきゃならないの?

「魔想君? 大丈夫かい?」
「だ、大丈夫です」
「ならいいのだが」
「はじめまして、シィルです」
「ランスだ。……いい身体だな」
「っつ!?」

思わず胸を隠す。
落ち着け、落ち着け。アイスにいるかもということは分かっていたはずだ。ただ、ちょっと……忘れてただけだ。ここまで動揺することでもないのよ!

「ランス様、初対面の女性にそれは失礼ですよ」
「うるさい、お前は黙ってろ。それで? すぐ出発でいいのか?」
「そのつもりだ。君達が合流し次第出る。……だが、素直に出させてはもらえないようだな」
「よ〜し、シィル、魔想だったな? 手は出すな。まだ寝ぼけた身体を起こしてくる」
ランスは剣を抜くと腕をぐるぐる回したり身体を捻ったりで準備運動開始。
動揺していた志津香は気づいていなかったが先ほどから徐々に包囲されていた。
敵は反魔王派構成員約20名。といってもそこらへんにいるチンピラと見分けが付かない。
ランスは常に立ち位置を変え、的確に攻撃を加える。見た目通り錬度も低いのか反魔王派の兵はなす術もなく切り伏せられた。
「よし、準備運動終わり。どうもこいつらはただの足止めみたいだぜ? さっさと移動した方がいいと思うが」
事実街の方から武装集団が近づいてくる。
「では急ぐとしよう」
といいつつ門を出たはいいが、すでに外にも兵が配置してあったらしくあっという間に包囲された。
「ランス様……2,300人はいます……」
「魔想、何人いける?」
「え、ああ。べ、別に何人でも……」

なぜここまで動揺しなければならないのか。……落ち着けってば、私。

志津香は深呼吸を一つ。
「魔想君、さっきからおかしいが大丈夫かね?」
「がははは、さては俺様の美貌に魅了された―な!?」
ランスは志津香の鉄拳を喰らった。
「馬鹿いってんじゃないわ。まだまだお子ちゃまのあんたに魅了されるほど落ちぶれちゃいないわよ」

初めて会った時は……ランスがちょうどこれくらいの時だったけど。
今のランスは私の知っているランスじゃないはずだから。動揺する必要はない。
ホントにそっくりだけど、これはランスであってランスじゃない。
今までどおり、人間だった頃と同じように軽くあしらえばいい。

「ててて……こうなったらベッドの上で魅了させてやる」
「子供に抱かれる趣味はないんだけど?」
「つまり、抱かれたら俺様無しでは生きられなくなるかもしれないから抱かれたくないと?」
「なんですって!?」
「ああ〜、君達。状況を理解しているのかね?」
「ランス様、今は任務中ですよ」
包囲の輪は小さくなってきている。
「ちっ、しかたないな。俺は前、シィルとあんたは後ろを頼む」
「必要ないわよ。とりあえず、目障りだからまとめて消えてもらうわ」
志津香の口から歌うように詠唱がこぼれる。詠唱呪文を重ね、圧縮し本来の数倍から数十倍の威力を発揮させその形状も作り変える技術。志津香が魔人になってから開発したスキルだ。
「火爆破!」
本来前方のみが攻撃範囲だが志津香の放った火爆破は志津香たち4人を中心に全方位、同心円状に効果を及ぼした。
ランスとシィルは呆然とその様子を見ている。
たった一撃で200の兵が全滅した。
「さ、追手がかからないうちに早く行きましょう。日が暮れて野宿するのは危険だわ」
「お、おう」
「は、はい」

―???
そこはどこかの暗い部屋。暗がりに数人の老人と1人の若い男がいる。
「失敗したか……」
「はい。新たに護衛も増え一筋縄ではいかないかと」
「しかし、あいつを野放しにはできん。なんとしてでも始末しろ」
「分かりました。次は上級兵を投入します」
「必要な装備ももって行くがいい」
「ありがとうございます」
若い男は一礼してその部屋を出た。苛立ちを隠そうとはせず足音が荒い。
「……じじいども……こんなちまちましたやり方では意味が無いということをいつになったら理解する? ……やつらが死ぬまで組織はこのままだとでも言うのか?」
『そうでもなかろう? お前にその気があれば我が力を貸そう』
若い男は突然現れた気配に驚くがすぐさま剣を抜く。暗い廊下に赤く長い刀身が現れる。
「何者です? 人ではないでしょうが?」
『人が悪魔と呼ぶ存在。それが我だ。お前が必要ならば力を貸すぞ?』
「……悪魔が代償無しに願いをかなえるとは思えないですね。悪魔は何を欲するのです?」
『戦乱を。生と死の狂乱を。今の世は平和すぎる』
「なるほど……おもしろい。いいでしょう、結びましょう契約を」
『ふふふ、そう来なくては……』
悪魔の輪郭が歪み男の影に吸い込まれていく。
『いつでも呼べ。どんな願いもかなえてやろう』
「私の求めることは小さなこと……亡き父と母の仇を。魔王と魔人に死を」


あとがき

志津香とランス&シィルの第一種接近遭遇。
同時に本編にいくつかの修正アリ。


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