―JAPAN 富士の村 そこには村があった。無敵とのなじみの深い村が。 今はあちこちに煙が上がり死体が転がっている。 武器を持たない女子供から完全武装した兵士まで。 「……泣かないでよ……」 血に濡れた指が無敵の頬をなぞり、血の跡を残す。だがそれもすぐに溢れる涙で流される。 「しかし……!」 「死ぬ……前に、もう一度会えたんだから……約束通り戻ってきてくれたんだから……」 「けれど……あなたに死なれたら何のために!?」 「ごめん、ね……もう、顔も見えないの……」 「待ってください! セリスさん!」 無敵がランスたちと別れ村に戻った時には全てが終わっていた。レギオンに煽動された反魔王派による共存の破壊。人と魔物が共存するこの小さな村は襲われた。村にいる戦力は実戦経験のほとんどない若者が数名と、歳を取ったがまだ目の光は衰えていない元リセット親衛隊の切華、ハニ吉、邪美の3人とそれぞれの眷属、それにセリス。 対する戦力は完全武装の武士が500人。 最初から勝負にはならなかったのだ。起きたのはただの一方的な虐殺。 戦えるものは全力で戦った。だが、切華も邪美もハニ吉も実質百倍近い戦力の前には無力だった。今はもう熱を失っていた。 そして、仲間にかばわれた唯一の生き残り、セリスも無敵の腕の中で息を引き取った。 村の跡地をうろついていた兵士は無敵が瞬殺した。だが、それでなくなったものが戻るわけではない。残ったのは悲しみと虚しさ。 無敵はセリスの亡骸を抱きしめ涙をこらえる。これ以上は泣きたくはなかった。 ピキピキと世界にひび割れが走る。 そして、砕けた。 「……え?」 視界には星空。そして自分を覗き込む顔。 「おはよう。20年ぶりね」 目をこする。もう一度周囲を見渡す。場所は富士の癒し場の前らしい。 そして、無敵はセリスの膝の上に。 まだ状況をつかめていない無敵にセリスは笑みを浮かべる。 「それとも私が歳をとっておばさんになってしまったからわかりませんか?」 「え、あれ、セリスさんですよね? あれ? 今、僕が最期を看取って……ああーーーー!?」 無敵、飛び起きる。洞窟の入り口辺りにふわふわもこもこの謎生物がいて、その上には夢使いの魔人が。 「おはよう、無敵。いい悪夢は見れて?」 「それ矛盾してます。いい悪夢なんてな―って、それはどうでもいい。なんて夢を見せるんですか!? いつからですか!?」 「ここへ無敵が行くって言った瞬間から。普通にくっつかれたら癪だから」 「……くっつく?」 「さっき、ライバル宣言したの」 「誰が、誰に? なんの?」 混乱。 「私が、セリスに、無敵の所有権の」 「交際権! 無敵さんは物じゃないです!」 鈍い無敵でも理解できたようで、見事に石化した。 「ま、同時に和平交渉も済んでるんだけどね」 無敵は聞いていない。 「私が死ぬまではワーグさんは無敵さんに手を出さない。でも、死後はワーグさん次第ということで」 「……永遠に共に歩く、という道もあります」 「いいえ、私は人としての貴方といたい。だから、これから20年分の穴埋めにずっと、一緒にいてくださいね」 「は―……あれ? わ、ワー……グ、何を……」 答える前に強烈な眠気が。 「ラッシー、パス!」 「わふわふ」 ワーグは強制的に無敵を夢の世界に落とし、無敵の襟首を掴んでラッシーの口の中へ投げ込んだ。 「ちょっと、ワーグさん! いきなり約束破りですか!?」 「違う違う。今日は先約があるの。こいつの親父の家で朝から祝勝会なの!」 大嘘。実際、そんな物はない。 追いかけられないのをいいことにワーグは無敵を拉致って空へ。 「……良かったのか?」 それを見上げる背後から包帯だらけの切華が姿を見せる。 「本当は1秒でも離れてほしくないけど……お父さんのところへ行くなら止められないわ。それより、大丈夫なの?」 「人と違い頑丈でね。……さすがに前衛にいた邪美とハニ吉はもうしばらくは動けないだろうが」 「そう。みんなの傷が癒えたら村の再建をしなきゃ」 「お前と彼の新居もな」 「ええ。……そうね」 セリスは無敵が拉致られた方の空を見上げて呟いた。 最終話 二人(+α)の世界 ―魔王城 ホーネットの執務室 「……しかし、これほどまでに書類が溜まっていたとは……」 ホーネットはただ呆然と書類の山を見上げた。 「これでも全ての書類に私が目を通し裁量内のモノは全て処理を終えています。残りは全体量のおおよそ2割です。これらは私の裁量を超えるのでお願いします。……この量のおかげで寝る暇すらありませんでしたが」 魔王たるホーネット不在の間無理やり魔王代理で全権委任というとんでもない立場に仕立てられたレナは持てる力を全て使いきり世界中の争乱の対応に当っていた。メガラス率いるホルス部隊から送られてくる情報を元に戦況を把握、各地の兵力を割り当て反魔王派の軍に当てる。 そして彼女は彼女の戦いを征した。 その結果送られてくる報告書の山。やれるところはやって最後の処理は魔王に丸投げだ。 ちなみに、隣室ではさらに多い書類にサテラやシルキィが悲鳴を上げていることだろう。 反魔王派の行動が世界に与えた被害、それはかなり深刻なものだった。レギオンに煽動されて都市や村を攻撃した者達がほとんどで中には反魔王派とは名ばかりのテロ集団まであちこち暴れまわったりもしていたらしく被害報告だけでもかなりの量になる。 みていても減らないということに思い当たったホーネットはその書類に目を通し始める。 「伝達事項は以上です。では、私は休暇をとらせていただきます。さすがに限界のようですから」 「ご苦労様でした。ゆっくり休んでください」 「はい、そうさせていただきます。と、その前に一つだけ、お聞きしたいことが」 「なんでしょう?」 「彼は……元気でしたか?」 「ええ、もちろん」 「そうですか。……失礼します」 どこか安心した表情をするレナを見送りホーネットは再び書類に視線を戻す。 だが、すぐに手が止まった。ついついランスのことを考えてしまう。 別れたのはつい先ほどだ。 にもかかわらず会いたい、話したいといった衝動が湧き上がる。 「ああ……ランス様……」 ホーネットは肩を抱きうつむいた。 切ない。荒々しくでもいい。あの腕に抱かれて眠りたい。 朝、目を覚ました時にあの顔が隣にあると本当に幸せな気分になれる。 だが、それに耐えると別れる時に誓ったのに。わずかな時間しか経過していない今にも耐えられそうに無い。 一個の人間と世界を統べる魔王。本来なら接触するような機会はない。 ランスもそれを望んだ。だからホーネットが自分から会いに行くことはない。 そのはずだ。だが― 「……ランス様……私は……そんなに長く耐えられそうにありません……」 言葉にするとさらに重圧が増した。 身体は魔王でも心は1人の女。 ホーネットはさらに強く自分の肩を抱きしめた。 そして、立ち上がる。 数分後、念のためにと様子を見に来たレナはため息をつきながら書類の処理に手をつける。 もはや裁量がどうのこうのという話ではなくなっていた。 「……まったく……こんな貧乏くじを引くのも何から何まで、全てランスが悪い!」 そんな愚痴をこぼしながらも彼女はちょっぴり幸せそうだった。 ―カスタム 志津香の家 「ねえ、マリア」 「ん、なに?」 二人がいるのは志津香の寝室。二人とも寝巻き姿。 現在再びカスタムの都市長に就任し都市の修復を手がけているマリア。 今はごちゃごちゃした自分の家より片付いた志津香の家をねぐらにしていた。 「耐えられる?」 「……な、なにを?」 髪にドライヤーを当てていたマリアは動揺しつつも手を止めた。 「ランスのこと」 「……食事の時も同じ事を聞いたわよ、志津香」 「じゃあ、今も答えて」 「答えは同じ。我慢しなきゃいけないってわかってる。けれど……」 「「会いにいけないなんて耐えられない」」 二人の声が重なり、続いてため息も重なる。 「いつにする?」 「いつにって……。じゃ、じゃあ……明日にでも」 「決まり、早く寝なきゃ」 「え、あ、うん。おやすみ、志津香」 「おやすみ」 何から何まで言葉にしなければならないほど付き合いは浅くない二人だった。 ―カミーラの城 「ラインコック、出かけてくる」 「はい、カミーラ様。……あのう、もしかしてアイツのところですか?」 カミーラはぎこちなくラインコックから視線をそらした。 「……違う」 説得力なし。 「会いにくるのは禁止だって確か……」 「だから会いに行くのではない」 「ではどうするおつもりですか?」 「……久しぶりに奴と戦いに行く」 ラインコックはずっこけた。 結局はランスの元へ行くわけだが、悩んだ末、カミーラが見つけ出した答えだった。 あれほど自分で動こうとしなかったカミーラが積極的に動こうとするのは大きな進歩であり使徒としてはうれしい限り。 それでもその原因を考えるとなんとも複雑な気分になる。 そうこうしているうちにカミーラはラインコックを置いて飛び立ってしまった。 一人残されたラインコックは大きなため息を一つ。 ―魔王城 アールコートの執務室 アールコートは書類の山に埋まっていた。ピクリとも動かない。 原因は同じ部屋にいる魔人二人。サテラとシルキィ。 「いい加減にしろ、シルキィ! ランスはお前に会いにくるなと言ったんだ。だまって仕事をしろ!」 「なにを!? あれは私だけに言われたのではない! ホーネット様を含む皆にそういわれたのだ! 私に仕事を押し付けて1人会いにいこうなど考えても無駄だぞ!」 いつもなら仕事の邪魔をするなとアールコートが怒るのだが今日はそれがない。 最初止めに入ってきたとき、二人はアールコートを書類の山に突き飛ばした。 ピクリともアールコートが動かないことに気づき、サテラが恐る恐るアールコートを起こそうとした。が、その冷たさに思わず手を離す。 「……つ、冷たい……まさか……死……」 「サテラ、落ちいて。これは氷だ。おそらくは幻術だろう。自分はここにいるように見せかけて―」 「抜け駆けなのか!?」 「おそらく」 「サテラは追いかける!」 「わ、私も行くぞ!」 そして誰もいなくなった。 ―執務室前廊下 「な〜んだ、あいつらも行くのね。ハウゼル、後れを取るのはまずいわ。私たちも行くわよ!」 「それより、サテラの残した仕事を―」 「じゃあ、ハウゼル1人残る? 私はあいつと色々するけど」 「……行きます」 「ふふふ、ハウゼルのえっち」 「姉さん!」 声を荒げたハウゼルから、サイゼルはするりと距離を取る。 「じょ〜だんよ。さ、急ぎましょう」 サイゼルが手を差し伸べ、妹は姉の手を取った。 ―アイス ランスの家 どがっしゃ〜〜〜ん。 時間は早朝6時ちょっと前。空に日の光が満ちる頃。 ランスとシィルは何かが窓ガラスを突き破って入ってきた音で目を覚ました。 「パーパ、見て見て!!!」 「……リセット、もう少し静かに入って来い」 「もう! よくリセットのことを見てよ!」 リセットはまだくっついているランスのまぶたを無理やり全開にした。 「いだだだだ!? リセット、開けすぎだ!」 「あ、ゴメンゴメン。まだ力加減が今一わからないの」 ランスは眠い目をこすり開く。直後これでもかと大きく見開き、再び目をこすった。 もう一度みる。見間違いではない。 「……シィル、つねってみてくれ」 「えっと、ぎゅー」 「痛いな。これは夢じゃないと?」 「そうそう。夢じゃないよ。リセットは天使になったの!」 リセットの背中には白い翼。パタパタとホバリングするその姿は見間違いのしようがなかった。ちなみに額の石は黒いまま。 「……そうか、カラーだからな。天使か悪魔に転生するはず。……よく悪魔にならなかったな」 カラーは生前の行いで天使になるか悪魔になるかが決まるという。リセットの行いを知っているランスはちょっと複雑な気分になった。 「えへへへ、悪行も多かったんだけど、それを覆すほどの善行があったんだよ」 「……あったか?」 首を傾げるランス。娘はぷぅと頬を膨らませる。 「ランス様……リセットさんはあの時私たちを助けてくれたじゃないですか」 「そう、その通り」 「帰れ」 ランスは忽然と現れたプランナーの方を見もせずにいった。 「うわ、ヒドイな。まあ、あれが大きかったのは本当だよ。あの時君が死ねばこの世界は無い。世界の核を守ったという意味では立派な善行だよ」 「あと10人ほど人間を殺していれば私の配下となったというのに。惜しいな」 「お前もほいほいとこっちに出てくるな。というか、そんなにきわどいレベルか」 プランナーと最近つるんでいることが多いらしいラサウムも平然とそこにいた。 「ギリギリでもプラスはプラス。リセットはこっちの方がいいからあんたにはついていかないよ」 「今さら来いとはいわない。ただ、惜しいことをしたと思っただけだ」 「お前らみんな帰れ。今何時だと思っている?」 ランスは不機嫌さ全開だった。 「あ〜、パーパ酷い」 「そうそう、せっかく娘のことを知らせに来たんだから服を着てお茶くらい出したらどうだい?」 「っ!?」 「出てけ!!」 シィルはシーツで身体を隠し、ランスは神をも凌駕するスピードでプランナー達を寝室から叩き出した。 「くくく、まったくからかいがいがあって面白い人間だな」 「面白い点には同意する。たまにはからかいに―」 「来るな」 ランスが出てきてプランナーのセリフを制した。 その後ろから真っ赤になったシィルがこそこそとリビングを抜けてキッチンへ入った。 「リセット、シィルを手伝ってやってくれ」 「は〜い」 ランスの指示でリセットもキッチンへ。 「……で、ここへ来た真意は?」 「だからからかいにといったであろう?」 「こらこら、ラサウム。違うって」 「ふむ、まあいいか。とりあえずだな、世界の今後について、お前にも知る権利があるということで、わざわざ出向いたというわけだ」 「レギオンが消え、反魔王派の核となる人物が死んだことで世界は安定を取り戻した。君の望む世界の形に戻ったわけだ。天界も悪魔界もこの状態の維持に全力をつくす。君の寿命がある限りね」 「そうか」 「二度目のイレギュラーはないから君は君らしく生きればいい。あと、もう一つ。記憶の操作だけど前も言ったとおり、君はともかく彼女のは無理だ。だから今のままをお奨めするよ」 「……だろうな。ま、かまわん」 「さてと言いたい事は言った。あまり歓迎されてないようだから僕らは去るとしよう。それにお客も来たようだからね」 「では、さらばだ。またからかいに来るぞ」 「だから、来るな」 プランナーとラサウムは背景に溶け込むように姿を消した。 直後チャイムが鳴り響く。 時間は朝6時少し過ぎた辺り。 ランスはため息をつきながら玄関へ向かう。 「ランス様、お茶が……あれ?」 「ああ、そのまま用意してくれ。数は合う」 外には良く知った気配が二つ。ランスは扉を開けた。 「お前達もそんなに常識が無かったのか?」 「し、仕方がないでしょう。マリアがどうしても耐えられないって言うから仕方なく」 「ちょ!? 志津香! 人のせいにしないでよ!」 朝日をバックに志津香とマリア。二人は結局一睡も出来ず、日が昇る前にカスタムを出発していた。玄関先で言い合いを始める二人にあきれながらもランスは二人を中に引きこむ。 「近所迷惑だ。黙って中に入れ」 「……なんかランスらしくないわね。近所迷惑とか言い出すなんて」 「うるさい」 扉を閉めようとしたランスだがもう一度外を覗く。 「隠れてないででて来い。ったく、どいつもこいつも……」 通りの反対側の物陰からこそこそとアールコートが。さらに、むかいの家の屋根から月乃が。 「王様……その……」 「来てはいけないとわかっていたのですが……」 ランスは黙って手招き。二人はしっぽでも振りそうな勢いでランスの側へ。実際月乃の方は尻尾がぶんぶん振られていた。うれしいとそうなるらしい。 「シィル、茶を……あと4つ追加」 「え、4つですか!?」 「……もしかして全員そろうのか? ……それはないと言い切れないところが辛いな」 「ここに来る途中、サテラとシルキィ追い抜いてきたわよ?」 「ご、ごめんなさい。姉さんがその……」 空からサイゼル&ハウゼルも登場。 「傷は癒えたか?」 「ええ、あれくらいなんとも無いわ」 「そうか。……しかし、入りきるか?」 部屋の中をみる。すでにごちゃごちゃしていた。 「まあ、さすがにカミーラとホーネットは来ないだろう。シィル、あとサテラとシルキィの分を追加だ」 ―アイス 上空 偶然上空で会ってしまったカミーラとホーネットが固まっていた。 「……ああ言われてしまいましたがどうしましょう?」 「私は降りる。会いに来たのではなく決闘に来たのだからな。しかし、魔王たるお前が会いに行くのは他のものに対する示しがつかんな」 「うくっ……。カミーラ、決闘に行くなどと、貴女の言っていることは詭弁に過ぎません」 「ふん、それがどうした。決闘に来るなとは言われていない」 「それが詭弁だといっているのです!」 カミーラは開き直り、上空ではにらみ合いが続く。 ―地上 サテラとシルキィが到着し、ノックする寸前、ランスがドアを開けた。 動揺する二人。 「あ、ランス、えっと、おはよう」 「こんな朝早くから申し訳ありません。裏切り者、もとい脱走者を見かけませんでしたか?」 「脱走者?」 「私たちを置いて抜け駆け……じゃなくて仕事を押しつけて―」 「アールコートなら中にいる。お前達も入りたければ入れ」 ランスは二人を招きいれ空を仰ぎ見る。 「結局全員そろいやがったか。……はぁ」 部屋の中は女性魔人でいっぱい。上空には魔王とカミーラまでいる。 さすがにレイやケッセルリンク、メガラスは来ないだろう。 まあ、来たところで追い返す訳だが。 「ホーネット、カミーラ。気が向けば下りて来い」 上空の二人はさぞかし驚いているだろう。遠いためよくは見えないがなんとなくの雰囲気でわかった。ほどなくして二人とも下りてきた。 「ランス様……や、やっぱり私は帰ります!」 中の様子が見えてしまい、ばつが悪くなったのかホーネットは背を向け飛び立とうとした。 が、ランスの手が伸び捕まる。 「せっかく来たんだから茶ぐらいのんでいけ。カミーラもだ」 「私はそんなことをしにきたのではない。ランス、私と戦え」 「後でな。まだ朝も早い。少し待て」 「……お前がそういうのならそうしよう」 声は不機嫌そうだが、口元には薄い笑みが。 「私も……本当によろしいのですか?」 「ダメなら引きとめはしないが?」 ランスは意地悪そうに笑みを浮かべる。ホーネットはこの表情に弱かった。 そして、ランスもそれを当然知っている。確信犯というやつだ。 ホーネットは部屋に入ろうとするランスの袖をちょっとだけつかみランスの後に続いた。 ―リビング 「しっかし、何でこんな時間から全員が俺様の家に来るんだ?」 「きっと、誰に聞いても同じ答えが返ってくるわよ? ランスに会いたかったからって」 「もう、パーパって、モテモテだね〜」 リセットはこのこの〜とか言いつつランスの頬をつつく。 「全員が全員、こんな非常識だとは思わなかったがな」 女達は言葉をなくした。 「ランス様、そんなことおっしゃらずに……」 「しかしだな、朝の6時半だぞ? 今まで忙しかった分惰眠をむさぼうろうと思っていたというのに……全員を抱くとなるといくら俺様でも疲れるぞ」 「ちょっとなんでそんな方向に話が行くのよ!」 「なんだ、志津香は抱かれたくないのか?」 「えっ……いや、その……」 激しく狼狽する。 「なら志津香は仲間はずれだ」 「それは嫌!」 即断言。ランスはニヤニヤ。志津香はうろたえた挙句目をそらした。 「そうか。他の者は?」 さすがにシィルの前でランスに抱かれたいなどとは言えず。ホーネットも含めて誰もが中途半端に目をそらす。 「その……ランス様は怒ってないのですか?」 そんな中、月乃が恐る恐る切り出した。 「怒る? なぜだ?」 「別れ際に、偶然以外に会うことはないとおっしゃりました。……にもかかわらず、少なくても私は自らの意思で―」 「来てしまったものは仕方がないだろう。さて、と」 ランスの手がすさまじい速度で動いた。 「え……きゃん!?」 どうやったのか、ランスの手には月乃の着物が握られていた。当然月乃は何も身につけていない状態で、あわてて座り込む。 「誰も一番乗りを宣言しないからお前からだ」 「そ、そんな、ここで!?」 「次はシィル、その後は気分次第。……本当に帰りたいやつは帰ってもいいぞ?」 ランスは意地悪そうにそんなことを言うが、誰も動く訳が無いと分かりきって言っている。 実際、誰もが居心地悪そうに、だが、ランスの手で翻弄される月乃を見せられてほのかに顔を赤くしている。シィルも例外ではない。そして、彼女はランスを信じているから今の状況を受け入れる。ホントはちょっぴり嫌だけど、言って止めるようならランスではない。 だったら、楽しんだ方がいい。シィルも十分ランスに毒されていた。 「ランス様、お手伝いします」 月乃とランスの間に気持ちを切り替えたシィルが乱入。 その様子に抑えが利かなくなったサイゼルがハウゼルを押し倒し……リビングは色々とすごいことになっていった。 夕方、日も暮れて活動時間になったシャリエラとレベッカはリビングに入ったとたん呆然とした。一面肌色の世界。気温は低くないので風邪を引くことはないだろうが……。 ランスは中心でシィルと、アールコートに抱きつかれ豪快にいびきをかいている。 「……いいなぁ」 「私たちも起こしてくれたらよかったのに。王様のいけず」 「む〜〜む〜」 「あれ? ……天使さん?」 リビングの隅っこには簀巻きにされ、猿轡をかまされたリセットが転がっていた。 「あ、リセット様……天使になれたんですね。おめでとうございます」 「レベッカ、先にロープを解こうよ」 「あ……」 今まで気づいていなかったのか、レベッカは今になってリセットの拘束を引きちぎった。 腕力は見た目とはかけ離れたほどある。 「ぷは〜、ありがと」 「誰に襲われたのです?」 「みんな。リセットも混ざろうとしたらパーパがダメって言ってみんながいっせいに!」 「王様もそれくらいの常識はあるのですね」 「他人には見境なしだけどね。王様らしいといえばそうなのかも」 「もう、リセットは帰る。パーパが起きたら次こそは抱いてねって言っといて」 リセットはそれだけ言うと外へ。翼を羽ばたかせて夜空に消えた。 「けれど、どうしよう……お掃除できない……」 「久しぶりにお暇をもらっちゃおうよ!」 「……うん、わかった」 レベッカはメモ用紙にその旨を書くとランスの額の上に。 さらに、一瞬だけ唇を重ねる。 「あ〜、レベッカずるい。私も……」 シャリエラもレベッカにならいランスにキス。 そして二人は顔を見合わせ小さく微笑む。 「これでよし。さ、レベッカ、久しぶりにお外へ行こう」 こうして二人は外へ。 さらに、それと入れ替わるように別の二つの影がランスの家を訪れた。 ドンドンと荒々しいノックが響く。 だが、家にいるものは皆、気持ち良さそうに眠っている。 ノックの音が蹴りつける音に変わった。 誰も起きない。 蹴りつける音は蹴り破る音に変わり、ドアが開く。もとい吹っ飛ぶ。 「……ったく、でてこないと思ったらこういうことなのね」 「あ、あの〜、ワーグ。僕は外に出ていますね」 「ダメ。ちゃんと報告するんだから」 「ワーグと報告することはないでしょう!?」 「ふふふ、ここからでたいホントの理由はそれじゃないでしょ? ……ほら、硬くなっちゃって」 「わ、わ、ワーグ! どこを、なにを!?」 押し倒される無敵。押しのけようとしたが、そう思って手を突いたところはワーグの胸。 「んっ、こら! もうちょっと優しく触ってよ。女の子は敏感なんだから」 無敵の思考が止まった。で、それは割と致命的で。 「(王様、止めないでいいのですか)」 ランスの耳元でアールコートが小声で囁く。 「(面白そうだから放置)」 ランスも起きていた。というか、ほとんどの者がドアが蹴り破られた時点で目を覚ましていた。が、一番に起きるのはちょっと気まずく寝たふり。 「ストップ! ワーグ、本当に勘弁してください!! そもそもセリスさんがいるうちは待つんじゃなかったのですか!?」 「う〜ん、ごめんね。こいつらの姿を見たらなんか我慢するのが馬鹿馬鹿しくなっちゃった。それにね、やっぱり既成事実はほしいじゃない? ワーグの初めてあげるから我慢してね」 「は、初めてってなんですか!!」 無敵の悲鳴が。 「(平和だな)」 「(……平和、なんですか?)」 「(不満か、シィル?)」 「(いえ。私はランス様の側にいれればそれで)」 「(そうか。……なかなか見れない光景だぞ? 魔王に魔人に、人間。そんなものが一つの部屋の中にいる。将来こんな馬鹿げた光景が当たり前になったなら……無駄な争いもおきず平和になると思わんか?)」 小声で囁きあう二人に遠慮して、アールコートは少しずつ距離を取った。 他の者もそうしているのだが二人の世界に入っているランスとシィルは気づいていないようだ。 「(あの女にはかなわんな……)」 「(カミーラ!?)」 少し離れた所でカミーラが人間に負けを認めた。それを近くで聞いてしまったホーネットはかなり驚く。 「(見てみたいものだ。私の思い通りにならなかった初めての男と、その女が作り上げる世界というものを。……そのためなら、不本意だがお前にも協力しよう)」 「(わかりました。『二人の世界』の安定を……。お側にいられないのなら、私たちは私たちに出来ることをするまで……)」 「無理ですよ! 無茶ですよ!! ワーグ、話を聞いてください! 思いとどまってください!! 脱がないで下さい!! 早まらないで!! セリスさん、助けてくださいぃー!!」 ホーネットとカミーラのシリアスな雰囲気は泣きそうな無敵の声のせいで砕け散った。 そのあと無敵がどうなったのかは……まあ、別のお話……? 冒険者として名声を得た後、ランスは冒険者家業を引退し、アイスの町外れでのんびりと暮らした。子供は生まれず、二人で、若い間に荒稼ぎした金を少しずつ堅実に使いながら。 一時期は都市長に推薦されたこともあったがランスはガラじゃないと断っている。 レギオンの事件以降、その生涯に世界を揺るがすような大きな事件は何もなかった。 神々や魔王、魔人がそうなるように色々やってるから当然なのだが。 さて、大陸では徐々に人と魔の共存がそれなりに自然になってきていた。 だが、完成には程遠いだろう。 そして、時の流れに飲まれていくランスとシィルがそれを見ることは無い。 それでもホーネットと魔人たちはランスの言った世界を実現するために努力を続ける。 ランスがどこかでそれを見ていると信じて。 いつかまた会えると信じて。 二人の世界 終幕 |
あとがき 終わりです。終ってしまいました。 ラストバトルは難産だったわりにエンディングはかなり前に仕上がっていた罠。 それこそ1年位前に。ちょこちょこっと手直ししての掲載となりました。 しかし、掲載開始が2003年の12月だったはずですので終了までに3年もかかってしまいました。そんな長期間にも関わらず最初から読んでくださった方々、本当にありがとうございました。 とりあえず、鬼畜王ランスの二次創作はこれが最後。 たぶん。 ネタはあるけどたぶんウケないんでお蔵入りでしょう。 戦国ランスも書くかもしれませんがとりあえずプレイしてみないことにはなんとも。 しばらく2次創作は書かないかもしれません。 あ、リセット武勇伝の後日談は書きますよ? |