第5回 真実と混迷 ―魔王城 玉座の間 「何ですって!?」 珍しく魔王ホーネットの大声が響き渡る。 「まだ本人と会ったわけではありませんが可能性はかなり高いかと」 報告する立場のケッセルリンクは勤めて平静を装う。 魔王の前だ、取り乱すなど出来ない。 「レイを倒すほどの実力、『ランスアタック』という技……間違いないわ。私としたことがそんな近くにいたのに気づかなかったなんて……」 どんよりと落ち込むホーネット。ケッセルリンクは退出を申し出るタイミングを逃してしまい重い空気に囲まれたまま動くに動けなくなった。 (やれやれ、魔王ですら振り回すほどの影響力……確かに間違いない、あの男だ。……しかし、何が起きているというのだ?) 不穏な空気しか感じ取ることはできず実際起きていることは何もわからない。 それはホーネットも同じだった。 「……ケッセルリンク、引き続き偵察を続けてください。もし、ランス様と接触する機会があれば状況をお聞きして―」 「お言葉ですが彼は転生時に記憶を封じたはず。我々の知る彼とはある意味別人かと」 「……そうでしたね。では引き続き偵察を続けてください」 「御意」 ようやく退出できるようになったケッセルリンク、心の中で胸をなでおろした。 「さて、もうしばらく戻れないとあの子達に伝えに戻らねばな」 ケッセルリンクは霧と化すとカラーの村にある自分の屋敷を目指した。 ―反魔王派アジト 「あ、ランスさん。いいところに」 ぶらぶらと歩いていたランスの後ろから声がかかった。振り返らずともそれがレノンであると分かる。 「ん、俺様になんか用か? つまらんことだったらぶっ飛ばす。俺様は今虫の居所がかなり悪いぞ」 「つまらないことではないと思いますよ。それで、早々ですが旅の準備をしてください。次の目標が決まりました」 「なるほどつまらなくはなさそうだ。……どいつだ?」 「カスタムにいる魔人、魔想志津香です」 「魔想……?」 ランスは相手を知らないという風に首をかしげた。 うっかり、『俺の女だ』などとは言えない。 「元はリーザス王配下の将軍でカスタム出身の魔法使いです。調べたところによると現在魔王城とのかかわりをほぼ断って人にまぎれて暮らしています。ランスさんは何度か会っているはずです」 レノンが差し出したのは紛れもなく志津香の写真。 「この魔人はどういうわけか、冒険者として活動しており彼方ともパーティーを組んだことが在るはずです」 「……ああ、あるな」 ランスが転生しても忘れられなかった志津香は正体を偽りランスに接触したことがあった。 もちろん、記憶が戻ってないころの話だが。 「……騙されていたってことか」 「そうです。今回はそれを逆に利用します。この魔人は先ほども言ったように、単独で、しかも魔王城との関わりを断っているので魔王城からの支援を受けるのに時間がかかります。格好の目標です。まず、我々がカスタムを制圧します。その後、彼方は偶然を装って魔想志津香に合流、頃合を見て騙し討ちにするのが手っ取り早いでしょう」 「騙し討ちか。いいだろう。やってやる」 「では出発は午後2時。メカうし車を使えば深夜にはつけるはずです。我々は明日の正午丁度に行動を起こします。その時間までに魔人を見つけておいてください」 「志津……魔想はカスタムにいるんだな?」 「はい。昨日からカスタムに戻っています。部下からの報告によるとしばらくはとどまるとのことです」 ランスは黙って肯くと自室に足を向けた。 「ランスさん、念のため聞いておきます。知り合いを殺すことに抵抗はありませんか?」 「あいつはいい女だったからな……惜しいといえばそうだが。俺様を騙していたことがきにくわねぇ。魔人だろうが女の子モンスターだろうが俺は拒んだりしないんだがな」 「そうですか。ならいいです」 レノンはそういい残してランスに背を向けた。 ランスも自室へ歩き始めた。それからすぐにランスにしか届かぬ声でカオスが問う。 『さっきのは本心か?』 「どのあたりだ?」 『俺様を騙していたことが気に食わないといっていたあたりじゃが』 「……記憶が戻り志津香を知っている俺にしてみれば本心ではないといえる。だが、転生後の記憶が戻る前の俺なら……そう思うかもしれん。騙すのはよくても騙されるのは好きじゃないからな」 『なるほどの。なんとも手前勝手なお前さんらしい考え方じゃな』 「けっ、余計なお世話だ」 ―VIPルーム 「シィル! 旅の準備だ!」 「もうほとんど出来てますよ」 「む? そうか? さすが俺様のど―」 『俺様の奴隷』 ランスはこぼれ出そうになったセリフを無理やり飲み込んだ。 付加効果で舌を激しく噛んでしまう。思わずうずくまった。 「大丈夫ですか、ランス様?」 「……大丈夫だ。レノンは2時に出発だといっていた。まだ2時間あるな」 「そうですね、時間はあります。いつでも出発できるようにしておきましから。後は世色癌を手に入れれば準備は完了です」 「薬はレノンに準備させる。すると買いに行く時間が余るわけだ」 そういいつつランスはシィルににじり寄っていく。 「あ、あの〜ランス様? まさか……」 「ヤリたい」 「あうぅ、やっぱり……」 やってることはやはり過去とあまり変わらない。ただ昔違い今はシィルへの気遣いがある。 (奴隷だった時はそのまま突っ込んでたっけ……) シィルをベッドに押し倒し軽い愛撫を加えていくランス。行動と思考は別で思考は過去にふけっていた。 (今思えばなんであんなことしたんだろうな……。って、俺が変わっただけか) 「んっ……ランス様ぁ……その……続きを……」 (シィルも、か) この世界を望んだのに、二人の世界を望んだのに、過去と現在の記憶が混ざった今目の前にいるシィルに違和感があるように思えてくる。 (……早く終わらせて記憶を元に戻そう。このままだとおかしくなりそうだ) 「あの……ランス様?」 「あ、ああ悪い。ちょっと考え事をしていた」 そうですか、といってシィルはランスから目をそらした。そして何かを決心したように小さく頷く。つと、視線が合う。それには強い決意がこめられていて 「ランス様……本当に貴方は私の大好きなランス様なのですか?」 ランスは固まった。どうなのだろう? 自分でも答えを持っていない。今の俺はホンモノナノカ? 「……俺様は俺様だ」 強引に言葉をつむぐ。言い残してランスは部屋を出た。 「ランス様……」 シィルはランスを見送るとベッドに突っ伏した。いうべきではなかったと後悔だけが残る。 『シィルちゃん、君には知る権利がある』 そんなシィルの耳にベッドの下から声が聞こえた。恐々その声の主を引っ張り出す。 声の主は長き時を存在してきた黒いインテリジェンスソード・魔剣カオス。 『もう一度言うぞ。わしの勝手な考えだが君は事実を知る権利がある。あいつは良しとしないだろうが、わしの知ったこっちゃない。さあ、どうする?』 「……私は―」 ―カスタム 道中二人は無言だった。メカうし車の中は重苦しい空気が満ちている。 ランスはシィルのほうを見ようとせず、シィルもあえて話しかけるようなことは無い。そんな中カオスはひたすら後悔していた。 (う〜む、ちと考えずに行動しすぎたか? こんな二人を見るのはつらいの〜) 「到着しました」 メカうし車が市門を入ったところで止まる。深夜のため通りに人が少なくほとんど誰にも見られていない。 「ああ。行くぞ、シィル」 声はかけるがシィルのほうを見ようとはしない。シィルも無言でランスに続く。 ズキリとカオスの良心が痛んだ。 ランスはすでにフェリスに調べさせてある志津香の家に向かって歩き始める。近くに来たから泊まらせろといって会うつもりだった。 (ランス様……) シィルはずっとランスの方を見ていた。その姿は共に生きてきた自分の知っているランスである。しかし、中身は、中身の半分以上はリーザス王となり、魔王となりそして転生した自分の知らないランス。シィルはシィルで知ってしまった事に後悔していた。知らなければこんな気持ちになることもなかった。自分も過去の記憶が欲しいなどと。そうすればランスが苦しむことはない。自分が彼に合わせればそれですむことだから。 「む、明かりが付いてないな……出かけてるのか? それとも寝てるか?」 志津香の家の前に着くが家の中は真っ暗だ。 時間はちょうど0時。起きているか寝ているか微妙な時間だ。 「お〜い! 魔想! 起きてるなら出て来い! 寝ていても起きて出て来い!」 あたりに響き渡る大声。しかも言ってることが無茶である。 「……あのね、ランス。ご近所に迷惑だから家の前で馬鹿なことしないでくれる?」 後ろには買い物袋を抱えた志津香の姿が。 「なんだ、出かけていたのか。魔想、すまんが今夜泊めろ」 人に物を頼む態度ではない。 「宿代は? そんなに切羽詰ってるの?」 「節約のためだ。余裕はあまりないからな。近くに来たから利用させてもらうことにした」 「……私の意志は?」 「ない」 「……火爆破!」 ランスの足元が大爆発。回避行動を取れなかったランスは通りの反対側へ。 「さてと、馬鹿はほっといてシィルさん中に入って」 「え……は、はい」 「予備のベッドは一つしかないからランスは外で寝て。ま、毛布くらい出してあげるけど」 「ったく、不意打ちなんかしやがって……」 埃を払いつつランスが戻ってきた目の前で家の扉がしまった。 さらに鍵が2つほどかけられる。最後に魔法による鍵が家の窓すべてに施される。 「あんにゃろう……フェリスの所へ送り込んだら腰が立たなくなるまでひーひー言わせてやる……」 『わしも混ぜてくれよ』 「誰が混ぜてやるか、バカオス。ふぇっくし!」 意外と外は寒い。ランスはマントを体に巻きつけ小さくなった。 「……財布をシィルに持たせてるのはまずかったな……」 今、ランスの手元に金は一切ない。宿を探して泊まることも出来ない。 『お主が財布を持つと後先考えず使ってしまうからシィルちゃんが管理してくれておるんじゃろう。感謝せねば』 「時と場合がある。ふぇっくし!」 もう一つ大きなくしゃみをすると窓の一つが開き厚手の毛布が一枚ほり出される。 「……本当に野宿させる気か、志津香のヤツ……」 『そのようじゃの。あきらめい』 ランスは無言で毛布を拾うと通りから見えないところに移動し壁にもたれそのまま眠りに付いた。少々寒かったが翌日のことも考えて寝ておくのが一番と判断したのだった。 ―志津香の家 「しかし、何で止めなかったの? シィルさんにしてみればランスと一緒にいたかったんじゃないの?」 ダイニングで二人は向かい合って座っていた。それぞれに香りのいいお茶が用意されている。 「……だって、志津香さんがその気になれば私なんかなにも出来ませんし……」 (貴女は魔人だから)そう心の中で付け加える。 「その気にって、そんなことになるわけないじゃん。シィルさんが止めてって言えばすぐに入れるわよ?」 素直に頷けなかった。言われたとおりにするのはどうしてか抵抗がある。目の前にいる女性は魔人で、過去のランスを知っている。自分が知らないランスを。つまりは嫉妬。それに気づいたシィルは激しく自己嫌悪した。 「シィルさん? 大丈夫? 顔色がよくないわよ?」 「そうですか? 大丈夫なつもりなんですけど……今日は歩きとおしだったのでやっぱり疲れてるみたいです」 「そう、じゃあベッドに案内するわ」 ―客室 一人になったシィルはベッドに倒れこむ。そして、昨夜のカオスの話を思い出す。 二人は転生してこの世に存在しているということ。ランスの記憶は封じてあるだけだがシィルの記憶は残っていないらしいこと。そして今、ランスの記憶は戻っているということ。ランスは魔王であったということ、そのきっかけが自分の死であること。 どれも今となっては聞きたくなかったことだ。聞かなければ志津香に嫉妬し、自分の汚い部分にも気づくことはなかった。気づきたくなかった。 一度に多くのことを知りすぎて混乱はますますひどくなる。 シィルはそのまま眠りに付くことができずに朝を迎えた。 あとがき かなりの間書いてませんでしたが第五回です。 この調子だと次回はいつになるでしょう……? |