第6回 カスタム炎上

―志津香の家 AM6時
ガンガンとノックをする音が響く。全力で蹴っているがあくまでノック。
「朝だぞ! いい加減に家に入れろ!」
ガンガンガン。扉はびくともしない。いい加減に飽きてきたランス、唐突にカオスを抜いた。
「うら〜! ランスアタック!!」
さすがの扉もこれには耐えられずはじけ飛ぶ。
『……朝からとばし過ぎじゃぞ』
「黙れ、馬鹿オス。朝一番にシィルの顔が見られなかった俺様の機嫌は最大級に悪い」
「それでも弁償はしてもらうわよ?」
「お前が早く出てくればこんなことにはならん。まあ、いい。それより飯だ」
傍若無人。志津香は何を言っても無駄なのを知っているため黙ってランスを迎え入れた。
「あ、おはようございます、ランス様。もうすぐ朝ごはんが出来ますから。志津香さんものんびりしていて下さいね」
「ありがとう。その辺の食材はどれでも好きなように使ってくれていいから」
「はい、わかりました」

シィルはキッチンへ、ランスと志津香はリビングへ。
ソファーに座ったランスはいきなりため息をついた。
「……人ん家のリビングに来ていきなりそれはないんじゃない?」
「ん? 違う、そんなことじゃない。シィルやつが無理してるから思わず、な」
「えっ?」
「昨日の夜は寝ていない。……まあ、俺様がそばにいなかったから寂しくて寝付けなかったんだろうがな。ガハハハ」
「……」
少なくても志津香の目にはランスの言うように写っていなかった。
(私もそういう目で見られたかったな……)
ふと心にわいた思いを表情に出さないように苦労しつつ、志津香は適当に相槌を打つ。
「今日はどうするの? 私は魔法薬の材料を買出しに行くけど……何も予定がないなら宿代代わりに荷物持ちしない?」
「……そうだな。いいぞ」
「でしょうね、ランスなら断ると……!? 今なんて?」
志津香の知るランスなら、そんなことをOKするはずがなかった。素直に驚いてしまう。
「だから、ついていってやろうと言っている。お前、まだ寝ぼけてるんじゃないだろうな?」
「ね、熱は? 昨日外で寝たから風邪ひいた?」
「お前こそ大丈夫か?」
「ど、どうなんだろう? わ、私が風邪?」
ひどく混乱している。ランスは心の中で大笑い。笑いを殺すのに必死だった。
早めの朝食の後、しばらく近況を話したあと3人で出かけることになった。

―カスタム 大通り
「で、荷物もちが必要なほど買い込むのか?」
「そう。しばらく研究に没頭したいからね。往復するより人を使ったほうが楽でいいでしょ?」
「……なんかむかつく言い方だな」
「ランス様、でも昨日泊めてもらったんですし……」
「同意したからここにいるんだろうが」
ランスはシィルの額を小突く。志津香はその様子を不思議そうに見る。
「拳骨じゃないんだ?」
「ん?」
「こっちの話」
やはり別人だ。姿も性格もそっくりだが、どこか違う。
大きな違和感。
「あ、この店だから。ちょっと待ってて」
志津香が店の中に消え、ランスは時計に目を落とす。
11時55分。
「もうすぐだな」
「本当に……志津香さんを?」
「外で眠らされた恨みもきちんと晴らすぞ」
「……そう、ですか……」
「お待たせ〜」
ほとんど待つ間もなく志津香が大きな紙袋を持って店から出てくる。
「あと三軒回るから、ランス、とりあえずこれ持って」
「ん」
ランスが紙袋を受け取る。ちょうど時計が正午を指した。
爆音が。志津香は即座に反応し音の方を振り返る。
「なに、今の! ランス、見に行くわよ!」
「荷物は!?」
「貸して!」
紙袋をひったくると再び店の中へ。どうも預かってもらうつもりらしい。
「お待たせ。行くわよ!」
「ああ」
爆発音に続き、剣のぶつかる音と悲鳴が聞こえてくる。
「一体どこのバカよ、白昼堂々と街に攻め込む奴は!!」
「さあな。めんどくさいが手伝うぞ。街から報奨金くらいは取れるだろうからな」
「ランス様〜、そんな理由なんですか?」
「……やっぱりあんたはランスだわ」
「なにを今更」

「レノン様、市門の制圧が終了しました」
「ご苦労。もうすぐランスさんが魔人を連れてくるはずです。それまでは適当に暴れなさい。強奪しようが破壊しようが好きなように」
「はっ」
レノンは小さくため息をつくと大通りの方を見る。いたるところで家に火がかけられ逃げ惑う市民の悲鳴が聞こえる。
「……人間とはおろかな生き物ですね」
『お前も人間だろうといいたいが、まったくもってお前と同意見だな』

「ん、火を放ったみたいだな。さっさと片付けないと被害が大きくなるぞ」
「そうね。急ぎましょう」
燃え上がる家々の側では殺戮と陵辱が起きていた。
女を犯し、男を殺していた兵士達がランスと志津香の存在に気づく。
「ファイヤーレーザー!」
気づいたとたんにそいつは灰になった。
だが、兵士はそいつだけではなく、
「いたぞ、取り囲め!」
わらわらと出てきてランスたちを取り囲む。
「結構数が多いわね……私は大丈夫だけどいける?」
「魔人だもんな。人間相手に手傷を負うわけがない」
「そういうこ…と……」
志津香は驚愕の表情でランスを振り返る。ランスは黒い大剣を抜いていた。
「ついでに言うと敵は1人だ」
切っ先は志津香に。
「知ってたの……?」
「いや、最近だ。ずっと騙されていたことを知った」
カオスが志津香の首元に突きつけられる。
「俺様は相手が何であろうといい女であれば構わん。だが、わざわざ嘘までついて騙されていたのは正直気に食わん。……魔人は西へ帰れ。嫌ならここで死ね」
突きつけられているのは正真正銘魔剣カオス。ルドラサウムの大空洞に封印されたはずの剣が、魔人を殺せる剣が何故かそこにある。
しかも、持っているのはランス。自分の知っているランスとどこか違うけどランスはランス。自分の大好きだった人。
「騙すつもりなんて……まさか……この軍隊……」
「今回の依頼は魔人を倒すこと。……俺とお前の関係だ。素直に魔王城へ帰るなら見逃してやる」
周囲からは人々の逃げ惑う声が。故郷であるカスタムの市民の悲鳴が。
「この状況で帰れるわけないでしょう! 冗談はそれくらいにしてあいつらを片付けるわよ!」
「そうか」
と、結界がランスとシィル、志津香を包む。形成したのは周囲を取り囲む反魔王派の魔法兵。
「これで逃げ道はない」
ランスの目は本気だ。一切の躊躇もない。しかも、カオスを持っている。冗談抜きで殺される。ランスに。
「絶対に嫌よ!!」
志津香が叫ぶ。
「ん?」
「ランスに殺されるのだけは絶対に嫌! そんな理不尽なこと許せないわ!」
バックステップで距離を取る。
「殺されるのも嫌、逃げるのも不可能。どうするつもりだ?」
「逃げるのよ。あんたを戦闘不能にしてから。シィルちゃんに後で治してもらえるでしょう?」
「出来るかのか、お前に。俺様はすでに魔人を1人殺してるんだぜ?」
「それがどうしたってのよ。私の決意は変わらないわ」
「上等だ」
心配そうにシィルが見守る中二人は地を蹴った。
「火爆破!」
炎の柱がランスの足元から吹き上がる。だが、ランスはそれをカオスで吹き飛ばし強行突破。
分かっている。魔法に耐性を持つカオスを装備したランスをこれくらいの魔法でとめられるとは思っていない。だが、これ以上威力を上げるとシィルが治療しきれないかもしれない。それではダメなのだ。ランスを低威力の魔法で戦闘不能にし、尚且つ結界を破壊し反魔王派の兵を掃討する余力がないといけない。必要なのはそんな戦い方。
「……無理に決まってるじゃない!」
まっすぐ突っ込んでくるランスから距離を取りながら志津香が叫ぶ。
手加減なんて出来る相手ではないことぐらい分かっているのに。
「ええ〜い、もう!! 炎の矢×10!!」
まとめて放つ魔法もカオスの一振りで打ち消される。遠距離攻撃はダメ、かといって接近戦はもっと分がない。
志津香は白むほど唇をかみ締めた。
「うらっ!」
躊躇している暇はない。ランスが大きく跳躍した。頭上に振り上げられるカオス。
「っ、そこまで私を殺したいのね!」
ランスアタックを放つと悟り、志津香は覚悟を決めた。
「死んでも謝ってやらないから!!」
一気に魔力を練り上げ同時に高速で詠唱。
両手を突き出す。
「白色破壊光―」
迫ってくるランスに狙いを定めた時、ランスと目が合った。
ランスは意味ありげにウインクを。
「えっ……」
一瞬思考が止まる。同時に詠唱も。
「ランスアタック!!」
振り下ろされる黒き刃。
「あっ……」
目の前には蒼く輝く剣圧が。
志津香の意識はそこで途絶えた。
ランスアタックの威力はそれだけに止まらず結界一杯に広がって内側から破壊、さらに周辺の家屋も瓦礫の山と変えた。
「ふん、柔な結界だ。次からはもう少し頑丈なのを用意してもらいたいものだな」
「ランス様……志津香さんは……?」
ランスは黙ってクレーターの中心部を指す。無論何もなかった。

―夜
結局カスタムは反魔王派に制圧され拠点とされることとなった。
そして、ランスはシィルが寝たあと一人で歩いていた。
「さて、誰も見ていないな。フェリス」
建物の影に入りそのままフェリスの亜空間に転移する。
「説明しなさい」
転移したとたん目の前には鬼がいた。正確には鬼のような形相の志津香がいた。
ランスは出現と同時に首を絞められ前後に揺さぶられている。いくらランスでもこの状態で説明など出来るはずも無い。
「おい、魔想。今は魔王じゃないんだから死んじまうぜ?」
「大丈夫よ、ランスなんだから!」
ゆさゆさ。ランスは冗談抜きで死に掛けていたりする。
『志津香ちゃんや、ランスの呼吸が止まったぞ?』
「カオスまで……。ふん、まあいいわ」
ランスはようやく開放された。
「……つ〜、プランナーに会っちまった……」
「あら、本当に死に掛けてたの?」
「志津香、お前な……」
さすがに二度目の臨死体験は嫌だった。ランスは何か言いかけてそれを飲み込む。
「で、説明しなさい。何でフェリスさんがあんたについているのか。ついでになんでレイとメアリーさんがここのいるのか」
「俺達はついでかよ……」
「仕方ないな……端的に言うぞ。俺の記憶は戻っている。それでだ、今悪魔が地上に介入し始めたらしい。それを阻止するべく動いている。詳しくはレイに聞け」
「……シィルちゃんは?」
「死ぬ前の記憶は今はない。一応消えてはいるらしいんだが魂に刻まれた記憶というものは早々消せないんだとか。ひょんなことで記憶が戻ったりしないように極力巻き込まないようにするつもりだった」
「過去形?」
「シィルの様子がおかしい。……カオス、お前なんか話したか?」
『……』
「……不安定な状態だ、出来れば思い出さないで欲しいんだがな。記憶が戻るということは自分の死の瞬間も思い出すことになる。あいつが……それに耐えられるか……」
「やっぱり、シィルちゃんのことだけはちゃんと見てるのね……。私の方は向いてくれないくせに」
志津香は少しすねた口調で。
「お前のこともちゃんと見てるぞ? 胸とか尻とか―」
蹴られた。まっすぐ跳ね上がった爪先が顎に。
「そういうことじゃないでしょう?」
「つ〜、痛てて……ったく。フェリス、壁」
志津香とランスを取り囲むように壁が。
「あ、ちょ、ランス! 何のつもりよ!」
「男と女が夜、密室ですることといえば一つしかないだろう?」
力で抵抗しようとすれば簡単なのにしようと思っても心が拒否し、ランスを求める。
「抵抗しないのか?」
ニヤニヤ笑いのランス。
「だって……」
自分がこの男におぼれているのは知っている。
シィルがいてもいなくてもそれは変らない。
否、変れない。
それほどまでに志津香の中でランスの占める割合は大きくなっていた。
ランスが、魔王ランスが死んだあの時からその思いは加速的に増していた。
―だから
「バカ、私の気持ちにも気づいてるくせに……」
志津香はランスを力任せに押し倒した。そのまま唇を奪う。
「私と二人きりの時くらいシィルちゃんのことを忘れてよ?」
「さあな、お前しだいだぞ?」

―外側
微妙に悩ましげな声が漏れてくる。
「……すまねーがもう少し壁を厚く出来ないか?」
「分かったわ。……気分悪いし」
フェリスはレイに言われたとおり壁を分厚くする。かすかにもれていた志津香の声はそれで聞こえなくなった。
「まったく、あの男は魔王だろうが人間だろうが変わっちゃいないな……」
レイはしみじみと呟き、フェリスは大きく頷いた。
「分かりきったこと、か……」

あとがき

志津香ってこんなんだっけ?
……ランス6をやってるせいか違和感バリバリ。
う〜ん……まあ、いいか。


小説の部屋へ       第7回へ