第7回 月乃襲来

―魔王城 テラス
「ホーネット様、JAPANのセリスという者から手紙が届いていますが」
執務室で書類の仕分けを終えたシルキィはその中に紛れ込んでいた手紙をホーネットに届けに現れた。
ホーネットは今午後のお茶の時間だ。
柔らかな光の当たるテラスで紅茶を飲むホーネットの姿は一枚の絵画のよう。
シルキィは見とれていた。彼女の日課だったりする。
「シルキィ?」
「あ、申し訳ありません! これです」
ホーネットはセリスの手紙を毎回楽しみにしている。魔王と人間。にもかかわらずその差を感じさせない付き合いをしてくれる数少ない人物だ。無敵が失踪してかなり経ち、彼女もだいぶ年を取ったがそれでも無敵を待ち続けている。そんなセリスにホーネットは手紙が来るたびに会いにいっている。
「すぐに出かける用意をしなければいけないわね」
「え、今ですか?」
「毎回そうしているはずよ?」
「とりあえず、この書類に目を通してからにしてください」
うず高く積まれた紙の山。
「人間との間に起きた小競り合い等の報告書です。たいしたことのないものは私が判断しましたが、村を襲った集団などは裁量を超えます」
「だいぶ減ったけど、まだまだかしら」
「ですね。5年前の今頃はこれの10倍くらいありましたから」
「手紙を読んでから目を通すわ」
「わかりました。私は少し休憩させていただきます」
ホーネットが手紙を開きシルキィは一礼して部屋を出て行こうとする。
が、
「シルキィ、この手紙はどの経路でここへ?」
ホーネットの表情が少し曇っている。
「えっと、JAPANからの定期報告にまぎれていましたから陸路ですね。出されたのは数日前といったところでしょうか」
「……月乃の気配がありません」
「は?」
ホーネットはやや青ざめていた。シルキィはホーネットから手紙を受け取り目を通す。
「……月乃はレイを倒した者を倒すべく動いたようです。そして、走査してみましたが、大陸中どこにも月乃の気配がありません……」
手紙の内容は、月乃が樹海の村にいる切華、ハニ吉、邪美を訪ねてきて何か深刻そうな話をしていたとある。さらに、そのあと、切華達がJAPAN中に散って行ったとも。
「つまり月乃はあの3人にJAPANを任せ大陸に来たと?」
「そうでしょう。……そして、おそらく返り討ちにあった」
「まさか……月乃の戦闘力はかなりのものですよ!?」
月乃と仲間のリングが連携した戦闘術はカイトやケッセルリンクといった古参の魔人ですら舌を巻くほど。
ホーネットは頷き天を仰ぐ。
(ランス様……貴方は一体何をお望みなのですか?)

―カスタム近郊
夜の闇にまぎれて月乃はカスタムから少しはなれたところに着地する。
本当ならカスタムに直接乗り込むつもりだったが警戒が強いのでとりあえず地上に降り立った。
「カスタムは完全に反魔王派の手に落ちたか……」
とりあえず地上に降りてみたもののこっそり侵入できそうな雰囲気ではない。
むしろ、地上の警戒の方が強い。
「……当然か。1人で来てみたものの中に入ることもままならないか。……しかし、この姿じゃな……旅人って言っても無理だし」
純白の単に尻尾、とがった耳。さらには腕にある鋭い刃。
「どうやって入るか……」
しばし悩む。
町は反魔王派に制圧されている。一目瞭然だ。っして、カオスの主がカスタムを出たという情報はない。
答えは出た。
月乃は現在の平和を乱そうとする輩に容赦などするつもりはない。ランスののぞむ『二人の世界』の維持こそが最優先。当然、反魔王派には手加減の必要は無い。魔王は極力人を殺すなと言っていたが、命令ではなく強制力はない。
ならば、反魔王派を殲滅し直ちに町を開放する。
シャランとリングがなる。
「みんな、いくよ」
月光を浴びきらめくリング。そして、月乃の操る三日月のような刃。それらは一丸となって市門に現れた。
「あ、あれは! 敵しゅ―」
いち早く気づいた兵士を一刀の基に切り捨てる。あわてて他の兵士が武器を構えるが遅すぎた。銀の旋風と化した月乃に切り刻まれるしかない。中には自分が死んだと理解できていないものもいたかもしれない。それほどまでに一瞬の出来事だった。
数秒で市門を突破した月乃は戦闘体勢のまま市街にふみこむ。中にはいたるところに兵士の姿が。
「ざっと200といったところか。……もう少し下調べをするべきだった。全体の兵の数くらい把握しておくべきだった」
立ち止まった数瞬の間に周囲を囲まれる。
「……いくら数がいようと全滅させれば関係ないか」
一呼吸置いて、月乃は攻撃を再開した。
もとより、カオスの主が目的だ。派手に動いておびき出す。
「誰か! レノン様に報告を! 魔人が来た!!」
わざと見逃した兵士が思ったとおりに行動してくれたのを見届けてからそいつに止めをさす。魔人と知って、ほとんどの兵士が逃げていく。
「……とりあえずこれでいい。後は出てきた魔剣の主と会い、撃破する。しかる後に逃げた兵士の追撃だな」
一応警戒しつつ、月乃は兵士が逃げた方向に足を進める。
「魔人・月乃だな?」
突然の声。気配はまったくなかった。
「何者!」
とっさに振り向く。そこには黒い翼の異形が月を背に浮いていた。
「今はまだこれ以上魔人に出てきてもらっても困る。JAPANに引きこもっていてもらおうか」
「……その姿……悪魔か? なぜ地上にいる?」
「答える筋合いはないな。今の私は黒子のようなもの。舞台に不必要なものを除去するのが役目。引くのが嫌なら強制排除するまでだ。役者の暴走は舞台を壊す」
「強制排除? ……やってみるがいい!」
言うが速いかリングが悪魔を襲う。ワンテンポ遅れて月乃の刃が。絶妙なタイミングの攻撃にもかかわらず悪魔は避けようとしない。が、月乃の刃が届いた瞬間その姿は漆黒の影になり逆に月乃を絡めとる。動きを封じられた月乃の背後でいつの間にか移動していた悪魔が薄く笑う。
「お前のスピードは先ほどの無能な兵士との戦闘で見せてもらった。正直私でもかわすのは容易ではない。だから、少し小細工をさせてもらった。どうだ? 蜘蛛に絡め捕られた羽虫の気分は? なかなか絶望的だろう?」
「くっ!」
リングも影に捕らわれていてまったく身動きが取れない。
「しかし、どうしてくれようか? ここでお前を殺すのは簡単だがそれはいまひとつ面白みに欠けるな。お前が兵士にやったように全身を切り刻んでみるか? それとも錘をつけて水に沈めてみるか? 先ほどの兵士共に蹂躙させるのもいいかもしれん。弱者に犯される時の表情はどんなものだろうな?」
「勝手にするがいい」
「……つまらん、もう少し脅えたらどうだ? 苦痛に歪む表情というのはなかなかいいものだぞ?」
―ザク
「くっう!!」
身動きできない背中に巨大な鎌の切っ先が突き立つ。
「そうそう、その表情だ」
ゆっくりと、大鎌が動く。肩甲骨の辺りから徐々に下へ。
「ふふふ……心臓はこの辺りか?」
「殺す……なら、さっさと……しろ!」
「まあ、死ぬかどうかはお前次第だな」
大鎌の切っ先は心臓に突き刺さらなかった。その代わりそのまま一気に下へ、月乃の背中を切り裂く。
「……!!」
音にならない悲鳴。そして、月乃は意識を失った。
「死にはしなかったか。……とどめはカオスの使い手に任せるとしよう」
一瞬後、悪魔と月乃の姿はどこにもなかった。

―カスタムの宿
窓際。ランスは厳しい表情で外をにらんでいた。
部屋の明かりはすでに消えていて、ベッドではシィルが寝息を立てている。
『どうしたんじゃ、ランス?』
「さっき戦闘音がした。……遠くて微かだが剣同士がぶつかる音だったはずだ」
『市民のゲリラと反魔王派の戦闘じゃないか?』
「かもしれん。だが、どうも気になるな。ゲリラにしては派手な戦いだったように思えるが……」
ランスは目を閉じ気配を感じ取ろうとする。
「……すでに終わってしまったようだが、何かしらの戦闘はあったみたいだな。明日の朝にでもレノンに聞いてみるか」
『そうじゃな』
「そうと決まれば寝るか」
ベッドに飛び込み5秒、ランスは寝息を立て始めた。
『寝つきがいいにもほどがある思うんじゃが……』
カオスのつぶやきは誰にも聞かれることなく消えた。

―翌朝
「ランス様、起きてください。レノンさんが来られていますよ」
「うるさい、男は待たせておけ。……俺様は眠い」
「もう昼過ぎですよ?」
「……しかたない、起きてやる」
しぶしぶといった風にベッドから身体を起こすランス。シィルが用意しておいた服にのろのろと袖を通す。
「おはようございます、ランス様。あっちのお部屋に待っていただいています」
「ん。飯は?」
「その部屋に用意していただいています」
まだ眠そうなランスだが目をこすりつつ隣室へ向かう。
「おはようございます、ランスさん」
ランスはレノンを無視して朝食を口に運ぶ。
「昨日はご苦労様でした。一応カスタム一の宿を用意したのですがご満足いただけましたか?」
「まあな。で、何のようだ?」
「魔人を捕獲しました」
食事を続けるランスの手が止まった。口の中の物を急いで飲み下す。
「カオス無しでか?」
「もちろん。対飛行モンスター用トラップとして仕掛けておいた金属製の投網にかかりました。上空から侵入を試みて引っかかったようですね。捕らえたのは月乃と呼ばれるかまいたちの魔人です。本体は四肢を鉄球に封じ、操るリングは鎖でがんじがらめにしてあります」
「それでどうした?」
「殺すことは出来ないので、警察所の牢に放り込み兵の慰み者にしてあります。なにしろ、多くの兵が殺されましたからね、兵士の方から申し出てきましたよ。まあ、トラップのおかげですが魔人の捕獲と失った兵の数を比べれば得したといえるでしょうが」
苦笑を浮かべるレノン。一方ランスは渋い顔。
「止めを刺す。案内しろ」
「今すぐですか? まあ、いいですが」
ランスは食事もそこそこにカオスを吊るす。
「シィル、お前は待っていろ」
「えっ……」
出かける準備をしていたシィルは驚き手を止める。
「そうですよ、いくら魔人とはいえ今の姿はひどいものです。女性には目に毒ですよ」
レノンにまで止められてシィルはしぶしぶ頷いた。
「行くぞ」
ランスはレノンを伴い部屋を出る。
「……また女性の魔人……ランス様……」

―警察署内・牢屋
もとより空気のよどんだその場所は今、さらに強烈な異臭が立ち込めていた。
月乃は身動き取れぬまま自分を犯す人間を当然のごとく無視して自分の記憶を探っていた。
今なぜ四肢を鉄球に封じ込められ人間の兵士に陵辱されているのか、まったく記憶にない。カスタムにきて単身突撃したところまでは覚えている。その後いったいどうなっているのか? いくら思い出そうともなにも出てこない。気づけば体内に異物がねじ込まれていた。
「ちっ、こうも反応しないんじゃつまんね〜ぜ」
男が激しく腰を使うが月乃は表情一つ変えはしない。こんなものランスとの行為に比べれば何の快楽にもならない。
「うおおっ」
男が月乃の中で果てる。すでに全身穢されていて、ランスに与えられた自慢の銀髪も今は見る影もない。月乃にとってはそれだけが許せなかった。思わずため息が出る。
「てめぇ!」
それを自分に対するものと勘違いした男が月乃の顔に拳を振り下ろす。そんなことをしても月乃に何らかの影響を与えられるわけでもなく、月乃は冷めた目でその男を見返した。
と、順番待ちの列が消え、ランスとレノンが現れた。
「各自持ち場へ。ランスさんのご意見で魔人に止めをさすそうです」
多くの兵がランスに敵意を持つがランスはどこ吹く風。睨まれればさらに強烈な眼光で睨み返す。ぴりぴりした雰囲気の中、月乃だけが固まっていた。
ランスは月乃の前まで来るとカオスの先で月乃のあごを持ち上げる。
「これが魔人月乃か。……中々の上玉だな。汚れているがまあ、いい機会だ。1回やらせてもらおう」
「ふふふ、ランスさんも好きですねぇ……っと失言でした。シィルさんには黙っておきますのでご自由に。というわけで全員持ち場へ急ぐように」
ニヤニヤ笑いを浮かべたレノンは他の兵士を引き連れ牢から出て行く。地下は静かになった。
「しかしまあ、ここは猿の動物園か? よくここまで汚せるものだ」
「あ、あの……」
「せっかく綺麗な髪を持ったのになあ。……抱くのは後にしよう。フェリスのところに行って綺麗にして待っていろ」
ランスがパチンと指を鳴らす。音もなくフェリスが現れた。
「で、今度はこの人を連れて行くの?」
「そうだ。あと、綺麗にしてやってくれ。風呂に入れて髪をとかして俺様がいつ抱いてもいいように準備させておけ」
「……はいはい」
「ランス……様?」
「ん? まあ、詳しくはベッドの中で話してやろう。今は聞くな」
「あ、はい」
フェリスが月乃と共に異空間に消えたのを確認してランスは地上に足を進める。
『ランスよ、わしも混ぜてくれよ?』
「ここに置き去りにするぞ?」
『む……それは嫌じゃ。匂いが染み付きそうじゃ』
「なら黙っとけ」
「あら、早いですね」
地上に出たところにレノンがいた。
「あまりに汚れていたからな。シャワーもないところで抱くのはちょっとな。直前で気分が失せた」
「そうですか。それでしたら、もし次の機会があれば兵より先にランスさんにお譲りしましょう。もちろんシィルさんには内緒で」
「そうだな、頼んでおこう。それはそうと次はどうするんだ?」
「しばらくはここを拠点にします。この町は防衛設備が豊富で守るには最適です。ここに陣取っておけばそろそろ魔王が対人部隊を送ってくるでしょう。目だって行動しているので確実に。それをこの町で迎撃、司令官たる魔人を返り討ちにします」
「それだけの兵力はあるのか?」
「はい。そもそも魔王が対人部隊として組織しているのはたった1000だけです。それに対してこちらは少なくても1万、今のペースで集められれば2万は行きます」
「こっちの指揮は? 兵が集まってもまともに指揮の出来ないものを司令官にしても意味がないぞ」
「司令官はランスさんにやってもらいます」
「……俺様に軍隊経験があるとおもうか?」
「いえいえ、実際の指揮は別のものがやります。大事なのはカオスの使い手が軍を率いているという看板です」
つまりは軍隊自体が魔人をおびき出す罠。
「……いつ動く?」
「一ヶ月後には。ただ、一、二週間はずれるかもしれませんが。何かご予定でも?」
「まあな。半月ほど出かける。その間見張りをつけるなんて無粋な真似はよせよ?」
「……そんなことしませんよ」
微妙に間があったがランスはそれを無視した。
「ところでどこへ?」
「聞くな、野暮用だ」
「そういわれるなら聞きません。いってらっしゃい」

ランスとシィルはその日のうちにカスタムを出発した。行き先を知るのはランスのみ。
シィルはランスの後と追うだけだ。
「ランス様、一体どこへ?」
「西だ」
それだけいってランスは歩き出した。

あとがき

オリジナルの彼女再登場。作って放置は気がひけたので登場です。
あとは前半にホー様とシルキィ。彼女達も後ほど出てくる予定。
というか次回かその次くらいには。……いつになるかはワカリマセン。


小説の部屋へ  次の話へ