第8回 ランスと大食い魔人と料理長 ―ゼス サバサバ 二人はとあるレストランの前にいた。 「ランス様、ここが目的地なのですか?」 「……いや、少し寄り道しただけだが。……せっかくだし食ってくか」 「はい! 実は先ほど町の人に聞いたのですが何でもオーナー兼シェフが戻ってきているらしいんです!」 「そういえばこの看板いたるところで見かけるな。つまりあれか? マル……ここのシェフは全ての店に行ったり来たりしているのか?」 「そうみたいですよ。一つの店には最長で1週間しかいないらしく幻とまでいわれているみたいです」 「……詳しいな、シィル」 「あう……その……ランス様と一度来てみたいと思っていましたから……」 「そうか、じゃあ、入るぞ」 「はい!」 こうして二人はサクラ&パスタ本店に足を踏み入れた。 「いらっしゃいませ〜。2名様ですか?」 二人を出迎えたのは女の子モンスターのメイドさんだった。 人間に比較的近い姿を持つ女の子モンスターは各地で積極的に人間の社会に溶け込もうとしている。そんなわけで最近は別段珍しいわけでもない。 「おう」 「ただいま席の方が全て埋まっておりまして少々お待ちいただくことになるのですが……?」 「ん? あそこにカウンター席が空いてるではないか。あそこでも別にかまわんぞ」 「申し訳ありません、あそこは予約席ですので」 「……なるほどな」 「ランス様、どうしましょう?」 「せっかくだ、待つとしよう」 「ありがとうございます。こちらが今日のメニューとなっております」 メイドさんはメニューを渡すと離れていった。 「繁盛しているようですね」 「そうだな。あいつの味だ、不可能なことじゃない」 「あいつ、ですか?」 「……今のは聴かなかったことにしてくれ」 一瞬浮かんだランスの表情。最近たまに見かけるそれはシィルの知らないランスの一面だ。 むろん、ランスは自覚していないだろう。 「……」 シィルは無言でランスの方を見ているが、ランスはすっとシィルから視線をそらした。 「マルチナ〜!! 今日は本店にいるんだったな!」 そんな気まずい雰囲気は突如店に飛び込んできた異形の男のせいで吹き飛ばされた。 シィルは驚きランスの後ろに隠れ、ランスもシィルをかばうように立ち位置を変える。 直後厨房の方から飛んできたフライパンが異形の男を直撃した。 「もう、ガルティアったら……もう少し静かに入って来られないの?」 厨房からはフライパンを投げた本人であるマルチナ・カレーが出てくる。 「マルチナ、痛い」 「痛いわけないでしょ、魔人なんだから。ほらほら、お客さんに迷惑だからいつもの場所に座ってて」 「おう」 ランスとシィルは呆然としていたがサクラ&パスタを訪れる客にとっては日常茶飯事のようで魔人が現れても気にするものはいないようだ。 「ラ、ランス様……今、魔人って……」 「……そのようだな(まあ、知ってるが)」 「お客様、お席の用意が出来ましたのでこちらへどうぞ。……? お客様?」 「あ、はい! ランス様、早く行きましょう! その……せっかくですし―」 「シィル、悪いがやめだ。出るぞ」 ランスは店の出入り口に向かってしまう。 「えっ? どうしてです? ……魔人がいるから、ですか?」 「面倒事は避けたいんだ」 「大丈夫ですよ、ガルティア様は優しい方ですし」 メイドさんが後ろから声を掛ける。 「ハイ、とりあえずこれ食べといて。……あれ、王サマ、来てたんだ。ごゆっくり」 厨房からガルティアの料理を持って出てきたマルチナは、ランス、シィル、サクラ&パスタという条件からつい口を滑らせた。ランスがまだリーザス王だった頃と状況が似ていたから。言ってしまってから気づく。転生後のランスとは初対面だと言うことに。 さらに、呆然としているシィルが目に入り自分のミスに気づく。ランスの視線が痛かった。 「ん〜。……げ、元魔王!」 もう1人がさらに状況を悪化させる。言うまでも無くガルティア。 ランスはこういう事態を避けたかったのだが……。 チラリとシィルのほうを見る。顔色が悪い。血の気が無く、わずかに震えてもいる。 「お、おい! シィル!」 ふらりとシィルの体が倒れ、ランスがとっさに支える。 「マルチナ! 奥の部屋を借りるぞ!」 「あ、お客様! そっちは従業員以外の―」 「突き当たりを右。ベッドがあるわ」 「オーナー!」 「仕事に戻って。あの人たちのことはいいから」 「は、はい」 マルチナは珍しくまじめな顔をしているガルティアの側へ。 「……今のどういうことだと思う?」 「記憶が戻っている? もしかしたら店の評判からお前がマルチナだって知っていたのかもしれない」 「それは無いわ。写真なんか撮ってないからマルチナというのが私だとは知らないはず」 「それに腰の剣はたぶん魔剣カオス」 「ホーネットさんが言ってたわね。魔人が魔剣の主にやられたって……」 「わけわかんね〜な。元部下で自分の女だった魔人をあいつが殺すのか? ……俺やカイトなら知らんが」 きっと容赦なく殺されそうな気がする。 ガルティアは表情を引き締めると愛剣を手に立ち上がる。 「もし戦闘になったら店から出来る限り引き離す。美味いものを用意して待っててくれ」 「うん、わかった」 そのまま、奥に入っていった。 ―サクラ&パスタ 従業員休憩室 何がどうなったのか、シィルは倒れたきり何かにうなされ続けていた。 「はあ……何がどうなってるんだ……」 『ここまでなるような状況じゃなかったと思うのじゃが……』 「その通りだ。……仮に、俺のことに気づいたとしてもこれはいきすぎだろう。そうだったはずだ。お前がしゃべった後のように接し方に違和感が出ると言う程度だろう」 『ぬ……気づいておったか……』 「馬鹿か。あきらかにおかしかったからな。それ以外に考えられなかった。余計なことしやがって……」 『すまん。しかし、シィルちゃんがあまりにも不憫で……』 「……俺が今の状況になにも感じてないと思っているのか?」 せっかくの二人の世界のはずのなのに。どこかで歯車が狂い、おかしな方向へ進んでいる。 過去など吹っ切って、シィルと二人で面白おかしく生きていくはずだったのに。 そして、最大の犠牲者はシィルだ。 『……すまん』 「まあ、いい。それより、いつまでそこにいるつもりだ?」 ランスは扉の方に声を掛ける。 「さすがだな、気づいていたか」 姿を現すガルティア。 「殺気振りまいといて何を言ってやがる? 今、お前にかかわるつもりは無いぞ」 「レイや魔想、月乃は殺したのか?」 「さあ、な」 「記憶はどうなんだ? あんたの雰囲気は魔王だった頃そのものだ」 「どうだろうな? あいつらは簡単だったぞ」 「……つまり、記憶が戻っているにもかかわらずみんなやっちまったのか?」 「……そうだな、シィルもしばらく起きそうに無い」 ランスは立ち上がるとカオスを掴む。 「どうせならお前も手ごまに加えるしよう。俺様のことをホーネットに知らされるのはよくない。せっかく驚かせようと向かっているところだからな」 「おっと、待ってくれ。ここでやると店が壊れる」 「そうだな。お前とやるのも久しぶりだ。腕が鳴る」 『まったく……』 二人は並んで歩くと裏口から店を出てそのまま町の外へ。 「ったく、あんたも人が悪い。俺が勝ったらちゃんと説明してくれよ?」 「お前が俺様に勝てると思ってるのか?」 「前は魔王と魔人。今は人間と魔人。油断したなら分からないがそうでないなら負けは無いと思うぜ?」 「本気で来いよ? レイも、志津香も簡単すぎて消化不良だった」 「こっちも久しぶりに全力で行かせてもらおう。マルチナの料理が待ってるんでね」 緊張感が張り詰める。何かが合図になって戦闘になる。 しばらくの硬直の後、どこかで獣の鳴き声が聞こえた。 二人が同時に動き出した。 ―サクラ&パスタ 従業員休憩室 「ランス様……ランス様……」 シィルは全身に汗を浮かべうなされている。 頭の中では生まれてからの記憶と、別の、誰かがランスと一緒にいる見覚えのない光景が入り交ざり何もかもがあやふやになる。 ランスと一緒に豪華なお城の一室にいるのは誰なのか、ランスと一緒に学校風の建物にいるのは誰なのか、ランスと一緒に地下に沈んだ町にいるのは誰なのか? そして、その誰かが戦場で矢を全身に受け倒れる。 その側に駆けつけたランスが目に涙を浮かべ、誰かを抱きしめ絶叫した。 『シィーーーール!!!!』 「つっ!!」 額を押さえベッドから跳ね起きる。息が荒い。頭が痛い。今見た光景を思い出そうとするとさらに頭痛が激しくなる。 「今って……のは……?」 「君の、生まれ変わる前の、魂に刻まれた記憶だよ」 部屋の入り口に白いローブの男が立っていた。そこにいるのにいつからいたのか、今もそこに存在するのか、気配が薄くて分からない。 「彼方は……?」 唯一つ、シィルにいえるのは目の前にいるのがただならぬ存在であると言うことだけ。 「ただのおせっかい。本当は君の前に姿を見せることはしないつもりだった。けれど、予想外のことが起こりすぎて、未来予測が不安定になりすぎている。このままでは『二人の世界』の維持が難しくなる。君の記憶も不安定化する理由の一つ。この状況をもう少しましにするためにも君には一つの選択をしてもらうことになる」 言っていることがよく分からない。しかし、反論も、口を挟むことも出来ない。 「魂に刻まれた記憶を無理やり消去するか、あるいはそれを復帰させ現在の君に統合するか。前者は君の寿命に負担をかける。後者はこの世界のなってからの君に戻すことは出来なくなる。……正直、君には悪いと思っている。まだまだ神として未熟なためにシナリオの維持すら出来なかった。その最大の犠牲者は君だ」 「選べば……ランス様のお役に立てますか?」 「なんとも言えない。少なくても悪い方向へ世界が進むことは阻止できるはずだ。もう一つ……彼が君の記憶操作することをどう思うか……それについてもなんとも言えない」 「そうですか……」 「選べと言うのは酷なことだろう。君は何も知らないのだから。けれど、このままでは君自身も苦しむことになる」 「分かりました。選びます」 「聴こうか、どちらに決めたのか」 「過去を。ランス様にとって本物でありたいから」 「今の君も本物だと思うけどね」 「でも、過去を知っているランス様が時々見せる無理やり何かを隠そうとする表情……アレを見ていたくない。私に余計な気を使って欲しくないから……」 「後戻りは出来ないよ?」 「……お願いします」 ―町の外 二人とも傷だらけになりつつもまだ戦闘は続いていた。 ガキンと魔剣と曲刀がぶつかり激しい火花を散らす。 「思ったより強くなってるじゃないか?」 「そっちこそ、人間の癖になんでそんな力を持ってやがる?」 「そんなもの、俺様が最強だからに決まってるだろうが」 「なるほど、ね!!」 つばぜり合いから二人とも一旦後退。 「だが、体力に差があるな。人間と魔人では」 「それもそうだな。それにそろそろ飽きた。次で決めるぞ」 「じゃあ、こっちも取って置きを見せてやる。あれから色々と修行はしたんだぜ?」 「食ってばかりじゃなかったのか?」 「マルチナがうるさいんだよ、食べてばかりじゃダメだって」 「完全に尻に敷かれてるな。マルチナはお前の使徒だろう?」 「俺自身あんまりその自覚がないんだよな〜。使徒と言うより友達?」 「もう1ランクあげてやれ」 「そのあたりはよく分からん。あんたと違い、色事に疎いのも自覚している」 ガルティアの剣が闘気の上昇に呼応して赤い光を帯びていく。 一方ランスのほうもカオスに蒼い剣気を纏わせる。 「獄戒剣・餓鬼咆哮!!」 「いくぜ! 鬼畜アタック!!」 ガルティアの剣から放たれた赤い剣気は巨大な鬼の顔の形をとり地面を削り飲み込みながらランスに向かう。 ランスは普段のランスアタックを選ばず上位技の鬼畜アタックを選択した。 鬼畜アタックはランスアタックより攻撃範囲が広がる。距離を大きく取ったガルティアの技を飛び道具系と踏んでの選択。体に掛かる負担は大きいがその効果も大きい。 赤と蒼が拮抗したのは一瞬。巨大な鬼は蒼い光に押しつぶされ雲散霧消する。 「おいおい……まじかよ……」 渾身の一撃があっさり潰されガルティアはあっけにとられた。 さらに蒼い光は拡大しガルティアを飲み込む……かと思ったがその数十センチ手前で消滅した。 「……ふい〜助かったか」 「チッ、相殺したぶんが大きかったみたいだな」 「あんた本当に人間か?」 「どうだ俺様の偉大さが分かったか」 「……しっかし、これでもかなわないとはな〜」 ランスは座り込むガルティアの側に行きカオスを突きつけた。 「さて、俺様の勝ちだがどうしてくれようか?」 「ああ〜、殺すなら一思いにやってくれ」 「誰が殺すといった? 手ごまに加えるとは言ったが」 「つまり?」 「詳しくはレイや志津香に聞け」 「それってやっぱり死ねって言ってないか……あ、しゃがんだ方がいいぞ」 「ん?」 何かが風を切って飛んできた。ランスはそれをカオスで叩き落す。包丁だった。 「あぶね〜」 思わずため息をついてカオスをおろした直後本命の一撃が。 くわ〜〜〜〜〜ん。 「相変わらずマルチナのコントロールはいいな〜」 さすがのランスも不意打ちで後頭部にフライパンを喰らっては立っていられなかった。 もとより鬼畜アタックの反動もでかい。 「けどな〜、タイミングが悪いぜ。マルチナ……」 「ガルティア、大丈夫?」 「負けた。が、一つ分かった。消えた魔人はどこかで生きてるかもしれない」 「ホーネット様に報告しとく?」 「いや、負けたしな……聞かれるまで黙っとく。それより腹減った〜」 「はい、サンドイッチ。戻るまでの足しにして」 「はぐはぐ。戦闘の後の飯は格別に美味いな」 ガルティアとマルチナはお喋りしながら町へ戻っていく。 二人は忘れていたようだが……ランスは放置されていた。 そんなランスに近づく影が一つ。 連れて帰れば主は自分を褒めてくれるだろう。 その代わり、自分と過ごす時間が減るだろう。 連れて帰らないにしても、これ以上、生気のない主を見ているのも忍びない。 どうするべきか? 悩んだ挙句連れて帰ることにした。 「んっと……お、重い……」 買い出しの荷物と武装した人間一人はちょっと重くて持ちにくい。持てないことはないが城までかなりの距離があるので疲れる。 「中身だけでいっか」 そいつはランスを武装解除すると武具を放置してランスを連れ去っていった。 『……なんだかややこしいことになりそうな予感がするぞい』 一部始終を見ていたカオスはとりあえず誰かが自分を取りに来てくれることを祈った。 『こんなところで放置プレイされるなどわしの趣味じゃないからな……』 ちょうど日が暮れはじめ、カオスはガルティアが思い出して様子を見に来るまで放置されることとなった。 |
あとがきのようなもの 西を目指すランス君、とりあえずサクラ&パスタ本店でガルティアとマルチナにちょっかいだして、その後誰かにさらわれました。 シィルちゃんは……どちらの選択をさせようか悩んだのですが過去を取り戻す方向で。けどしばらく合流しませんが。 |